キジバトの鳴き声。カーテンを閉じていない部屋に、朝の陽ざしが差し込む。
飛び起きた彩葉は、その勢いで宇宙人がいないことき気づいた。
そのまま風呂場、ベランダ、押し入れをチェックしていく。
「おはよう」
「…………」
何故か押し入れで体育座りの後輩を発見し、無言で扉を閉めた。
「出ていったか…いや、過労による夢だったのかもしれん。 ヨッシャ!」
「ココダヨー」
彩葉がガッツポーズをしたところで、流し台の下の扉が開く。
中には案の定、件の宇宙人が入っていた。
残念なことに、昨日の出来事は夢ではなかったらしい。
「鵺は見つかったからかぐやの勝ちー」
「残念……」
「朝っぱらから何やってんだ」
この居候達は、朝っぱらから人の家でかくれんぼをしていたらしい。
鵺に関しては、彩葉と同じく今日から学校だというのに呑気なものである。
制服に着替え、宇宙人用の昼食を作る。
勝手にタブレットを弄っている少女は、彩葉の女神であるヤチヨの配信を見ていた。
「ねーねー、彩葉がいっつも見てるこの人誰? 好きなの?」
「月見ヤチヨっていうAIライバー。推し」
「えー、AI? ロボットってこと?」
「分身もできて、歌って踊れて八千歳って設定」
「ヴェー、おもろー」
「……」
ヤチヨに興味津々の少女と対象的に、鵺は何故か配信画面を凝視して喋らない。
これは何かを考えている顔か。
ちょうど粉と水のパンケーキが出来上がり、皿に盛りつける。
彩葉考案、画期的貧乏飯だ。
「じゃあ、行ってきます。ほら鵺も、行くよ」
「うん」
「えーやだやだ」
「うわ、またデカくなったな」
子犬のように、彩葉たちが出かけるのを嫌がる宇宙人。
よく見ると昨日よりさらに成長しており、その背は今や鵺を追い抜き、彩葉と同じ高さまで伸びていた。
「一緒いて!」
「無理。学校休めない。家から出ないで。ご飯はそこね。パンケーキ」
皿に盛ったパンケーキを指さす。
すかさず1枚口に放り込んだ宇宙人は顔を青くしながら一言。
「くそまじぃ……」
失礼極まりない感想を漏らす。
「やだやだ、学校ってそんなに大事なわけ?」
「命より大事! あんたと関わったのは私の責任だけど、もう全部元に戻すから。 早く月への帰り方思い出して」
突き放すようにそう言ってのけると、彩葉は扉を開けて出て行ってしまう。
「帰ったら、私の部屋に来てもいい。歓迎する」
すぐ後に鵺が続き、外からガチャリと鍵の閉まる音が鳴った。
「ぶー」
一人残された少女は、口を3の字に曲げてブー垂れていた。
彩葉と鵺は、登校後に校舎の玄関で別れた。
彩葉は、先週はあんなに待ち望んだ3連休が終わったことを、今は晴れ晴れした気分で実感していた。
「はい、れっちごー!」
「後生ですからあぁぁ」
放課後、彩葉は親友の芦花、真実に伴われ、最近新しくオープンしたカフェへと向かっていた。
その後方、宇宙人少女が尾行していることも知らず。
(シュタタタ)
結局一日も退屈に耐えられなかった宇宙人は、彩葉の部屋を脱走した挙句、位置情報をもとに彩葉を追いかけてきてしまっていた。
ちゃっかりと彩葉の私服を拝借しておしゃれまでしている。
「尾行?」
その頭上から、透き通るような高い声が呼び掛けた。
「あれ、鵺じゃん。なんでここにいんの?」
見上げると、街路樹の上に鵺が立っていた。
宇宙人が自分を棚に上げて尋ねる。
「学校帰りに、見慣れた宇宙人がいたから。観察してた」
「な~んだ、同じか~」
どこも同じではないが、彼女の中で納得がいったらしい。
この場に彩葉がいればツッコんでいただろうが、生憎ここにはボケしかいない。
「酒寄彩葉を追いかけているなら、私も同行する」
木から飛び降り、かぐやの横に並ぶ鵺。
「その前に……」と、一歩詰め寄る。
その瞳はいつもと変わらず無機質だが、夏の木漏れ日を受け、どこか熱を帯びたように煌いていた。
「もと光る竹と聞いて、思い当たることはある?」
重要なことのように、嘘は許さないとばかりに質問する。
それを受けた宇宙人は、
「う~ん、竹? かぐや姫の話?」
心底心当たりがないとばかりに、可愛らしく小首を傾げた。
「そう。ならいい」
鵺はそう言うと、とっとと歩き出してしまった。
「あ~~、置いていかないで~~」
「急がないと、見失う」
二人は小走りで彩葉たちの後を追いかけた。
「——シャッ!」
芦花、真実の奢りで頼んだ3段パンケーキ。
