視点描写って難しいね。
誤字脱字、文のねじれ等ありましたらご報告していただけると幸いでっす。
学校が終わって、バイトもない日の夕方は、思っているほどやることがない。
家に帰って着替えては、とりあえず勉強をする。そして、合間合間でヤチヨの配信アーカイブを見たり、曲を聴いたりして推し活を行う。
正直、休みなのは嬉しいのだが、予定にもない休みがこうも続くと少し困るものだ。休みがないと、休みを願うくせして、休みがあるなら暇を持て余す。人間とは、随分とめんどくさい生き物なのだ。
かく言う私もそのめんどくさい生物の一人なわけで、絶賛暇を持て余しているわけだ。
「……はぁ」
普通の学生からすれば、急遽与えられる休暇というものは、大変嬉しいものであるはずだ。
だが、私は違う。全ての生活費を自分で賄っている身からすれば、予期せぬ休みというのは素直に喜べないものである。二日程度の休みであれば、生活に多少の支障は出ないものの、やはり心の余裕が違う。
「……はぁぁぁ」
心の余裕、それが不足している今の自分に持て余す暇があったとしても、素直に喜べないというのが現状である。明日からは本来予定していた三連休もあるんだ。ただ、暇を持て余す程度ではきっと済まないだろう。
……にしたって、何しようか。勉強だって、ここ数日で意味わかんないくらい復習をしたしなぁ。アーカイブは見漁ったし、配信は今はしてない。
「……あ」
何を迷うことがあるだろうか。
やることなど一つしかないだろう。私としたことがつい失念していた。
「……着替えますか」
着替えてとっとと移動しよう。
そう、隣の部屋に。
「天、いる?」
合鍵なんて持っていない。
だから律儀にチャイムを鳴らす。少し待って、面倒くさそうな足音とともにドアが開いた。
「……え、何、こんな時間に」
「暇なの。入れて」
「……理由になってなくない? もう寝るとこだったんだけど……」
「……いやいや寝るの早いって」
「……えぇ、別に良くない?」
文句を言いながらも、天はドアを大きく開けてくれる。
この「口では渋りながらも結局は受け入れる」感じ、私は結構好きだったりする。
彼自身の優しいなのはわかっているが、それ以上に私を受け入れてくれるっていうのがなんだか少し嬉しいのだ。
「……相変わらず物ないね、この部屋」
「必要な分しかないから」
「せめてクッションとか置きなよ……。床、固いんだけど」
文句を言いながら、私は勝手に彼の部屋の床に座り込む。
天はやれやれといった顔をしながら、少し離れた場所に腰を下ろした。この、絶妙に距離を詰めさせない感じも、いつも通りだ。
「……そういや」
「ん……?」
「昨日の肉じゃが、美味しかったね」
「……」
「また食べたいなー……なんて」
「……気が向いたらね、って昨日も言ったと思うけど」
「気が向くまで、しばらくずっと粘るからっ」
冗談半分でそう言うと、天は珍しく小さく笑った。
ほんの一瞬だったけれど、確かに笑ってくれた。彼が笑うだけでも珍しいのに、それが私に向けられている。それだけで、今日ここに来た甲斐があったと思ってしまう自分がいて、少しだけ単純すぎる気もする。
「じゃあ、夕方くらいから何か作る?」
「……え、いいの?」
「?別に、いいけど」
やった。内心でガッツポーズを決めながら、私は平静を装う。
「……♪」
「……?」
今日は何作ろっかな。
「……えっと、酒寄さん」
「ん? どした?」
「……そろそろ作る?」
「……! う、うん!そうしよっか」
あの後、彼女は特に何をするでもなく、僕の部屋に居座り続けた。スマートフォンで動画を見たり、僕が読みかけの本を勝手に手に取って読み始めたり、思いつくままに話しかけてきたり。
正直、こんなふうに誰かに部屋で長時間過ごされることに、僕は慣れていない。落ち着かない、というのが本音か。
だが、それが不快かと言われると、そうとも言い切れない自分がいることに、少し戸惑ってもいた。
「……ねね、これってレシピ本?」
「うん、昔使ってたやつ」
