私は蕨姫。この遊郭で最も美しい花魁。
だから何をしても許される。男は私に骨抜きにされて、女は私を彩るただの飾り。
そして、あたしは堕姫。無惨様の一番のお気に入りで、十二鬼月で、上弦の陸。
だからとても強いし、男も女も全部あたしの大切なご馳走。
『堕姫よ、私はお前に期待している。その逆に未だ行方知れずな猗窩座には最早、怒りを通り越して興味も失せた…。もし次に柱を葬ることが出来たら、特例だが上弦の参にしてやってもいい』
ある日、無惨様はあたしにそう言ってくれた。あぁ無惨様を困らせるなんて、猗窩座は万死に値するわ。でもそのお陰で素敵な機会を無惨様がくれたもの、百回殺すだけで許してあげる。
「姫、ご予約のお客様がお越しです」
「ありがとう。いま行くわ」
この世話係の女にも、そろそろ飽きちゃったわね。今日のお仕事が終わったらたっぷり可愛がってから、食べちゃおっと。
それにしてもあたしを…花魁のこの私を、しかも初見で指名できるなんて、どこの上流階級の男かしら?そんな人に限って醜悪な不細工だったりするけれど…少し楽しみ。
「ようおいでなんし、蕨姫でありんす」
襖越しに、いつもの決まり文句。
中に入れば客は一人の殿方。
あら…思ったよりずっと素敵じゃない?
「ほほぉ、これは聞きしに勝る姫君だ」
顎に手を当てまじまじと見つめる男。
声も渋くて少し私好みかも。
喰われる時どんな悲鳴を上げるのかしら…なんて、今はお仕事お仕事。
「お上手なこと。主さんはなんと呼べばようござりんす?」
「俺か?俺の名は…いや待て、こうしよう」
どうせ客の名前などすぐに忘れてしまうというのに、変に勿体ぶる男は、思いついたという風に手を打った。
「ここは遊郭、ひとつ俺と座敷遊びで勝負をしようじゃないか。それに勝てたら名を教えてやろう。どうだ?」
ピキッ、と青筋が浮き出そうになるのを何とか堪える。たかが名ひとつで、なんて上から目線な男…教えてやろうですって?
「おもしろう殿方…わかりんした。なんの遊びで勝負いたしんしょう?」
笑顔を崩さずに私は同意した。遊郭内での遊びは幾つもあるけれど、一通り極めている。伊達に花魁やってないのよ。
「勝敗が分かり易いやつにしよう。丁度ここにちゃぶ台と茶飲みの椀がある、金毘羅船舟で良いか」
金毘羅船舟は遊郭でも代表的な座敷遊び。歌に合わせて椀に交互に手を乗せあい、そのとき椀を取る事も出来る。台上に椀がある時は手を開いて出し、ない時は握る。歌はどんどん速くなっていき、間違えれば負け。…という単純な遊び。
「準備はよろしゅうござりんすか?」
三味線伴奏の女が声をかける。
ちゃぶ台の上に椀、それを挟むように向かい合って座る男は涼しい顔をしている。
馬鹿な男…女相手なら速さで勝てるとでも思ったのかしら。吠え面かかせてあげる。
べべん
合図とともに伴奏が始まった。
「♬こ〜んぴ〜らふ〜ねふ〜ね♬」
伴奏の歌の拍子に合わせ、私と男は交互に椀へ手を乗せる。流石にこんな序盤で失敗はしないでしょうね。勝負は拍子が速くなってから。いつボロが出るか見ものね。
そして十数分ほど経った頃。
べんべんべべべんべんべんべべべん
「♬おいてにほかけて…♬」
なんてやつ…伴奏はもうこれ以上速く出来ないほど高速なのに。ちゃぶ台上の椀はすごい速さで私と男の手を行ったり来たり、互いにお手つき無し。大口を叩くだけの事はあるわね…でも残念、私は鬼だから疲れたりしないけれど、貴方はどうかしら?
(このまま何時間だって付き合ってあげる)
内心で笑った、その時だった。
「お手つきだな」
「え…?」
ちゃぶ台上を見る。椀の上には握られた私の手。なんで…確かに私は椀が無いのを確認して、手を握って出したのに…。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「三味線の嬢さん疲れただろう?あの速さで歌い続けて伴奏もだからなぁ」
フン、この程度で疲れるなんて使えない女…でも人間だからこんなものか。なのに男は息ひとつ上がっていない。
「よし、手を出す拍子を倍速にするか」
「倍速…?あっちは良いでありんすが」
「そうすりゃあ伴奏はそこまで速くならなくても、すぐに勝負がつくだろう?」
男は椀を持ちニヤリとほくそ笑む。
ピキピキ、と私の血管が浮き出る。
「その代わり…あっちが勝ったら、お願いをひとつ聞いてほしゅうござりんす」
「いいだろう、勿論ちゃんと名も教えるぜ」
私が勝った瞬間、そこの女共々食い殺してやる…!
