棍棒ひとつで迷宮を往く   作:cla29

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第六話 牙を剥く迷宮

 調査は予想以上に順調に進んでいた。

 

 

 一行は整然とした隊列を保ち、学者は熱心に記録をつけ、魔術師は後方で警戒を怠らない。

 

 そしてギルドから派遣された冒険者ロイは、軽口を叩きながらも斥候として前方を探っていた。

 

 

 

「……タクミさんの噂は知ってたけどさぁ、こんなに差があるとはね」

 

 

 俺まだ何もしてないぜと、ロイが冗談を飛ばす。その声に兵士たちの緊張が少し緩んだ。

 

 

 

 タクミは苦笑しながら棍棒を担ぎ直した。

 

 

(……今日は、いつもより気分が軽いなあ)

 

 

 一人で歩くときにはなかった声がある。

 

 短い会話や笑い声が聞こえてくるだけで、いつもの迷宮とは少し違って感じられた。

 

 

(仲間がいるのも……悪くないな)

 

 

 口には出さない、ただ少しだけ嬉しかった。

 

 だが心の奥では、彼らとは歩く理由が違うとわかっていた。

 

 自分にあるのは依頼でも報酬でもなく――帰る道を探すこと、それだけだ。

 

 

 ◇

 

 

 一行はその後も順調に進み、五層目の広間へ到着した。

 

 天井の高い、かなり広い場所だった。

 

 ひんやりとした空気が溜まり、壁を伝った水滴が、ぽたぽたと床へ落ちている。

 

 

 倒れた魔物――リザードマンの死骸を前に、一行は荷を下ろして休んでいた。

 

 学者は慣れた手つきで鱗を剥ぎ、瓶に収める。次いで壁面に小型の探測器を押し当てると、盤面に刻まれた針がぶるぶると震えた。

 

 

「ううむ……数値が跳ね上がっていますね。通常なら五層でこの濃度は観測されません」

 

 

 記録板にすばやく書き付けながら、彼は感心したように続ける。

 

 

「いやぁ、やはり特級冒険者はお強いですね。記録が追いつきませんよ」

 

「……ドウモ」

 

 

 青年は照れくさそうに視線を逸らし、短く返した。

 

 不器用なやり取りに、周囲の空気も、ほんの少し和らいだ。

 

 

 だが魔術師は眉をひそめ、杖を握り直した。

 

 

「信じられませんね。魔法を使わず肉体だけで……。それに、この階層……魔力の流れが歪んでいます。長居すべき場所ではありません」

 

 

「……確かに静かすぎる」

 

 

 ロイも頷く。

 

 

「ゴブリンどころか、他の雑魚の気配もねぇ。嫌な感じだ」

 

 

 ヘルマンの顔色も晴れなかった。

 

 目の前の死骸を見下ろし、顎の髭を撫でる。

 

 

「……リザードマン、か」

 

 

 現役の頃、命を削って倒した相手を、この青年は息をするように倒していた。

 

 だが彼の異常な強さよりも、迷宮の異変に気を取られる。

 

 本来なら中層に現れる強敵だ。それが、五層目で?

 

 

 

 ヘルマンの額にじわりと汗がにじむ。

 

 

(表層でリザードマン……なら、中層では何が待つ? オーガか、それとも亜種の魔獣か?)

 

 

 道中で遭遇したゴブリンの群れ、突然現れた巨大鼠の牙――どれも普段より明らかに動きが鋭かった。

 

 

(雑魚ですら強化されている。ならば階層が深まれば、その分だけ脅威も跳ね上がる)

 

 

 ここで切り上げるべきか……。

 

 だが任務は迷宮の異常を記録すること。

 ここで戻ってしまえば、まともな報告すらできない。

 

(……もう少しだけ進むか)

 

 危険だと判断したら、すぐに引き返す。

 

 そう決めたところで、ヘルマンは立ち上がった。

 

「そろそろ行くぞ」

 

 休憩を終えようとしたその時だった。

 

 

 ごう、と地の底から低い唸りが響き、広間全体が震え始めた。

 

 壁の苔や砂がぱらぱらと落ち、床に置いた荷が小刻みに揺れる。

 

 

「な、何だ……!?」

 

 

 学者が立ち上がり、記録板を取り落としそうになる。

 

 

 タクミは眉をひそめ、足元から膨れ上がる圧に視線を落とした。

 

 

(……この感じ……これは)

 

 

 足元。

 

 さらに、そのずっと下。

 

 無数の魔物の気配が、こちらへ押し寄せてくる。

 

 

 魔術師が蒼ざめ、震える声を絞り出す。

 

 

「魔力の波形が……暴走している!? これはただの揺れじゃない……!」

 

 

「や、やべぇ……! 後ろから何十匹も来やがる!」

 

 

 ロイの声が広間に響き、その場にいた全員の顔色が変わった。

 

 

「……隊長」

 

 

「……わかっている」

 

 

 ヘルマンは低く答え、怒号を飛ばした。

 

「荷物を捨てろ! 逃げるぞ!」

 

 そして、続けて叫んだ。

 

 

「魔奔だ!!」

 

 

 その言葉で全員が事態を悟り、一斉に通路へ駆け出した。

 

 

 その背後から、地鳴りが追いかけてくる。

 

 ――任務はここで終わった。

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