もしも猗窩座の中に狛治さんがインしたら、という妄想を描きたかった…ならば筆を持たねば無作法というもの…

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初投稿です。矛盾や妄想ご都合主義ありありだと思いますが、寛大な心で見守ってやってくださいませ。


猗窩座は逃げない

どれだけの時が過ぎただろう。

永い、果てのない旅だった。

俺はあの日、最期の最期に己を取り戻し、

守れなかった最愛の妻に謝り、

拾ってくれた恩人の師に謝り、

死出の旅時に出てから幾年月。

俺は妻…恋雪といつものように暗闇で

互いに身を寄せあっていた。

存在を確かめ合うように。

師である恋雪の父の存在はもう

随分前に感じられなくなった。

生まれ変わったか、天国へ旅立ったか、

いずれにせよ良いことだろうと思った。

恋雪は少し寂しそうだったが、俺が隣に

居るから大丈夫だと小さく笑った。

二人でそっと、失われた時間を埋める

かのように静かに寄り添っていた。

そんなある時のこと。

 

「恋雪…俺達も、そろそろらしい」

 

「狛治さん…」

 

一面が暗闇に染まった世界に、

一筋の光が射すような感覚があった。

まるで夜明けに昇る朝日のような。

袖をきゅっと掴む白い手を優しく包み、

俺は何度目か分からない事を告げる。

 

「ここまで俺に付き合ってくれて、ありがとう。恋雪と師匠には、どれだけ感謝しても足りないくらいだ」

 

「当たり前じゃないですか。私は貴方の妻なんですから…だから、どこで生まれ変わっても、きっと見つけてくださいね?」

 

恋雪も同じ言葉を返して微笑む。

俺は改めて決意を固め頷き、誓う。

 

「ああ。どれだけ時間がかかっても、必ず探して恋雪を見つけよう。約束する」

 

「はい、お待ちしています。あなた…」

 

周囲の光が徐々に強くなってきた。

いよいよ別れの時か。

俺は最後のその瞬間まで離すまいと、

最愛の人を強く抱き締める。

そして光は白く、眩く、辺りを包み…。

 

 

 

 

 

俺は背中に鋭い衝撃を受け、目覚めた。

 

「ぐっ…!?」

 

なんだ?何処だここは。

 

俺は周囲を見渡す。薄暗い森のようだ。

暗闇でも光の世界でもない。

だが恋雪の姿はなく、草木の匂いや

吹き抜ける風が妙に生々しい。

 

「逃げるなぁぁ!卑怯者おぉ!!」

 

後方から響く、何処かで聴いた声。

逃げる?なんのことだ。

そこで俺はようやく違和感に気づく。

 

俺の胸から黒い刃が生えていた。

否、背中から貫通している…?

 

そこでカチリと歯車が噛み合う音がした。

 

刀、森、列車。

 

鬼殺の剣士。

 

遥か彼方の記憶が色付く。

 

「…か、竈門…炭治郎…!!」

 

俺が俺を取り戻す引導を渡してくれた、

ある意味では恩人ともいえる男。

そうだ、何故忘れていた。

 

「逃げるなぁぁ!!」

 

炭治郎は尚もこちらへ吠える。

誰が逃げるだと?俺のことか。

いや…そうだ、俺は逃げたのだ。

この時は夜明け前、己を焼く太陽から。

それだけじゃない。

はるか昔…あの時もだ。

 

大切な人を二人も失い、

師の素流を血で汚し、

全てがどうでも良くなり、逃げたのだ。

約束から、誓いから、己自身からも。

だが、だからこそ。

 

「俺はもう、二度と逃げん…!!」

 

これは夢か幻か、それとも今までが白昼夢だったのかも知れないが、そんな事はどうでもいい。

俺は走った。元来た道を戻るため。

そうすべきだと、俺の魂が叫んだから。

 

 

 

 

「煉獄さんの、勝ちだぁぁー!!」

 

悔しさと情けなさに苛まれながら、俺はそれを振り払うように叫び続けた。

そうしていないと、蹲って泣き出してしまいそうだったから。

 

「…竈門少年…」

 

そんな俺を炎柱…煉獄さんは優しく諌める。叫んでは腹の傷に響く。俺が死んでは自分の負けになってしまう、と。

こんな強くて優しい人が、なんで…!

 

「もうじき俺は死ぬ。だから…話せる内に話してしまおう」

 

なんで、死ななきゃならないんだ!

分かってる、もうどうにもならないほど

致命傷だ。なら俺に出来ることは、その

意志を一片でも受け継ぐことだ。

歯を食いしばれ。一言も聞き漏らすな。

煉獄さんの最期の言葉だ!

