早乙女先生に合図をしたら入ってきて欲しい、と言われたほむらは、ガラス張りの教室の外で息を整えていた。手に持ったカバンからはキュゥべえが顔を覗かせるが、魔法少女の素質を持たない人間には姿が見えない。しかし、予想だにしないトラブルに巻き込まれるのも面倒なので、家で待ってと言っていたのだが
『君の勇姿をちゃんとこの目で見ておきたいからね、僕も学校に付いていくよ』
どこか含みのある言い方だったが、断るほどのことでもなかったので、鞄に隠して学校までやってきた二人だった。
ガラスの向こうからは、早乙女先生の恋愛失敗談が聞こえてくる。生徒思いの可愛らしい先生だと思うが、男運は壊滅的である。中沢くんの言うとおり、卵の焼き方なんてほむらにとってはどうでもいいことだ。大事なのは作ってくれる相手が誰か……それに尽きる。
(さて、お呼びだよほむら。笑顔を大切にね)
(大丈夫よ、そんなに心配しないでいいわ)
恋愛話が終わると、ついでと言わんばかりに転校生の事を紹介する先生。教室内から、そっちが後回しかよと声が漏れる。
歩きながらキュゥべえを鞄の中に隠し、ほむらは教室の中に入る。
その瞬間、全ての視線がほむらに集中する。普通なら多少なりとも緊張するものだが、慣れすぎてしまったゆえに、彼女は微塵も動揺しない。
教室内から、かわいいだの、綺麗だの、美しいだの、ほむらを見た生徒が感嘆交じりに呟く声が聞こえる。それも仕方のないことだ。誰一人知らない集団の中に入るというのに、そのあまりにも堂々とした姿は見る者の視線を奪う。その上、容姿端麗であり、所作も美しい。まさしく、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花である。これにはキュゥべえもニッコリだ。
教壇の近くまで来たほむらは、電子ボードのペンを手に取り自分の名前を書いた。
「暁美ほむらです。よろしくお願いします」
そして、魔性の笑みと鈴が鳴ったような凛とした声でそう言ったのだ。
これにはキュゥべえも鞄の中でスタンディングオベーションをせざるを得なかった。
(素晴らしいよほむら!感激だ!ファーストインプレッションは完璧と言っていいよ!)
(だから言ったでしょう?大丈夫だって)
ちらりと後ろの席にいるピンク髪の少女、鹿目まどかに目を向ければ、ほむらの視線に気がついたのか、少し顔を赤らめて視線をそらしてしまう。その様子を見てか、ほむらは少し満足そうだった。
(このあと、まどかに接触するわ。あなたはどうするの?)
(僕もその場面を見ておきたいから、上手いこと鞄から抜けるよ。一応、巴マミと接触しないように気をつけるね)
(分かったわ)
ほむらは案内された席に座り、そのまま先生の説明を聞く。ここからの展開はいつも通りだ。休み時間になったら、転入生の周りに人だかりができ、質問攻めに合う。転入生としては避けることはできない道だ。
周囲から様々な質問が飛んできて、ほむらは注目の的となる。一人一人に答えていては、貴重な時間が無くなってしまう。だから、ほむらは痛そうに頭を抑え、頭痛のフリをした。
「ごめんなさい、ちょっと緊張しすぎたみたいで、なんだか、気分が……保健室に行かせてもらえるかしら」
そう言ったほむらに、周囲の女子生徒は保健室に連れて行ってあげるよと言うが、彼女は係の人にお願いすると言って丁重に断る。
ほむらは椅子から立ち上がり、初対面であるはずのまどかの元に迷いなく向かう。
「鹿目まどかさん、あなたがこのクラスの保健係よね?」
「えっ、あ、あの、えっと……」
まどかの反応も無理もないだろう。ほむらとは夢の中であったような気はするが、間違いなく初対面。その上、教えてもいないのに、名前も顔も、係まで知っている。警戒というよりかは、困惑してしどろもどろになっている。
だが、ほむらはそんなまどかにお構いなしに言葉を続ける。
