棍棒ひとつで迷宮を往く   作:cla29

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第四十九話 烈槍到着

 迷宮入口前の防衛線は、すでに崩れかけていた。

 

 兵士の盾が甲高い音を立てて弾かれ、受け止めた男がたまらず後ずさる。その隙を狙って、別のエルフが素早く踏み込んできた。

 

「詰めるな! 横を空けるな!」

 

 バルドの怒声が飛ぶ。

 

 迷宮入口前に築かれた防衛陣地では、防柵を頼りに人間側がどうにか前線を維持していた。

 本来なら、散発的に現れる魔物相手には十分な布陣だった。

 

 だが今、前にいるのは魔物ではない。

 白銀の鎧を身にまとったエルフの戦士。

 

 一人一人の剣技が優れているうえに、動きも速く、力も強い。攻撃を受け止めても構えごと押し込まれる。

 兵士の一人が胸元を斬られ、その場に崩れ落ちた。

 隣にいた兵士が慌てて槍を突き出すが、エルフの戦士は身体を捻って軽々と避けると、振り返りざまに槍の柄を斬り飛ばした。

 

「くそっ……!」

 

 前列の兵士たちが後退し、その綻びを別のエルフが踏み込んでくる。

 戦況は、あっという間に劣勢へ追い込まれていた。

 

 そこへ、重い足音を立てて一人の男が割って入った。

 

 バルドだった。

 

 両手で握った分厚い剣を振り上げると、目の前のエルフに向かって勢いよく振り下ろす。

 

 ――ガァンッ!

 

 エルフの戦士は咄嗟に盾を構えたが、あまりの衝撃に半歩後ろへ押し戻された。

 予想以上の威力だったのか、驚いたように目を見開いている。

 

 しかし、バルドは追撃しなかった。

 

 今は敵を倒すことよりも、前線を突破されないことが重要だった。

 

「前だけ見ろ! 下がるな! 抜かれたら街まで一直線だぞ!」

 

 その怒声に、崩れかけていた前列がわずかに持ち直す。

 兵士が盾を寄せ、冒険者が隙間へ滑り込む。

 

 バルド自身も一歩前へ出ると、左から迫る剣を受け止め、そのまま力任せに押し返した。

 続けて踏み込んできた別の戦士には、横薙ぎの一撃を叩き込む。

 

 浅い一撃だったが、受けたエルフは大きく体勢を崩した。

 

 元特級。

 引退したとはいえ、その実力は並の戦士を遥かに上回っていた。

 だが、全盛期の頃と比べれば、衰えは隠せなかった。

 

(……ちっ、身体がついてこねぇ)

 

 バルドは奥歯を噛みしめた。

 一撃の威力にはまだ自信がある。だが、剣を振るうたびに腕が重くなり、足の動きも少しずつ鈍くなっていた。

 若い頃なら、今の一撃で相手を斬り伏せ、その勢いのまま次の敵へ向かっていただろう。

 

 ところが今は、押し返すだけで精一杯だった。

 

 それを見抜いたのか、エルフたちが次々と攻撃を仕掛けてくる。

 一人の剣を受け止めた直後、横から別の戦士が斬りかかり、さらに反対側から三人目が迫る。

 

 見事な連携だった。

 

「うおおおおおっ!」

 

 近くにいた冒険者が援護に入ろうとするが、迷宮の闇から矢が飛んできた。

 さらに青白い魔弾が着弾し、激しい爆発とともに石片が飛び散る。

 

 冒険者が吹き飛ばされ、後に続こうとした槍兵も足を止めた。

 エルフたちは前衛だけでなく、後衛との連携も徹底していた。誰かが助けに入ろうとしても、弓や魔法によって妨害されてしまう。

 

「ぐっ……!」

 

 バルドが兵士を庇おうと身体をずらした瞬間、エルフの剣が脇腹を掠めた。

 

 鎧の隙間から血が滲み、思わず顔が歪む。

 

 そこへ、別のエルフが踏み込み、喉元を狙って剣を振り上げる。

 

 バルドは慌てて剣を戻そうとしたが、間に合わない。

 

(……まずい!)

 

 身体を捻って避けようにも、すでに体勢が崩れていた。

 

 終わった。

 そう、誰もが思った瞬間だった。

 

 ――赤い閃光が、エルフの剣を勢いよく弾き上げた。

 

 ガキィン!

 

 激しい金属音が響き、火花が飛び散る。

 予想外の攻撃にエルフの戦士が後ずさり、バルドも思わず目を見開いた。

 

 そこに立っていたのは、一人の女だった。

 

 長槍に巻かれた赤い布が、風に揺れていた。

 兜の隙間からは燃えるような赤髪がこぼれ、黄銅色の軽鎧がその身体を覆っている。

 すらりとした体格だったが、その立ち姿には少しの隙も感じられなかった。

 

 薄闇の中、その女の周囲だけが、かすかに熱を帯びているように見えた。

 

 見たことがない者でさえ、直感する。

 

 耳にしてきた噂が、そのまま人の形を取って立っている。

 そう思わせるほどの存在感だった。

 

 ――烈槍のアマリア。

 

 最強と称される冒険者だった。

 

「……遅かったか」

 

 アマリアは周囲の状況を確認すると、小さく呟いた。

 

 その背後から、さらに数人の冒険者が駆け込んでくる。

 

 巨盾を構えた大柄な男が、、崩れかけていた前列へ割って入った。

 エルフの攻撃を正面から受け止め、そのまま押し返していく。

 