「昔……」
「……少し、読む?」
「……読もっかな」
彼女はそのままページをめくり始める。
本を読む彼女の様子はどこか真剣だ。そのせいか、僕は特に何をするでもなく、ただその様子を見守っていた。
二人で台所に立つ。
今日も彼女の希望で、簡単な鍋料理を作ることになった。また鍋を作る理由だが、彼女曰く、「……作り置き?」だそうだ。
……はは、彼女らしいな。
「ねぇ、天。切り方雑じゃない、それ」
「……そう? 普通だと思うけど」
「もっと均等に切った方が火の通りが良いんだよ」
「……酒寄さんに教わるとは思わなかった」
「……それどういう意味よ」
軽口を叩き合いながら、鍋の準備を進めていく。この一連のやり取りが、いつの間にか僕の中で、当たり前のもののように馴染み始めていることに、僕自身が一番驚いていた。
出来上がった鍋を、二人で囲む。
具材はネギや鶏肉、きのこや白菜といった王道なものたちばかりだ。それらを、程よい形に切り揃えたものを生姜や醤油、味醂や酒などを用いて作った鍋用の出汁に適当にぶち込んだものだ。正直、料理と言っていいのかは些か疑問ではあるが……、味に問題はないし大丈夫だろう。
「……ちょっと、味濃くない?」
「……僕もちょっと思った」
……味に問題はない。
そんなことは置いといて、だ。鍋を食べながら僕たちは他愛のない話する。鍋の味についてや最近の授業の内容についてなど、とりとめのない会話を続けていたら、気がついたら外は真っ暗になっていた。
「あ、外真っ暗じゃん」
「……あー、ほんとだ」
「そっか、もうこんな時間か……」
「……そろそろ帰る?」
「うーん」
彼女は時計を見て、少し考え込むような顔をした。
なんだか少し、嫌な予感がする。
「今日、なんか帰りたくない気分」
「……はい?」
「だから、ここに泊まる」
「……いや、余計悪くなってない? 話の筋」
僕は思わず声を上げた。だが、彼女は既に決定事項であるかのように、涼しい顔で言葉を続ける。
……いや、なんでですか?
「別に変なことするつもりないし。隣の部屋だから、なんかあったらすぐ帰ればよくない?」
「……いや、そういう問題じゃなくて」
「布団、一組しかないよね。私の分は自分の部屋から持ってくるよ」
「話聞いてる?」
僕の抗議は、ものの見事に彼女に聞き流されていく。
あっという間に部屋へ布団を運び終えた彼女は、満足そうな顔で僕を見上げてくる。
「私ここでいい?」
「……はぁ」
もう何度目かわからないため息をついて、僕は諦めることにした。抵抗しても無駄だということは、この一年で嫌というほど学んでいる。
なんというか、彼女は少し強引だ。
……少しどころではないかもしれない。何かと理由をつけて色々あれこれ強要してくるのは、この一年間で何度もあった。けど、それで何か困ったことがあったかというと別にそんなわけでもない。
「……まぁ、いっか」
何が言いたいかと言うと、別に嫌でないってやつである。
結局、自分の部屋から持ってきた布団を天の布団の横に敷いて横になっていた。
「……ほんとに僕の横なんだ」
「だって、この狭さじゃ仕方なくない?」
「まぁ、そうだけど……」
「……別に嫌ってわけでもないし」
「……?」
電気を消した部屋の中、天のベッドの方から、規則正しい寝息はまだ聞こえてこない。多分、まだ眠っていないのだろう。
「……ねえ、天」
「……何?」
「……今日さ、楽しかった」
「……そっか」
「……急に押しかけたのにありがと」
「……ほんとだよ、急でびっくりしたっての」
「……あはは」
流石に強引だったとは私も反省している。
いくらなんでも,いきなりお泊まりはハードルを超え過ぎている。
「……で、なんでお泊まりだったのさ」
「……んー、仲良くしたかったとか?」
「……仲良く?」
「そう。一年も絡んできたのに、いまだに少し壁を感じるなぁって」
「……そ、れは」
「……別にいいよ。気にしてないから」
「……」
「……一緒にいてくれるだけで、十分だから」
暗闇の中だからだろうか。
