中央都市リューベン。
自由都市連合の臨時評議は、予定の時刻を過ぎても続いていた。
議論は、最後までまとまらなかった。
各都市の首長たちは互いに譲らず、時間だけが過ぎていく。
その中で、リューベン首長ユリウスは、妥結案を提示した。
決定事項は、以下の通りである。
・特級冒険者タクミの生死を、正式に確認すること
・生死が不明な間、エルフ王国への回答は保留とする
・グランデルにおける大規模魔奔の兆候に対し、協定に基づく援軍を派遣する
・当該援軍には、特級冒険者タクミの捜索任務を含める
いずれも、誰もが正面から反対しにくい内容だった。
結局、誰もが不満を残しながらも、この案を受け入れることになった。
こうして、長かった会議はようやく終わった。
◇
議事堂の一角。
帰路の準備を進めていたグランデル首長エドリックの控室の扉が、ノックもなく開いた。
「――邪魔するぞ」
入ってきたのは、アルマレス首長ドランだった。
護衛の姿はない。どうやら一人で来たらしい。
エドリックが何か言う前に、ドランは直球で切り込んだ。
「タクミは、生きてるんだろ?」
一切の前置きがない。
エドリックは、視線を外し書類を整えるふりをした。
「……生死不明だ。報告は、そうなっている」
ドランは鼻で笑った。
「じゃあ、誰がエルフと交戦したって報告したんだよ」
一歩、距離を詰める。
「はめられたタクミのことをな。……誰でも気づく話だろ」
エドリックは何も答えず、ドランもそれ以上は追及しなかった。
ドランは肩をすくめ、話題を切り替える。
「まあいい。それより援軍の件だ。こっちからは、烈槍団を出す」
――烈槍団。
アルマレス冒険者ギルドの代名詞。
最強の呼び声高い特級冒険者アマリアを筆頭に、ここ数年で急速に規模と名声を拡大してきた精鋭部隊だ。
「護衛として連れてきた連中を、そのままお前の帰路につける。残りも準備ができ次第、グランデルへ向かわせるつもりだ」
エドリックは一瞬考え込んだ後、口を開いた。
「……それはありがたい。感謝する」
だが、その目には疑念が宿っていた。
「タクミは……渡さんぞ」
ドランは、にやりと口角を吊り上げた。
「本人の意思なら、問題ねぇだろ?」
狙いは明らかだった。
誰よりも早くタクミに接触し、自分たちの陣営へ引き入れる。
そのための烈槍団。
もっとも、ドランは最初からそれを隠すつもりもなかった。
「勘違いすんなよ。別に下心だけじゃねぇ」
先ほどまでの笑みを消し、真面目な顔で続ける。
「ウチで大魔奔が起きた時、グランデルには随分と助けてもらったからな。今度はこっちが恩を返す番だ」
その言葉に、エドリックの表情が少し和らいだ。
「それに、タクミにも感謝してるんだぜ?」
「タクミに?」
「ああ。デケェ棍棒を持ったヤツが、大暴れしてたってな。戦場にいた連中は、皆知ってる」
ドランは当時の光景を思い浮かべるように笑った。
「こっちじゃ、あいつのファンも多いんだぜ?」
エドリックも、その話には覚えがあった。
アルマレスを襲った大魔奔。
あの時はグランデルからも多くの冒険者が救援に向かい、タクミもその一人として戦場に立っていた。
「それより、早く動かねぇと、あいつらに連れてかれるぞ?」
顎で扉の向こうを示す。
その先には、ユリウスやラドールに用意された控室があった。
エドリックも、ドランが何を言いたいのかは理解していた。
「……天使教、いや、エルフには逆らえんのだろう」
「それだけじゃねぇよ」
ドランは首を横に振った。
「タクミは、あいつらにとっても不都合な存在なのさ」
「……どういう意味だ?」
その質問に、ドランは意外そうな顔をした。
「なんだ……聞いてねぇのか?」
エドリックが怪訝そうな顔をすると、ドランは首の後ろを掻きながら、少し考え込んだ。
「棍棒を持ったヤツが目立ったのは、ウチだけじゃねぇってことだ」
「……?」
「きな臭い事件がいくつかあってな。どれも表沙汰にはなってねぇが、現場でデケェ棍棒を持った男が目撃されてる」
「……それがタクミだと?」
「さあな。ただ、妙なことにその話を知ってる連中が、揃って口を閉ざしてやがる」
ドランは、声を潜めた。
「しかも、あいつらのお膝元でだ」
エドリックは眉をひそめた。
それが事実なら、ただの偶然として片づけるわけにはいかない。
タクミが他都市で何をしていたのか、エドリック自身もすべてを把握しているわけではなかった。
「……詳しく聞かせろ」
「そうしたいところだが、俺も全部知ってるわけじゃねぇ」
ちょうどその時、扉が控えめに叩かれた。
「失礼します。ドラン様、お時間です」
入ってきた付き人がドランの耳元で何かを告げると、彼は面倒そうに顔をしかめた。
「もうそんな時間か。……仕方ねぇな」
椅子から立ち上がり、軽く外套を整える。
「詳しいことはバルドにでも聞いてみろ。あいつなら何か知ってるだろうよ」
「……分かった」
ドランが扉へ向かおうとしたところで、エドリックはもう一つ、気になっていたことを尋ねた。
「ドラン。お前は、本当にタクミが魔王だと思うか?」
ドランは足を止め、少しだけ振り返った。
「さあな。俺にも分からねぇよ」
あっさりとした返答だった。
「だが、疑ってるのは俺たちだけだ。エルフどもは、もう決めつけて動いてやがる」
そこまで言うと、ドランの表情から笑みが消えた。
「いいか、エドリック。戦争になるかどうかなんて話は、もうとっくに過ぎてんだよ。あいつらは既に動いてる。こっちも覚悟を決めなきゃならねぇ」
エドリックは何も言わなかった。
ドランは扉に手をかけ、最後に顔だけを横へ向けた。
「それに、タクミが英雄カゲヤマの再来だってんなら、エルフにビクビクする時代も終わりだ」
再び、口元に笑みが浮かぶ。
「どっちに転んでも、歴史が動くぜ」
そう言い残すと、ドランは付き人を連れて控室を出ていった。
残されたエドリックは、しばらく閉じた扉を見つめていた。
◇
この日を境に、評議で交わされた話が各地へと漏れ始めた。
エルフ王国が戦争の準備を進めていること。その原因が、新たな魔王候補の出現にあること。
そして、その人物の引き渡しをエルフ側が要求していること。
その人物の名は――グランデルの特級冒険者タクミ。
その名前を聞いて驚く者もいれば、信じられないと笑い飛ばす者もいた。
だが、かつて彼に助けられた冒険者たちは、迷わなかった。
彼らはすぐに、グランデルへと動き出した。
胸に抱く想いは、ただ一つ。
――借りを、返す。