【悲報】ピッケル100本折ったアホ、神ハンターに暴言を吐いて人生をチェックメイトされる 作:翔田美琴
波打ち際の広場には、今日も処刑台のような空気が漂っていた。
納屋から這い出してきたレッドは、数日前の威勢の良さが嘘のようにやつれ果てていた。腹を満たすのは焦げた穀物粥と井戸水ばかり。泥にまみれた身体のまま、農場や狩猟船の富を一心に集めるレムの姿を、血走った目で睨みつける。
「おい……ッ! 認めねぇぞ、俺は絶対に認めねぇ! 資源2万だの最高級の飯だの、たかがHR1の奴が初日から揃えられるわけがねぇんだ! ギルドの裏工作か、村長を言いくるめた詐欺だ! この『銀髪のペテン師』めッ!!」
飢えと屈辱で完全に理性を失ったレッドの絶叫が、昼下がりの広場に響き渡る。
だが、その言葉に顔をしかめたのはレムではなく、広場にいた村人たち全員だった。
レムは手元の上質な白磁カップをソーサーに戻し、カチャリと静かな音を立てた。
怒りも苛立ちも一切見せず、ただ呆れたような、しかし底冷えのする穏やかな瞳でレッドを見据える。
「ペテン師、ね。君は随分とその言葉がお気に入りのようだが……言葉の意味を履き違えていないかい?」
レムは立ち上がり、完璧に仕立てられた上着を正して、一歩、また一歩とレッドの前へ歩み出た。神ハンターが纏う圧倒的な威圧感に、レッドの喉がひくりと鳴り、反射的に後ずさる。
「私はね、ギルドの規定通りにクエストをこなし、自らの知識で調合の手順を最適化し、正規の引き換えレートに従って資材を納品しただけだ。ギルドの帳簿にも、村の記録にも、1ゼニー、1ポイントの不正もない。全てが計算通りの結果だよ」
レムはふっと微笑み、静かに告げた。
「実態のない大口を叩き、他人の信用を掠め取ろうとする者をこそ『ペテン師』と呼ぶんだよ、レッド君」
その言葉を引き継ぐように、背後から書類を携えた美琴が歩み出る。彼女の瞳には、路傍の汚物を見るような冷徹さしかなかった。
「レム様の仰る通りですわ。……皆さん、こちらをご覧ください」
美琴が掲げたのは、レッドがバルバレを出る際に提出した『ハンター自己申告書』の写しだった。そこには、歪な筆跡で並べられたデタラメな文言が並んでいる。
「『大型モンスター数十頭を単独撃破』『採掘・採取の達人』『村の発展に寄与する即戦力』……己の無学を隠すために並べ立てた、稚拙極まりない虚偽申告の数々。実態はピッケル104本を無駄に粉砕し、納品は道端の石ころ1個。48万ゼニーの負債を故郷の父母に押し付け、村のインフラに1ミリも貢献しない害虫」
美琴は書類をレッドの足元へ投げ捨てた。
「能力もない、知識もない、学ぶ意思すらないのに、一人前の顔をして村の寝床と食料を詐取しようとした。……モガの村を欺き、善良な村人たちを騙そうとした『本物のペテン師』は、一体どちらかしら?」
広場を取り囲んでいた漁師や海女たちから、一斉に嘲笑と罵声が浴びせられた。
「そうだ! ペテン師はお前だろ!」
「レム様が汗ひとつかかずに村を豊かにしてくれたのに、何がペテンだ!」
「自分は石ころ1個しか持ってこれないくせに、よくもまぁそんな口が利けたもんだよ!」
「嘘つき! ペテン師レッド! 村から出ていけ!」
子どもたちの無邪気な大合唱が、逃げ場のない広場に突き刺さる。
「ペテン師! ペテン師レッド!」
「ち、違う……俺は……俺はただ……ッ!」
レッドは真っ赤だった顔を今度は土気色に変え、ガタガタと震えながら地面に膝をついた。
自分が他人に投げつけた最悪の罵倒が、そっくりそのまま自分自身の首を絞める縄となって返ってきたのだ。
レムはそんな愚者の頭上から、お気楽な調子を崩さぬまま、静かに宣告した。
「さあ、ペテン師のレッド君。そろそろ現実と向き合う時間だ。君のご両親を乗せた連絡船が、もうすぐ港に着く頃だよ」
広場の真ん中で膝をつくレッドを取り囲む人垣から、最初はまばらだった野次が、やがて一定のリズムを刻み始めた。
先頭で手を叩き出したのは、木陰で見ていた村の子どもたちだった。
「ペッテン師! レッド!」
「ペッテン師! レッド!」
無邪気で残酷な手拍子がひとつ、ふたつと重なる。
それに合わせるように、網の手入れを止めた漁師たち、腕組みをした船大工、腰に手を当てた海女たちが、蔑みの笑いを浮かべながら声を揃え始めた。
「「ペッテン師! レッド!」」
「「ペッテン師! レッド!」」
波音をかき消すほどの大合唱となって、モガの広場に鳴り響く。
一人前の顔をして村に乗り込み、道具を壊し、資源を無駄にし、神ハンターに濡れ衣を着せようとした無学者への、容赦のない公開処刑の音頭だった。
「や、やめろ……ッ! 誰がペテン師だ! やめろォッ!」
レッドは両手で耳を塞ぎ、地べたに頭を擦りつけるようにして喚いた。
だが、どれほど叫ぼうと、広場を埋め尽くす手拍子とコールにかき消される。大人も子どもも、ただ滑稽な見世物を指差して囃し立てている。
「「ツルハシ壊し! ペッテン師!」」
「「石ころ納品! ペッテン師!」」
リフレインするフレーズが、レッドの耳の奥を焼き削る。
暴力なら殴り返すこともできた。だが、自分自身が積み上げた無知と嘘という事実が、逃げ場のないコールとなって四方八方から降り注いでいるのだ。
その喧騒の中心で、レムは静かに紅茶の残りを飲み干した。
銀髪を潮風に遊ばせ、取り乱して地面を転がるレッドを一瞥することもなく、お気楽に息を吐く。
「……耳が痛いコールだね。だが、自分で撒いた種だ」
「当然の報いですわ」
美琴は手帳にペン先を滑らせ、涼しい顔でコールを背景音として処理していた。
「学ぶ努力を怠り、他者を貶めることで己の無能を誤魔化そうとした者の末路です。……さて、ちょうど船が接岸したようですわね」
コールの隙間を縫うように、港の方から鈍い汽笛がひとつ、響き渡った。
オクレマセ村からの定期連絡船が、ゆっくりと桟橋に横付けされていた。