そうして顔を上げた、その時だった。

 

「杏寿郎、悪いがその話は少し待て」

 

「なっ…!?」

 

俺と煉獄さんの間に一陣の風が走った。

否、風のような速さで現れた。

今し方まで煉獄さんと戦っていた

上弦の鬼、猗窩座が。

 

「ぐっ…猗窩座!?なにを」

 

「説明は後だ!俺の腕が辛うじてお前の腹を止血している。急ぎ森の日陰へ行くぞ」

 

驚き困惑する煉獄さんを、傷つけた本人である猗窩座が有無を言わせず担いで行こうとする。なんだ?何が狙いだ!?

 

「ま、まて猗窩座!何を企んでいる!」

 

俺に背を向けたまま一瞬動きを止め、猗窩座は視線だけを俺に向けた。

 

「さあな、俺も思いつきだ。付いてくるなら好きにしろ炭治郎。ああ、それと…」

 

猗窩座は俺の前に、カランと刀を放った。

 

「次は首を狙え。あの時のようにな」

 

そう言い残すと猗窩座は煉獄さんを連れ、

さっさとまた森へ戻ってしまった。

あの時?いつの事を…。

 

「はっ!?お、追いかけないと!」

 

猗窩座は昇りかけの日光で少し焼けていた。煉獄さんは放っておいても確実に死んでいたはずだ。なのに一体なぜこんな真似をするのか。焼け死ぬ危険を犯してまで。

…それに…いや、まずは真意を確かめよう。

 

 

 

「生きているか、杏寿郎」

 

日光の届かない森深く、件の鬼…猗窩座は

俺をそっと手頃な木陰へ座らせた。

まるで労るような、慣れた手つきで。

 

「……」

 

「フッ、いい気迫だ。腕も消えてないな」

 

何が狙いだ?と無言で睨みつけたが、

どうやらあまり伝わらなかったようだ。

正直もう喋るのも一苦労ではあるが、

確かに俺の腹に突き刺さっている腕は

幸か不幸か、一時の延命になっていた。

 

「ハァ、ハァ……猗窩座…煉獄さん!」

 

竈門少年も来てしまったか。

まずいな、猗窩座に彼では勝ち目がない。

そうなれば俺の負けになる。

だが、何故だろうか。

そう…違和感だ。

先程までしのぎを削った猗窩座と

今の猗窩座では、まるで印象が違う。

鬼なのは間違いないが…。

そう、まるで別人のような気配。

どうやら竈門少年も戸惑っている様子だ。

だからなのか、いきなり斬りかかったりはしていない。

そんな俺たちの様子を察してか、猗窩座は竈門少年を一瞥すると、

 

「疑問は尽きないだろう。俺自身もハッキリしない事だらけだ。…杏寿郎、死ぬ前に手短に説明するぞ。荒唐無稽な話だがな」

 

淡々とそう前置きした。

竈門少年は刀を構えながらも、俺同様に言葉の続きを待つ姿勢を取ったようだ。

 

「杏寿郎、俺はやはりお前を鬼にして生かそうと思う。走りながら考えたが、それしか現状、救える手段がない」

 

「なっ…!!」

 

俺より先に竈門少年が反応した。

その顔は怒りとも困惑とも取れる。

 

「ふ、ふざけるな!お前はやっぱりー」

 

「最後まで聴け炭治郎。…杏寿郎、お前も鬼になるのは嫌がっていたな。だが、人間に戻れる日が来るとしたら…どうだ?」

 

なんだと…?

鬼が人間に…

俺はそれを聞き、真っ先に竈門少年の妹、

鬼になってしまった禰豆子を思い出す。

竈門少年は予想外の言葉だったのだろう、

口を開けて固まってしまっていた。

猗窩座は至って真面目な様子で続ける。

 

「確実とは言えん。だが遠くない将来…陽の光を克服する鬼が現れ、それを契機に事態は大きく動き出す。そしてその鬼は遂に人間に戻ることにも成功する。つまりお前も同様に、鬼から人に戻れる可能性があると、俺はそう考える」

 

将来…未来の話だと?

なんらかの血鬼術で知ったのだろうか。

だが、それをなぜ俺たちに…。

 

「猗窩座…言ってることが支離滅裂だ!」

 

竈門少年は俺の代弁とばかりに尋ねる。

 

「未来の事をなぜお前が知っている?いや、だとしてもそれを鬼舞辻無惨や鬼の仲間じゃなく、俺たちに伝えるのは何故だ?」

 

「さあな。そんな押し問答をしている時間はない、違うか?」

 

「ぐっ…!」

 

そう、おそらく時間がない。

なぜなら今この瞬間も、あいつは見ているはずだからだ。

炭治郎が言い放った鬼の首魁、

鬼舞辻無惨。俺を鬼にした男。

やつは全ての鬼と、意識を繋げる事ができる。つまり俺が今、明らかに妙な言動をしていることも筒抜けのはずなのだから。

 

