筋肉痛と花粉症で一週間きつかったでござる。
「ようこそサクラさん、うちはの里へ。歓迎の宴の用意ができています。ささ、あちらへどうぞ」
そう言って、私を出迎えてくれた男は、背中の後ろにキラキラと、星のようなキラメキすら感じられる笑顔なのに、胡散臭さがハンパなかった。
木ノ葉まで私をスカウトに来ていた人で、私の担当上忍みたいなもの、なんだろうか。
たぶん彼が、木ノ葉でもウワサの「うちはの例の男」なんだろうな。
いつの間にか名前も言われなくなった、ただあの男とか、例の男とか、特別顧問とだけ呼ばれる謎の人物。
「うちは一族だけあって、顔だけはいいらしいんだけどねー」
と、イノの言っていたテキトーな評価くらいが、純粋なプラスポイントらしい。
うちは一族の長ですら「悪い奴ではないんだ」と、いきなりフォローから入ったと、うちはの里に派遣された日向ネジさんの報告書も読んだ。
功績は、あるらしい。それはもう表に出せないモノを含めたら、いくつあるのか。正確な所は誰も分からない。
三代目のほうの火影さまが「うちはの里長ですら分からないだろう」って言ってたけど、それはいいんだろうか。
味方のトップにすら伏せておかないといけない功績ってどんなのよ?
表に出ている功績としては、うちは一族の独立を提案して、それを三代目さまに直接交渉して飲ませたとか。
S級の抜け忍で、いまや音隠れの里を興した大蛇丸と固い同盟関係を築いたとか。
会社を作って、うちは一族で表の社会の建築業界でテッペン取ったとか。
小規模な一族やはぐれ忍者を囲い込んで、やっぱり会社作って儲けてるとか。
最近では、クーデターで負けて吊るし上げられた先代水影を弁護して勝ったのを皮切りに、法曹界にも進出しているとか。
……忍者ってなんだっけ?
全然戦ってないんだけど。この人、ちゃんと強いのかな?
「おや? どうしましたサクラさん。そんな顔をして。大丈夫! ちゃんと落ち着いた大人から、少し年下のナマイキなのまで、各種イケメンを取り揃えてありますから!」
(ヨッシャー!! それよそれぇ! そのために、ここに来たのよ私は!!)
「ええ。そこは信用していますよ。会場まではあとどのくらいで?」
私は内なる自分を笑顔の下に隠して、努めて優雅に振舞った。女にはいくつもの顔があるのよ。
でもイケメンには弱い。だってカッコイイから。
だから「うちはに来れば、いい男いっぱいいますよ」という誘い文句に、ついスカウトに乗っちゃったのも仕方が無い。
最初に話が来た時は、騙しているとしか思えなかった。
だって私はただの下忍だし。勉強だけは出来たから、将来アカデミーの講師にならないかって話はあったけど、それくらい。
昇進とか、誉められるとか、そういうのはあんまり無かった。
私に忍者としての素質というものを認めてくれる人は、今までいなかった。
だから「あなたには素質がある」って言われても信じられなかったし、木ノ葉を離れるのもイヤだったので、断ろうとしていた。
でも、あの男は諦めなかった。
「大丈夫! 間違いなく素質はありますよ。もし無くても、何とでもします。うちに来てくれれば、絶対にあなたを幸せにしてみせますとも!」
「は、はぁ!?」
不覚だったわ、ドキッとさせられたけど、不意打ちであんな事を言われたからだし。
ただの一時の気の迷いだし。だからあのヤロウが既婚者だって後で知って、ちょっと落ち込んだとかは、ないんだからね。
信じてもらって、まっすぐ口説かれたのがすごく効いたわけじゃないし。
うちはの里が、あのヤロウ以上のイケメンだらけだって聞いたのが、移籍の決め手なんだから。
それによくよく聞いてみれば、ただ私を引き抜くって話じゃなかったからね。
次郎坊だか太郎坊だかいう、太めの人とのトレード。だから木ノ葉にも不義理はしてないし、火影さまも承認済みだから。
だからそう、私は悪くない。
でも、あのヤロウの言っていた事も確かだと思うから、それも忘れないでおこう。
「ただね、サクラさん。いい男が沢山いたとしても、あなたがモテるとは限りません」
最初は「どうしてそういう事を言うの?」って思ったわ。
既にある「大蛇丸とデキてる」ってウワサを、強化してバラまいてやろうかと思ったわ。
「先駆者がいます。男性のみならず、女性たちからも支持され、ソンケイを受けて、思うようにチヤホヤされているお方が。
……綱手さまです。あなたには、まずあの方への弟子入りをお勧めしますよ」
でも悪い提案でも、あながち間違った指摘でも無いと思えたから、それはちょっとだけにしてあげようと思う。
顔には自信があるけど、スタイルはそこまでじゃないし。ヒナタとまではいかないけど、テンテンさんくらいあったら……
あと大蛇丸とのウワサをちょっとだけバラまくのは、やめてあげない。これは正統なる報復だ。
なんの報復なのかは知らないけども。でも私の心が「やれ」と言っている。
そんな私の内なる決意を露とも知らず、少し先を歩くあのヤロウは、緊張感のない顔で聞いてきた。
「そういえば次郎坊は、木ノ葉で上手くやれそうでしたか? 太ましい男性の地位向上運動をやろうとしたら、秋道一族の人に
「それは我が一族が、木ノ葉隠れの里創設の、はるか前から歩き続けてきた道だ」
とか言われて、野生の秋道一族としてスカウトされて行ったっきりなんですよ」
「ごめんなさい。一度に複数のパワーワード投げつけないでもらえますか?」
情報量が多い。
ていうかもしかして、私って、そのトンチキなスカウトの帳尻を合わせるためにスカウトされたの?
