棍棒ひとつで迷宮を往く   作:cla29

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第二十三話 回廊への道

 回廊偵察任務当日。

 

 夜明け前の冒険者ギルド〈灰鉄の門〉は、まだ静まり返っていた。

 

 タクミが扉を押し開けると、昨夜の酒と、消えかけた暖炉の匂いが漂ってきた。

 

 普段なら冒険者たちで賑わう広間も、今はほとんど人がいない。

 

 そんな中、中央の卓にはすでに三人の冒険者が集まっていた。

 

「オハヨ」

 

 短く挨拶すると、真っ先にロイが振り向いた。

 

「おはようございます、タクミさん! 今日はよろしくお願いします!」

 

 早朝だというのに、相変わらず元気な男だ。

 

 タクミが残る二人に視線を向けると、それぞれ前に出てきた。

 

 一人は剣士の男。

 

 短く刈り込んだ茶髪に、少し日に焼けた顔。

 革鎧の上から軽い胸当てをつけ、腰には片手剣。左腕には小ぶりな盾を装備している。

 

「……ケインだ。アンタの噂は聞いてる」

 

 そう言って、軽く握手した。

 

 もう一人は、杖を持った魔法使いの女性だった。

 

 肩まで伸びた栗色の髪に、落ち着いた顔立ち。紺色の外套を羽織り、腰には小さな革袋をいくつも下げている。

 

「ミレナです。後方支援を担当します」

 

 柔らかく微笑みながら、手を差し出してきた。

 

 タクミはその手を握り返し、続いてケインとも握手を交わす。

 

「……タクミ。ヨロシク」

 

 二人も頷き、簡単な挨拶を済ませた。

 

「揃ったな」

 

 奥からバルドが姿を現した。

 

 四人を見渡すと、最後にタクミへ視線を向ける。

 

「タクミ、今回は偵察だ。深入りはするな。首長からも、無理はするなと言われている」

 

「……ワカッタ」

 

「ロイ、ケイン、ミレナ。目的地までタクミを送り届けてくれ。……頼んだぞ」

 

 三人が頷く。

 

 その言葉を背に、四人はギルドを後にした。

 

 

◇

 

 

 街門を抜けると、まだ朝の冷え込みが残っていた。

 

 街道にはまだ薄い霧が残っており、その向こうには迷宮へ続く道が伸びている。

 

 四人は並んで歩き始めたが、いつの間にか三人がタクミの前を歩く形になっていた。

 

 ロイは何度か前方を確認しながら、やがてぽつりと口を開いた。

 

「……正直、今回の任務、ヤバいですよね」

 

 先ほどまでの明るさとは違い、少し真剣な声だった。

 

「回廊の偵察なんて……タクミさんでも危険すぎると思います」

 

 タクミはその背中を見ながら、苦笑を浮かべた。

 

「ダイジョウブ。ガンバルヨ」

 

 軽く返しただけだった。

 それでも、ロイは足を止めかける。

 

 迷ったように少し考え、再び口を開く。

 

「……オレが逆の立場だったら、正直、怖くて行けないですよ」

 

 ちらりと振り返る。

 

「どうして……引き受けたんですか?」

 

 タクミは一瞬だけ視線を落とした。

 それから、少し困ったように笑う。

 

「……ホカニ、デキルヤツ イナイ」

 

 そう答えて、また前を向いた。

 

 その言葉に、ケインとミレナがわずかに顔を横へ向けた。

 二人とも、ほんの一瞬だけタクミを見る。

 

 だが、何も言わずに前へ向き直った。

 

「ロイ」

 

 タクミが前を向いたまま声をかける。

 

「代ワリニ イッテキテヨ」

 

「ちょ、ちょっと! それは勘弁してくださいよ!」

 

 ロイが慌てたように声を上げる。

 その反応に、タクミは小さく笑った。

 

 ケインは小さく息を吐き、ミレナは何も言わず歩みを揃える。

 

 先ほどまでの重い空気が、少しだけ和らいだ。

 

 そんなやり取りをしながら、一行は迷宮へと向かった。

 

 

◇

 

 

 迷宮前哨基地。

 

 石造りの入口の奥には、いつもの暗闇が広がっていた。

 

 入場の手続きを済ませ、四人は迷宮へ向かう。

 

 その時だった。

 

 肩に担いだ棍棒が、かすかに震えた。

 

(……ん?)

