【悲報】ピッケル100本折ったアホ、神ハンターに暴言を吐いて人生をチェックメイトされる 作:翔田美琴
砂上船が停泊する大港を翌日に控え、バルバレの夜は砂漠特有の鋭い冷気に包まれていた。
宿屋の天幕を払う乾いた風の中、レムの私室には温かなランプの灯りと、上質な茶葉の香りが静かに満ちている。テーブルの上には、過不足なく整頓された荷物が並んでいた。
「――転属に伴う資材目録、確認いたしました。山菜引き換え券各種、ギルド蓄積チケット、そして厳選されたお守りを用いた初期マイセット……相変わらず、無駄という概念が存在しない仕上がりですわね」
美琴は手帳を閉じ、感嘆の息を漏らした。彼女の手元にもまた、モガの森の植生データと水生生物の肉質予測が几帳面にまとめられたノートが収められている。
「ありがとう、美琴。辺境でのんびり暮らすにしても、事前の仕込みを怠れば無駄な時間と労力を食うからね。素材不要の調合手順も、チケットの最短運用ルートも、すべて頭の中に叩き込んである。あとは現地で、潮風を感じながら気楽に流すだけさ」
レムは銀髪を撫でつけ、白磁のカップを傾けて薄く微笑んだ。Lv140の極限個体を玩具のように解体し終えた男の瞳には、一切の焦燥も気負いもない。ただ純粋な、知性による効率化がもたらす絶対の余裕だけが漂っていた。
「ええ。準備を極めた者だけが、真の『お気楽』を享受できる……至言ですわ。かの赤髪の獣にも、爪の垢を煎じて飲ませたいものですけれど」
美琴が冷ややかな視線を天幕の外、夜の広場へと投げかける。
そこからは、静寂を切り裂く耳障りな金属音が響き続けていた。
「クソッ! なんでハマらねぇんだよこの鉄板! 叩けばくっつくって鍛冶屋のジジイが言ってたろーがよッ!」
広場の篝火の脇で、レッドが真っ赤な顔をして叫んでいた。
明日の出発準備だというのに、彼の周囲には曲がった砥石、刃先が粉砕されたボロボロの大剣、そして破れたレザーベストの残骸がゴミの山のように散乱している。装備のメンテナンス書を「文字だらけで頭が痛くなる」と火にくべ、力任せに鉄鉱石を大剣の峰に叩きつけていたのだ。
「おい見ろよ、あの銀髪の気取り屋! 昼間っから茶ばっか飲んで荷造りも汗ひとつかいてねぇぞ! ゼッタイ裏でガキ使って荷物運ばせてんだ! ペテン師の貴族風情がよぉ……!」
濁った目でレムの天幕を睨みつけ、唾を吐き捨てるレッド。
なぜ自分の剣が直らないのか、なぜ明日の渡航費が足りないのか、なぜ他人が涼しい顔をしているのか――その理由が「己が無学であること」だとは、彼の粗暴な脳味噌の構造上、死んでも理解できなかった。
「……見苦しいですわね。原因と結果の因果律すら理解できず、己の無能を他人の悪意にすり替える。あれではモガの村の住人たちも、早晩頭を抱えることになるでしょう」
美琴は侮蔑の色を隠そうともせず、紅茶の湯気越しに呟いた。
レムは苦笑し、手元の書類を軽く整える。
「まあ、旅の道連れが賑やかなのは退屈しなくていい。……もっとも、他人の善意や道具の限界に甘え続ければ、いずれ支払うツケの桁に驚くことになるだろうがね」
静かな知性を湛えた神ハンターと怜悧な淑女。
己の無知に怒り狂い、夜空に向かって負け惜しみを喚き散らす少年。
交わるはずのない知の断絶を抱えたまま、砂上船の出航を告げる汽笛が、冷えた砂漠の夜に低く鳴り響いた。