 同時に、長弓を持った女が近くの高台へ飛び乗った。

 着地するなり矢を放ち、一射目でエルフの肩を射抜く。続く二射目は、前へ出ようとした別の戦士の腿に突き立った。

 

 さらに後方では、神官らしき女が祈りを捧げていた。

 淡い光が周囲の兵士たちを包み込み、傷ついた者たちが次々と立ち上がっていく。

 

 その横では痩せた魔導士が両手を掲げ、青白い魔弾を連続して撃ち込んでいた。

 

 突然現れた援軍によって、エルフ側の攻撃が少しずつ押し戻されていく。

 彼らは皆、アマリア率いる烈槍団の中核を担う冒険者たちだった。

 

「烈槍……」

「烈槍のアマリアだ……!」

 

 先ほどまで押されっぱなしだった兵士たちの表情が、明るくなっていく。

 失いかけていた士気が、再び高まっていく。

 

 アマリアは、倒れかけていたバルドへ視線を向けた。

 

「まだ立てるか、ギルド長」

 

 バルドは脇腹を押さえながら、にやりと笑った。

 

「……誰に言ってやがる」

 

「ならいい」

 

 それだけ言うと、アマリアは前方へ向き直った。

 

 目の前には白銀の戦士たちが並び、その背後には迷宮の暗闇が広がっていた。

 

 彼女は長槍を握り直し、ゆっくりと腰を落とした。

 それを見たエルフの戦士が、真正面から斬り込んでくる。

 

 鋭い踏み込みだったが、アマリアは身体を半歩ずらすだけで剣を避けた。

 そのまま長槍を突き出す。

 

 特別な技を使ったわけではない。ただの突きだった。

 しかし、その速さと威力は桁違いだった。

 

 エルフは咄嗟に盾を構え、槍を受け止めた。

 だが、その衝撃に耐えきれず、盾ごと腕が押し上げられる。

 

 がら空きになった胸元へ、アマリアがさらに一歩踏み込んだ。

 続けざまに放たれた突きが胸当てに叩き込まれ、重装備のエルフが勢いよく吹き飛んだ。

 両足が地面から離れ、そのまま後方の仲間を巻き込んで転がっていく。

 

 瞬く間に、敵の前列に大きな隙間ができた。

 

 そこへ巨盾の男が踏み込み、盾を押し出してさらに敵を後退させる。

 高台からは矢が降り注ぎ、さらに魔導士の放った魔弾がエルフたちの後方で次々と炸裂した。

 

 烈槍団の連携によって、エルフたちの陣形が少しずつ崩されていく。

 

 アマリアは、すでに次の敵へ向かっていた。

 

 長槍を引き戻すと、そのまま横薙ぎに振るう。

 エルフの戦士が剣で受け止めた。

 

 だが、アマリアは力で押し込まなかった。

 

 受け止められた瞬間、手首を返して槍を半回転させる。

 柄が剣身に絡みつき、エルフの剣先が大きく横へ流された。

 

「なっ……!」

 

 体勢を崩した戦士の足元へ、アマリアは槍の柄を滑り込ませる。

 踏み込もうとしていた足を払われ、エルフの身体がふわりと宙に浮いた。

 

 その瞬間には、もう槍が振り上げられていた。

 

 ――ドンッ!

 

 振り下ろされた長槍が、宙に浮いた身体を真上から叩き落とす。

 エルフは受け身を取る間もなく、地面へ打ちつけられた。

 

 それを見た二人のエルフが、すかさず左右から斬りかかってくる。

 

 アマリアは表情ひとつ変えず、長槍を構え直した。

 

 右から迫る剣を槍の柄で受け流すと、その勢いを利用して身体を回転させた。

 赤い布が大きく翻り、長槍が弧を描く。

 左から迫っていた戦士は、咄嗟に剣を構えたものの間に合わず、横薙ぎの一撃をまともに受けて吹き飛ばされた。

 

 さらにアマリアは回転の勢いを殺さず、そのまま踏み込んで槍を突き出す。

 

「ぐあっ!」

 

 残る一人の腹部に柄尻が深くめり込み、その衝撃でエルフは後方へ吹き飛び、地面を転がっていった。

 アマリアは倒れた敵を一瞥すると、すぐに次の相手を探した。

 

 しかし、その時だった。

 

 ――ゴゥン。

 

 地面の奥から、何かを叩くような鈍い音が響いてきた。

 

 誰もが一瞬だけ動きを止める。

 迷宮の底で膨れ上がっていたものが、一段跳ね上がったような響きだった。

 

 その響きに、アマリアの脳裏にはあの時の光景が蘇った。

 

 ――二年前。

 

 アルマレスを襲った大魔奔。

 

 押し寄せる魔物の群れ。

 崩れる陣形。

 

 あの時も、自分の街は今と同じ音を立てていた。

 

 そして、その最前にいたのが――あなただった。

 

 崩れかけた前線で、たった一人、押し寄せる魔物を食い止めていた。

 

 言葉を交わしたのは、一度だけだ。

 何を言ったかも、何を返されたかも、もう曖昧だ。

 

 それでも、ひとつだけ覚えている。

 

 あなたは、誰よりも前で、誰よりも深く、街を守っていた。

 凱歌をあげる街から、何も語らず、静かに去っていった。

 

 見返りもなく。

 誇るでもなく。

 ただ、当然のように。

 

 アマリアは長槍を握り直すと、迷宮の入口へ視線を向けた。

 

「……借りは返す」

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