棍棒と光の障壁が、激しくぶつかり合った。
凄まじい衝撃とともに、火花のような光が飛び散る。
セラフィーネの障壁は、タクミの一撃を完全に受け止めていた。
棍棒からのぞく、その人間の青年を見て、セラフィーネは違和感を覚えた。
強さではない。存在そのものが、どこか"普通"すぎた。
――あなたは……
そう問いかけようとした瞬間だった。
タクミの思考は、口の動きを見逃さなかった。
――詠唱。
次の瞬間、タクミの姿が弾けるように消えた。
弧を描くように、セラフィーネの死角へ。
床を蹴り、壁を踏み、瞬く間に背後へと回り込む。
世界がゆっくりと流れる。
目の前には、無防備な女の背中。
長い銀白色の髪が、わずかに揺れていた。
こちらには気づいていない。
その背中を見た瞬間、タクミの手がわずかに止まった。
一瞬、躊躇が走る。
(……今までなら)
殴られたら、殴り返す。
殺意を向けられたら、殺す。
――これは、違う。
自分から、殺しに行く。
胸の奥で、何かが引っかかった。
だが、その感覚はすぐに――覚悟で塗りつぶす。
息を吸い、全身に力を込める。
棍棒が、唸った。
――連打。
光が弾け、衝撃が広間に響き渡る。
一撃、二撃、三撃――、飛んで十撃。
棍棒が、凄まじい速度で叩き込まれた。
空間が震え、光の障壁が大きく歪む。
だが――
(……きついな)
砕けない。
確実に削ってはいるが、決定打にならない。
その瞬間、セラフィーネが振り返った。
詠唱はない――即応。
「風圧〈エアハンマー〉」
面で押し潰す風圧が、タクミを直撃する。
回避不能。
タクミの身体が、後方へ吹き飛ばされた。
壁に激突する寸前、両足をついて衝撃を逃がす。
そのまま壁を蹴った。
――ドンッ!
石壁に亀裂が走る。
次の瞬間には、タクミは再び広間を駆け回っていた。
右へ、左へ。
視界から消えたかと思えば、次には背後に現れる。
セラフィーネが振り向くよりも早く、棍棒が障壁を叩いた。
再び姿が消える。
セラフィーネは追えない。
(……速すぎる)
セラフィーネは目で追うことを諦め、魔力で動きを捉えようとした。
それでも、わずかに遅れる。
その隙を、タクミは逃さない。
一撃。
また一撃。
角度を変え、位置を変え、間を与えない。
セラフィーネの障壁が、何度も大きく揺れた。
――削られている。
攻撃を受けるたびに、障壁を維持する魔力が削られていく。
その事実が、彼女を苛立たせた。
怒りではない。
計算が、狂う。
(……人間が)
背後に巨大な光輪が現れる。
その身体が、ゆっくりと宙へ浮かび上がった。
タクミは走りながら、心の中で舌打ちした。
(……浮いたか)
跳躍。
壁を蹴り、天井を踏み、宙へ。
しかし、先ほどまでのような連打はできない。
威力も落ちている。
数撃叩き込むが、決定打にはならない。
――攻撃の物量が、下がった。
セラフィーネは、それを見逃さなかった。
詠唱が始まる。
タクミは攻撃を中断し、距離を取った。
(来る)
魔力が、膨れ上がる。
次の瞬間、風が吠えた。
セラフィーネを中心に、凄まじい〈暴風〉が巻き起こる。
竜巻のような風が広間を吹き荒れ、石壁を削り、床に転がる瓦礫を巻き上げた。
タクミは棍棒を構え、足を踏ん張った。
だが、暴風に混じった刃のような風が、容赦なく身体を切りつける。
「……っ!」
外套が裂け、頬に赤い筋が走った。
たまらず、数歩後退した。
動けない――速さが殺された。
そこへ――。
白い閃光が走った。
〈雷撃〉。
タクミは身をひねったが、避けきれなかった。
雷が胸元を掠め、全身に痺れが走る。
「ぐっ……!」
呼吸をしようとして、肺がうまく膨らまない。
焦げた皮膚の匂いが鼻についた。
構わず走ろうとするが、足が思うように動かない。
続けて、二撃目。
今度は肩を打たれた。
棍棒を握る手に、わずかな痺れが残る。
それでもタクミは止まらない。
暴風の中を駆け、床を蹴り、何度も距離を詰めようとする。
だが、近づくたびに風に押し戻された。
その間にも、雷撃が飛んでくる。
少しずつ、身体に傷が増えていく。
それだけではない。
暴風に混じった魔力が、タクミの体内の魔力の流れまでかき乱していた。
(……なんだ?)
右へ避けようとした足が、わずかに遅れる。
踏み込んだつもりが、身体が思うようについてこない。
頭では分かっているのに、動きが噛み合わない。
(くそ、気持ち悪いな)
このままでは、こちらが先に潰れる。
タクミは一度距離を取り、棍棒を構え直した。
その隙を、セラフィーネは逃さない。
彼女の杖に、膨大な魔力が集まっていく。
赤い炎が渦を巻き、巨大な火球へと膨れ上がった。
(やばい……!)
タクミは、棍棒を前に構えた。
直後、巨大な火球が放たれる。
爆炎が、視界を塗り潰す。
身体が宙を舞い、床に叩きつけられた。
石床を転がり、ようやく止まった時には仰向けになっていた。
セラフィーネは、上からその様子を見下ろした。
(……ようやく止まった)
これほどの魔法を浴びせ続けて、ようやく動きを止めることができた。
(人間の耐魔力ではない)
だが、その時だった。
魔力を帯びたセラフィーネの瞳が、異変を捉えた。
タクミの裂けた皮膚が塞がり、焼けた肉が修復されていく。
(これは……)
見覚えがあった。
オーク特有の、〈高速修復〉。
それが、目の前の人間に起きていた。
セラフィーネの目が細くなる。
このまま時間を与えれば、また立ち上がるだろう。
それも、あの異常な速さで。
(……危険ね)
セラフィーネは静かに杖を掲げた。
彼女の周囲に、純白の光輪が幾重にも重なっていく。
放つのは、存在を消滅させる殲滅魔法。
――これで、終わらせる。
そう告げるように。
タクミは、まだ立ち上がれない。
広間に、魔力のうなりが響いていた。