棍棒ひとつで迷宮を往く   作:cla29

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第五話 調査隊

 グランデル――迷宮都市の冒険者ギルド〈灰鉄の門〉。

 

 分厚い鉄扉を押し開けると、革と油の匂いが鼻に入ってきた。

 

 石床を行き交う冒険者たちの靴音。武具を手入れする金属音。依頼書を片手に話し合う声。

 

 朝からかなり賑わっているが、市場とは違って、どこか危険な空気がある。

 

(……荒っぽいな。だが、他の都市より魔物が強いと聞く。これくらいでなければ務まらんか)

 

 調査団を率いるヘルマンは、四十前後の男だった。

 

 短く刈った栗色の髪に、濃い顎髭。背は高く、厚手の外套の下には、使い込まれた鎖帷子を着込んでいる。

 

 元は冒険者で、自ら迷宮へ潜っていた時期もある。その経験を買われ、今では調査団を任されるようになっていた。

 

 そんなヘルマンの後ろを、測定器の入った箱を抱えた学者と、魔術師、斥候が続いていく。

 

 案内された先は、ギルドの応接室だった。

 

 分厚い石壁に囲まれたその部屋で、ギルド長バルドと二人の冒険者が席についている。

 

 一人は若い護衛の冒険者。

 

 もう一人は、黒髪の青年だった。

 

 くたびれた外套を羽織り、椅子に座ってこちらを見ている。

 

「今回は街のために尽力いただき感謝する、ヘルマン隊長」

 

 バルドが低い声で言った。

 

「こちらこそ、腕利きを護衛につけていただけるとは心強い。……それに、特級冒険者まで同行してくださると聞きましたが」

 

 礼を返しながら、ヘルマンは室内を見回した。

 

 だが、それらしい人物が見当たらない。

 

「……で、その特級冒険者は、この後合流か?」

 

 バルドの顔がわずかに渋くなる。

 そして、視線を黒髪の青年へ向ける。

 

「……そこにいる」

 

「――え?」

 

 ヘルマンは青年を見る。

 

 どう見ても、どこにでもいそうな冒険者だった。

 

 学者と斥候も目を丸くしている。

 

 そんな視線を一斉に向けられた青年は、軽く手を上げた。

 

「……コンニチハ」

 

 妙に律儀な挨拶があった後、誰かが小さく呟く。

 

「……マジかよ」

 

 

 ◇

 

 

 迷宮へ続く街道を、調査団は歩いていた。

 

 道の両脇には針葉樹の林が続き、枝葉の間から朝の光が差し込んでいる。

 

 一行は縦に並んで進んでいた。

 

 先頭にはタクミと護衛の冒険者、その近くを斥候が歩き、後ろには魔術師と学者が続いている。

 

 しばらく歩いたところで、中央を歩くリーダーのヘルマンは、ふと先頭へ並び、隣の黒髪の青年へと視線を向けた。

 

「……さっきは悪かったな。失礼なことを言ってしまった」

 

 タクミは気にした様子もなく、首を振った。

 

 

「……ダイジョウブ。ヨク、イワレル」

 

 

 ぎこちない話し方に、ヘルマンは少し戸惑った。

 

 そこで、出発前にバルドから聞いた話を思い出す。

 

『あいつは辺境出身でな。言葉が上手く話せないが、会話は理解している』

 

 なるほど、と納得しながら、ヘルマンは歩調を合わせた。

 

「俺が今まで会ってきた特級は、良くも悪くも目立つ奴ばかりでな。特級ってのは、そういうものだと思い込んでいた」

 

「……他ノ、トクキュウ、シッテル」

 

「お、知ってるのか」

 

 後ろを歩いていた学者も、興味を持ったのかちらりと二人を見る。

 

 ヘルマンは苦笑した。

 

「派手な奴らだろう? 派手なだけならいいんだが、我の強い奴も多くてな。君みたいな人の方が、こっちとしては仕事がやりやすい」

 

 タクミはヘルマンを見て、少しだけ笑った。

 

「……ナンデモ。テツダウヨ」

 

「はは、それは助かる」

 

 どうやら思っていたより、付き合いやすい男らしい。

 

 そのやり取りを聞いていた他の団員たちも、少しだけ緊張が解けた様子だった。

 

 ◇

 

 街道を抜けると、岩肌を削って造られた広場に出た。

 

 迷宮の前線拠点だ。

 

