何回やり直してもお嬢様が救えない~今度のお嬢様は、なぜか私を離してくれない~ 作:名もなきそば付き
教室を出たところで、レオンハルト殿下とお会いした。
廊下の向こうから歩いてこられた殿下は、お嬢様をご覧になって足を止める。そばにいた子息たちも、こちらを向いた。
この顔ぶれで並んでいるところなら、何度も見ている。
ただ、皆さんの顔にはまだ幼さが残っていた。今の俺と同じ十三歳前後で、声も以前よく聞いたものより少し高い。
「セレスティア。同じ組だと思っていたが」
「ごきげんよう、殿下。選択する授業によって組を分けたと伺いました」
お嬢様が礼をする。俺も隣で頭を下げた。
殿下の視線が俺へ移る。
「君もこちらへ来たのか」
「はい。今年から、こちらで学ばせていただきます」
俺は礼をしたまま答えた。
殿下は俺の胸の印へ目を留める。
「生徒として?」
「そのように登録しております」
「そうか」
驚かれたらしい。
殿下の後ろでは、宰相の家の子息がこちらを見ていた。昔も、必要なとき以外は自分から話さない方だった。
俺は彼らの立つ位置と、殿下へ返事をする順番だけを覚えておいた。
「昼食はもう決めているのか」
殿下がお嬢様へ尋ねられた。
以前は誘いではなく、いつもの席へ来るようにという言い方をなさった。婚約者なのだからご一緒するのが当然だと、お嬢様もお考えだった。
「友人と食堂へ行く予定です」
「なら、一緒にどうだ」
殿下は俺のほうも一度ご覧になった。
そば付きが先に食卓を整えるのか、それとも座るのか。その区別に迷われたのかもしれない。
お嬢様は、隣にいた俺ではなく、教室の戸へ顔を向けられた。
「クラウディア。殿下からお誘いがあったわ」
クラウディア様が教本をしまって出てこられる。フィオナも、その後ろにいた。
殿下の表情がわずかに変わった。
「聖女候補も同じ組か」
「はい。フィオナと申します」
フィオナが礼をした。
笑顔は自然だった。相手が殿下だと分かって少し緊張しているが、皆さんへ順に目を向け、誰か一人へ寄っていかない。
クラウディア様はお嬢様の隣へ立たれた。
「食堂なら同じね。私たちは先に注文をするつもりだったけれど」
「席を取らせればよいだろう」
殿下の隣の子息が言った。
俺へ視線が来る。
袋を預けるためではなく、先に走るよう求めていると分かった。
「本日は生徒用の受付で注文することになっております。ご予約の席でしたら、食堂の係へお尋ねください」
俺は答え、道を空けた。
子息は言い返しかけたが、殿下が先へ歩かれたので口を閉じた。
お嬢様が俺の袖へ指を触れられる。
「では行きましょう」
皆さんが通り過ぎてから、俺もその横へ並んだ。
☆
食堂の入口には、今日出す料理が書かれていた。
煮込みとパン。肉を焼いたもの。豆と野菜の皿。果実を入れた小さな焼き菓子は、別に注文することになっている。
フィオナが菓子の札を見たあと、俺を見る。
「ありますね」
「そうですね」
何の話かとお嬢様が目を向けられた。
俺は札を指した。
「果実の入ったものが出るようです」
「では一つずつお願いしましょう」
「お嬢様の分だけでも」
「あなたの分もよ」
クラウディア様が小さく笑う。フィオナは列を確かめて、最後尾へ向かった。
殿下たちは先に係へ声をかけていた。窓際には、すでに二つの卓を合わせた場所がある。
全員で座れる数ではなかった。
「ご一緒のお客様は何名ですか」
係が殿下へ尋ねる。
殿下はお嬢様、クラウディア様、フィオナを数え、俺を見て止まられた。
「ノエルも座ります」
お嬢様が先におっしゃった。
声はいつもどおりだったが、返事を待つ顔ではなかった。
係はうなずき、空いている椅子の場所を見た。
「人数が多くなりますので、こちらの長い卓でもよろしいでしょうか」
奥の席へ案内される。
俺はお嬢様の椅子を引き、その隣へ座ろうとした。後ろから子息が近づき、そこへ手を置く。
「君はあちらではないのか」
示されたのは壁際の細い卓だった。同行した従者たちが待つ席だ。
今までなら、俺もそこで食べるか、屋敷へ戻るまで食べなかった。
「ノエルさんのお席はこちらです」
係が答えてくれた。
受付で名前を出したので、食事の注文も俺の分として通っている。
子息は椅子から手を離した。
お嬢様が席へ座り、俺の前の皿を少し寄せられる。
「近くに置いたほうが食べやすいでしょう」
「ありがとうございます」
クラウディア様は俺の向かい側、フィオナはその隣だった。殿下と子息たちは卓のもう一方へ座る。
料理が届くまでに、選んだ授業の話になった。
「クラウディアは魔法を主にするのか」
「魔法も取るわ。錬金術の実習がある日は、そちらへ行くけれど」
「薬を作るほうか」
「薬だけではないの」
クラウディア様は説明を続けられた。道具へ魔力を通す仕組みや、使う材料によって変わるところを話す。
殿下は途中から真剣に聞いていらしたが、子息の一人は首を傾げた。
「戦うなら、直接魔法を使うほうが早くないか」
「使える人しか助からないでしょう」
クラウディア様が静かに答えた。
「薬なら魔法を使えない人も持てるわ。そういう人にも役立つ道具を作りたいの」