うちはの里のチョウジ枠の穴埋めなの?
なにこの、よくわからないショックは。別にチョウジを下に見ていたとか、そういうんじゃないはずだけど。
でもなんだか傷付いたから、私はウワサを広める規模を、ちょっぴり拡大してやろうと心に決めた。
すると心が落ち着いて、ようやく周りの景色が目と頭に入ってきた。
ここはうちはの里。木ノ葉隠れの里を立ち、国境を越えて、田の国にある忍びの里――の、はずだった。
だけど、目の前に広がるこの光景は、どう見ても私の知っている忍びの里じゃなかった。
道路は綺麗に舗装されていて、白線まで引かれている。しかも等間隔に並ぶ街灯は、いかにも近代的なデザイン。
その一角には、うちは一族らしい黒瓦の伝統的な日本家屋が並んでいる。
なのになぜか、所々にスゴイタカイ、もといすごく高い建物が生えている。
しかもピッカピカのガラス張りで、十階建てくらいのやつ。白いコンクリート製のオフィスビルがそびえ立っている。
雨隠れの里もそういう感じらしいと、資料で見た記憶はある。うちはは雨隠れとも同盟したらしいので、そちらから技術を取り入れたりしたんだろうか。
ただビルの窓に洗濯物が干してあって、生活観を感じて安心した。干してあったのは、綺麗に整えられたスーツとYシャツだったけど。
「な、なにここ……? 本当に、これがうちはの里? ていうか忍びの隠れ里なの?」
思わず足が止まり、口がぽかんと開いてしまう。私もしかして、出向く場所を間違えたんじゃない?
なんか時代が違うっていうか。ここ、忍びの里というより一般の、新興の街っぽいっていうか。
キョロキョロと観光客のように辺りを見回していると、背後からカツ、カツ、と革靴の軽快な足音が近づいてきた。
「ドーモ、サクラちゃん。うちはの里へようこそってばよ!」
聞き覚えのある、しかし口癖のはずの語尾に違和感を覚えるようになってしまった声に、振り返る。
そこに立っていたのは――シワひとつない黒のビジネススーツに身を包み、胸元で正確にネクタイを締め、片手に黒革のアタッシュケースを持った、うずまきナルトだった。
「この度は弊社の提案を受け入れ、ご入社いただき真にありがとうございました。以降は是非良き同僚として、以前に引き続いてのお付き合いの程をお願いいたします!」
……え? 誰?
いや、顔は間違いなくナルトなんだけど、格好が、雰囲気が、脳の処理能力を完全にオーバーしている。この姿を見るのはこれが初めてじゃないけど、このインパクトにまだ慣れない。
私は数秒間、目の前の元同級生を無言で凝視し、ため息をついた。私の目はドン引きしたような、心底あきれたような目をしていたに違いない。
「……アンタ、中忍試験の時からホント芸風変わったわよね。そんな格好するようにもなったし。
だから里の上層部から洗脳を疑われて、徹底的に脳とチャクラの検査とかされたのよ?」
私の鋭いツッコミに対して、ナルトはピシッと背筋を伸ばし、アタッシュケースを持ったままジャケットの裾を整えた。
そして、微動だにしない真剣な目でこう言い放った。
「ふっ…… ご心配なく、サクラさん。これが今の俺の『ビジネススタイル』です。
それに、洗脳だろうとなんだろうと、今の俺は、こんなガツガツ稼いで自己実現ができる俺が、嫌いじゃねーんだ」
……なんか、急に真面目な顔をして、でも最後だけいつもの口調に戻ったわね。ギャップ狙いかしら。
(まあ、及第点って所かな)
上から目線で採点する内なる私は無視して、少しだけ肩の力を抜いた。
「なによ。アンタ、実は形から入ってるだけで、中身は案外、前のまんまじゃない」
そう思えた事に、どこかホッとしたような、呆れたような。でもやっぱりちょっと安心したような気分になる。
すると、ナルトの横からスッと、さらなる影が滑り込んできた。
「いや、だいぶ成長はしているはずだぜ。なんせ、俺の同僚なんだからな」
声の主は、同じく完璧にスーツを着こなし、銀縁メガネを知的につけた、うちはの男の子だった。
え……? なにこのカッコいい男子!? ピシッとしたスーツ姿も、十代なのに着られてるんじゃなくって、もう着こなしてる。ナルトと違って。
「ボクの『同僚』でもありますね」
私に名刺を差し出す、そのイケメン(サスケくんというらしい)の隣から、もうひとりが現れた。
ふんわりとした柔らかい笑顔の、特製のスリムなスーツに身を包んだ美少女だった。
(えっ? カップル!? まさかサスケくん、もう売約済?)
