【悲報】ピッケル100本折ったアホ、神ハンターに暴言を吐いて人生をチェックメイトされる 作:翔田美琴
レムは椅子の背もたれにゆったりと身体を預け、冷え切った紅茶のカップを指先で弄びながら、至極お気楽な調子で言葉を投げた。
「親子揃ってペテン師なら、さっさとモガの森で反省してくれない?」
悪意すら感じさせない、ただ汚れた履き物を玄関の外へ掃き出すような軽やかさ。
その一言に、広場を取り囲む村人たちの空気が一気に引き締まる。
「文字を燃やす息子に、その暴走を放置して『知らなかった』と言い逃れを図る父親。なるほど、実に息の合った詐欺一家だ。だがね、ここは君たちの身勝手な言い訳を延々と鑑賞する劇場じゃないんだよ」
レムは視線をすっと細め、広場の端、昼なお暗いモガの森の入り口へと顎をしゃくった。
「48万ゼニーの負債を返すあてもなく、学ぶ知性も持ち合わせていないなら、今すぐ家族仲良く森へ入って、素手で特産キノコでも掘り起こしてくることだね。……もちろん、君の大好きな『腕力』だけで、大型モンスターの爪や牙を掻い潜りながら、ね」
「ひ、ひぃぃっ! も、森の危険区域に素手で……!?」
父親が悲鳴を上げ、腰を抜かして後ずさる。
「レム様の仰る通りですわ」
美琴が冷酷に契約書の分厚い束を広げ、無慈悲な労働計画を突きつけた。
「ピッケルを破壊した以上、あなた方に支給される採掘道具は一切ありません。爪が剥がれようと指骨が砕けようと、地べたを這い回って48万ゼニー相当の資源を納品し続けること。それが、思考を放棄したペテン師一家に唯一許された義務の果たし方です」
「お、おい! タル爆弾の導火線に火ぃつけろ! 森へ追っ払うぞ!」
漁師頭の怒声と共に、打ち上げタル爆弾Gの導火線がシュシュッと音を立てて火花を散らし始めた。
「うわぁぁッ! やめてくれ! 行く、行きますだァッ!」
父親は情けなく喚き散らしながらレッドの襟首を掴み、半狂乱でモガの森のゲートへと引きずっていく。
「おい親父! 離せよ! なんで俺が森なんかで……ッ!」
「黙れバカ息子! 爆殺されたいのかテメェは! 掘るぞ! 爪から血が出るまで掘るんだよッ!」
喚き、罵り合い、無様に泥塗れになりながら森の闇へと追いやられていく親子の背中に、村人たちの容赦ない嘲笑と「ペテン師一家!」のコールが容赦なく浴びせかけられた。
銀髪を潮風に揺らしながら、レムは静かに立ち上がり、新しく淹れ直された温かい茶を一口含む。
広場には再び、知性と平穏に満ちたモガの穏やかな日常が戻っていた。
打ち上げタル爆弾Gの火花に尻を焼かれるようにしてモガの森へと転がり込んだレッド一家だったが、悲劇――いや喜劇は、ゲートをくぐった最初の十歩で幕を開けた。
「ひぃ、ひぃ……! 逃げてきたはいいが、レッド! なんだっけか、その『とくさんキノコ』ってなぁ!? どこにあるんだべ!?」
「知るかよ! キノコなんざ地面から生えてる傘の形したヤツ全部そうだろ! ほら、そこにデケぇ紫色のブツブツしたの生えてるじゃねぇか! 引っこ抜け!」
「お、おう、これだな!」
父親が意気揚々と素手で引っこ抜いたのは、触れただけで皮膚がただれ、刺激臭を放つ猛毒性の腐れキノコだった。
「ぎゃあああッ!? 手が、手の皮が猛烈に痒い痛ぇえええッ!?」と父親が転げ回り、母親が「あんたァーッ!」と叫んで毒汁のついた手で目をこすり、一家揃って悶絶を始める。生態図鑑の一行目すら読んだことがない彼らにとって、キノコの識別など神の言語に等しかった。
「クソッ、キノコがダメなら角だ! 『ケルビの角』を取ればいいんだろ! ほら、あそこに緑色の鹿みてぇなのが群れてるぞ! ぶっ殺して角へし折るぞォッ!」
レッドはナマクラの大剣を振り上げ、優雅に草を食むケルビの群れへ真正面から雄叫びを上げて突撃した。
本来、ケルビの角とは打撃武器による気絶や、慎重な立ち回りによって生きたまま削ぎ落とす知識が必要な素材。正面から大声を上げて突っ込んでくる無学な粗暴者など、俊敏な草食獣にとって格好の標的でしかない。
ピョン、と跳躍したケルビの鋭利な後脚が、レッドの鼻っ柱を真正面からクリーンヒット。
「ごふッ!?」
鈍い音と共に鼻血を吹き出して仰向けにひっくり返るレッド。残りのケルビたちは驚いて軽やかに森の奥へと散り散りに逃げ去り、手元には角どころか抜け毛一本すら残らなかった。
「う、うわぁぁん! 薬草! 傷を治す草はどれなんだべ!?」
顔面を押さえてのたうち回る息子と夫を見かね、母親が必死に足元の草をむしり取ってレッドの顔に擦りつけた。だがそれは薬草ではなく、触れると細かいトゲが刺さって激痛を呼ぶ『イラクサの類』だった。
「ぎゃあああああ痛ぇえええッ!! 燃える! 顔が燃えるゥッ! 何すんだババアッ!」
「ごめんよレッド、お母ちゃん字が読めねぇから『やくそう』の形がわかんねぇんだべぇぇッ!」
知識がない。
観察眼もない。
採取の手順も、素材の価値も、毒と薬の区別すらつかない。
森の入り口の浅瀬、本来なら初心者ハンターが安全に調合のイロハを学ぶはずの平穏なエリアで、ペテン師一家は自分たちの無知が引き起こした毒とトゲと草食獣の蹴り技に苛まれ、文字通り全身泥と血と鼻水まみれになって地べたを這い回っていた。
一方、森の入り口を見下ろす高台のテラス。
レムは上等な双眼鏡を下ろし、優雅に淹れたてのハーブティーを口に運んだ。
「……あらかじめ生態マップと採取ポイントの植生を頭に入れておけば、3分で特産キノコをポーチいっぱいにできるエリアなのだがね。毒キノコを素手で握り潰し、ケルビに正面から突撃して返り討ちとは。知識を持たぬ者のピクニックは、実に刺激的で見ていて飽きないよ」
「ただの猿芝居ですわ、レム様」
美琴は冷ややかに手帳の損害賠償額にペン先をトントンと当て、森の奥から響く情けない悲鳴を完全に聞き流す。
「無学を誇り、学ぶことを侮蔑した代償が、あの無様な自滅劇です。……あの調子では、本日の納品ポイントもまた、あの汚らしい『石ころ1個』すら下回りそうですわね」
木漏れ日の中、優雅なティータイムを愉しむ二人の耳に、森の浅瀬から「痛ぇよォ!」「誰か助けてくれぇ!」というペテン師一家の無知ゆえの絶叫が、虚しく木霊し続けていた。