いつもよりも少しだけ、素直な言葉が口から零れ出た。天からの返事はなかった。
……だけど、その沈黙が拒絶ではないことくらい、この一年の付き合いで、なんとなくわかるようになっていた。
……十分、なんて嘘だ。
本当は、全然足りない。足りるわけがない。
こうして隣で眠れる夜が、これから先も当たり前のように続いてほしい。誰か他の女の子が、天の作った料理を美味しいと言って笑うところなんて、想像するだけで胸の奥がずくりと痛む。
芦花や真実が天と楽しそうに話しているのを見るだけでも、本当は少しだけ苦しい。私を通じて知り合ったはずなのに、気がつけば私が知らない距離感を築き上げていた。……ずるいじゃん、そんなの知らない。それを顔に出さないようにするだけで、私はいつも精一杯なのだ。
天は多分、私のこの感情の重さを知らない。知ったら、きっと引いてしまう。そのくらい、私は天という存在に対して、身勝手なくらい独占欲を募らせている自覚がある。だから、知られるわけにはいかない。
——誰にも渡したくない。
友達としてとか、隣人としてとか、そんな綺麗な言葉で自分を誤魔化すのは、そろそろ限界かもしれない。天の抱えている痛みも、寂しさも、諦めも、全部、私だけが知っていたい。私だけが寄り添える存在でありたい。それは優しさなんかじゃなくて、ただの独り占めしたいという、醜い欲求なのかもしれない。
それでも、構わないと思ってしまう自分がいる。
天が誰かに心を許しかけるたび、その相手が自分でなければ、私はきっとこれからも、静かに嫉妬し続けるのだろう。そんな重たい感情を抱えていることを、天はまだ知らない。
——知らないままで、いい。今は、まだ。
私は、強く強く自分に言い聞かせながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。
彼女の寝息が、規則正しいものに変わったのを確認してから、僕はしばらくの間、暗い天井を見つめていた。
隣の部屋で誰かが眠っている。
それだけのことが、こんなにも部屋の空気を変えるものなのかと、少し驚いていた。一人だけの部屋の静寂とは、明らかに質の違う静けさが、そこにはあった。
だが、その静けさの中でも、僕の頭の中は、いつも通りに騒がしかった。
彼女と過ごした時間は、確かに悪くなかった。笑い合ったし、軽口も叩き合った。それでも、夜が更けるにつれて、頭の奥に沈んでいたあの重たい考えが、少しずつ浮かび上がってくる。誰かがすぐそばで眠っていても、それは変わらなかった。
——一緒にいたって、結局は一人なんだよな。
自嘲するように、そんなことを思う。彼女がすぐ隣にいても、僕はこの考えを彼女に打ち明けることはない。
打ち明けたところで、彼女を困らせるだけだとわかっているから。だったら、抱え込んだまま、一人でやり過ごす方がいい。それがいつもの僕のやり方だった。
眠れないまま、時間だけが過ぎていく。彼女を起こさないよう、そっと布団から抜け出す。
「……ちょっと、外の空気吸ってくるね」
誰にともなく、小さくそう呟いた。彼女の寝息は、変わらず規則正しいままだった。起こさないように、僕は静かに玄関へと向かう。
上着を羽織り、音を立てないようにドアを開けて、外に出た。
夜道は、しんと静まり返っている。彼女が隣の部屋で眠っていることを思うと、少しだけ後ろめたい気持ちになった。
だけど、この頭の中の騒がしさを抱えたまま彼女のそばにいることの方が、僕にはもっと耐えがたく感じられた。
「……はぁ」
当てもなく、僕は夜道を歩き始めた。
ただ当てもなく、誰もいない夜道を歩く。
街灯の光が等間隔に、僕の影を伸ばしたり縮めたりする。それを見ながら、僕はぼんやりと思考を巡らせる。
「……仲良く、か」
仲良く。
彼女はそう望んでいる。別に、周りから見れば十分仲の良い方だろう。
でも、きっと彼女の望む仲良くとは違うのだろう。彼女の望む仲良くとは、もっとお互いの心の深部まで踏み込みあった関係のことだ。
——踏み込んだ、関係?