そして勝負は再開した。
「♬こ〜んぴ〜らふ〜ねふ〜ね♬」
伴奏はそのままで手出しは倍速。最初からかなりの速度で入り乱れる手と椀。それでも男は相変わらず涼しい顔で続ける。手の速さは既に残像が見えるほど。何なのコイツ…本当に只の人間?けれど次は絶対に見落とさない。さっきは油断したけれどーー
「またお手つきだ。調子悪いのかい?」
また数分後、今度は椀が確かにあったのに、私が開いた手を置く瞬間には無くなっていた。
まさか、まさかこいつ。
(こ、このあたしに…イカサマを…!!)
私が椀に手を乗せる刹那、この男は…目にも映らない程の恐ろしい速さで、椀を掠めとった!手の二度出しは明らかな御法度!
「主さん、いい度胸でありんすなァ…!」
「ん?なんの事やら…あんたには俺が『何かするのが見えた』のかい?」
ピキピキピキ。
殺す、絶対に殺す殺す殺す。
今すぐ食いちぎるのは簡単だ。けどそれじゃあとても気が済まない。絶対に勝って、その上で惨たらしく殺して頭から喰ってやる!
「三味線の女!気が散って目障りだから襖の向こうで伴奏しなっ!」
「おいおい、天下の花魁さまが家来ビビらせてどうすんだよ?」
「うるさいね!さあ、続けるわよ。次は四倍速でどう?」
「ほぉ?ククク面白え…かかってきな」
不敵に笑う男。その顔が恐怖に染まって命乞いする様を見て、笑いながら引き裂いてやる。
「なんなら両手を使っても良いんだぜ?」
絶対に殺してやるッ!!
なのに、なんで、
「なんで…どうして…!」
何度も、何度も何度も何度もやって、
本気でやっても、睨みつけても、不意をついても…!
ただの一回も勝てない。
悔しい悔しい悔しい。
こいつを殺したいのに。
あたしをコケにしたこいつを!
あたしは期待されてるのに、お気に入りなのに。
一番の花魁なのに、頑張ってるのに!
「なんでよぉーーー!!」
ばきっ、とちゃぶ台を砕いてしまった。
いけない今は花魁の蕨姫なのに。加減が出来なかった。
でも男はヒュウ、と口笛を吹いて。
「はは、豪快な花魁も居たもんだ。そんなに感情丸出したぁ…俺なんかより余程、人間らしいんじゃねえか?」
「はぁ、はぁ…あんた…何者だい!まさか…」
さすがに察した。常人離れした反射神経、あたしの威圧を平然と受け流すどころかイカサマを仕掛ける胆力、何よりコイツは…強い。
「はっはー!よく聞いてくれた。負けちゃあいないが特別に自己紹介してやる!ド派手になぁ!」
そう言うと男は音もなく襖の向こうへ消え。
べん、べん、べんべんべんべん
不意に鳴り響く三味線の音。
「性は宇髄、名は天元。鬼の棲家へ一人旅、遊びと酒と祭りの神!鬼殺隊が音柱、宇髄天元たぁ〜、ァこの俺様のことよ!」
カンカンカンカンカン…べべん!!
ツケ打ちと三味線の音に乗せ、開く襖から現れ見栄を切る男。派手な装飾と見慣れた隊士服。鬼殺隊…の、柱だったなんて。
「ぜんぜん一人旅じゃないけどね」
「善逸!だめだろ決め所の腰を折ったら」
「おうおう善逸と竈門、いい度胸だ」
「え!俺もですか!?」
ツケ打ちと三味線を鳴らしていたらしき二人と、柱の男がギャーギャー言い合っている。上弦の鬼のあたしを無視して…。
「ゆ、ゆるさない…」
こんなにコケにされたのは鬼になって…ううん、きっと生まれて初めてだ。
「絶対に…許さないんだから…!うわーーんお兄ちゃあああん!悔しいよぉぉ!!」
助けてお兄ちゃん…こいつらをやっつけて!
「気を抜くなよ、ここまでは前座…こっからが本番だ」
いつの間にか男は二刀の武器を、袖の二人も刀を構えていた。そんなの関係ない、蹴散らしてやる。見ていて下さい無惨様、この糞柱を倒します。そしてたくさん褒めてもらうんだから!
煽り柱、天元様ド派手に参上!
三人の嫁を放っておいて花魁遊びに興じるなんて、そこに痺れる憧れるゥ!もちろんその理由は次回!