どれだけ時間が経ったのだろうか。過去の事、契約の事、今まで何度も繰り返してきたこと……そして、どうしてもワルプルギスの夜に勝てないこと。
ほむらは自分でも驚くほど、胸の中に眠る想いをさらけ出した。それも出会って間もないキュゥべえもどきに。
自分まで目の前のキュゥべえみたいにおかしくなったのだろうかとほむらは自嘲するが、もしかしたらずっと誰かにこの想いを打ち明けたかったのかも知れない。ひとりで背負ってきた因果を、終わりのない苦しみを、山のように積み重なった思い出を。
「私の中にある想いは、今も変わらない。ワルプルギスの夜を倒し、まどかを救う。それだけの為に、何度も繰り返してきた」
その言葉と共に、一筋の涙を流す。強気なほむらの姿はそこにはなかった。年相応の、優しく、気弱で、友達思いのただの少女だった。
ほむらの話を静かに、時々相槌を打ちながら聞いていたキュゥべえは、彼女が話終わるとただ一言。
「君は一人でよく頑張ったんだね」
と、優しげな口調で言葉を紡いだ。瞬間、ほむらの瞳からボロボロと大粒の涙が溢れ出す。一人で泣く夜は何度もあった、何度も、何度も、何度も泣いた。だけど、誰かに全て打ち明けたのはこれが初めてだった。その事実が、彼女の肩の荷を少しだけ軽くした。
嗚咽を我慢しながら泣くほむらの傍でキュゥべえは何も言わずに佇むだけだった。
幾ばくか時間が経ったあと、ほむらは袖で涙を拭き取り
「……ごめんなさい、取り乱したわ」
そう言った。以前の自分がこの光景を見れば、どうかしたのかと思うだろう。でも、どうしてか、ほむらにとってはこの瞬間が心地良かった。
「君はずっと一人で耐えてきたんだ。今日くらいはいいじゃないか」
普通のキュゥべえなら“何故泣くんだい?そんな時間があるなら魔女を探した方が効率的だよ”とでも言いそうなものだが、目の前のキュゥべえは本当に人と話しているかのように、気持ちに寄り添ってくれる。だから、思わずほむらは聞く。
「あなた、本当にキュゥべえなの……?」
「うーん、魔法少女達はそう呼称するけど、集団から外れた僕は僕でしかない。だから、名前は無いと言った方が正しいかもね」
「そう、なのね」
「君が良ければ、僕に名前を付けてくれると嬉しいんだけど、どうかな?」
どうかなと遠慮がちに聞く割には、その瞳はキラキラと光っている。期待の眼差しとでも言うのだろうか、つくづく記憶の中のキュゥべえとの乖離に慣れないほむらだった。
「ごめんなさい……私にとって、あなたはキュゥべえでしかないわ……だけど一応考えておいてあげる」
「それでもいいよ、君がその気になったらいつでも歓迎さ。ところで、まだ君の名前を聞いていなかったね」
壮絶な出会いをしたのだ。名前を聞く時間などなかった。
「暁美ほむら、それが私の名前」
「教えてくれてありがとう。なら、これからはほむらと呼ばせて貰いたいと思うんだけど、いいかい?」
「どう呼んで貰っても構わないわ」
「これからよろしくね、ほむら」
「ええ、よろしく」
言い終えた途端にほむらはハッとする。キュゥべえと話をしたのは次の繰り返しまでの余興、あくまでも気まぐれだったはずなのに、どうしてかこれからも関係が続いていくような言い回しをしてしまった。
自分で自分の心が分からず、少しの間ほむらは逡巡する。その様子を見ていたキュゥべえは、ほむらよりも先に話を切り出した。
「ところで、僕から1つ提案があるんだけど、いいかい?」
「え?……ええ、いいわよ」
一瞬戸惑ったほむらは、視線をキュゥべえから外した。大抵、インキュベーターの提案にロクなものはないが、このキュゥべえの話には少しだけ興味がある。そう考えたほむらは首を縦に振った。
「僕に君のサポートをさせて欲しいんだ!」
「……それはどういう?」
「話を聞いた限りだと、君はまどかという少女を救いたい。その為には、彼女を契約させないままワルプルギスの夜を倒さなければならないんだよね?」
