漆黒の粘性が漂う異界の領域——『カラスの巣』。戦姫絶唱シンフォギアXVの激闘を終えたはずの世界に突如現れた異形の存在、カルミナ・モーラは、問答無用で街を漆黒のキャンバスへと変え、多くの人々の命を刈り取っていた。
異変を察知し、決戦の地へと乗り込んできたシンフォギア装者たち。しかし、本部との通信は完全に遮断され、不気味な静寂が渦巻いていた。焦燥が募る仲間たちを背に、立花響は静かに歩み寄り、傷ついたカルミナへと手を差し伸べた。「話せばわかるはず……手を取り合おう」と。
だが、その言葉はカルミナにとって最大の逆鱗だった。かつてエンティティに捕われる前、愛する弟を失った絶望から立ち上がるために握った絵筆。愛と希望を込めて詩を紡いだ舌。腐敗した権力者たちは、彼女から絵を描く両手首を切り落とし、詩を語る舌を酷惨に奪い去ったのだ。「手を繋ぐ? 話し合う?」——カルミナの胸中で凄惨な過去が激昂の炎となって爆発した。
黒い影と化したカルミナは瞬歩で響の懐へと肉薄する。一瞬の閃光とともに、響の両手首が切断され、口内から鮮血が噴き出した。舌を根元から削ぎ落とされ、声にならない悲鳴をあげる響の脳内に、カルミナの冷酷な念話が直接響く。
『貴女が「やめて」って言うまで、貴女のお仲間を痛めつけるわ。』
カルミナの惨虐な拷問が始まった。
絶叫しようとする風鳴翼に対しては、黒いインクの刃と化した無数のカラスが群がり、剣を振るう右腕の関節を逆方向に折り曲げた。影の杭が彼女の四肢を床に深く縫い付け、激痛に歪む顔へと漆黒の墨が注ぎ込まれる。
雪音クリスが放った全弾発射は、膨大な黒い絵の具の結界によって完全に呑み込まれた。カルミナは超音波のような幻聴とインクの渦で彼女の視覚と聴覚を奪い、重厚な装甲を内覚から破砕しながら、何度も高所から岩肌へと叩きつけた。
マリア・カデンツァヴナ・イヴの振るう銀の蛇は、カラスの鋭い嘴によって瞬時に細かく刻まれた。逃げ場を失ったマリアの首元を影の腕が固く締め上げ、酸素を奪いながらその骨を軋ませ、絶望の深淵へと引きずり込んでいく。
月読調と暁切歌の連動攻撃は、空間を断ち切る黒い絵の具の壁によって分断された。互いの目の前で、互いの体に影のカラスが喰らいつき、肉を抉っていく様子を見せつけられる。物理的な苦痛以上に、大切なパートナーが苛まれる姿を強制視認させられる精神的拷問が二人を襲った。
響は必死に「やめて」と叫ぼうとした。しかし、舌を失った口からはゴボゴボと虚しい血の泡が溢れ出るのみで、音にならない。絶望の中、カルミナが倒れ伏す翼の喉元へ漆黒のパレットナイフを突き立て、トドメを刺そうとしたその瞬間——空間がバリバリと裂け始めた。
次元の亀裂から現れたのは、並行世界の戦士たち。天羽奏、セレナ、響(another)、キャロル、サンジェルマン、カリオストロ、プレラーティ、フィーネ、そしてRN式回天特機装束を装備した風鳴弦十郎。圧倒的な数の不利と強大な気配を察したカルミナは、爪を立てるように空間を歪ませると、強烈な衝撃波とともに全員を領域の外へと弾き飛ばし、闇の奥へと消えていった。
一命を取り留めたものの、装者たちの被害は壊滅的だった。現代医療と錬金術の粋を集め、立花響の手首と舌は辛うじて接合されたが、彼女の心は完全に粉砕されていた。心配そうに寄り添う小日向未来の問いかけにも、響の頭の中にはあの日カルミナが放った念話が不気味に響き続けていた。
『手を繋げる? 手が無ければ貴女はわかりあえないの? 話をする? 話せなかったら分かり合えないの? ……じゃあ、話もできなければ手もない私とは一生分かり合えない。』
そう言い放った時、カルミナが見せた黒く溶けた異形の手と、舌のない空洞のような口腔が、響の恐怖を永久に縛り付けていた。
その頃、カルミナは自らのアトリエでキャンバスに向かっていた。異形と化した腕はうまく動かず、パレットナイフを何度も床に落としながらも、執念で絵の具を重ねていく。完成したのは、ボロボロになって倒れる装者たちに無数のカラスが群がり、その肉を貪り食っている凄惨な一枚の絵だった。その出来栄えに歪んだ満足感を抱いた瞬間、背後に聖なる光の気配を感じて振り返る。
そこに立っていたのは、神獣鏡(シェンショウジン)のギアを纏った小日向未来だった。
「響を……みんなを、これ以上傷つけさせない!」
未来の放つ浄化の光が、カルミナの影を照らし出す。鏡から放たれる光線はカラスの群れを次々と消滅させ、未来は迫り来る黒いインクの濁流を間一髪で回避しながら迫った。しかし、カルミナの怨念はあまりにも深く、底が知れなかった。解呪の光を物ともせず、地面から突き出た巨大な影の手が未来の光の結界を叩き割り、縦横無尽に飛び交う影の刃が彼女の体を切り刻む。未来は奮闘の末、神獣鏡の最大出力を叩き込もうとしたが、カルミナの鋭利な黒い槍が、未来の腹部を容赦なく貫いた。
未来が単身でカルミナの元へ向かったという報せを受け、立花響は恐怖で激しく震える体に鞭打ち、狂ったように現場へ走っていた。
辿り着いた響が目にしたのは、腹を貫かれ、鮮血の海の中に崩れ落ちる未来の姿だった。
「——あ…………ぁ…………」
響の中で理性の糸が完全に途切れた。言葉にならない咆哮が空間を震わせ、聖詠も歌もない、純粋な殺意と怒りに呑まれた暴走状態の立花響が、カルミナに向かって一直線に襲いかかった。