 周囲は石垣と木柵で囲まれ、中には十数張の天幕と仮設の詰所が並んでいる。

 

 槍を持った兵士が歩き回り、焚き火の近くでは冒険者たちが武具の手入れをしていた。

 

 調査団が入ってくると、何人かがこちらを見る。

 

 だが、すぐに興味を失ったように、それぞれの作業へ戻っていった。

 

 ヘルマンたちは詰所へ向かい、名簿への署名と札の確認を済ませる。

 

 広場の奥には、巨大な洞窟が口を開けていた。

 

 グランデル迷宮の入口だ。

 

 中から流れてくる空気はひんやりと冷たく、入口近くの松明が小さく揺れている。

 

 ヘルマンは仲間たちを振り返り、静かに告げる。

 

「……行くぞ」

 

 一行は隊列を整え、そのまま迷宮へ入っていった。

 

 背後にあった前線拠点のざわめきも、少し歩けば聞こえなくなった。

 

 ◇

 

「よし、予定通り一層目から調査を開始する」

 

 ヘルマンの声が石造りの通路に響いた。

 

「目標は中層だ。ただし、異常が強ければそこで切り上げる。……各自、気を抜くな」

 

 再び隊列を組む。

 

 先頭は斥候。その後ろにタクミ。中央に学者と魔術師が入り、最後尾を護衛のロイが固める。

 

 今回の目的は単純だった。

 

 階層ごとに魔素の濃度を測り、魔物の分布や周囲の変化を記録する。

 

 異常がどこまで広がっているのか。

 それを確かめるための調査だった。

 

 しばらく一層を調べた後、一行は二層目へ降りた。

 

 開けた広間を見つけたところで、休憩を兼ねて次の測定を始める。

 

 学者が木箱を開き、中から器具を取り出した。

 それを壁際に置いて操作すると、盤面に淡い光が走り、針がゆっくりと動き始める。

 

「コレハ、ナンデスカ?」

 

 すぐ横から声がした。

 

 見ると、タクミが興味深そうに器具を覗き込んでいる。

 

「これは魔素の濃度を測る器具でして……」

 

 学者が説明を始める。

 

「オー、スゴイ」

 

 思った以上にいい反応が返ってきた。

 

 学者も少し嬉しくなり、さらに説明しようとした――その時だった。

 

「それで、この目盛りが――」

 

 ふと、横を見る。

 隣にいたはずの青年の姿が、消えている。

 

「……え?」

 

 学者が目を見開いた瞬間、離れた通路の奥で、ドォン、と炸裂音が響いた。

 

 砂がぱらぱらと降り、全員が通路へ目を向ける。

 

「何が――」

 

 全員が立ち上がった時には、暗い通路の奥からタクミが歩いて戻ってきていた。

 

「……イキナリ キタ」

 

 タクミが指を向ける先に、一行の視線が集まった。

 

 通路の壁には、来た時にはなかった黒い穴がぽっかりと口を開けている。

 

 その下には崩れた岩が散らばり、犬に似た魔物が倒れていた。

 

 鋭い爪を持った魔物だったが、すでに動かない。

 

 どうやら壁を破って飛び出してきたところを、叩き伏せたらしい。

 

 斥候は息を呑み、己の耳と目を疑った。  

 さっきまで、気配はなかった。通路の奥で身を潜めていたわけでもない。  

 それなのに、出現と同時に仕留められている――自分では到底追えない速さ。

 

「……全く気づけなかった」

 

 斥候が呟いた。

 

 後ろから、ロイが感心したように声を漏らす。

 

「やっぱタクミさんはすげーな……上の連中も知ったら腰抜かすぜ」

 

 ヘルマンは、しばらく言葉が出なかった。

 

(なんだ、今の速さは……。今、どうやって動いた……?)

 

 目で追えなかった。

 それどころか、動き出した瞬間すら分からなかった。

 

(……常識では測れん)

 

 見た目こそ普通の冒険者だったが、やはり特級。紛れもない実力者だった。

 

 一方のタクミは、肩についた砂を軽く払うと、平然と隊列へ戻っていく。

 

 その時だった。

 

 どこか遠くから、低い音が聞こえた。

 

 ゴゴ……と、石の奥を何かが動いたような音。

 

「……?」

 

 タクミが顔を上げる。

 

 だが、それきり音は聞こえなかった。

 

 静かになった迷宮の中で、測定器の針だけが、ゆっくりと揺れていた。

 

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