「見捨てる」
カルネ村襲撃を見つけたモモンガは、最初にそう決めた。
完璧な執事として、セバスはその決定に従い、さらなる行動を提案した。
どうせ見捨てるなら、ついでに実験をいたしましょう、と。
「そうしましたら、倒されても損にならないシモベを派遣しまして、現地人の強さを調べてみるというのは、いかがでしょうか?
現地勢力の情報がほぼ無い状況ですので、なるべくでしたらナザリックとの関係を疑われないものがよろしいかと存じますが、あえて関係を明示する方法を選んで恩を売り、現地人の社会に対する橋頭堡とする手もございます」
助けに行くのではない。実験に行くのだ。成功すれば儲けもの、失敗しても損はない。
なるほど、とモモンガは思った。
ローリスク・ローリターンか、ハイリスク・ハイリターンか。いや実際には「ノーリスク・ローリターン」と「ローリスク・ハイリターン」だろう。安易に判断することはできないが、たっち・みーの動きを思い出してみれば騎士たちのそれは稚拙に過ぎる。あとは攻撃さえ通用すれば恐るるに足らず。
提案された内容は、一長一短ながらどちらも一考に値する。実験だけで終わるか、橋頭堡を確保するか。
それに、いつかは調べなくてはならないことだ。人間種とホムンクルスのように、見た目が同じでも別種族という事がある。善なる極撃のように、カルマ値によって受けるダメージが変わる攻撃がある。ましてや異世界だ。極端な例としては、現地人が全員レベル10000だとか、同じように見えるエネルギーが実はまったく別のエネルギーで現地人を全力で殴っても全くダメージが入らないとか、カルマ値がマイナスの者が放つ攻撃はすべてダメージがゼロになるとかの世界だという可能性だってある。
そうしたリスクを考え、現地人の強さを測るという目的を考えたとき、別に自ら出向く必要はない。適当なモンスターで十分だ。
スキルや魔法で召喚したモンスターや、ナザリックの自動湧きモンスターなら、倒されても損失にはならない。
「ナザリックとの関係を疑われにくいもの……か」
ハイリターンを狙うなら勝率が見える程度の情報は欲しい。最も警戒するべきは、橋頭堡を得たあとで格上の攻撃を受けることだ。せっかくの橋頭堡を失うばかりか、そこからナザリックの存在が露見する。ならば、とにかくローリスクな方法を、とモモンガは考えた。
恐怖公の眷属召喚、シャルティアの眷属招来、ナザリックの自然湧きモンスターなど、いくつか候補がある。
その中で、ナザリックとの関係を疑われにくいものといえば、モモンガのスキル「アンデッド創造」で作り出すアンデッドだ。スケルトンやデスナイトを見ただけで、ただちにナザリックと結びつけて考える者など、プレイヤーの中にも居ないだろう。ユグドラシルではよくあるアンデッドの一種に過ぎないのだから。
都合よく「上位」「中位」「下位」と創れるモンスターがレベル別に揃っているので、順に試してどこまで戦えるか見るには都合が良い。
逆にマズイのは「ナザリックオールドガーダー」などだ。種族名に「ナザリック」と入ってしまっている。それと分かる者が見たら、即座にナザリックと結びつけて考えることになる。
「よし、それではスケルトン、スケルトンウォリアー、デスナイトあたりで様子を見てみようではないか。
とはいえ、転移門を逆利用されて、こっちへ入ってこられても困る。シャルティアに命じて、外に出た上で使用させよう。
万一逆利用された場合に備えて、ナザリックから5km以上離れること。
転移門は地上から200m以上高い空中で開くこと。
手勢を配置して迎撃できるようにしておくこと。
転移門はモンスターを1体送るごとに、すぐ閉じること。
以上を遵守するように、シャルティアにはしかと伝えておけ」
などと過剰な防衛策を講じた上で。
さっそくアンデッドを創造して、転移門でカルネ村付近に送り込む。
◇
エンリとネムは、父親が騎士を食い止めている間に森へ逃げた。
しかし騎士たちに追いつかれてしまい、エンリは背中を斬られてしまった。
追撃の剣を振り上げる騎士に背を向け、ネムを抱きしめて守るエンリ。
何としてもネムだけは逃さなければ……!
