何回やり直してもお嬢様が救えない~今度のお嬢様は、なぜか私を離してくれない~   作:名もなきそば付き

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【挿絵表示】

三章の表紙イメージです。AI画像ですのでご注意ください。



第三十九話☆お嬢様と聖女の言い分

 フィオナが教本を開いたまま、お嬢様へ話しかけていた。

 授業のあとで、俺は借りた本を棚へ返していた。戻ると、二人はまだ同じ机にいる。

 

「ノエルさんに、いつも聞いてしまうんです」

 

 フィオナが言った。

 俺が近づくと、二人とも顔を向ける。

 

「何のお話でしょうか」

「お茶の席のことよ。あなたにも聞きたいそうだから、座って」

 

 お嬢様が隣の椅子を示された。

 俺は座り、二人の教本を踏まないよう袋を机の下へ置いた。

 フィオナの前には、昨日話した令嬢からの招待がある。

 今度の日時は、教会の仕事と重ならなかった。

 

「返事はもう書きました。今度は伺えるので」

「それなら、何を気にしているの?」

 

 お嬢様が尋ねる。

 フィオナは紙へ手を置き、少し考えた。

 

「親しくしたいと思っていても、そのつもりと違って伝わることがあるんですね。誰かが困っていたら声をかけたいです。でも、今度は声をかけるだけで、別の方を困らせることもあるのかと」

 

 お嬢様はすぐ答えなかった。

 廊下を通る生徒たちの声が、開いた戸から聞こえる。

 俺は昨日の教室を思い出した。招いた令嬢が寂しく思ったことと、フィオナが嘘をついていないことは、どちらも本当だった。

 

「困っている人に声をかけるのまで、遠慮しなくていいわ」

 

 お嬢様が言った。

 

「ただ、誰かと先に約束しているなら、その約束も覚えていてほしい。声をかけられた人だけでなく、待っている人もいるでしょう」

「はい」

 

 フィオナがうなずく。

 

「その方に事情を聞く前に、私がよいと思ったことを決めないようにしています。教会でも、まず聞くようにと」

「それならいいと思うわ」

 

 お嬢様の答えは短かった。

 俺は二人を見ていた。

 以前、こういう話は何度もした。事情を聞くこと、本人が望まない手助けを続けないこと。その説明をするたびに、フィオナは分かったと答えた。

 だが、次の場所ではまた同じことが起きた。

 今の彼女は、言われたとおりに待つだけでなく、どこで間違えたかを自分から確かめている。

 お嬢様の話にも、理由を聞こうとしていた。

 

「セレスティア様は、誰かに声をかけられるのが嫌なときもありますか」

 

 お嬢様の指が教本の角で止まった。

 

「あるわ」

「そういうときは、どうしたら分かりますか」

「私が断ったら引いてくれればいいの」

 

 フィオナはまたうなずいた。

 

「分かりました。嫌だったら、そう言ってください」

「あなたもね」

 

 お嬢様はそう返された。

 俺は教本へ目を落とした。

 二人の間に必要な話なら、俺が代わりに答えなくても進められる。

 

     ☆

 

 話題が俺へ戻ったのは、そのあとだった。

 フィオナが教会の予定を書いた紙を出す。

 

「ノエルさんにも、聞きたいことがあるんです」

「何でしょうか」

「買い出しにお誘いすると、いつも予定を確かめてくださいますよね。でも、ノエルさんご自身が行きたいかどうかは、聞いていませんでした」

 

 お嬢様が静かにこちらを見た。

 買い出しの日を相談したいのだと思い、俺は紙へ目を落とした。

 

「必要な買い出しでしたら、予定が空いている日にお手伝いできます」

「お仕事ではなく、お休みの日に街へ遊びに行くとしたら?」

「それも、予定がなければ」

「行けるかどうかではなくて、行きたいですか。この前みたいに、お店を見たり栗を食べたりするのは」

 

 答えに詰まった。

 この前の栗はおいしかったし、店の話を聞くのも楽しかった。

 用事の話ならすぐ答えられたのに、俺が行きたいかと聞かれると、言葉が出てこない。

 

「栗はおいしかったですし、店の話も楽しめました」

 

 行きたいかと聞かれたのに、この前の感想を答えてしまった。

 フィオナが少し笑い、お嬢様がため息をつかれた。

 

「それなら、また行きたいの?」

「はい」

 

 お嬢様に聞かれて、ようやく答えられた。

 フィオナは嬉しそうだったが、すぐ次の買い出しへ誘うことはしなかった。

 

「では、次にお誘いするときは、用事だけでなくそう言います。ご一緒したいと」

 

 お嬢様の目が少し細くなる。

 俺は、その反応を見る前にお答えした。

 

「予定を確かめてからになりますが」

「はい」

 

 フィオナは穏やかにうなずいた。

 お嬢様が教本を閉じられる。

 

「私も用事がなくても呼ぶことがあるわ」

「存じております」

「知っていても、何のお仕事かと聞くでしょう」

 

 否定できなかった。

 俺が黙ると、フィオナは口元を押さえる。お嬢様も、少しだけ笑われた。

 笑って終わる話ならよかった。

 けれど、お嬢様はすぐ真面目な顔になり、フィオナへ向き直られる。

 

「あなたがお会いしたいと言うのは分かったわ。ただ、ノエルには教会の仕事も私との予定もあるの」

「はい。先に約束したことは変えなくてよいです」

「それなら」

 

 そこでお嬢様は言葉を止められた。

 よい、と簡単に認めるお気持ちでもなかったのだろうか。

 俺は二人の予定を帳面へ書き写し、同じ時間へ入らないよう確かめた。

 

