グラディオンの喉奥で、白い光がみるみる輝きを増していく。
――次に吐く。
そう判断したタクミは、すぐに地面を蹴った。
真正面には出ず、グラディオンの周囲を大きく回り込むように駆けていく。
巨柱の間を縫いながら何度も方向を変え、白灰色の床を蹴るたびに砕けた石片が跳ね、その速さに残像が幾つも取り残されていた。
右へ、左へ、そしてまた右へ。
グラディオンもそれに合わせて首を巡らせ、時には巨体の向きを変える。しかし、その動きは必要最低限だった。
無理に追いかけようとはせず、竜眼だけはタクミの姿を正確に捉え続けている。
喉奥では白い光が膨れ上がっていたが、それでも竜はまだ吐こうとしなかった。
駆けながら、タクミは自分の身体の感覚を確かめていた。
棍棒から返ってくる熱はない。握った手には、いつもの反応が何も伝わってこなかった。
それでも、身体は問題なく動いている。
(……大丈夫だ。いつも通り)
柱の位置、敵との間合い、竜が向いている方向、そこから踏み込める角度。
相棒の反応がなくても、やっている事はいつもと変わらなかった。
それに気づいて、タクミは少しだけ安心した。
(いつからだ?)
ふと、そんな疑問が浮かんだ。
最初の頃は、何もかも相棒頼りだった。どこを打てばいいのか、どう動けばいいのか、どこまで踏み込めば危険なのか。
だが、いつからか、相棒の助けがなくても自然とやれるようになっていた。
気づかなかっただけで、ずっと前からそうだったのかもしれない。
――余計なことを考えるな。
タクミは意識を切り替えると、一本の巨柱の陰へ滑り込んだ。
竜の視界からタクミの姿が消えた瞬間、足を踏み込むと同時に身体を鋭く捻った。
走ってきた勢いを一瞬で切り替え、逆方向へ一気に加速。
それまでの動きとはまったく違う角度から、グラディオンへ飛び込んでいく。
柱の陰から飛び出した時、竜の顔はまだ先ほどまでタクミが走っていた方向を向いていた。
――好機。
狙うは懐。そこまで潜り込めば、あとは棍棒を叩き込み続けるだけだ。どれだけ硬かろうが、連打で押し潰す。
タクミは最後の一歩を強く踏み込み、その勢いのまま跳躍した。棍棒を振りかぶり、竜まで一気に迫る。
その瞬間だった。
――喉奥で膨れ上がっていた白光が、突然消えた。
喉奥へ引き込まれた白光が、首筋から胴体へと走り、一瞬で四肢や翼へ広がっていく。
(――やばい)
背筋が冷えた直後、グラディオンの全身が、内側から光を放つように輝いた。
――ゴゥンッ!
一瞬、周囲の音が消えたように感じた。
次の瞬間、グラディオンを中心に白い衝撃の輪が一気に広がった。
それは、周囲のものを押し潰し、切り裂きながら広がる、凄まじい衝撃の奔流だった。
避ける暇はなかった。
タクミは反射的に棍棒を身体の前へ滑り込ませ、半身を捻って顔を背けた。
少しでも身体に触れる面積を減らして、直撃だけは避けようとする。
白い衝撃輪が、懐まで踏み込んだタクミを容赦なく呑み込んだ。
直後、凄まじい轟音が広間に響き渡った。
周囲の巨柱が次々と斜めに削り取られ、白灰色の石壁には無数の亀裂が走る。
同時に、タクミの視界が激しく揺れた。
棍棒を構えていた腕が弾かれ、身体が宙に浮く。
胸に鈍い衝撃が走り、肩には引き裂かれるような痛みを感じた時には吹き飛ばされていた。
そのまま背中から地面へ叩きつけられ、勢いを殺せないまま転がっていく。
途中で砕けた柱の残骸に肩をぶつけ、さらに跳ね飛ばされると、床を滑ってようやく止まった。
「――ッ、グ……!」
息が入らなかった。
肺が潰れたように動かず、息を吸い込もうとしても、うまく空気が入ってこない。
