「ぐっ……!」
ケインが盾で攻撃を受け止める。しかし、衝撃を抑えきれず、数歩後ろへ押し戻された。
目の前にいるのはリザードマン。
――ただし、その鱗は全身真っ白だった。
明らかに普通の個体ではない。
ケインと入れ替わるようにロイが踏み込み、剣を振るう。
だが、刃は硬い鱗に弾かれ、逆に腕の一振りで壁まで吹き飛ばされた。
「……ちっ!」
そこへミレナの火球が直撃する。
炎が全身を包むが、リザードマンは止まらない。そのままミレナに向かって突っ込んでくる。
次の瞬間――
横合いから、棍棒が振るわれた。
鈍い音とともにリザードマンは叩き潰され、その場で動かなくなった。
戦闘はあっけなく終わった。
「……いやー、助かりました」
ロイが剣を下ろし、苦笑する。
「すみません、仕事できなくて……」
「……トドメ、モラッタヨ」
タクミは棍棒を肩に戻し、軽く答えた。
ロイは肩をすくめる。
「バルドさんに、どやされちゃいますよ……『一級が何やってる』って」
「ニテル、ニテル」
タクミはくすくす笑いながら歩き出した。
その様子にロイも苦笑し、他の二人もようやく肩の力を抜いた。
◇
その後、中層の探索は順調に進んだ。
何度か魔物と遭遇したものの、護衛の三人だけで十分に対処できている。
先ほどの白い個体さえいなければ、一級の三人にとって中層はそれほど苦労する場所ではない。
タクミも特に手を出すことなく、後ろを歩いていた。
「そういえば……」
しばらく進んだところで、ロイが話しかけてきた。
「タクミさんって、どこ出身なんです?」
「……ヒガシ、遠イトコロ」
「へぇ」
「獣人ノ国、チカイ」
「げぇ!?」
ロイが思わず振り返る。
「辺境じゃないですか! どうやってグランデルまで来たんすか、それ!」
「……キヅイタラ」
「はい?」
「ココノ迷宮、イタ」
一瞬、護衛たちの足が止まる。
「大陸の迷宮は繋がってるって噂はありますけど……回廊はエルフが押さえてるはずですよ?」
「……ワカラナイ」
タクミは肩をすくめた。
「歩イテタ。ココ出タ」
「マジか……」
ロイは呆れたように息を吐いた。
それから、ふとタクミの肩にある棍棒に目を向ける。
「じゃあ、その棍棒も、その時から使ってたんですか?」
「……コレ?」
タクミは棍棒を軽く持ち替えた。
「モラッタ」
「誰からっす?」
わずかな沈黙の後。
「……パパ」
「……は?」
「パパ、オーク」
「なにぃ!?」
三人が一斉に振り返った。
「オーク!?」
「パパ!?」
驚いた顔を並べる三人を見て、タクミの口角が上がる。
「……ウソ」
「…………」
沈黙。
誰も言葉を発せず、困惑したまま固まる。
三人とも、どう反応すればいいのか分からない様子だった。
「……ウソ、ですかい」
ロイがようやく口を開く。
「ジョウダン」
タクミはケラケラと笑い出した。
ゴメンヨーと言いながら、軽く頭を下げる。
「コレ、ココデ ミツケタ」と棍棒を軽く揺らしながら答える。
「……今の迷宮で、冗談言えるのタクミさんぐらいっすよ」
ロイは大きく息を吐いた。
ケインとミレナも顔を見合わせ、呆れたように肩をすくめる。
そんなやり取りをしながら、一行は再び歩き始めた。
その時だった。
「……っと」
前方から魔物の気配。
ロイが足を止め、片手を上げる。
「おっと、お客さんの時間だ!」
ケインが盾を構え、ミレナも杖を握り直した。
その背中を、タクミは静かに見つめていた。
さきほどまでの笑みは消えている。
視線は前方の魔物ではなく――目の前にいる、三人の背中。
◇
やがて、一行は〈狭間の道〉に到着した。
中層と下層を繋ぐ、長い一本道。
ここを抜ければ、エルフが支配する回廊も近い。
「――ココデ イイヨ」
音もなく、いつの間にか三人の前に出るタクミ。
ロイが慌てて近づいてくる。
「打ち合わせでは、下層からタクミさん一人でしたよね」
「……ウン」
「でも、俺たちも行きます」
ロイは真剣な顔で続けた。
「ギリギリまででいい。少しでも力になりたいんです」
ケインとミレナも頷いた。
「……ソウ」
三人をちらりと見ただけで、タクミは再び歩き始めた。
狭間の道は、岩壁に挟まれた長い一本道だった。
通い慣れた道。――そのはずが、一歩進むごとに知らない場所へ向かっているような気がした。
道は平坦なのに、なぜか階段を上っているようだった。
後ろから聞こえる足音も、いつもより遠く感じる。
誰も話さなかった。
ただ四人分の足音だけが、長い通路に響いていた。
やがて、道の終わりが見えてきた。
そして、下層へ足を踏み入れたところで――。
タクミが立ち止まった。
「……どうかしましたか?」
ロイが声をかける。
「……ナンデモナイ」
タクミはそう答え、再び歩き出した。
下層は中層と違い、道が複雑に入り組んでいる。
ただし、エルフの回廊へ向かう道は決まっていた。
最初の分かれ道を左へ。
あとは、そのまま道を進み続ければいい。
だが――。
タクミは右へ曲がった。
「タクミさん!」
ロイが慌てて声を上げる。
「そっちは道、間違えてませんか!?」
タクミは答えず、そのまま歩いていく。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
三人が後を追おうとする。
「違います! 回廊は……エルフはこっちです!」
その声を聞いて、タクミが足を止めた。
振り返りもしない。ただ、それだけで空気が変わった。
タクミの背中から放たれる威圧感に、誰も次の一歩を踏み出せなかった。
「……エルフは」
「キミダロ。ロイ」
沈黙が続いた。
やがて、ロイがゆっくりと息を吐いた。
「……いつから」
先ほどまでの軽い口調は、もうどこにもなかった。
「いつから、気づいていた」
タクミは答えない。
ただ、通路の奥――闇の向こうで揺れる白い光を、じっと見つめていた。