     ☆

 

 話が終わる前に、フィオナがもう一つ尋ねた。

 

「約束を断るとき、相手の方がよいと言ってくださったら、それで終わりにしてもよいですか」

「今回のお茶のような話?」

 

 お嬢様が聞き返す。

 フィオナはうなずいた。

 

「あとから、実は嫌だったと分かることもあるので」

「毎回確かめ直されても困るわ。言ったことを、一度はそのまま受け取ってほしい」

 

 お嬢様は答えた。

 そのあと、俺へ視線を向ける。

 

「平気だと答えたのに、何度も疲れていないか聞かれることもあるでしょう」

 

 俺は口を閉じた。

 こちらを信用してほしいという話なら、確かに分かる。

 フィオナは俺の顔を見て、笑わずにうなずいた。

 

「では、一度お返事をいただいたら、それを覚えておきます。違うと思うことがあったときには、また聞いてもよいですか」

「ええ。急に顔色が悪くなったら、平気と言ったからと放っておかないでほしいわ」

 

 お嬢様のお言葉に、俺も頷いた。

 同じ返事でも、そのあと状態が変わることはある。

 フィオナは教会でのことへ当てはめ、立ち上がったときにふらついた方は知らせると答えた。

 お嬢様は、そのくらいなら分かりやすいとおっしゃった。

 

「私、こちらで何か言っても、お二人にしか通じないと思っていました」

 

 フィオナが小さく言う。

 

「私の知らない約束が、もうたくさんありそうで」

 

 お嬢様は彼女を見た。

 俺とお嬢様なら、いつ教会へ行き、いつ屋敷へ戻るかは言わなくても分かる。

 フィオナには、その予定を伝えていなかった。誘ってよい日が分からず、遠慮していたのだろうか。

 

「分からないことは、聞いてくださって構いません。私たちにも、まだ聞かないと分からないことがあります」

 

 俺が言うと、フィオナは少し安心したように笑った。

 お嬢様は、私もそうよと答えられた。

 廊下へ出ると、クラウディア様が待っていらした。

 手に持つ紙へ実習の印が押されている。

 

「話は終わった?」

「ええ。どうしたの」

 

 お嬢様が答えた。

 クラウディア様は俺へ紙を見せる。

 

「工房を使うための説明があるの。道具の持ち込みも確認したいから、今日は少し残るわ」

「試作の瓶も、お持ちになるのでしょうか」

「ええ。薬は別にして、空の瓶だけ」

 

 仕事の話をすると、クラウディア様の表情が変わる。

 半眼はそのままでも、手元の紙を持つ指が忙しい。確かめたいことがいくつもあるらしい。

 

「図を一枚、見てもらってもいい?」

 

 俺がうなずくと、クラウディア様は教室の机へ紙を広げられた。

 フィオナがすぐ隣へ寄らず、空いている側から見てよいか尋ねる。

 

「構わないわ」

 

 クラウディア様が答えた。

 図は、片手で蓋を外すための留め具だった。以前の輪より外れにくく、指をかける場所が少し大きくなっている。

 俺は実際の指の向きを机の上で示した。

 

「こちらを引くと、手袋でも使えそうです。留め具の角だけ、少し丸いほうが」

「引っかかる?」

「急いだときに、布を破くかもしれません」

 

 クラウディア様は小さく書き足した。

 フィオナは図の端を示す。

 

「こちらは蓋がどこかへ行かないようにですか」

「ええ。落としてしまう人がいるから」

「診療室でもあります。治療を受けたあと、探している方が」

 

 クラウディア様はフィオナを見た。

 役に立つ話だと思われたらしい。診療室でどんなふうに瓶を持っているか、二つほど尋ねる。

 フィオナは、分かるところだけ答えた。

 自分が治療した患者の名前や、関係のない病状は出さない。

 お嬢様は机の向かいで、そのやり取りを聞いていらした。

 

「完成したら、お母様にも見せましょうか」

 

 お嬢様がおっしゃる。

 クラウディア様は顔を上げ、少し考えた。

 

「使う方の話を聞けるなら、嬉しいわ」

「伝えておくわね」

 

 試作品の話は、それでまとまった。

 クラウディア様が説明会へ行くので、俺たちも帰る支度をする。

 

     ☆

 

 馬車へ向かう途中、フィオナは門のところで別れた。

 お嬢様は彼女の馬車が出るまで見ていらした。

 

「何か気になることが?」

 

 尋ねると、お嬢様は俺へ目を戻された。

 

「きちんと話せる方だと思っただけよ」

「はい。今は、そうだと思います」

 

 お嬢様の眉が少し上がる。

 俺は、今はという言葉の先を説明しなかった。

 以前の彼女を知っているのは俺だけのはずだった。お嬢様は今日のやり取りを見て、そう感じられた。それでよい。

 馬車へ乗ると、お嬢様が隣の席を空けられる。

 

「でも、それとは別よ」

「何がでしょう」

「あなたに会いたいと言うこと」

 

 俺は返事を考えた。

 フィオナは教会で一緒に仕事をする相手であり、今は同じ学園へ通っている。

 

「先にお約束したことは、守ります」

「分かっているわ。あなたが破るとは思っていないの」

 

 お嬢様は窓の外をご覧になった。

 しばらくして、こちらへ手を伸ばされる。

 俺はその手を取った。

 

「これも、何かの用事だと思う?」

「いいえ」

 

 お嬢様の指が、俺の指へそっと重なる。

 馬車が曲がっても離れなかった。俺はご不便のないよう袋を足元へ移し、手を握り直した。

 

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