【悲報】ピッケル100本折ったアホ、神ハンターに暴言を吐いて人生をチェックメイトされる 作:翔田美琴
バルバレの集会所奥、重厚な絨毯が敷かれたギルドマスターの私室。
砂塵のざわめきが遠のく静謐な空間で、レムは差し出された極上の茶に口をつけ、優雅に息を吐いた。向かいの豪奢な椅子に深く腰掛けたギルドマスターは、机の上に積み上がった討伐証明書の束を指先で叩きながら、苦笑を浮かべる。
「……また一人でLv140を片付けたそうじゃな、レム。武具の極限強化も完了、発掘装備の選別も終わり、歪んだお守りの鑑定に至っては理論値しか手元に残しておらん。これ以上、このバルバレでお主に与えられる仕事など残っておらんぞ」
「ええ、その通りです」
レムは銀髪を軽くかき上げ、穏やかな笑みを浮かべた。その眼差しには、修羅場を潜り抜けた者特有の凪いだ余裕だけが漂っている。
「物欲というものは不思議なものでね。極限まで突き詰めると、すっかり消え失せてしまう。ギルクエを周回し尽くして、さすがに少しばかり肩が凝りましたよ。……ここらで一つ、潮風でも吸いながらのんびりと過ごしたくなりましてね」
「潮風、じゃと?」
「ええ。孤島に佇む小さな漁村――モガの村へ渡ろうと考えています」
ギルドマスターは眉をわずかに持ち上げた。
モガの村といえば、辺境ののどかな集落だ。近頃は地震の被害や近海の異変に悩まされていると聞くが、極限個体を玩具のように解体してきた神ハンターが赴くような戦場ではない。
「あそこはバルバレのような巨大な補給線もなければ、洗練された設備もないぞ。交易船頼りの不便な田舎だ。お主のような男が退屈で干からびるのではないか?」
「いえ、むしろ逆ですよ。素材不要調合の術理も、効率的なチケットの運用法も、私の頭の中にはすでに完成しています。あらかじめ組み上げた最適のマイセットをいくつか持ち込めば、何一つ不自由はしない。HR1の気楽な立場に戻って、海を眺めながらのんびりスローライフを送る……これ以上の贅沢はありません」
すべてを知り尽くし、準備を完璧に整えた者だからこそ言える、絶対の余裕。
ギルドマスターは降参したように両手を広げ、大きなため息をついた。
「相変わらず、お主の合理性と用意周到さには恐れ入るわい。分かった、モガの村への転属許可を出そう。村長には儂から直々に手紙を認めておく。……くれぐれも、現地の長閑な空気を壊さん程度に手加減してやってくれよ」
「お気遣いなく。ただのお気楽なおじさんとして、隠居気分で過ごすつもりですから」
レムは立ち上がり、完璧な所作で一礼して部屋を後にした。
その退室と入れ替わるように、廊下の陰から現れたのは美琴だった。彼女は手帳を胸元に抱え、静かにレムの背中を見送った後、冷徹な理性を宿した瞳で会釈する。
「お聞き及びのとおりです、マスター。レム様がモガへ旅立たれるのであれば、私も同行の許可をいただきたく」
「美琴か。お主まで行くのか? ドンドルマの書士隊本部からも戻れと催促が来ておるだろうに」
「あの地の生態系データには、書士隊としても未知の領域が多く残されています。それに……」
美琴は回廊の窓から、階下の広場で相変わらず支給品の武具を投げ飛ばして喚き散らしているレッドを見下ろした。その視線は、汚泥を見るかのように冷え切っている。
「……知性を磨くことを怠り、己の無知を棚に上げて喚くだけの獣を眺めるのは、いささか精神衛生上よろしくありませんので。レム様のあの洗練された手際を間近で観察する方が、よほど有意義な研究になりますわ」
「ふっ、相変わらず手厳しいのう。よかろう、お主の転属も認める」
こうして、バルバレの地を極めた神ハンターと怜悧な淑女は、静かにモガの村へと舵を切った。
己の無知に溺れたまま取り残され、やがて追いかけるように同じ村へと流れ着く赤髪の災厄が、自滅へのカウントダウンを始めていることにも気づかずに。