俺は瓶の開け方を試した工房を思い出した。
クラウディア様は今でも、その研究を続けていらっしゃる。
「怪我をした者が、自分で開けられる瓶も研究されています」
俺が言うと、クラウディア様がこちらを見た。
「まだ、すべて完成したわけではないけれど」
「途中のものも、前より使いやすくなっていました」
その耳の端が少し赤くなる。
お嬢様がパンを割り、俺へ皿を回してくださった。
「冷めないうちに食べましょう」
全員が料理へ手をつける。
話を聞いている間、俺の皿には煮込みが届いていた。神官の仕事で急いで口へ入れるものとは違い、温かいまま座って食べられる。
隣のお嬢様は俺の皿を確かめてから、ご自分の料理を召し上がった。
☆
「セレスティアは剣を続けるのか」
殿下が尋ねられた。
「ええ。授業にも参加します」
「私の稽古にも来るといい。騎士団の者に見てもらえる」
そのお誘い自体はありがたいことだった。
殿下の稽古なら、剣の腕を磨ける相手も揃う。公爵家の稽古でお嬢様が手加減をされていないことは知っているが、違う相手との練習も役に立つ。
俺はお嬢様の返事を待った。
「ありがとうございます。予定が合うときに伺います」
ご返事はそれだけだった。
殿下は少し待ち、それからうなずかれた。
以前なら、いつならよいかとお嬢様のほうから尋ねていらした。今は食事を続けながら、クラウディア様へ実習の日を聞いている。
今周は殿下からのお誘いでも、以前のように優先されるわけではないらしい。
頭では分かっているのに、こうもあっさりした返事を聞くと、まだ戸惑ってしまう。
俺は煮込みを口へ運び、その考えを飲み込んだ。
嬉しいと思う理由まで、ここで考えるのはよくなかった。
「フィオナは治療の術を使えるのだったな」
「はい。教会で教わっています」
「なら、剣の稽古へ来ればよい。怪我を気にせず済む」
子息の一人が言った。
フィオナは笑顔のまま、少し考える。
「治療の担当の先生もいらっしゃるんですよね」
「もちろんいるが、君の術も見てみたい」
「実習なら先生へ聞いてみます。私だけで引き受けてよいか分からないので」
返事を聞いて、俺は彼女の顔を見た。
頼まれれば先に動いていた方が、今は担当する人の予定と、自分の役目を確かめようとしている。
聖女候補に期待が集まること自体は変わらない。だが、その期待へ返す答えは変わっていた。
殿下は、無理をさせるつもりではないとおっしゃった。
フィオナもうなずいて、次の実習で聞くと答えた。
食卓の上で話が大きくなることはなかった。
焼き菓子が来ると、お嬢様が俺の前へ一つ置かれた。
中の果実が、切り口から見える。
「お好きなものでしたね」
フィオナが言った。
お嬢様はその顔をご覧になり、俺へ目を戻された。
「ええ。昔からよ」
お嬢様のお言葉に、フィオナは素直にうなずいた。
「教会でも、こういうものを選んでいらしたので」
お嬢様は何も言わず、菓子を切られた。
クラウディア様が少しだけ口元を隠す。俺には、菓子の好みを皆さんが覚えていらっしゃること以外、困る理由は分からなかった。
「お嬢様の分も、果実が多いようです」
「分かっているわ」
軽く返される。
俺は自分の菓子をいただいた。
甘さが強すぎず、焼いた果実が柔らかい。少し酸味があるので、煮込みを食べたあとでも重くない。
「いかが?」
「おいしいです」
お嬢様の顔がほころぶ。
向かいのクラウディア様も、菓子を小さく切って召し上がった。
卓の向こうで、殿下は口を結んでこちらを見ていらした。先ほど俺に別の席を示した子息も、面白くなさそうに眉を寄せている。
お二人とも殿下たちへの返事は短く済ませていたのに、俺とは菓子の話で笑っている。
居心地が悪くなり、俺は皿へ目を落とした。
☆
殿下たちは次の案内へ向かうため、先に席を立たれた。
お嬢様は礼をし、フィオナも別れの挨拶をする。
殿下たちが去ると、卓の周りが少し静かになった。
「私、失礼な返事をしましたか」
フィオナが尋ねた。
「稽古のこと?」
「はい。頼まれたのに、すぐお返事をしなかったので」
お嬢様が首を振られる。
「確認してから返事をするほうがいいわ。先生の予定もあるでしょう」
「そうですね。では明日聞いてみます」
フィオナは肩の力を抜いた。
クラウディア様が空いた菓子の皿を、卓の中央へ寄せられる。
「ここで毎日食べるつもり?」
「混んでいなければ」
お嬢様が答えて、俺を見る。
「ノエルは教会へ行く日もあるものね」
「その日は、午前の授業が終わったら出ることになります」
「戻る日は?」
「夕方までには」
お嬢様は俺の予定を聞き、明日は四人で食べられると確かめられた。
毎日の席を決めてしまうつもりはないが、待ってくださる方がいるなら知らせておく必要はある。
俺は帳面へ昼食の時間を加えた。
「明日は先に席へ行っていてください」
「嫌よ。授業が同じなのだから一緒に来ればいいでしょう」
お嬢様が言い、クラウディア様もうなずかれた。
フィオナまで同じ顔をしている。
俺は帳面を閉じた。
「では、終わったところでお待ちします」
四人で席を立つ。
お嬢様は俺の腕へ手を添え、今度は果実の種類が違う菓子も食べてみたいとおっしゃった。