なら、とキュゥべえが続ける。
「僕という存在は、君にとってこの上なく好都合じゃないかい?母星に切り離される前までの情報だけじゃなく、哀れな集合意識共の事情にも精通しているよ」
「それは……」
確かに、とほむらは納得する。だが、どうしても今までの経験から、何か企んでいるのではないかと考えてしまう。が、そんなほむらの様子はキュゥべえにとっては予想通りの反応だったらしく
「ほむら、僕は君に隠し事はしないよ。この提案だって、君だけを想ってのことじゃない。僕自身の為でもあるんだ」
「貴方の、ため?」
ほむらは首を傾げる。
「まどかを救えなかった時、君はまた繰り返すだろう?」
ほむらの鼓動が一際大きく打ち、呼吸が一瞬止まる。動揺は表情に出なかったが、キュゥべえにとってはそれだけでも充分だった。
「だと思ったよ。さっきの話を聞いて、君が諦める姿は想像できなかったんだ……まったく、まどかという少女が羨ましい限りだよ。でもね、ほむら。僕も君が恋しくて堪らないんだ。だから、君が繰り返すことを到底容認できない。この出会いが泡沫の夢で終わるなんて、それこそ僕にとっての絶望だ」
歯が浮くようなセリフだが、そこに込められた気持ちは本気だと、否が応でも分かってしまう。あのインキュベーターが抑揚のない声ではなく、感情たっぷりにそう言ったのだ。
「僕が君を繰り返す運命から掬い上げる。その為なら、どんな協力も惜しまない。君の話を聞いて、それが僕の天命だと確信したんだ」
ほむらの元に歩み寄ったキュゥべえは、手を片方差し出して、続けた。
「魔法少女の契約じゃなくて、僕は君との個人的な繋がりが欲しい。人はそれを約束と言うのだろう?君が良ければ、君が望むなら、君が決意するなら、君が諦めを踏破するのなら……僕の手を取って欲しい」
キュゥべえはそう言って、真っ直ぐにほむらを見つめる。月明かりに照らされる二人の姿はどこか神秘的で、まさしく“始まり”と呼ぶに相応しい光景だった。
この手を取ってみるのも悪くはない、そう思えるほど、キュゥべえの言葉はすんなりとほむらの心に収まり、ほむらの顔には思わず笑みが溢れた。
「……ふふ、あなたって本当におかしいわキュゥべえ。そんなことを言われたのは初めてよ」
そして、ほむらは小さな白い手を優しく握り返した。いつの間にか、気まぐれという気持ちは無くなっていた。このキュゥべえになら賭けてみてもいいと思ったのだ。
「!!……ありがとう、ほむら。君が僕の手をとってくれて、たまらなく嬉しいよ!」
「そう?……でも、これであなたも運命に抗う共犯者よ」
「きゅっぷい、望むところだね」
そうして、ここに本来有り得るはずのない、異色のタッグが成立する。
既に地平線は青白く光りだし、夜が暁けようとしていた。
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小鳥が唄い、新緑の香りが鼻腔を擽る。麗らかな日差しはまさに春の訪れを感じさせる。同じ目的地に向かう同世代の生徒たちは皆、既知の友人たちと楽しそうに登校している。
その中を1人歩くほむら。歩く度にコツコツとローファーの底が小気味いい音を立て、まだシワのない制服からは新品独特の香りがする。
誰から見ても整った顔立ち、手入れされた長く艶やかな黒髪と、彼女のすらりとした肢体は、道行く生徒たちの視線を否が応にも集める。誰だ誰だと、ヒソヒソ声が聞こえるが、ほむらにとっては些事でしかない。
それどころか、当の本人にとってはもう何度目になるか分からない光景に辟易としている。その上、これから始まる事を考えて、ため息が出るほどだ。
だけど……
(魔法少女の時の姿も麗しかったけど、制服もよく似合っているね。この世に女神がいるとすれば、まさに君のことだろう!皆の視線を釘付けにするのも当然だよ!)