その1枚目を堪能した彩葉が2枚目にフォークを伸ばしたところに、宇宙人の魔の手が伸びた。
奪ったパンケーキ丸々1枚分をひと口で飲み込む。
「うんんまああああ! よっ、彩葉!」
彩葉の脳は状況の理解を拒みフリーズする。
「えー、可愛い。誰この子」
「彩葉の服着てるー。彩葉の友達?」
「パンケーキ好き? はい、これもど~ぞ」
「パンケーキ? これが? 彩葉のと全然違~う」
優しい親友たちが、宇宙人に餌付けしている。
そして、最後の一言は余計である。
「こんにちは、酒寄彩葉。お金、渡しに来た」
そこへ、ぬっと背後から現れた鵺が最悪のタイミングで生活費を返そうとする。
「あれ、その子も知り合い? その制服、うちの生徒だよね~」
「この子も可愛い~。というか、お金ってどういうこと?」
「私、1年の神出鵺。先輩に、お金を渡さなければならない」
こんな時だけ先輩呼びにしてくる後輩に、彩葉は追い込まれる。
こいつ、絶対にわざとやっている。
いつも通りの無表情だが、悪戯成功とでも言いたげな雰囲気を感じる。
「えっ、彩葉後輩に貢がせてるの?」
「後輩いびりってやつ~?」
案の定、二人が疑いの、というよりからかいの目を向けてくる。
「いや、こっちは同じアパートの子で、鍵忘れたって言うから部屋に泊めてたの! お金はその時の生活費! それで、そっちは……えっと、あのー、その」
「月から来たの!」
宇宙人の説明を悩んでいるうちに、最悪の情報を口走る当事者。
「ツキ……?」
「ジ! 築地だよね! 築地から来たの、私のイトコ!」
苦し紛れの言い訳だったが、詰みの状況から何とかリカバリーを果した。
真実は「おいしいお寿司屋さん教えてー」などと食べ物への興味で誤魔化されてくれている。
芦花の方も、納得してくれたようだ。
「可愛いね、お名前は?」
「えーっと……か、かぐや」
「かぐや~、かわよ~!」
「ねっ、かぐや」と圧をかける。
頼む、話を合わせてくれという思いを込めて。
「かぐや? かぐや! かぐやかあ~!」
お気に召したようである。
「名前は人生最初のプレゼント」と、頭の中でふと思ったセリフを、そっくりそのまま鵺が小声で呟いた。
それはさておき、
「ごめん、帰る! ありがとね、ご馳走様! 後で埋め合わせするから」
彩葉はかぐやの腕を掴み、店を出た。やや遅れて、鵺も退店する。
鵺が追いついた時、彩葉がかぐやに激しく詰め寄っていた。
「正気!? 正体ばれたどうすんの!? なんで家から出てくんの!?」
「だって、つまんないんだもん」
彩葉の詰めをものともせず、そんな子どものような理屈を告げる少女。
「あのね、そんな風に生きてると自滅するよ。時には我慢ってもんも必要で——」
と言いかけて、勢いが止まる。
彩葉は、過去に母親が自分に言っていたことを、そっくりそのまま言ってしまいそうになっていたことに気づいてしまった。
「ねー、これ、どうやって使うの?」
そんな彩葉などお構いなしと、かぐやがコンタクトレンズ型デバイス、通称スマコンを突き出す。
「私のスマコン……? 持ってきたの?」
「彩葉のノートPCで買えた!」
「は?」
慌ててスマホを確認する彩葉。
ウォレット残高452円、前日比マイナス124,400円。
絶望が彩葉を襲う。
「死ぬ気で貯めたんですけど……死ぬ気で貯めたんですけどぉ!!」
「なんか銀行?のデータ書き換えればウォレットの数字増やせるっぽかったよ? やる?」
「ダメに決まってるでしょ!? 絶~~対っ! しないでよ!?」
涙を流しながら、鬼の形相でかぐやに言い聞かせる彩葉。
コツコツ貯めたウォレットを失っても、倫理まで失う彼女ではなかった。
そこへ、空気を読まない、いやこの状況ではある意味ありがたい後輩の声がかかる。
「はい、お金、返す」
「今!?」
ウォレットを確認すると、たった今約7万円もの大金が入金されていた。
「多くない!? というか、いつの間に私の口座番号を……」
「今。外で残高を確認するのは控えたほうがいい。それと、かぐやのスマコン代の半分も入ってる」
「だめ。こんな大金、受け取れないよ」
「そういうと思って、口座に振り込んだ。私の口座番号を知らないあなたは送り返せない。それに、かぐやを育てたのは私も同じ。責任も金額も、折半」
後輩はいつもの無表情ながら、有無を言わせない態度でそう言い放った。
「……わかった。本当、可愛くない後輩。だけど……ありがとう」
