棍棒ひとつで迷宮を往く   作:cla29

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第三十八話 不在の中心

 中央都市リューベン。

 自由都市連合の臨時評議は、予定の時刻を過ぎても続いていた。

 

 議論は、最後までまとまらなかった。

 

 各都市の首長たちは互いに譲らず、時間だけが過ぎていく。

 その中で、リューベン首長ユリウスは、妥結案を提示した。

 

 決定事項は、以下の通りである。

 

 ・特級冒険者タクミの生死を、正式に確認すること

 ・生死が不明な間、エルフ王国への回答は保留とする

 ・グランデルにおける大規模魔奔の兆候に対し、協定に基づく援軍を派遣する

 ・当該援軍には、特級冒険者タクミの捜索任務を含める

 

 いずれも、誰もが正面から反対しにくい内容だった。

 結局、誰もが不満を残しながらも、この案を受け入れることになった。

 

 こうして、長かった会議はようやく終わった。

 

 

 ◇

 

 

 議事堂の一角。

 帰路の準備を進めていたグランデル首長エドリックの控室の扉が、ノックもなく開いた。

 

「――邪魔するぞ」

 

 入ってきたのは、アルマレス首長ドランだった。

 護衛の姿はない。どうやら一人で来たらしい。

 

 エドリックが何か言う前に、ドランは直球で切り込んだ。

 

「タクミは、生きてるんだろ?」

 

 一切の前置きがない。

 エドリックは、視線を外し書類を整えるふりをした。

 

「……生死不明だ。報告は、そうなっている」

 

 ドランは鼻で笑った。

 

「じゃあ、誰がエルフと交戦したって報告したんだよ」

 

 一歩、距離を詰める。

 

「はめられたタクミのことをな。……誰でも気づく話だろ」

 

 エドリックは何も答えず、ドランもそれ以上は追及しなかった。

 ドランは肩をすくめ、話題を切り替える。

 

「まあいい。それより援軍の件だ。こっちからは、烈槍団を出す」

 

 ――烈槍団。

 アルマレス冒険者ギルドの代名詞。

 

 最強の呼び声高い特級冒険者アマリアを筆頭に、ここ数年で急速に規模と名声を拡大してきた精鋭部隊だ。

 

「護衛として連れてきた連中を、そのままお前の帰路につける。残りも準備ができ次第、グランデルへ向かわせるつもりだ」

 

 エドリックは一瞬考え込んだ後、口を開いた。

 

「……それはありがたい。感謝する」

 

 だが、その目には疑念が宿っていた。

 

「タクミは……渡さんぞ」

 

 ドランは、にやりと口角を吊り上げた。

 

「本人の意思なら、問題ねぇだろ?」

 

 狙いは明らかだった。

 誰よりも早くタクミに接触し、自分たちの陣営へ引き入れる。

 そのための烈槍団。

 

 もっとも、ドランは最初からそれを隠すつもりもなかった。

 

「勘違いすんなよ。別に下心だけじゃねぇ」

 

 先ほどまでの笑みを消し、真面目な顔で続ける。

 

「ウチで大魔奔が起きた時、グランデルには随分と助けてもらったからな。今度はこっちが恩を返す番だ」

 

その言葉に、エドリックの表情が少し和らいだ。

 

「それに、タクミにも感謝してるんだぜ?」

 

「タクミに?」

 

「ああ。デケェ棍棒を持ったヤツが、大暴れしてたってな。戦場にいた連中は、皆知ってる」

 

 ドランは当時の光景を思い浮かべるように笑った。

 

「こっちじゃ、あいつのファンも多いんだぜ?」

 

 エドリックも、その話には覚えがあった。

 

 アルマレスを襲った大魔奔。

 あの時はグランデルからも多くの冒険者が救援に向かい、タクミもその一人として戦場に立っていた。

 

「それより、早く動かねぇと、あいつらに連れてかれるぞ?」

 

 顎で扉の向こうを示す。

 その先には、ユリウスやラドールに用意された控室があった。

 

 エドリックも、ドランが何を言いたいのかは理解していた。

 

「……天使教、いや、エルフには逆らえんのだろう」

 

「それだけじゃねぇよ」

 

 ドランは首を横に振った。

 

「タクミは、あいつらにとっても不都合な存在なのさ」

 

「……どういう意味だ?」

 

 その質問に、ドランは意外そうな顔をした。

 

「なんだ……聞いてねぇのか?」

 

 エドリックが怪訝そうな顔をすると、ドランは首の後ろを掻きながら、少し考え込んだ。

 

「棍棒を持ったヤツが目立ったのは、ウチだけじゃねぇってことだ」

 

「……?」

 

「きな臭い事件がいくつかあってな。どれも表沙汰にはなってねぇが、現場でデケェ棍棒を持った男が目撃されてる」

 

「……それがタクミだと?」

 

「さあな。ただ、妙なことにその話を知ってる連中が、揃って口を閉ざしてやがる」

 

 ドランは、声を潜めた。

 

「しかも、あいつらのお膝元でだ」

 

 エドリックは眉をひそめた。

 

 それが事実なら、ただの偶然として片づけるわけにはいかない。

 タクミが他都市で何をしていたのか、エドリック自身もすべてを把握しているわけではなかった。

 

「……詳しく聞かせろ」

 

「そうしたいところだが、俺も全部知ってるわけじゃねぇ」

 

 ちょうどその時、扉が控えめに叩かれた。

 

「失礼します。ドラン様、お時間です」

 

 入ってきた付き人がドランの耳元で何かを告げると、彼は面倒そうに顔をしかめた。

 

「もうそんな時間か。……仕方ねぇな」

 

 椅子から立ち上がり、軽く外套を整える。

 

「詳しいことはバルドにでも聞いてみろ。あいつなら何か知ってるだろうよ」

 

「……分かった」

 

 ドランが扉へ向かおうとしたところで、エドリックはもう一つ、気になっていたことを尋ねた。

 

「ドラン。お前は、本当にタクミが魔王だと思うか?」

 

 ドランは足を止め、少しだけ振り返った。

 

「さあな。俺にも分からねぇよ」

 

 あっさりとした返答だった。

 

「だが、疑ってるのは俺たちだけだ。エルフどもは、もう決めつけて動いてやがる」

 

 そこまで言うと、ドランの表情から笑みが消えた。

 

「いいか、エドリック。戦争になるかどうかなんて話は、もうとっくに過ぎてんだよ。あいつらは既に動いてる。こっちも覚悟を決めなきゃならねぇ」

 

 エドリックは何も言わなかった。

 ドランは扉に手をかけ、最後に顔だけを横へ向けた。

 

「それに、タクミが英雄カゲヤマの再来だってんなら、エルフにビクビクする時代も終わりだ」

 

 再び、口元に笑みが浮かぶ。

 

「どっちに転んでも、歴史が動くぜ」

 

 そう言い残すと、ドランは付き人を連れて控室を出ていった。

 残されたエドリックは、しばらく閉じた扉を見つめていた。

 

 

 ◇

 

 

 この日を境に、評議で交わされた話が各地へと漏れ始めた。

 

 エルフ王国が戦争の準備を進めていること。その原因が、新たな魔王候補の出現にあること。

 そして、その人物の引き渡しをエルフ側が要求していること。

 

 その人物の名は――グランデルの特級冒険者タクミ。

 

 その名前を聞いて驚く者もいれば、信じられないと笑い飛ばす者もいた。

 だが、かつて彼に助けられた冒険者たちは、迷わなかった。

 

 彼らはすぐに、グランデルへと動き出した。

 胸に抱く想いは、ただ一つ。

 

 ――借りを、返す。

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