【悲報】ピッケル100本折ったアホ、神ハンターに暴言を吐いて人生をチェックメイトされる 作:翔田美琴
熱砂の風が吹き抜ける大集会場、バルバレ。
集会所の片隅では、今日も耳障りな怒声と喚き声が響き渡っていた。
「クソがッ! なんであのトカゲ野郎、皮が剥げねぇんだよ! ギルドの依頼書には『ジャギィの皮』って書いてあんだろうが! 俺は頭をぶん殴ってぶっ殺したぞ!?」
頭を抱えて石畳に突っ伏しているのは、赤髪を逆立てた粗暴な少年、レッド。
身につけているのは支給品のボロボロなブナハとレザーの混成装備。背中に背負った無骨な大剣の刃先は、手入れもされずボロボロに欠けていた。
通りかかった受付嬢が、ひきつった笑顔で小さく告げる。
「あ、あの……レッドさん? 討伐されたのは『ジャギィノス』ですし、そもそも剥ぎ取りナイフの扱い方が乱暴すぎて素材がズタズタになっていますよ。それに、納品クエストの書類をよく読んでいただければ……」
「ああん!? 細けぇ字なんざ読めるか! 倒せば全部一緒だろ! 詐欺だ、ギルドのペテンだッ!」
教育という概念を知らぬオクレマセ村から飛び出してきたレッドにとって、クエストシートの文字は呪いの暗号にしか見えず、肉質や剥ぎ取り確率の理屈はただの言いがかりに過ぎなかった。HR1の緊急クエスト手前で、彼の進捗は完全に立ち往生していた。
その喚き声を、集会所の中央テーブルから優雅に聞き流す男が一人。
銀髪を完璧に撫で付け、気品漂う仕立ての上質なコートに身を包んだダンディーな男――レムである。
彼がHR1の少年と同じ空間にいながら、周囲のベテランハンターたちから畏敬の眼差しを向けられている理由は明白だった。
「――ギルクエLv140、極限個体の調査完了だ。報酬の歪んだお守りと真鎧玉は適当にギルドの倉庫へ回しておいてくれ。私にはもう、使い道がなくてね」
レムがカウンターに差し出したのは、常人なら目録を見るだけで失神しかねない極限領域の討伐証明書。
彼はバルバレの過酷を極めるギルドクエストを単独で周回し尽くし、理論値の神お守りと極限強化武器を揃え終えた、文字通りの生ける伝説だった。
「お疲れ様です、レム様! いつも完璧な手際で……本当に、素材の無駄が一切出ない見事な狩猟痕ですね」
「下準備と計算さえ済ませておけば、狩りなど茶を淹れるようなものさ」
ふっと穏やかに微笑み、蒸気を立てる紅茶に口をつけるレム。
その佇まいは血生臭いハンターというよりは、異国の貴族そのものだった。
装備のマイセットは寸分の狂いもなく組み上げられ、調合のタイミングからアイテムの配置、モンスターの行動ルーチンに至るまで、レムの頭脳には完璧な解法がインプットされている。最小限の手間で最高の結果を出す――それこそが、彼が極限の地獄を制覇して得た境地だった。
そんな二人の様子を、少し離れた席から冷ややかな瞳で見つめる女性がいた。
ドンドルマ出身の知性派ハンター、美琴である。
美琴は、粗悪な刃物同然の大剣を床に叩きつけて喚くレッドと、ギルドの最高難度依頼を涼しい顔で片付けたレムを静かに見比べ、形の良い唇からため息を零した。
「……あのような獣同然の無学者がギルド証をぶら下げていること自体、組織の怠慢ですわね」
美琴の手元には、モンスターの骨格図と肉質データが几帳面な文字でびっしりと書き込まれた手帳。彼女はレッドの知性を疑う視線を向けたあと、レムの座る席へと静かに歩み寄る。
「レム様。本日も無駄のない見事な立ち回り、敬服いたします」
「やあ、美琴。君の双剣の手入れも相変わらず完璧だね。美しさと機能美が両立している」
「恐れ入ります。道具に敬意を払い、獲物の生態を学ぶのはハンターとして最低限の嗜みですから。……どこかの、文字も読めずに床を叩き割っている赤髪の猿とは違って」
美琴の冷徹な言葉に、レムは「まあまあ」とお気楽な笑みを浮かべて手元のカップを揺らした。
「元気があっていいじゃないか。若いうちは失敗から学ぶこともあるだろう」
「学ぶ脳があれば、の話ですけれど」
美琴は氷のように冷ややかな微笑みを崩さない。
一方、床で暴れていたレッドは、遠くから自分を見て笑っているように見えた銀髪の紳士を、ギラついた濁った瞳で睨みつけていた。
(なんだあの気取ったオッサンはよ……! 汗もかいてねぇくせに、美味いもん食ってチヤホヤされやがって……! 絶対裏で汚ぇ手使って楽してやがるに決まってんだ!)
学ぶことを知らぬ者が抱く、理由なき嫉妬と逆恨み。
このバルバレでの小さな火種が、やがて孤島に浮かぶモガの村で、ピッケル100本の破片と共に大爆発を起こすことなど、この時のお気楽な神ハンターはまだ知る由もなかった。