しぶしぶといった態度で、しかしきちんと礼を伝える。
普段であれば絶対に譲らない彩葉だったが、正直今の状況ではありがたい申し出であったし、筋も通ってはいる。
何より、後輩の気遣いが嬉しく、断る気になれなかった。
「二人、仲良しだね?」
「誰のせいだと思ってんの!?」
元凶のかぐやは、嬉しそうに笑っていた。
その夜。彩葉とかぐやは、仮想空間ツクヨミにログインし、ヤチヨのライブを堪能した。
そしてヤチヨカップの開催を受け、かぐやが参戦を宣言。
この日から、かぐやの配信者としての道が始まったのであった。
その翌日。
「彩葉、プロデューサーになって! 一緒にヤチヨカップ優勝しよう? このボロアパートから、伝説が始まる」
「ボロアパート言うな」
彩葉がかつて作曲した曲を聴いたかぐやは、彩葉の作曲能力を褒めちぎった後、配信を手伝うようおねだりしていた。
「話は聞かせてもらった」
そこへ、バンッ、と勢いよく窓を開けて入ってきた鵺。
「ぅおおいっ! 人の部屋にどこから入ってきてんだ!」
「窓」
「そうじゃなくて!」
「ドア、ノックしても出なかったから」
ここは2階である。
彩葉とかぐや達は騒いでいたせいで気づかなかったようだ。
真下の部屋から、わざわざベランダ伝いに這い登ってきたのか。
サバイバルをしようとしたり、意外と野生児なのかもしれない。
「私、趣味で生き物の標本をストックしてる。配信のネタ提供で協力できる」
「マジ―? やったー」
「ちょっと、私はやらないよ。作曲なんて時間ないし、二人で勝手にやっててよね」
すかさず、自分は協力しないと宣言する彩葉。
今きっぱり言っておかないと、なあなあで巻き込まれることは分かり切っていた。
「え~……お願い彩葉。このまま終わりたくない。ハッピーエンドにしたい……な」
そこにかぐやの泣き落としが決まる。
「ぐっ…………はぁ。それ、ズルくない?」
あまりにも完璧な可哀そうな子アピールに、彩葉は呆気なく陥落するのであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
深夜。明かりのない部屋で、モニターだけが煌々と光を放つ。
不穏な音楽とともに、かぐやの元気な声が鳴り響いていた。
『かぐやっほー! 月からやって来た、かぐやだよー。今日はやること思いつかないからこれで終わり! じゃあねー…………ん?これで切れてるのか?』
ぼんやりとそれを眺めていた鵺が、スマコンを装着する。
この夜、鵺は初めてツクヨミへログインした。
目を閉じると、意識が水に沈むような感覚とともに仮想空間の入り口にたどり着く。
見渡す限りの夕焼け空。
足元は鏡のように凪いだ水に満たされており、目の前には巨大な鳥居が聳える。
「太陽が沈んで、夜がやってきます」
いつの間にか現れた管理人のヤチヨが汎用的なログインのセリフを放つと、途端に世界は夕焼け空から夜の景色に姿を変える。
「仮想空間ツクヨミへようこそ! 管理人の月見ヤチヨでーす。このもふもふは――」
「久しぶり。かぐや」
チュートリアルのセリフを無視し、鵺はFUSHIへ向けて言い放つ。
決定的な一言に、ヤチヨとFUSHIの動きが止まる。
「いや、今はヤチヨだったか」
その視線は、FUSHIからヤチヨに移る。
虫や人形のように無機質な瞳。ツクヨミの空よりも暗く、吸い込まれそうな深い海の色が、ヤチヨを捉える。
「さあて、ヤッチョには何のことやら。君の知り合いに、ヤッチョのそっくりさんがいるのかな?」
8000年来の友だちに見つめられ、冷や汗のエフェクトをだらだらと流すヤチヨ。
明らかに、かつて「かぐや」と名乗っていた自分がヤチヨであることを認識されている。
今、鵺は彩葉と「この時代のかぐや」の傍にいる。
この状況でヤチヨが、ずっと彩葉に会いたがっていたかぐやだとばれてしまえば、あの二人に身元が伝わり、最悪、輪廻に影響が出てしまうかもしれない。
「もう一人のかぐやについて、聞きたいことがある」
そんなヤチヨの心配などお構いなしと、話をつづける鵺。
追い込まれたヤチヨがとった行動は――
「出かける前に! その恰好じゃあつまらない!」
やけくそのテンプレチュートリアル対応だった。
誤字・脱字、感想などありましたら、よろしくお願いします。
Q. 後輩を養っていたのに、ウォレット残高が原作通りなのはなぜ?
A. 鵺の分の生活費は現金で払っていたということで……。