調査は予想以上に順調に進んでいた。
一行は整然とした隊列を保ち、学者は熱心に記録をつけ、魔術師は後方で警戒を怠らない。
そしてギルドから派遣された冒険者ロイは、軽口を叩きながらも斥候として前方を探っていた。
「……タクミさんの噂は知ってたけどさぁ、こんなに差があるとはね」
俺まだ何もしてないぜと、ロイが冗談を飛ばす。その声に兵士たちの緊張が少し緩んだ。
タクミは苦笑しながら棍棒を担ぎ直した。
(……今日は、いつもより気分が軽いなあ)
一人で歩くときにはなかった声がある。
短い会話や笑い声が聞こえてくるだけで、いつもの迷宮とは少し違って感じられた。
(仲間がいるのも……悪くないな)
口には出さない、ただ少しだけ嬉しかった。
だが心の奥では、彼らとは歩く理由が違うとわかっていた。
自分にあるのは依頼でも報酬でもなく――帰る道を探すこと、それだけだ。
◇
一行はその後も順調に進み、五層目の広間へ到着した。
天井の高い、かなり広い場所だった。
ひんやりとした空気が溜まり、壁を伝った水滴が、ぽたぽたと床へ落ちている。
倒れた魔物――リザードマンの死骸を前に、一行は荷を下ろして休んでいた。
学者は慣れた手つきで鱗を剥ぎ、瓶に収める。次いで壁面に小型の探測器を押し当てると、盤面に刻まれた針がぶるぶると震えた。
「ううむ……数値が跳ね上がっていますね。通常なら五層でこの濃度は観測されません」
記録板にすばやく書き付けながら、彼は感心したように続ける。
「いやぁ、やはり特級冒険者はお強いですね。記録が追いつきませんよ」
「……ドウモ」
青年は照れくさそうに視線を逸らし、短く返した。
不器用なやり取りに、周囲の空気も、ほんの少し和らいだ。
だが魔術師は眉をひそめ、杖を握り直した。
「信じられませんね。魔法を使わず肉体だけで……。それに、この階層……魔力の流れが歪んでいます。長居すべき場所ではありません」
「……確かに静かすぎる」
ロイも頷く。
「ゴブリンどころか、他の雑魚の気配もねぇ。嫌な感じだ」
ヘルマンの顔色も晴れなかった。
目の前の死骸を見下ろし、顎の髭を撫でる。
「……リザードマン、か」
現役の頃、命を削って倒した相手を、この青年は息をするように倒していた。
だが彼の異常な強さよりも、迷宮の異変に気を取られる。
本来なら中層に現れる強敵だ。それが、五層目で?
ヘルマンの額にじわりと汗がにじむ。
(表層でリザードマン……なら、中層では何が待つ? オーガか、それとも亜種の魔獣か?)
道中で遭遇したゴブリンの群れ、突然現れた巨大鼠の牙――どれも普段より明らかに動きが鋭かった。
(雑魚ですら強化されている。ならば階層が深まれば、その分だけ脅威も跳ね上がる)
ここで切り上げるべきか……。
だが任務は迷宮の異常を記録すること。
ここで戻ってしまえば、まともな報告すらできない。
(……もう少しだけ進むか)
危険だと判断したら、すぐに引き返す。
そう決めたところで、ヘルマンは立ち上がった。
「そろそろ行くぞ」
休憩を終えようとしたその時だった。
ごう、と地の底から低い唸りが響き、広間全体が震え始めた。
壁の苔や砂がぱらぱらと落ち、床に置いた荷が小刻みに揺れる。
「な、何だ……!?」
学者が立ち上がり、記録板を取り落としそうになる。
タクミは眉をひそめ、足元から膨れ上がる圧に視線を落とした。
(……この感じ……これは)
足元。
さらに、そのずっと下。
無数の魔物の気配が、こちらへ押し寄せてくる。
魔術師が蒼ざめ、震える声を絞り出す。
「魔力の波形が……暴走している!? これはただの揺れじゃない……!」
「や、やべぇ……! 後ろから何十匹も来やがる!」
ロイの声が広間に響き、その場にいた全員の顔色が変わった。
「……隊長」
「……わかっている」
ヘルマンは低く答え、怒号を飛ばした。
「荷物を捨てろ! 逃げるぞ!」
そして、続けて叫んだ。
「魔奔だ!!」
その言葉で全員が事態を悟り、一斉に通路へ駆け出した。
その背後から、地鳴りが追いかけてくる。
――任務はここで終わった。