とか思いながら、やっている事が真逆なのは恐怖と混乱ゆえか、はたまた背中を斬られて動く体力がないせいか。
身動きせずに大人しく斬られるしかない体勢をとってしまっては、ネムが逃げる時間を稼ぐこともできずに殺されてしまうだろう。
最適解は父親と同じ、騎士に抱きついて足止めすることだ。密着してしまえば剣で斬ったり刺したりされる可能性は低くなり、振り払うのも難しくなる。
「ネム……!」
襲ってくるだろう激痛にどこまで耐えられるか。
必死も必死、文字通り「必ず死ぬ」状況に……しかし、来るはずの痛みは来なかった。
「なんだ……?」
騎士たちは、それを初めて見た。
転移門。
位階不明だが「転移魔法の中で最上位」らしいので、第7位階の「上位転移」よりも上なのだろう。
フールーダが人間で唯一、単独で第6位階まで使いこなす。単独でなければ法国の巫女にも可能だが。つまり第7位階より上と思われる転移門など、見たことも聞いたこともない。
警戒を強める騎士たち。
しかし、そこから現れたのはスケルトンだった。
アンデッドの中でも最も弱く、最もポピュラーなモンスターだ。レベル1である。
「……スケルトン? ただのスケルトンが、なんでこんな……?」
見たこともない魔法? 異常現象? から現れるスケルトン。
不可解とは思いつつ、ひとまず襲ってくるので殴り倒す騎士たち。
スケルトンは刺突に対する完全耐性と、斬撃に対する耐性がある一方、打撃に弱い。
「うっ……!? おかわりが来た……!」
スケルトンを倒すと、すぐさまスケルトンウォリアーが現れた。
騎士は2人がかりで戦って、なんとかスケルトンウォリアーを倒した。
「ま……また……!?」
次に現れたのはデスナイトだ。
騎士たちは、あっさり殺された。
◇
「……なるほど、あの戦いぶりでは、レベル10を少し超えた程度か。
その程度の騎士にやられる村娘などは、レベル1桁だろう。わざわざ調べる価値もない」
遠隔視の鏡で様子を見ていたモモンガ。
転移門を見た反応から察するに、レベルが低いだけでなく知識も乏しいようだ。知らない魔法を見た初心者みたいな反応である。少なくとも効果を知っている奴の反応ではない。
「デスナイトよ。村を襲っている騎士たちを――いや、待てよ?
その前に、これを試しておこう。
デスナイトよ。今から送るアイテムをその娘に使え。
それが終わったら、村を襲っている騎士たちを殺せ」
召喚者と召喚モンスターのつながり。
それをたどって遠隔で命令を伝えると、ポーションを取り出して転移魔法でデスナイトに送る。
受け取ったデスナイトは、蓋を開けるとエンリに中身を浴びせた。
「きゃっ!? な、なに……? え? 痛くない……?」
「お姉ちゃん、傷治ってる!」
「え? え? え?」
なんでアンデッドが?
そんな疑問をよそに、デスナイトは元気よく走っていった。
◇
カルネ村は、突如現れた謎のアンデッドに救われた。
騎士たちを殺したアンデッドは、その後すぐに消えてしまった。召喚の時間切れである。
そこへガゼフがやってきて、村の様子を確認した。
「見たこともない大きなアンデッドが現れて、騎士を殺して消えてしまいました」
などと言われて、ガゼフは戸惑った。
魔法に明るくないガゼフは、その情報だけで「誰かが召喚したモンスターだ」とは分からなかったのである。
分かるのは騎士たちの死体だ。
たしかに斬られている。まるで野菜のように一刀両断バッサリと鎧もろともだ。人間がやったのなら、よほどの腕前と膂力だろう。
しかし傷口は「乱雑に叩き切った」ように見える。鎧を切断するほどの腕前に見合わない。では膂力だけで叩き切ったというのだろうか。だとしたら、それはもう人間の膂力ではない。ガゼフたち戦士団でも、たしかに「大きなモンスターがやった」と考えるのは自然なことのように思えた。
「戦士長! 村の外に……!」
そしてニグン率いる陽光聖典と、召喚された天使たちが現れる。
ガゼフは村への被害を避けるため、打って出る事にした。
◇
「ほう……? これは面白い展開になってきたぞ」
遠隔視の鏡で様子を見ていたモモンガは、ありもしない表情をニヤリと歪めた。
新たな勢力の登場に、得られるデータが増えるぞとほくそ笑む。
ガセフと会話をしていないので、小動物に向けるほどの愛着も持っていない。
「あの天使……それに飛び交う魔法の数々は……」
異世界だというのに、なぜかユグドラシルのものばかり。
なぜ? と思わずにはいられない。
「――伝言。
シャルティアよ。もう1度だ。そちらに追加のアンデッドを送るから、転移門を開け」
◇
ガゼフは戸惑っていた。
「なめるなぁ! 俺は王国戦士長! この国を愛し、この国を守る者!」
とか気迫を見せた矢先、飛び込んできたデスナイト。
これが例の、村を救ったアンデッドか……と直感したガゼフ。
「なんだ、あれは……?