「煉獄さんを殺そうとしていたお前が、それを助けるだって?…くそ、分からない」

 

俺は炭治郎の…いずれ俺を打ち倒す男の

妹が、陽の光を克服する事を知っている。

だが人間に戻ったことを知ったのは、

俺が頸を切られ死んでからの話だ。

死後の世界…とでも例えるが、そこで俺は

おそらく鬼舞辻無惨の意識を通じて、断片的にその後の出来事を把握していた。

上弦の鬼の敗北、無惨の死。

そして炭治郎自身も鬼となりかけ…

人間に戻った妹の禰豆子や、仲間たちの

奮闘によって炭治郎は救われた。

それが、俺の知る未来だ。

いまここから、その通りになるかどうか

正直、皆目見当もつかない。

 

だが、

 

「先刻まで敵だった俺の言葉を信じろとは言わない。だが炭治郎、お前は妹を人間に戻すために闘っているはずだ。そんな都合のいい未来を信じてここまで来たんじゃないのか?」

 

「…!!」

 

そう言い聞かせる。俺自身にも。

もちろん葛藤はあるだろう。

俺が単に鬼となった杏寿郎と闘いたい。

呼吸をもつ鬼の剣士を増やしたい。

そういう魂胆ではないという保証は無い。

俺自身、自分が突拍子もない事をしているのは理解している。

 

「聴け杏寿郎。俺はかつて大切な人を守れなかった。お前はこの炭治郎や他の仲間、家族にとっても同じく大切な存在のはずだ。待っている人が居るなら、死ぬな。鬼となってもお前は必ず打ち勝つと信じろ。なに、暴れだしたら俺が止めてやる」

 

「………竈門少年…」

 

するとここまで黙っていた杏寿郎が、弱々しくもハッキリと口を開いた。

 

「は、はい!」

 

「君は鼻が効いたな…。猗窩座の言葉、君は…どう思う?」

 

炭治郎は正直者なのだろう。分かりやすく

表情に変化があった。

 

「……う、嘘は言っていないように、思います。とても信じ難いですけど、猗窩座から騙そうとか、そういう後ろめたい匂いは欠片もしない、です…」

 

後ろめたい匂いとは何だ、と問いただしたい所を俺は堪え、杏寿郎の返事を待った。

 

「そうか……」

 

それだけ言うと杏寿郎は納得したように

微笑んだ気がした。

 

「約束しろ猗窩座」

 

「なんだ?」

 

「俺がもし己を見失い、心まで鬼と成り果てたのなら、猗窩座…貴様が俺を葬れ。必ずだぞ」

 

「ああ……なに?待て、鬼殺しの刀を持たない俺が、鬼になったお前をどうやって葬れというんだ」

 

二つ返事をしてしまいそうになり、俺は

率直な疑問を投げかけた。

 

「そんな事は知らん。お前の無理な言い分を聞こうというのだ、お前にも多少は無理をしてもらわないとな…ぐっ…」

 

「はあ……分かった、約束しよう。では

早速だが血を分け与えるぞ」

 

軽口を言いつつも杏寿郎の命は風前の灯だ。急がねば…俺は手近にあった杏寿郎の刀を借りると手首を軽く斬り、そこから滴る血を口元へと滴らせる。

 

「……ゴクッ…」

 

よし、飲んだな。

変化は直ぐに現れるはずだ。

 

「炭治郎、もしもの時のために離れていた方がいい。人間であるお前は真っ先に狙われるだろう」

 

「…断る!煉獄さんは強い。鬼の血になんか負けるはずがない!」

 

ふう、頑固な奴だ。

そう言うとは思ったが…。

覚悟を秘めた表情で杏寿郎を見守るその姿を見れば、鼻の効かない俺でも解る。

もし杏寿郎が鬼に成り果てた時は、こいつが杏寿郎の首を切るつもりなのだろう。そしておそらくその後、鬼となる事を見逃した自分をも…。

 

「ぐっ…!お、オォォ…!」

 

杏寿郎の気配が変わった。

傷口がみるみる塞がり、致命傷の腹に突き刺さっていた俺の腕はなんと炭となって燃え尽きてしまった。

特徴的な頭髪は天を衝くように逆立ち、口から漏れ出る呼気は鬼殺隊独特の伊吹によってか、あるいは鬼の力の所為か、視認できるほどに輝きを放っていた。

呼吸の剣士が鬼化する所を見るのは俺も初めてだが…それにしても…

 

-なんと美しい。

 

思わず見とれてしまった。

鬼化とはこんなにも神々しかったか。

それはまさに蘇る生命の煌き。

俺は暗がりの森に光を放つ杏寿郎の姿に、

何故かかつて見た花火の美しさを重ねた。

 

「……杏寿郎、どうだ」

 

「れ、煉獄さん…」

 

やがてその煌きは落ち着き、肩で息をしていた杏寿郎は傷一つない元通りの状態になっていた。

 

「……うむ…腹が、減ったな…」

 

杏寿郎は徐に立ち上がり、炭治郎を見て

ニヤリと笑いそう言った。

炭治郎は目を見開き刀を構え直す。

 

(クッ、だめか!)

