棍棒ひとつで迷宮を往く   作:cla29

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第二十七話 積み上げた戦法

 棍棒と光の障壁が、激しくぶつかり合った。

 

 凄まじい衝撃とともに、火花のような光が飛び散る。

 

 セラフィーネの障壁は、タクミの一撃を完全に受け止めていた。

 

 棍棒からのぞく、その人間の青年を見て、セラフィーネは違和感を覚えた。

 強さではない。存在そのものが、どこか"普通"すぎた。

 

 ――あなたは……

 

 そう問いかけようとした瞬間だった。

 

 タクミの思考は、口の動きを見逃さなかった。

 

 ――詠唱。

 

 次の瞬間、タクミの姿が弾けるように消えた。

 

 弧を描くように、セラフィーネの死角へ。

 

 床を蹴り、壁を踏み、瞬く間に背後へと回り込む。

 

 世界がゆっくりと流れる。

 

 目の前には、無防備な女の背中。

 長い銀白色の髪が、わずかに揺れていた。

 

 こちらには気づいていない。

 その背中を見た瞬間、タクミの手がわずかに止まった。

 

 一瞬、躊躇が走る。

 

(……今までなら)

 

 殴られたら、殴り返す。

 殺意を向けられたら、殺す。

 

 ――これは、違う。

 

 自分から、殺しに行く。

 胸の奥で、何かが引っかかった。

 

 だが、その感覚はすぐに――覚悟で塗りつぶす。

 

 息を吸い、全身に力を込める。

 

 棍棒が、唸った。

 

 ――連打。 

 光が弾け、衝撃が広間に響き渡る。

 

 一撃、二撃、三撃――、飛んで十撃。

 

 棍棒が、凄まじい速度で叩き込まれた。

 空間が震え、光の障壁が大きく歪む。

 

 だが――

 

(……きついな)

 

 砕けない。

 確実に削ってはいるが、決定打にならない。

 

 その瞬間、セラフィーネが振り返った。

 

 詠唱はない――即応。

 

「風圧〈エアハンマー〉」

 

 面で押し潰す風圧が、タクミを直撃する。

 回避不能。

 

 タクミの身体が、後方へ吹き飛ばされた。

 壁に激突する寸前、両足をついて衝撃を逃がす。

 そのまま壁を蹴った。

 

 ――ドンッ!

 

 石壁に亀裂が走る。

 次の瞬間には、タクミは再び広間を駆け回っていた。

 

 右へ、左へ。

 

 視界から消えたかと思えば、次には背後に現れる。

 

 セラフィーネが振り向くよりも早く、棍棒が障壁を叩いた。

 

 再び姿が消える。

 

 セラフィーネは追えない。

 

(……速すぎる)

 

 セラフィーネは目で追うことを諦め、魔力で動きを捉えようとした。

 それでも、わずかに遅れる。

 

 その隙を、タクミは逃さない。

 

 一撃。

 また一撃。

 

 角度を変え、位置を変え、間を与えない。

 

 セラフィーネの障壁が、何度も大きく揺れた。

 

 ――削られている。

 

 攻撃を受けるたびに、障壁を維持する魔力が削られていく。

 

 その事実が、彼女を苛立たせた。

 

 怒りではない。

 計算が、狂う。

 

(……人間が)

 

 背後に巨大な光輪が現れる。

 その身体が、ゆっくりと宙へ浮かび上がった。

 

 タクミは走りながら、心の中で舌打ちした。

 

(……浮いたか)

 

 跳躍。

 壁を蹴り、天井を踏み、宙へ。

 

 しかし、先ほどまでのような連打はできない。

 威力も落ちている。

 

 数撃叩き込むが、決定打にはならない。

 

 ――攻撃の物量が、下がった。

 

 セラフィーネは、それを見逃さなかった。

 

 詠唱が始まる。

 

 タクミは攻撃を中断し、距離を取った。

 

(来る)

 

 魔力が、膨れ上がる。

 

 次の瞬間、風が吠えた。

 

 セラフィーネを中心に、凄まじい〈暴風〉が巻き起こる。

 竜巻のような風が広間を吹き荒れ、石壁を削り、床に転がる瓦礫を巻き上げた。

 

 タクミは棍棒を構え、足を踏ん張った。

 

 だが、暴風に混じった刃のような風が、容赦なく身体を切りつける。

 

「……っ!」

 

 外套が裂け、頬に赤い筋が走った。

 たまらず、数歩後退した。

 

 動けない――速さが殺された。

 

 そこへ――。

 白い閃光が走った。

 

 〈雷撃〉。

 

 タクミは身をひねったが、避けきれなかった。

 雷が胸元を掠め、全身に痺れが走る。

 

「ぐっ……!」

 

呼吸をしようとして、肺がうまく膨らまない。

 焦げた皮膚の匂いが鼻についた。

 

 構わず走ろうとするが、足が思うように動かない。

 

 続けて、二撃目。

 今度は肩を打たれた。

 

 棍棒を握る手に、わずかな痺れが残る。

 それでもタクミは止まらない。

 

 暴風の中を駆け、床を蹴り、何度も距離を詰めようとする。

 

 だが、近づくたびに風に押し戻された。

 その間にも、雷撃が飛んでくる。

 

 少しずつ、身体に傷が増えていく。

 

 それだけではない。

 

 暴風に混じった魔力が、タクミの体内の魔力の流れまでかき乱していた。

 

(……なんだ?)

 

 右へ避けようとした足が、わずかに遅れる。

 踏み込んだつもりが、身体が思うようについてこない。

 

 頭では分かっているのに、動きが噛み合わない。

 

(くそ、気持ち悪いな)

 このままでは、こちらが先に潰れる。

 

 タクミは一度距離を取り、棍棒を構え直した。

 

 その隙を、セラフィーネは逃さない。

 

 彼女の杖に、膨大な魔力が集まっていく。

 赤い炎が渦を巻き、巨大な火球へと膨れ上がった。

 

(やばい……!)

 

 タクミは、棍棒を前に構えた。

 

 直後、巨大な火球が放たれる。

 

 爆炎が、視界を塗り潰す。

 身体が宙を舞い、床に叩きつけられた。

 

 石床を転がり、ようやく止まった時には仰向けになっていた。

 

 セラフィーネは、上からその様子を見下ろした。

 

(……ようやく止まった)

 

 これほどの魔法を浴びせ続けて、ようやく動きを止めることができた。

 

(人間の耐魔力ではない)

 

 だが、その時だった。

 

 魔力を帯びたセラフィーネの瞳が、異変を捉えた。

 

 タクミの裂けた皮膚が塞がり、焼けた肉が修復されていく。

 

(これは……)

 

 見覚えがあった。

 

 オーク特有の、〈高速修復〉。

 

 それが、目の前の人間に起きていた。

 

 セラフィーネの目が細くなる。

 このまま時間を与えれば、また立ち上がるだろう。

 

 それも、あの異常な速さで。

 

(……危険ね)

 

 セラフィーネは静かに杖を掲げた。

 彼女の周囲に、純白の光輪が幾重にも重なっていく。

 

 放つのは、存在を消滅させる殲滅魔法。

 

 ――これで、終わらせる。

 

 そう告げるように。

 

 タクミは、まだ立ち上がれない。

 

 広間に、魔力のうなりが響いていた。

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