棍棒ひとつで迷宮を往く   作:cla29

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第二十八話 共鳴

 ――痛いな。

 

 タクミは仰向けに倒れたまま、ぼんやりと天井を見上げていた。

 

 全身が痛む。

 身体のあちこちから血が流れ、口の中には鉄の味が広がっていた。

 

 視線の先では、セラフィーネが宙に浮かんでいる。

 

 激しい風が吹き荒れ、彼女の周囲に青白い光が集まっていく。

 

 どうやら、とどめを刺すつもりらしい。

 

 白い光点は少しずつ大きくなり、その周囲では空気が歪み始めていた。

 

 肌に触れる魔力だけでも、相当なものだと分かる。

 

(あんなの、まともに食らったら終わりだな)

 

 分かっている。

 

 避けなければならないことも、今すぐ立ち上がるべきことも。

 

 そう思いながらも、身体は動かなかった。

 

 ――もう動けるはずだ。

 

 先ほどまでの痺れも薄れ、指先にも感覚が戻っている。

 

 それなのに、起き上がろうとしない。

 

(……なんだ、これ)

 

 敵の魔法のせいなのか。

 それとも、自分が動こうとしていないだけなのか。

 

 よく分からなかった。

 

 ただ、もうこのままでもいいんじゃないか。

 

 目の前に死が迫っているというのに、どこか他人事のように感じていた。

 

 そのとき。

 

 ――かすかな振動。

 

 握っていた棍棒から、手のひらに伝わってきた。

 

 タクミは横に視線を落とす。

 

 吹き飛ばされても、決して手放さなかった棍棒。

 

(……そういえば)

 

 ここに来たときも、こんな感じだった。

 

 訳も分からず迷宮の深層に放り込まれ、逃げ場もなく、ただ必死だった。

 

 ――死にたくない。

 

 あのときは、それだけだった。

 

 理由も、誇りも、使命もない。

 ただ生きたい。その一心で、今日まで生き延びてきた。

 

 不意に、棍棒が小さく震えた。

 

『……帰るんだろ』

 

 その一言に、タクミは目を見開いた。

 

 浮かんだのは、湯気の立つ食卓だった。

 

(……そうだったな)

 

 タクミは、ゆっくりと息を吐いた。

 

 頭が急に冴えてきた。

 

 セラフィーネは、まだ魔力を溜め続けている。

 白い光点は、先ほどよりも大きくなっていた。

 

 ――自分にとって、これ以上ない好機だった。

 

 その考えを読み取ったかのように、"相棒"が再び小さく震えた。

 

『使え。もう隠す意味はない』

 

(ああ)

 

 タクミは棍棒を強く握り締めた。

 

 次の瞬間――

 獣のように身体を跳ね起こした。

 

 その勢いのまま、棍棒を両手で高く掲げる。

 

 

 ◇

 

 

 セラフィーネの術式は、完成まであとわずかだった。

 

 空間ごと対象を葬る殲滅魔法――〈白色照波〉。

 

 これを放てば終わる。

 そう確信していた。

 

 だが。

 

(……妙だ)

 

 目の前の人間を見て、ふと違和感を覚えた。

 

 かつて、我々が滅ぼした種族。

 その武器を振るう、人間。

 

 セラフィーネは目を細めた。

 

 セラフィーネ自身も、かつてあの戦場に立っていた。

 森を焼き、地を割り、数えきれないほどのオークを葬った。

 

 戦士も、魔法使いも、恐ろしく強かった。

 

 中でも厄介だったのは、後方に控える魔法使いたちだ。

 

 戦士たちが前線を押し上げ、その背後から強力な魔法を放ってくる。

 

 巨大な火球が戦場に降り注ぎ、爆炎が兵士たちを呑み込む。

 前線は次々と吹き飛ばされていった。

 

 しかも、奴らは簡単には倒れない。

 

 魔法使いでありながら、その膂力は並の戦士を遥かに凌ぐ。距離を詰めた兵士たちも、次々と返り討ちに遭った。

 

 あの戦争で、どれほどの兵を失ったことか。

 

 天使様のご加護がなければ、滅ぼされていたのは自分たちだったかもしれない。

 

 だからこそ、天使様に選ばれた我々が、他種族に劣るはずがない。

 

 しかし、目の前の人間を見ていると、どうにも引っかかる。

 

(……おかしい)

 

 あの戦場で見た、オークの戦士たち。

 その姿が、この人間と重なった。

 

 迷いなく踏み込み、ひたすら殴りつけてくる。

 

 だが、待て。

 

 あの人間が持っているものは、あれは殴るための武器だったか?

 

 記憶を辿る。

 

 剣でも、斧でも、槌でもない。

 

 あれは――

 オークメイジが持つ、杖。

 

 そこまで辿り着いて、セラフィーネは自分の失態に気づいた。

 

 ――目の前の人間は、すでに立ち上がっていた。

 

 術式は、とうに完成していた。

 放てばよかった。それだけで終わっていたはずだ。

 

 なのに、確かめようとした。

 目の前の異物が何であるかを、知ろうとした。

 

 その一瞬が、長すぎた。

 

 

 ◇

 

 

 タクミは掲げた棍棒を、地面に突き立てる勢いで一気に振り下ろした。

 

 

「――共鳴衝〈レゾナンス〉」

 

 

 棍棒の先が、床に触れた。

 

 音は、遅れてきた。

 足元から衝撃が突き上げ、瓦礫が一斉に跳ね上がった。

 

 ――ドンッ!

 

 衝撃波が広間を呑み込み、砂埃が壁際まで押し流される。

 

 壁の結晶が音を立てて砕け、天井から石片が降り注ぐ。

 

 だが、波はそこで止まらなかった。

 

 セラフィーネの周囲に集まっていた青白い光が、大きく揺らぐ。

 

 衝撃波が、彼女の身体を通り抜けた。

 

 そのまま勢いを失うことなく、通路の奥へ――さらにその先へと突き抜けていく。

 

 ――痛みはない。

 

 それなのに、編み上げていたはずの術式が崩れていく。

 

 セラフィーネは目を見開いた。

 

 タクミは棍棒を突き立てたまま、正面を見据えていた。

 

 

 ◇

 

 

 ――異常を検知。

 

 "大地の女神"由来の権能、迷宮内で発動を確認。

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