「ひっ、あ……っ、はっ、ひゅっ……!」
息が、うまく吸えない。
喉の奥に、何か重たいものが詰まっているような感覚。何度も繰り返してきた、馴染みのある感覚だ。
「……ひゅっ、はぁっ……ぁぁ」
何も考えないようにしようとすればするほど、あの日の光景がフラッシュバックする。土砂の音。誰かの声。土に埋もれていく感覚。何度繰り返しても、慣れることはない。
——いっそ、消えてしまえたら楽なのに。
その考えは、もう何百回、何千回と頭の中を通り過ぎてきた、見慣れた来訪者のようなものだった。恐怖も、驚きも、もうそこにはとっくにない。
ただ、静かに、当たり前のようにそこに在る。今日はいつもより、その存在感が濃い気がした。だからこそ、彼女を起こさないようにそっと部屋を抜け出してきたのだ。
——今、ここでいなくなったら……。
何故だか、酒寄さんの顔が一瞬だけ頭をよぎった。
だが、すぐにその考えを打ち消す。たとえ、彼女が困るとしても、それはきっと一時的なものだ。時間が経てば、彼女は新しい日常を見つけるだろう。誰だってそうだ。僕がいなくなったところで、世界は何も変わらず回り続ける。それだけの話だ。
むしろ、僕という存在がこの先も生き続けることの方が、何かの間違いのような気さえしてくる。あの日、生き残るべきだったのは、僕ではなかったはずだ。母でも、父でも、兄でも
——誰でも良かった。
僕以外の誰かであれば、きっとこんなふうに、誰かを困らせながら、無意味に時間を食い潰すことはなかっただろう。
「……ぁ、……っ、はっ」
ダメだ。
考えれば考えるほど、思考は同じ場所をぐるぐると回り続ける。出口のない迷路のように。
思考が回るたびに、良くないことばかりが頭をよぎりつづける。
「……ぁ、?」
ふと、視界の端に、奇妙な光が映った。
住宅街の外れ、ほとんど誰も通らないような細い路地の先に、一本の電柱が立っている。だが、その電柱は明らかに様子がおかしかった。表面に走る配線のようなものが、青白く、規則正しい光を明滅させている。
まるで、何かの機械の内部を覗いているような、そんな異様な光り方だった。
——ゲーム機の起動音、みたいな音がする。
現実感のないその光景を前に、僕は不思議と恐怖を感じなかった。むしろ、今この瞬間の自分の状態にとっては、都合が良いとさえ思った。もし、これが何かの事故や事件に巻き込まれる予兆だったとしても、構わない。そうなったところで、失うものなど、僕にはもう何もないのだから。
……むしろ、そうであった方が都合が良いまである。
「……っ」
おぼついた足取りで吸い寄せられるように、僕はその電柱に近づいていく。
徐々に、光はその強さを増していく。まるで、何かが生まれようとしているかのように、電柱の根元がぼんやりと発光し始めていた。
——あぁ、そうか。
何故だか、僕は場違いなほど静かな気持ちでそれを見つめていた。
もしこのまま何かに巻き込まれて、この人生が唐突に終わるのだとしても。それならそれで悪くない。むしろ、誰かに恨まれることもなく、誰かを積極的に傷つけることもなく、ただ静かにこの世界から退場できるのなら。
そうなってくれるのであれば——どれだけ楽だろう。
光が、一際強く弾けた。
「——っ!」
視界が真っ白に染まる。
強い光の奔流の中、僕はほとんど反射的に目を閉じていた。轟音とも呼べないような、奇妙な高音が耳の奥で鳴り響く。
そして、静寂が訪れた。
恐る恐る目を開けると、電柱の根元が開いて(?)何か小さなものが横たわっているのが見えた。
最初は、光の残像でよく見えなかった。目を凝らすと、それは——赤ん坊。
布のようなものにくるまれた、生まれたばかりに見える小さな赤ん坊が、静かに、電柱の根元に横たわっている。
夜の静けさの中、その小さな存在だけが、確かな体温を持ってそこに在った。
「……あ?」
僕は、思わず声を漏らした。
今しがたまで頭の中を支配していた、あの重たい考えのことなど、一瞬で吹き飛んでしまうほどの、現実離れした光景だった。
周囲を見渡しても、他に人影は一切ない。この赤ん坊を置き去りにした誰かの姿も、それらしき痕跡もない。まるで、たった今、この場所に「生まれ落ちた」とでも言うような、そんな唐突さだった。
赤ん坊は、僕の気配に気づいたのか、小さな瞼をゆっくりと開いた。
その瞳が、僕を捉える。
ほんの数秒、僕とその赤ん坊は、無言で見つめ合っていた。奇妙な感覚だった。何も知らないはずのその瞳が、まるで全てを見透かしているかのように、まっすぐに僕を見上げてくる。
——放っておくことは、できなかった。
さっきまで「誰かを困らせるくらいなら消えてしまいたい」と思っていた僕が、今は目の前の、名前も知らない小さな命を前に、放っておくという選択肢を微塵も持てずにいる。
その矛盾に、僕自身が一番戸惑っていた。
「……えっと」
僕はゆっくりと膝をつき、震える両手でその小さな体を抱き上げた。思っていたよりもずっと軽く、……そしてはっきりと温かかった。
その温もりが、僕の中の何かを確かに揺さぶった気がした。
夜空を見上げる。
月は、いつの間にか雲間に隠れていた。だが、その代わりのように、腕の中の小さな存在が、微かな寝息を立て始めている。
「……これ、どうしよ」
誰に問うでもない呟きが、静かな夜道に溶けて溶けて消えていく。
腕に抱えた暖かさに、どこか愛しさと切なさを覚えたまま僕はとりあえず部屋に戻ることにしたのだった。
ようやく彼女の出番か……?