棍棒ひとつで迷宮を往く   作:cla29

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第二十二話 帰る場所

 夕暮れの風が、都市グランデルの通りを吹き抜けていった。

 

 昼間の暖かさはまだ少し残っているが、日が傾くにつれて空気も冷たくなってきた。

 石畳には長い影が伸び、通りのあちこちで店じまいが始まっている。

 

 露店の布をたたむ音や、木箱を運ぶ音。

 焼きたてのパンに香辛料、肉を焼く匂いが混じり、仕事帰りの人々が行き交っていた。

 

 タクミは買い出し袋を片手に、そんな通りを歩いていた。

 

 明日は偵察任務がある。必要なものを買い揃えながら、タクミは宿へ向かっていた。

 

「お、タクミ。今日は遅いな」

 

 干し肉屋の前を通りかかると、顔馴染みの主人が声をかけてきた。

 

「アシタ、シゴト。2コ ホシイ」

 

「おう、いつものやつだな」

 

 主人は手慣れた様子で干し肉を袋に詰めると、最後に一切れおまけしてくれた。

 

「ほらよ。仕事がんばれよ」

 

「……イツモ アリガト」

 

「気にすんな。また来いよ」

 

 タクミは軽く手を上げ、袋を受け取った。

 

 

 ◇

 

 

 角を曲がると、子どもたちの声が聞こえてきた。

 

「タクミだ!」

 

 特別な歓声ではない。ただ、見知った顔を見つけたときの声。

 遊んでいた子どもたちが振り返り、そのうちの一人が大きく手を振った。

 

「オウ」

 

 タクミも片手を上げて返す。

 

「またねー!」

 

 子どもたちはそれだけ言うと、満足そうに走り去っていった。

 

 余所者であるはずが、長い年月が経ってしまった。

 ここでは、タクミはただの住人だった。

 

(十年もいれば……ね)

 

 そう思いながら、宿へ続く坂を上る。

 

 途中で振り返ると、通りにはぽつぽつと灯りがともり始めていた。店を閉める者もいれば、これから食事に向かう者もいる。

 

 今日も変わらず、グランデルの一日が終わろうとしていた。

 

 ◇

 

 〈石蔦亭〉の扉を開けると、暖かな空気が迎えてくれた。

 

 煮込み料理の匂いに、薪のはぜる音。食堂からは客たちの話し声が聞こえてくる。

 

「おかえり、タク!」

 

 カウンターにいたカイルが顔を上げた。

 

 エマも鍋の前からこちらを振り返り、にっこりと笑う。

 

「おかえりなさい、タクミさん」

 

「タダイマ」

 

 いつもの声に迎えられ、タクミも自然と頬が緩んだ。

 

「ちょうど飯ができたところだぞ。荷物、そこ置いとけよ」

 

 カイルに言われ、タクミは買い出し袋を脇へ置いた。

 外套を脱いで椅子に腰を下ろすと、カイルがそれを受け取り、壁際のハンガーに掛ける。

 

 カイルはそれを見て、呆れたように笑った。

 

「……なあ、タク。いつまでそのボロ着てんだよ」

 

「……?」

 

 何度も洗っては縫い直してきた外套は、肩口の布もすっかり薄くなっていた。

 ところどころ色も抜けていて、あちこちに修繕の跡が残っている。

 

「特級に昇進した時さ、俺とエマで外套プレゼントしただろ?」

 

 その外套を贈られた日のことは、今でもよく覚えている。

 

 特級に昇進したと聞いたカイルが、エマと一緒に大きな包みを持ってきたのだ。

 中に入っていたのは、仕立てのいい新しい外套だった。

 

 汚すのが惜しくて、結局一度も迷宮には着ていっていない。

 今でも部屋のクローゼットに、綺麗にしまってある。

 

 タクミは少しだけ視線を逸らし、照れたように笑った。

 

「アレ、ダイジ」

 

「だから使えって言ってんだよ」

 

 そのやり取りを聞いていたエマが、くすっと笑う。

 

「ちゃんと、クローゼットにしまってあるんですよね?」

 

「アルヨ」

 

「せっかく贈ったんですから、たまには着てくださいね」

 

 タクミは少し考えてから答えた。

 

「オシャレ スル時」

 

「いつだよ! 迷宮しか行かないじゃん!」

 

 カイルのその言葉に、クスクスと笑うエマ。  

「……ソウダッタ」と返すタクミ。

 

 ――いつもの談笑が続いた。

 

 

 ◇

 

 

 三人で食卓を囲み、湯気が立ち上り、パンが割られる音がする。

 

 カイルは昼間に来た客の話をし、エマはギルドであった出来事を話してくれた。

 タクミも相槌を打ちながら、時折、迷宮で見つけたものの話をする。

 

 そんな他愛ない話がしばらく続いたあと、エマがふとスプーンを置いた。

 

 

「……タクミさん、あのね」

 

 

 顔を上げると、エマは少し照れた様子でカイルを見た。

 

 エマの視線に気づき、カイルが肩を寄せる。

 

「実はね、赤ちゃんができたの」

 

 タクミの手が止まった。

 

「……エ? エ?」

 

 思わず二人を交互に見る。

 

「ほんとだよ」

 

 エマが笑いながら、そっとお腹に手を当てた。

 

 タクミはしばらく固まっていたが、やがて表情をほころばせ、大きく頷いた。

 

「……オメデト、オメデト」

 

「いやあ、俺もまだ実感湧かなくてさ」

 

 カイルが照れくさそうに頭をかく。

 

 タクミは改めて二人を見た。

 

 この街へ来たばかりの頃、まだ子どもだった二人が、今ではこうして家族を増やそうとしている。

 

(……そっか。もう、そんな歳なんだな)

 

 嬉しい反面、なんだか少し不思議な気分だった。

 

「それでさ、名前どうしようかって話してて」

 

 カイルがにやりと笑う。

 

「タクミにしようかな?」

 

「……ヤメテー」

 

 三人で笑う。

 

 食堂では相変わらず客たちの声が聞こえ、暖炉の薪がぱちぱちと音を立てている。

 

 ただ、温かい時間。

 

 生まれてくる子の話や、これからの話。まだ何も決まっていないことばかりだったが、それがかえって楽しかった。

 

 明日はまた、迷宮へ向かう。

 けれど、今夜くらいは何も考えずに過ごしていたかった。

 

 タクミはスープを飲みながら、二人の話に耳を傾けていた。

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