各員警戒! 来るぞ! 全天使を突撃させよ!」
「オアアアア!」
初撃に全力を使って一気に勝負を決める。
ニグンの判断は、戦術として正しいものだった。
しかし――
デスナイトと炎の上位天使たちの戦いが始まる。
数の差はあれど、レベルはデスナイトのほうが上と推定される。
デスナイトは次々と炎の上位天使を斬り伏せた。
防御性能が高いデスナイトは、たいしたダメージも受けずに炎の上位天使を殲滅していく。
「くっ……! 監視の権天使!」
ニグンは自ら召喚した天使に攻撃を命じる。
しかし、それさえもデスナイトには劣った。
何度か切り結んだ末に、デスナイトが勝利する。
「かくなる上は……!」
ニグンは魔封じの水晶を取り出した。
「威光の主天使! 見よ、最高位天使の尊き姿を!」
調子に乗って格好つけたセリフが、遠くで見ているモモンガには失笑ものだったが。
笏を砕いて一度だけ魔法威力増幅が出来る。
威光の主天使は、その能力を使って――
「善なる極撃を放て!」
召喚者の命令を遂行した。
「オアアアアア!」
大ダメージを受けるデスナイト。
その威力は、デスナイトの残りHPを根こそぎ吹っ飛ばすのに十分だった。
しかし「どんな攻撃も1度だけ死なずに耐える」という能力によって、デスナイトは倒れない。
「なん……だと……?」
奥の手で召喚した威光の主天使の、そのまた奥の手で使った笏砕き。
それを耐えてみせたことで、ニグンの警戒心と驚きは天元突破した。
隙あり、とばかりにデスナイトが威光の主天使へ突進し、剣を突き立てる。
笏を失った威光の主天使は、防御してもダメージを受ける。翼ばかり無駄にたくさんあって、武具らしきものが無いゆえに。
「は、反撃しろ!」
放心していたニグンが我に返って命令する。
だが、わずかに遅かった。
まともに戦えばデスナイトが負けていたところ、この命令待機状態の間に受けた攻撃で、相打ちになったのだ。
「くっ……! 威光の主天使が……!
魔神レベルのアンデッドだったとでもいうのか……まあいい。
とにかく脅威は去った。
さあ、ガゼフ・ストロノーフ。大人しくそこで横になれ。そうすれば苦痛なく――はぁ!?」
ズシン、ズシン、ズシン……
重厚な足音を響かせ、デスナイトが複数で現れる。
「に、逃げ――うぎゃああ!」
あとはもう、ただの作業だった。
◇
そうしてガゼフのことなど無視して――結果的にガゼフを救う形になりながら――陽光聖典を殺して回収することにしたモモンガ。
蘇生させて尋問すれば、きっと色々な情報が得られるはず……と思っていたが、蘇生拒否によって失敗に終わることなり、ぐぬぬ……とうなる羽目になるのだったが。
情報源となりうる人物は、もう1人いた。
「セバス。お前に任せよう。
あの男、ガゼフ……なんとか言ったか? 王国戦士長と言っていたな。肩書の感じからして、きっとそれなりの地位にいる人物だ。ポーションを渡すから、治療して恩を売ってこい。できるな?」
「お任せください。
ですがポーションは不要かと。わたくしは気功が使えますので、毒は無理ですが傷と体力の回復は可能です」
「うむ。そうだったな。
しかし気功が通用しない可能性もある。すでに実験を済ませたポーションは確実だろう。出ていったは良いが回復してやれなかった、となると少し具合が悪い。念のため持っていけ」
覚えていなかったとも言えず、言い訳を重ねたモモンガ。
セバスはその意を汲んで一礼した。
「モモンガ様のお慈悲に感謝いたします」
そういう事になった。
◇
「はじめまして、王国戦士長殿。
わたくし、とある御方にお仕えしております執事のセバス・チャンと申します」
「このタイミングで現れたということは、先程のアンデッドたちを使役している人物か?」
「仰る通りでございます。
我が主は魔力を消耗して今、休憩中でございますが、取り急ぎ皆様に回復をという事で、わたくしを派遣なさいました。
微力ながら、回復の気功を使用してもよろしいでしょうか?」
「すまない。助かる」
気功は無事に戦士団を回復した。
ポーションを使用せずに済んで、セバスは満足した。
財産管理も執事の仕事だ。補充できる目処も立たない中で、いたずらに在庫を消費することは避けたい。
「チャン殿、本当に助かった。
あなたの主殿にも、よろしくお伝え願いたい」
「承知いたしました」
「魔力を回復されたら、ぜひ王都へお越し願えないだろうか?
十分なお礼をしたい」
「それは難しいかもしれません。
主は少々離れた所におりまして、転移先もそう簡単に増やせるものではございませんので。
ご面倒でなければ、この村まで運んでいただければ、受け取りは可能かと」
移動手段を転移魔法にこだわる理由はないはずだ。
つまりは、王都へ行く意思はないということ。
政治に疎いガゼフでも、そのくらいは分かった。
「では、我が王にはそのように掛け合ってみよう。
もし叶わぬ場合には、王都にお越しの際に、このガゼフ・ストロノーフの家を訪ねていただきたい。
十分とは言えないだろうが、心ばかりのお礼をさせていただきたい」
「承知いたしました。主には、そのようにお伝えいたします」
「感謝する」
ガゼフと王国戦士団は、こうして去っていった。
その際に彼らはカルネ村に戻って休息を取り、飲み水の補給を受けるなどして、村人にセバスを紹介した。
そうして村人たちから「村を救ったアンデッドの主に仕える人」として認識されたセバスは、周辺の地理や国際情勢などを聞き出して、ナザリックに帰還した。