先走る内なる私に動揺を押し付けて、冷静に敵を観察する。まずは情報よ。
そうして得た情報によると、どうも彼は敵ではないらしい。
というか、彼女じゃなくて彼であるらしい。
(美少年同士のカップル!? キャァァァァ!!)
違うそうじゃない。
動揺を押し付けすぎたせいか、暴走する内なる私を一発シバいて心の奥に沈める。
そうして私は表面上は奥ゆかしく、美少年からの名刺も受け取った。
そこには『うちは人材派遣 人事部 うちはハク』と書いてあった。
うちは? それにしてはちょっと顔の系統が違うわね。別系統のイケメンだわ。
「うちはハクさん、とおっしゃるんですね。うちはの一族の人なんですか?」
「生まれは違うんですけどね。母の再婚で苗字が変わりまして」
「ちなみに再婚した先は、俺です。ドーモ、ハクの義父です」
ナルトの再会から少し離れて見ていたあのヤロウが、こちらへ戻ってきて、おどけてくれた。
気を使ってくれたんだろう。それはわかる。
うっかりセンシティブな質問をしちゃって、ハクさんもアッサリと受け答えてくれたけど、こちらが気まずくなる所だったから。
だから、すかさずそこに入ってきて、空気を変えようとしてくれたんだろう。
でもなんかムカつくわ。これが生理的にムリっていう事なんだろうか。いや、それは違うか。
このヤロウが目の前に出てくるだけで、反射で心が攻撃態勢に入るっていうか、平静じゃなくなるっていうか。
なにかしらね、これ。
そんな心の問題から目を逸らすため。それと癒しを求めて、私は視線を男子たちへと向けた。
サスケくん、ハク、ついでにナルト。
整いすぎた容姿の美少年たちが、スーツ姿でビシッと並んで立っている。
しかもうちは一族ということは、いまや超一流企業になったうちはグループの、若手エリート社員。
(はっ……!?)
私の脳内で、勝手に瞬時にドラマが展開されていく。
学校(アカデミー)を出て就職したものパッとせず、そんな私に成長中の大企業から突然のスカウトが。
そしていざ出勤してみると、そこには私をスカウトしたムカつく男と、知り合いが待っていた。
学校では直接こちらに好意を向けていたが、相手にしていなかった男子。それが一足早く就職して、しかもある程度の立場も築いているらしい。
身なりもかなり変わっていて、よく見れば顔も悪くない。
それに加えて、その男子の同僚というイケメンが2人。正統派イケメンと、中性的なイケメン。
この3人の男子と、心を乱す上司との、私の新たな会社員生活がこれから始まるのだ――
(なになに、この美形3人組……!? もしかして、私、ビジネス街を舞台にした恋愛シミュレーションゲームの主人公にでもなったの!? え、これって逆ハーレムってやつ?)
いけない。冷静にならないと。
そう思うのだが、私の内なるサクラも役に立たない。
頭の中でピンク色の背景をバックに、ガッツポーズを決めながら狂喜乱舞のダンスを踊り狂っている。
あっ、爆発四散した。テンションが上がりすぎたのね…… サヨナラ。
使えないものは仕方がない。私は爆散した内なる私の代わりに、2号を作り出した。理性多めで。
そして2号から私自身へと、言い聞かせる。
「落ち着いて、サクラ! あなたは仕事でここに来たのよ!」
そうだった。私、ここに転職してきたんだった。色々あって忘れてたわ。
顔がカッと熱くなるのを自覚しながら、私はパッと表情を引き締め、いつもの勝ち気な(ふりをした)トーンで言い放った。
「春野サクラです。まずは綱手さまに弟子入りして、医療を学ぶ予定です。この里で自分に何ができるのかはまだわかりませんが、よろしくお願いします!」
チヤホヤされるコツを学ぶためではあるけど、綱手さまに弟子入りするのはウソじゃないし。
クノイチとして最高峰で、男だらけの忍び社会で、伝説の三忍として木ノ葉で最高クラスまで駆け上がった人だし、医療忍術の祖だっていうし。
他にも大いに学ぶ所はあるはずだ。
でも、まずは名刺を作るところからかなあ。もらったのに返せないと、なんかすごくやるせないのよね。
このイケメンたちとの関係も、そこからかな。
私の歓迎会のあと、2次会をどこでやろうか、相談中の男子たち。
若干、恋愛脳が抜けていない私は、彼らを鑑賞しながらそう思った。