鞄の隙間から顔だけ覗かせた白い小動物が、どこか自慢気に直接脳内に語りかける。
そう、今回はいつもと違う。その原因がこのキュゥべえだ。感情を発露した異常個体。当の本人はそれこそがあるべき姿だと言っているが、それを知らない魔法少女が見れば驚きを通り越して、きっと持っているティーカップを落とすだろう。
(あら、相変わらず褒めるのが上手ね……他の子にも同じようなことを言っているのかしら?)
(失敬な!太陽から放たれる光線のごとく。僕はほむら一筋だよ!)
(本当かしらね?)
キュゥべえの賛辞をのらりくらりと交わして、ちょっとした悪戯心で揶揄うのも慣れたものだ。女神というよりは、小悪魔と称する方が正しいのかもしれない。
下駄箱で上靴に履き替え、迷いなく職員室へと向かう。転校生ではあるが、この学校の誰よりも、ここで過ごした時間が長いほむらは、校内図を一瞥することもなく歩き出す。
(確認だけど、僕と話した内容は覚えているかい?)
(ええ、大丈夫よ)
まどかとの邂逅。この日を迎えるべく、ほむらとキュゥべえは今後の方針を相談していた。
ほむらはその内容を頭の中で反芻する。
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密会の場所はほむらの家。白を基調とした、曖昧な空間には必要最低限の家具しかなく、無機質な印象を見た人に与えるだろう。
『じゃあ、早速だけどほむら。諸々の条件を擦り合わせてみようか』
ほむらに協力できるのがそんなに嬉しいのか、キュゥべえがモフモフの尻尾を左右にフリフリする。ほむらも、その行方をついつい目で追ってしまうが、1つ咳払いをして話を切り出す。
『そうね、まどかの契約を阻止する為には、一ヶ月後にやってくるワルプルギスの夜を撃破することが絶対条件よ。私達が失敗すれば、あの子は自らを犠牲にしてまで全てを救うでしょう』
自分に救う力があるのなら、その1歩を躊躇わずに踏みこんでしまうのがまどかという少女だ。
『轢かれそうになった猫を助けるために魔法少女になるくらいだろう?まったく、どんな願いでも良いとは言うけど、末恐ろしいよ」
『それがあの子の良いところでもあり、悪いところでもあるわ』
そう言ったほむらの瞳が僅かに揺れた。分け隔てないまどかの優しさは彼女の美徳に違いないが、それは時に人を傷付ける。
『僕なら君にそんな思いはさせないんだけどな』
キュゥべえはそんなことを言う。ほむらが見せた姿から、彼女が今までどんな想いをしてきたのかを感じ取ったのだろう。
『話が少し逸れてしまったね』
話を戻そうか、とキュゥべえは言う。
『正直なところ、ワルプルギスの夜を倒すには僕ら二人だけでは些か心もとないのが僕の考えだ。やるなら確実に屠るべきだし、その為には人数が欲しい。例えば……』
『巴マミ、美樹さやか、そして佐倉杏子』
『そうだね。美樹さやかの情報は僕の手元にないけれど、巴マミと佐倉杏子は別だ。共に行動した記憶によれば、二人とも魔法少女の中では上澄みと言っていいほどの実力者だよ。協力を求めるべきだ』
『それは……』
ほむらもできるならそうしたい。もしも、皆で共闘できるのなら、本当にワルプルギスの夜を撃破できるかもしれない。だが、そのビジョンがまるで頭に浮かばなかった。
『その様子を見るに、実現したことは無さそうだね。巴マミなんかは話しやすい感じがすると思うけれど』
『……ええ、そうよ。仲間にできるなら仲間にしたいわ。でも、巴マミが魔法少女の真実を知れば、途端に脅威に変わるの。一体何度シナリオを壊されたことか』