「連れて行ってもらえる?保健室」
「あ、う、うん。私でよければ」
そして、二人で教室から出る。その様子を志筑仁美や美樹さやかも不思議そうに見つめる。
キュゥべえもまた、鞄から顔を出して怪訝そうな目でその行方を見ていたのだった。
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教室から出た二人は、保健室に向かって歩いていく。だが、何故かほむらが先頭で、まどかがその後ろに付いていくというなんとも本末転倒な有様だった。曲がるべき場所をまどかが言う前に、ほむらが曲がる。保健室の場所をまるで知っているかのようなほむらの行動に、まどかは更に困惑を深めるばかりだった。
「あ、あの、なんで私が保健係だって……」
聞きたくもなるだろう。先程、保健室に連れて行ってほしいと言われたとき、ほむらの瞳はまるで此方のすべてを知っているぞと言外に言っているような気さえしたのだ。
「聞いたの、早乙女先生に」
妙な間があったが、それならと一応は納得できたまどか。
進むにつれて、人気が少なくなっていく。なんとも言えない気まずさと、ほむらという少女への困惑が重なり、まどかは場をもたせようと必死に話題を探すが、まどかもそこまで口が達者な方ではない。
「あ、暁美、さん?」
「ほむらでいいわ」
ほむらは振り向かない。
「ほむら、ちゃん?」
まどかは遠慮がちに話しかける。ほむらの表情に力が入る。
「何かしら?」
「あ、いや、えっとその、変わった名前だよね!だ、だから、いや、あのねっ、変な意味じゃなくて……カッコイイなー、なんて……」
その言葉の後、ほむらはギリッと歯を噛み締め、突然足を止めて振り返った。いきなりのことで、まどかもビクリと身体を止めてしまう。
「鹿目まどか、貴方は自分の人生が尊いと思う?家族や友達を大切にしてる?」
いきなり飛んできた質問に驚きながらも、まどかは自分の想いを言葉に出す。
「え、えっと、私は……大切だよ?家族も友達のみんなも、大好きで、とても大事な人立ちだよ?」
「本当に?」
「本当だよ、嘘なわけないよ」
「そう……もしそれが本当なら、今とは違う自分になろうだなんて、絶対に思わないことね……さもなければすべてを失うことになる」
「え?」
「あなたは鹿目まどかのままでいればいい、今までも、これからも……」
そう言い残して、ほむらは先に進んだ。まるで心の叫びのような言葉と、悲しげな双眸。突然すぎる出来事に、まどかはその場から動けないまま時が過ぎる。
赤い瞳がそんな二人の様子を陰から見つめていた。
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「ワケがわからないよ」
聞き慣れた声がほむらの家に響き渡る。誰が聞いても困惑していると分かるくらい、キュゥべえの言葉には言葉通りの感情が込められていた。
「何がかしら?」
「自己紹介以降のくだり全部だよ」
ほむらはあまりピンと来ていないらしい。これにはキュゥべえも血管がぱっつり。目の前のぽかんと首を傾げているド天然にはハッキリと言わねばならないと決意する。
「バッドコミュニケーションにも程があるよほむら。何がどうなったら、ああなるんだい?僕をしてもワケがわからないとしか言えないよ。いいかい?間違いなく鹿目まどかは君のことを薄っすらとやべー奴と思っているよ」
「なっ、まどかはそんな事を思う子じゃないわ。あのくだりだってまどかに自分自身を大切にしてもらおうと」
「それ自体を否定するわけじゃないよ。僕が言いたいのはやり方に難しかないってことだ。よく考えてもみてよ、初対面だよ?そんな相手から、いきなりあんな事を言われたら、良くて電波ちゃん、悪かったら恐怖心を抱かれるよ!」
「そ、それは……」
「はぁ、言われてやっと、多少なりとも自覚が芽生えたみたいだね」