耳の奥ではキィンと高い音が鳴り続け、周囲の音もほとんど聞こえない。
しばらくして、ぱらぱらと石片の落ちる音が聞こえてきた。
顔を上げると、神殿の柱が何本も途中から斜めに削られていた。広間の一角は大きく抉れ、床もあちこちでめくれ上がっている。
まともに受けていたら、それで終わっていた。
(またかよ……フェイントか)
うつ伏せのまま、タクミは考えていた。
ブレスを吐くと見せかけて、わざと光を引っ込めた。そして、こちらが懐へ入ってきたところで、全周囲への攻撃に切り替えている。
今までの敵とは違う。
さっきの初撃といい、次の瞬間にはもう別の攻撃を返してくる。
その場で慌てて対応しているわけではない。最初から、いくつものカウンターを用意しているようだった。
喉の奥に鉄の味が広がり、口元から血が滴り落ちた。
タクミは片膝を立て、どうにか身体を起こそうとした。
腕が痺れて、うまく力が入らない。棍棒を掴み直そうとしても、一度指が滑ってしまう。
――棍棒がなければ、間違いなく死んでいた。
だが、またしてもグラディオンは追撃してこなかった。
神殿の中央で翼を畳んだまま、白銀の瞳をこちらへ向けている。踏み潰しに来る様子もなければ、再びブレスを吐く気配もない。
ただ、タクミが倒れたかどうかを確かめているようだった。
(……来ないのか?)
呼吸を整えながら、タクミは竜の様子をうかがった。
ずいぶん余裕があるようにも見える。
しかし今の攻撃を何度でも使えるなら、わざわざこちらが立ち上がるのを待つ必要はない。そのまま追撃すれば、簡単に仕留められるはずだ。
タクミは竜から目を離さず、注意深く観察した。
こちらを見下ろす竜の顔には、先ほど叩き込んだ棍棒の一撃の痕が、はっきりと残っていた。
最初の一撃は、確かに通っている。
そして今、前脚の爪が石床に深く食い込み、巨体を支えるようにわずかに沈んでいる。
(反動か……?)
少なくとも、あの全周囲への攻撃は何度も続けて使えるものではなさそうだった。
消耗が激しいのか、それとも使用回数に制限があるのか。
それが分かると、タクミは少し落ち着きを取り戻した。
竜がこちらを舐めているわけでも、試しているわけでもなさそうだった。
最初に叩き込んだ棍棒の一撃は、確かに効いていた。あちらも、できれば接近戦は避けたいのかもしれない。
だからこそ、無理に追撃せず、こちらが仕掛けてくるのを待っているのだろう。
タクミは口元の血を拭った。
身体中が痛かったが、考えるべきことだけははっきりしていた。
棍棒を肩に担ぎ、もう一度グラディオンを見る。
この竜は、こちらの攻撃にカウンターを合わせて、少しずつ選択肢を減らしてくる。
まるで、こちらが何をするのか分かっているみたいだった。
(……先が見えてるのか?)
一瞬、未来予知という言葉が頭をよぎった。
だが、すぐにその可能性を否定した。
たとえ先を読んでいたとしても、こちらの動きを完全に止められているわけではない。
さっきも自分が踏み込んだ先を潰しただけだ。速さそのものに対応できたわけじゃない。
何より、自分にできることは限られている。
(どのみち、やることは同じだ)
ただ――このまま突っ込めば、また同じように返されるだけだ。
(……なら、やり方を変える)
タクミはゆっくりと立ち上がった。
それを見たグラディオンの白銀の瞳が、わずかに細くなる。
次の瞬間、それまで畳まれていた翼が、重々しい音を立てて左右に開く。
グラディオンはゆっくりと上体を起こし、長い首を伸ばした。まるで、こちらを迎え撃とうとしているかのようだった。