 

食われる。俺はそう思い間に割って入

 

「すまない竈門少年!なにか食料になるものを、探してきてはくれまいか!腹ぺこで一歩も動けん!」

 

ろうとした所で、あっけらかんと杏寿郎は言い放った。

 

 

 

ぽかんと呆けていた炭治郎は、気を取り直し返事をすると森から引き返した。

おそらく仲間へ報告しがてら頼りに行ったのだろう。奴の傷も中々に深かろうしな。

 

杏寿郎は平然としている様に見えるが、

 

「…どうだ、鬼になった気分は」

 

俺はあえてそう尋ねた。

 

「うむ、はっきり言おう。最悪だ!」

 

杏寿郎は俺しか居なくなった為か、溢れ出る涎を隠すこともせずに、炭治郎が向かった先をじっと見据えていた。

 

「今この瞬間も、竈門少年を追いかけて喰らいつこうとする、おぞましい自分が居る。ずっと目の前に居られては我慢できる自信もなし!酷いものだな鬼になるとは!」

 

高笑いするその背中に、俺は何と声をかけて良いか分からずにいた。すると杏寿郎はやや俯き、己の手をを見ながら呟く。

 

「……凄いな竈門少年の妹、禰豆子君は。こんな状態をずっと耐え、人に囲まれながら誰も喰らわず、それ所か鬼と戦っていたというのだから」

 

それは俺も同じ感想だった。

鬼にされてから俺は、女子供は誰一人と喰らわなかったが、男は容赦なく手にかけた。中には戦いを生業としない者もいた。

食人衝動を抑えようとした事もあるが、あれは言うなれば地獄の苦しみだった。人間の頃に飢えたことは何度もあるが、比較になどならない程に。

 

「…鬼は、人間しか食えない訳ではない。それこそ味覚の変化で味は最悪だろうが、俺は山篭りの修行の間など、野生の猪や狼なども食べていたからな」

 

そう、人間以外は毒という訳ではないのだ。単に鬼にとって人間はご馳走であり、食うほどに強くなれるから、だから食わない理由はないというだけの話だ。

 

「成る程、それを聞いて安心した!

…すまない、少し鬼化で疲れたらしい」

 

瀕死からの鬼化は体力を著しく消耗する。

それは柱である杏寿郎も例外ではないらしく、木の根元に座り込むと、直ぐに眠りについてしまった。

 

「…許せ杏寿郎」

 

俺は拳を握り震わせ、独り呟く。

あのまま見捨てる選択肢もあっただろう。杏寿郎は死ぬが、炭治郎や他の剣士は魂を受け継ぎ、強く育ち、その結果として鬼を討ったのかもしれない。俺のこの選択は逆効果の未来にしか繋がらないのかも知れない。

 

だが、救える命だった。

まだ間に合うと思った。

あの時の親父や、あの二人と違って。

ならば救おう。救ってくれと。

恋雪が居たならきっと、そう言ったから。

何より俺自身がそうしたかったから。

 

恋雪…今この時代の何処かに、もう生まれ変わって居るかもしれない。それともまだあの世で俺を見ているのだろうか、或いは俺を探して慌てているだろうか。

わからない、見当もつかないが。

 

「お前がいつか人間に戻るその日まで、俺が必ずお前の鞘となろう。それまで、もう少しだけ待っていてくれ。恋雪…」

 

 

 

 

その頃、無限城内にて。

 

「何故だ…猗窩座、何があった」

 

研究室に見える一室に佇む男は、苛立っていた。

突如として意識の気配が立ち消えた、上弦の鬼の第参位…猗窩座。

 

「まさか死んだのか…否、その時は必ず私にも判る。ならば何故…奴が見えぬ?呼びかけても連絡がつかない?何処にいる猗窩座…猗窩座…!!」

 

その男…鬼舞辻無惨は、自身の髪をぐしゃりと掻きむしりながら、己の爪で額から流れ落ちる血を気にもせず思考に耽った。その苛立ちは、理解の及ばない事態への恐怖の裏返しだと言うことに、彼はとうとう気づくことはなかった。

 

 

 

 




お目通しありがとうございました。
ご要望があれば続くかもです。

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