相手の立場に立って考えてみると、たしかにキュゥべえの言うことには一理ある。もしかすると、ワルプルギスの夜まで時間がないほむらは、何度も周回を重ねるうちに、そういった過程の部分をすっ飛ばしてしまう癖が付いていたのかも知れない。
「パートナーである君にこんなことを言いたくは無いんだけど……ほむら、君はコミュニケーションに幾らか課題があるみたいだね」
「ッ!!!?」
ほむらの目が見開く。誰も今まで指摘をしてこなかった。というか、指摘できる人が周りにいなかった。これでもキュゥべえは言葉を選んだほうだ。コミュ障と喉元まで出かかった言葉をなんとか呑み込んだキュゥべえは大きな溜息をついて、話を続ける。
「やっぱり学校について行って正解だったよ。君から聞いた話だけで、鹿目まどかや美樹さやかの性質を断ずるのは危うかったからね……ともなれば、これまで上手くいかなかった要因がほむら、君側にもある可能性が高くなった。今日の様子から察するに、これからも同様のことが起きるだろうね」
「そ、そこまで言わなくても」
「いや、言うよ?君を救うためなら、君自身に客観的な事実を突きつけるのも
キュゥべえが向かいの椅子から降りて、ほむらの横に移動する。容赦のない口撃だが、それも全てほむらの為に言ってくれているのは理解できる。理解できるが、ここまで一気に諭されると
「ほむら、君は君が思っている以上にこれまでのループで感情や擦り切れているんだ。だから、自分の行いが周囲から見てどんなものであるかわからない。今回みたいに、結果だけを求めて過程を大きく省略したのも、それが変だと思わないのも、君の心が擦り切れている何よりの証拠だよ」
「私の、心が?」
コクリとキュゥべえは頷く。
「君だって血の通った人間だ。果てしない時間を繰り返せたのは素直に賞賛に値するけど、人の心はいつだって海のようなものだ。
「……じゃあ、私のしてきたことって」
意味がなかったのか、とその言葉が出る前に項垂れるほむらの頭にキュゥべえがぽんっと手を乗せる。
「君がその言葉を言っちゃいけないよ。誰よりも、君よりも、僕がそれを許さない」
「キュゥべえ……」
「君はただまどかを救うことだけ考えればいい。その気持ちを強く持ち続けることが一番大切なんだよ。その他諸々の事は僕に任せてくれていい。だって、僕らはパートナーだろ?」
にっこりとほむらに笑顔を見せるキュゥべえ。そんなキュゥべえの言葉に、表情に、声に、どこか満たされてしまっている自分がいることにほむらは気付く。
「それに、計画はまだまだこれからだ。修正なんていくらでも効くし、まどかも君のことを不思議ちゃんとしか思ってないよ」
「……ほんとう?」
「彼女達の会話を盗み聞きしておいたからね。僕ってば結構やるだろ?」
しっかりとアフターケアも忘れないキュゥべえ。
「……ふふ、ありがとうキュゥべえ。あなたって本当に優しいわね。おかげで、少し気が楽になったわ」
「どういたしまして、君にそう思ってもらえたなら良かったよ」
ほむらに笑顔が戻る。気のせいだろうか、キュゥべえを見る目が先程よりも慈しみに溢れているような。その視線に気がついたのか、キュゥべえは慌てて視線を外した。
「……君は自分がどれだけ魅力的か自覚したほうがいいよ」
「あら、可愛いところもあるのね」
「か、揶揄わないでくれよ……それよりも始めようじゃないか、僕達の計画を」
話題を逸らすキュゥべえ。いつもキザったらしいセリフを吐くくせに、ほむらが揶揄った途端こうだ。そんなギャップにほむらは面白おかしいと感じながら、キュゥべえとともにこれからの計画を練り始める。
部屋には二人の声が木霊するだけだった。
ほむらのコミュ障ムーブ好きなんですよね。
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