棍棒ひとつで迷宮を往く   作:cla29

16 / 22
第十五話 呆然

 ミルセは、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 

 目の前で起きた出来事に、理解が追いつかない。

 

 

(……うそ……どうして……?)

 

 

 本来、この任務は選りすぐりの上級戦士が主導し、自分は後方から支援するだけのはずだった。

 

 失敗するなんて、誰も考えていなかった。

 

 リアンナもフェルナも、カイゼルも……そしてエルドランも。

 

 全員が"狩る側"であるはずだった。

 

 なのに――。

 

「っ……!」

 

 最初に崩れ落ちたのは、リアンナだった。

 

 倒れる瞬間すら見えなかった。

 気づいた時には、矢筒が床を転がっていた。

 

(……回復……! 早く……!)

 

 慌てて詠唱に入ろうとした、その時だった。

 

 ――破砕音。

 

 視線を向けた時には、カイゼルは壁に叩きつけられていた。

 

 ほぼ同時に、離れていたフェルナが頭から後ろへ倒れる。

 

 

 あのエルドランさえ――抵抗の形すら残さず、床に沈んだ。

 

 

 わずか数十秒の出来事。

 

 

(……全滅……? どうして、こんな……)

 

 

 自分だけが残されたなんて、まだ信じられなかった。

 

 足が震える。声も出ない。

 動こうとしても、腰が抜けたように力が入らない。

 

(……来る)

 

 亡霊が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 

 ――ああ、次は……。

 

 支援に特化した自分に、抗う術など存在しない。

 

 殺される。

 

 仲間たちのように、一瞬で。

 

 ミルセは必死に後ろへ下がった。

 しかし背中は壁に当たり、それ以上は逃げられなかった。

 

 

「……ッ……」

 

 

 棍棒を握った亡霊が、自分の横で止まる。

 

 目を逸らすことさえできなかった。

 

 喉が詰まり、息が止まる。

 

 ――だが。

 

 

「…………」

 

 亡霊は軽く会釈し、そのまま横を通り過ぎた。

 

「……え?」

 

 声にならない声が漏れる。

 

 殺されると思っていた。

 

 むしろ、そのつもりで覚悟を決めていた。

 

 だけど、亡霊は――自分を見たうえで通りすぎた。

 

(なんで……? 私だけ……?)

 

 亡霊はゆっくりと奥へ歩いていく。

 

 その姿が通路の闇に消えるまで、ミルセは動くことができなかった。

 

 

 ◇

 

 

 しばらくして、やっと呼吸が戻った。

 

 震える身体を支えながら、ミルセは仲間たちに駆け寄った。

 

 

「みんな……っ!」

 

 

 倒れたまま動かないエルドランの胸に手を当てる。

 

 しかし生死の確認をするまでもない。

 

 発動した探知魔法が、もう誰にも命が残っていないことを伝えていた。

 

(……そんな……全部……)

 

 震える指で口元を押さえ、嗚咽が漏れた。

 

 辺りには、仲間たちの装備が散らばっていた。

 

 折れた弓。砕けた剣。ひしゃげた盾。

 

 ほんの少し前まで、みんなここに立っていた。

 

(私……何も……できなかった……)

 

 ミルセは亡骸の前に膝をつき、震える声で祈りを捧げた。

 

「……せめて……せめて安らかに……」

 

 

 その時だった。

 

 

 ――カサ……カサ……

 

 

 何かが近づいてくる。

 

 ミルセが振り返ると、異様に長い腕と裂けた顎を持つ魔獣が姿を現した。

 

 腐魔種〈スクリーム・ゴーグル〉。

 

 血の匂いを感知し、迷宮深層でよく発生する、危険度の高い魔物。

 

(……私も……ここまで、か)

 

 魔獣は血の匂いに誘われ、真っ直ぐミルセに向かった。

 

 その牙が光る。

 

 なのに――ミルセの体は動かなかった。

 祈りをやめようともしなかった。

 

 

(敵の気まぐれで生き残っただけ……

 ほんとうなら、私も……みんなと一緒に……)

 

 罪悪感に押しつぶされ、体が凍りついたまま動かない。

 

「……天使様……」

 

 それが、救いを求めた言葉なのか、

 

 天使に向けた最期の感謝なのか、自分でもわからなかった。

 

 魔獣が跳びかかる。

 

 牙が迫る。目を閉じる。

 

 その瞬間――。

 

 ――ドォンッ!!

 

 大地ごと割れたような轟音。

 衝撃でミルセの体が大きく揺れ、思わず目を開いた。

 

 そこには――棍棒で魔獣を粉砕したオークの亡霊の背中があった。

 

(……どうして……助けたの?……なんで……)

 

 亡霊は返り血を軽く払い、棍棒を肩に担ぎ直す。

 

 ゆっくりと振り向き、ミルセと目が合う。

 

「…………」

 

 静かな目だった。

 何を考えているのかまったくわからない瞳。

 

 亡霊が短く言った。

 

「……ヒトリ アブナイ。オクルヨ」

 

 ミルセは返事もできず、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 

 助かった理由も、これからどうすればいいのかもわからないまま。

 

 ただ、目の前の亡霊を見つめていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。