『佐倉杏子はどうだい?』
『彼女は精神的にも落ち着いているし、割り切った関係も理解してくれるから、仲間にするなら彼女一択よ……けれど、あの子は表面上は悪ぶっているくせに根っこが慈愛に満ちているから、大体さやかと心中するわ』
心無しか、ほむらの口調が荒々しくなってきたような気がする。
『じゃ、じゃあ美樹さやかは?』
『論外よ。アレははなからブレーキの付いていない車と同じ。アクセルしか踏めないわ。私が何を言っても言うことを聞いてくれない上に、勝手に契約して勝手に絶望して、勝手に魔女になる……それに、今はまだ魔法少女じゃないから頭数に入れないで頂戴』
『さやかの話になった途端、ギアが一段階上がったね。余程鬱憤が溜まっていたみたいだ』
それぞれに思うところは尽きぬほどあるのだろう。ほむらの表情は、話し始めた時よりも、些かスッキリしたように見える。
『私だって一緒に戦えるのなら、そうしたいわ。でも……無理よ。何度も何度も繰り返したのに、掴み取れなかった』
ほむらだって、できるのなら誰も欠けることなくワルプルギスの夜に立ち向かいたい。それこそ、初めの頃は巴マミや美樹さやかにだって手を差し伸べていた。だが、上手くいくことはなく途方もない時間だけが過ぎていく中で、自分一人で何とかするという思考に段々と切り替わってしまっているのも事実である。
先程の勢いはどこへやら、段々と声が小さくなるほむら。だが、そこへキュゥべえが言い放つ。
『だから、僕がいるんだよ』
ほむらはハッとする。
『僕なら、君の望む未来へと道を整えることができる』
そして、キュゥべえがとんでもない事を言う。
『僕と君で、彼女達を誑かそう』
『ど、どういう事よ』
『文字通りだよ。君が彼女たちを籠絡するんだ。普通の仲良しこよしでは上手くいかなかったのだろう?何があっても、君がいるなら、君となら、君が言うのなら……そう思わせるんだ』
それは、まるで悪魔のような提案だった。人の心を弄ぶかのような方法にほむらは一瞬“やっぱりキュゥべえはキュゥべえなのか”と思った。だが。
『君ほどの魔法少女が、それだけ苦戦するようなクセの強い少女達だろう?並大抵の方法じゃこれまでの二の舞だ』
『だからって、そんな弄ぶようなこと』
『目的を見失ったらダメだよほむら。それに、弄ぶ訳じゃない。彼女達とかけがえのない絆を結ぶんだ。信頼というね。心配しないで、僕にならそのフォローができる』
『……信頼』
思えば、彼女達と信頼という関係まで構築できたことがあったろうか。魔法少女仲間として、共に過ごした事はあったが、1ヶ月という短い時間の中でそこにまで至っていたかと言うと、首を縦に振りかねるほむらだった。思えば、まどかとばっかりくっついていたかも知れない。
キュゥべえの提案は、今までの自分には無い選択肢だった。実行すればどうなるかは分からない。でも、少しでも前に進めるのなら、か細いながらも天上からの糸が垂れるのなら----------やってみる価値はある。
たとえ、悪魔と罵られたとしても。
ほむらは目の前のキュゥべえに言い放つ。その瞳に決意を宿して。
『分かったわ……貴方の案に、乗ってあげる』
『きゅっぷい!そうこなくっちゃ』
斯くして二人の悪巧みが始まるのだった。
完全無欠超絶美少女のほむらちゃんによるほむらちゃんの為の時間が始まります。
感想や評価ありがとうございます。励みになりまする(o´罒`o)