 

 タクミは足を止め、棍棒を握り直す。

 すると、手のひらにもう一度、小さな振動が伝わってきた。

 

(………)

 

 

 ――"相棒"からの警告。

 

 

 タクミは目を細め、迷宮の奥を睨んだ

。

 暗闇の向こうからは、何の気配も感じられない。

 気づけば、棍棒の震えは収まっていた。

 

「タクミさん?」

 

 先を歩いていたロイが振り返る。

 

「……ナンデモナイ」

 

 タクミは棍棒を担ぎ直した。

 

「イコウ」

 

 そう言って、三人の後を追った。

 

 

◇

 

 

 迷宮上層。

 

 湿った空気が漂う通路を、四人は進んでいた。

 

 岩壁には苔が張りつき、天井からは時折、水滴が落ちてくる。

 

 先頭を歩くロイが、不意に手を上げた。

 

「……来ます」

 

 全員が足を止める。

 

 前方の岩陰から姿を現したのは、刃牙猿《ブレードエイプ》だった。

 

 前脚には刃のように鋭い骨が突き出し、長い腕を地面につきながら、こちらを睨んでいる。

 

 それも一匹ではない。

 

 奥からさらに数匹が姿を現した。

 

 どの個体も目が白く濁り、通常の刃牙猿より一回り大きい。

 

(……強化個体か)

 

 タクミは棍棒に手をかけたが、ケインが一歩前へ出た。

 

「前は任せろ」

 

 次の瞬間、刃牙猿が地面を蹴った。

 

 ケインは正面から突っ込んできた一匹の攻撃を盾で受け流し、横から剣を振るう。

 

 刃が胴を裂き、魔物が悲鳴を上げた。

 

 その隙に、別の一匹がケインの背後へ回り込もうとする。

 

「右!」

 

 ロイの声が飛ぶ。

 

 ほぼ同時に、ミレナが杖を向けた。

 

 放たれた炎が魔物の進路を塞ぎ、動きを止めたところへロイが飛び込む。

 

 一閃。

 

 刃牙猿が崩れ落ちた。

 

 残る魔物も次々と襲いかかってきたが、三人の動きに乱れはなかった。

 

 ロイが敵の位置を知らせ、ケインが前を抑える。そこへミレナの魔法が重なり、隙を見てロイが仕留めていく。

 

 白目の強化個体とはいえ、三人を相手にするには分が悪かった。

 

 やがて、最後の一匹が倒れる。

 

「……ふう。片付きましたね」

 

 ロイが剣についた血を払い、鞘に収めた。

 

 ケインも剣を納め、ミレナは杖を下ろす。

 

 タクミは三人の戦いぶりを見て、素直に感心していた。

 

(……上手いな。無駄がない)

 

 それぞれが自分の役割を理解し、互いの動きを邪魔しない。

 一級冒険者というのも、伊達ではないようだ。

 

「スゴイネ」

 

 タクミが声をかけると、ロイが照れたように笑った。

 

「……いやいや、タクミさんには及ばないですよ」

 

 ケインも軽く肩をすくめる。

 

「……アンタに褒められるとはな。光栄だよ」

 

 タクミは小さく笑い、棍棒を担ぎ直した。

 

 四人は再び歩き出す。

 

 目指すのは、さらに奥にある中層。

 そして、その先に続く〈狭間の道〉だった。

 

 

◇

 

 

 回廊近くの下層。

 

 広間は、不気味なほど静まり返っていた。

 

 石床には魔物の亡骸が散らばり、壁には大きな亀裂が走っている。

 

 その中央に、一人のエルフが立っていた。

 

 オークの亡霊を始末するために。

 ――天使に最も近いエルフが。

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