棍棒ひとつで迷宮を往く   作:cla29

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第二十話 白光の大魔導士

 エルフ領と世界の迷宮を繋ぐ、回廊前哨地。

 

 青白い魔法灯に照らされた広間には、前哨地の役職者たちがずらりと並んでいた。

 

 誰も口を開かなかった。

 皆、これから来る人物を待っている。

 

 やがて廊下の奥から足音が聞こえてくると、守衛が両開きの扉を開いた。

 

 外から白い光が差し込む。

 

 その中を、背の高い女が一人、歩いてきた。

 

 白と蒼を基調とした長衣。

 銀白色の長い髪が、歩くたびにわずかに揺れる。

 右手には、先端に淡い青の宝玉を埋め込んだ白銀の杖。

 

 セラフィーネ・ルヴィアナ。

 

 宮廷魔導師長。

 そして、天使の声を聞くことを許された者。

 

 長い歴史の中で、エルフが他種族と争ったことは幾度もある。

 

 だが、彼女が戦場へ送られるのは、その争いを終わらせると決めた時だけだった。

 そして、セラフィーネが赴いた戦場で、戦いが長引いたことは一度もない。

 

 軍団を率いることもなく、一人でこの前哨地へ直接足を運んだ。

 それだけで、今回の件がどれほど重く見られているかを示すには十分だった。

 

 彼女が広間へ足を踏み入れる。

 並んでいた者たちが一斉に膝をついた。

 

 誰かが命じたわけでもなく、それが当然であるかのように、全員が頭を垂れる。

 

 その中から、軍団長だけが立ち上がった。

 

 セラフィーネの前まで進み、背筋を伸ばす。

 

「遠路お越しいただき、ありがとうございます。今回のグランデル迷宮の異常について、まず私からご説明を――」

 

「記録を」

 

 軍団長は一瞬口をつぐみ、すぐに頭を下げた。

 

「……はっ。こちらです」

 

 セラフィーネはそれ以上何も言わず、案内された水晶盤の前へ向かう。

 

 水晶盤には、グランデル迷宮で起きた魔力の変化が記録されていた。

 

 その表面に、細い指先が触れる。

 

 次の瞬間――。

 

 青白い光が一気に広がった。

 

 空中に無数の文字列が浮かび上がり、上から下へ流れ始める。

 

 それは文字に似ているが、どの国の言葉でもない。

 

 迷宮に残された魔力の痕跡を、特殊な術式によって読み取れる形にしたものだった。

 

 一つ、二つ。

 

 さらに三つ。

 

 次々と新しい列が現れ、やがてセラフィーネの周囲を埋め尽くしていく。

 

 熟練した分析官でも、同時に追えるのは二、三列が限界だ。

 

 それ以上を展開すれば、情報を処理しきれない。

 そもそも、術式を維持するだけでも大量の魔力を消耗する。

 

 だが――。

 

 セラフィーネの前には、数える気にもならないほどの文字が流れていた。

 

 彼女は瞬きもせず、その一つ一つへ視線を走らせていく。

 

 しばらくして、セラフィーネが口を開いた。

 

「生存者がいますね」

 

「……はい。一名おります。現在は療養中です」

 

「そう」

 

 セラフィーネは、それ以上何も聞かなかった。

 

 再び流れる文字へ視線を戻す。

 

 ――生き残ったのは、上級戦士ミルセ。

 

 上級戦士団がほぼ全滅した中、彼女だけが傷一つ負わずに帰還している。

 

 しかもミルセは、軍部に強い影響力を持つ有力貴族の家系に連なる娘だった。

 

 敵との内通を疑われれば、反対派にとって一族を追い落とす格好の材料になる。

 

 何より――なぜ亡霊は彼女だけを殺さなかったのか。

 

 その疑問が広がることを、上層部は嫌った。

 

 だから軍は事実を伏せた。

 

 表向きは、ミルセは亡霊に捕らえられ、回廊前哨地まで道案内を強いられた後、隙を見て逃げ帰ったことになっている。

 

 現在は療養という名目で、外部との接触を制限されていた。

 

 数分が過ぎた頃。

 

「……ここ」

 

 セラフィーネが指を動かした。

 

 一つの文字列が止まり、他の記録から切り離される。

 

「この魔力痕」

 

 その周囲だけ、光が小さく揺れていた。

 

「……人間の術式ではありませんね」

 

 軍団長が顔を上げる。

 

「ですが、亡霊は人間の姿をしているという証言が……」

 

「姿は関係ありません」

 

 セラフィーネは流れる文字を見たまま答えた。

 

「これは理法によって組まれたものではない。もっと原始的なものです」

 

 指先で、一つの魔力痕をなぞる。

 

「術式を組まず、魂と魔力を直接結びつけて外へ放っている」

 

 軍団長が眉を寄せた。

 

「それは……」

 

「古いオークの術に見られる特徴です」

 

 セラフィーネは淡々と続ける。

 

「術式を介さないため、魔力痕がほとんど残らない。これも、注意して探さなければ見落としていたでしょう」

 

「では、本当に……」

 

「《オークの亡霊》。そう呼ばれているのも、偶然ではなさそうですね」

 

 セラフィーネは、そのまま別の記録へ目を移した。

 

「迷宮に生じている異常な律動は、引き続き観測を」

 

「……はっ」

 

 流れていた文字列が、一つずつ消えていく。

 

 最後の一列が消えると、セラフィーネは軍団長へ視線を向けた。

 

「天は、この異物の排除を求めています」

 

 告げる声に魔力が乗り、見えない波となって広間へ広がっていく。

 その言葉に応えるように、魔法灯が一度、大きく明滅した。

 

「すでに命は下りました。私が対処します」

 

「で、では……我々はどうすれば?」

 

「姿を現すよう、策を講じてください」

 

 セラフィーネは水晶盤から指を離した。

 

「それだけで結構です」

 

 踵を返し、そのまま扉へ向かう。

 

 守衛が慌てて扉を開けると、セラフィーネは一度も振り返ることなく広間を出ていった。

 

 扉が閉じる。

 

 軍団長は閉じた扉を見つめたまま、何も言わなかった。

 

 

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