日常の裏側に潜む、人類の理解を超えた巨大な影――。
古い手記に残された謎の奇病、怪異な彫刻を讃える辺境の泥村、そして深海や宇宙の彼方で微睡む「古き神々」。知的好奇心や偶然の悪戯によって世界の真実を覗き込んでしまった者たちを待っていたのは、救いなき狂気と不可避の破滅だった。

H.P.ラブクラフトが生み出し、数多の作家たちによって紡がれ続けるコズミック・ホラー。
クトゥルー神話に魅了され、自分でも書いてみたくなりました。

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深きドレーク

一年の内大部分が薄暗い霧に包まれ、寒々しい空が延々広がっている海峡があった。

 地元の古き住人から深きドレークと呼称され、恐れられているそこは、かつての大洋《わだつみ》の古き記憶と言い伝えを晴れることのない層積雲の浮島へと隠した。それゆえこの海峡は生命誕生の母たる煌めきを嫌悪し、永遠《とこしえ》の眠りについているのだ。

私が父の遺言と古びた手記に導かれてその地へ赴いたのは急に肌寒くなった秋のはじめのことだった。旅の行程は順調とは言い難く、嵐のために港へ一週間縛り付けられることもざらであり、時には乗っていた船が座礁し、私以外の乗員は海の藻屑となった。この地に近づくほどその不可解な妨害は頻発し、土地神が私を歓迎していないのは明白だった。それでも私は、亡き父の弔いと私自身の知的好奇心のために、普段表に顔を出すことのない気概を奮い立たせ、その秘境へと降り立ったのだ。

 

 私は島で唯一の港町から馬車を乗り継ぎ二日ほどの寂れた村にたどり着いた。そこは時が止まったかのような静寂に包まれ、いやな感じの霧が全身に纏わりついて不自然な汗をかかせた。ずんぐりとした家々は果てしない歳月を感じさせる苔に覆われ、初めて見る材で作られたこけら板を張った壁は苔の重荷に耐えられず、異様な角度で張り出していた。私が父の書斎に唯一残されていた手記とそこに挟まれていた鍵見つけ、導かれるようにこの村へ訪れたのはとある牛飼いに会うためであった。私は人気のない村を急ぎ足で歩きながら牛飼いの家を探して回った。この陽の光にきらめいたことのない土地では何かよくないものが蠢いており、一刻も早くこの場から去らなければ私は、例の狂信者達と外なる存在のみが知る恐ろしい地下の地獄のごとき場所へ連れていかれるような気がしたのだ。

 幸いなことに村の規模は小さかったため、目当てである牛飼いの家はすぐに見つけることができた。他の家に比べればいくらか健全な古きニュー・イングランドを思い起こさせ、隣には柵で囲っただけの牛舎があり、おそらくランドレース系の牛が四頭飼われていた。これらの牛は健康的とは言い難く、四本足と胴体のバランスが不自然に偏っており、膨らんだ胴体をやせ細った四肢で引きずるように這っていた。しかし、それも彼らがどこか冒涜的な形をなし、いやな臭気を蒸気のようにあたりに漂わせているこの植物を日夜食べていることを想像したら違和感を持つことはないだろう。

 覚悟のようなものを決めた私は、多くの秘密と魔女たちの言い伝えを知っているだろう牛飼いの家の戸を数回にわたって叩いた。そのうち家の奥の方で床の軋む音が響いたため、牛飼いが寝台から起き上がりこちらへ向かってきていることが分かった。

 歳月を感じさせるソフトウッドの扉の錆びた金具の音を響かせながら現れた、その不機嫌さを隠そうともしない陰気な老人が私を歓迎していないのは一目で分かった。全身がエボニー色の外套で被われ、手入れされてない白髭が絡み合って渦を作っていた。そうした陰気な雰囲気とは裏腹に老人の瞳には理性の光が灯っており、いまだに狂気の淵へと足を踏み入れていないことを理解した。

 最初、明らかに歓迎していなかった老人だったが、私の古い手記と海洋の古き文様をかたどった鍵を見るや否やそれまでの態度が噓だったかのように好々爺となり歓迎のあかしとして古い製法で作られたラム酒を振る舞ってくれた。それでも私は鍵を見せた時に垣間見えた、その老翁の瞳の奥に燻る悖るような狂気の影を忘れることはないだろう。私は老人に対してこの村へとやってきた大いなる目的と、苦難の旅を聴かせた。老人は話を遮ることもなくよく聞いていたが時折、机の上に置いたその鍵が気になるのか意識を彼方へと飛ばしているようだった。私の壮大な冒険譚を聴き終えた老人は喉に何かが挟まっているようなしゃがれた声で話し始めた。

「お前さんがなぜここに来たのかよく分かった。目的の場所には明日連れていってやる。もうじき帳が下りる、そうなりゃよくないものと鉢合わせしちまう。今日のところはここに泊まるといい。」

 早く目的の場所に行きたかったが、優しい老人の忠告はおとなしく聞くべきであると深く理解していたため、その夜は老人の家で一晩過ごした。

 翌朝、私と牛飼いの老人は真冬の潮風が吹き荒れる寒さと変わらぬ時間に村を出立した。このあたりは常に分厚い層積雲が被っており、陰気なものを呼び寄せている。そのため昼間であっても陽光が大地を照らすことはなく、このような場所は冒涜的なものを秘匿するにはもってこいなのだ。

 潮風が吹き付けるなか五エーカーほど進み、典型的なアーカムの海岸へとたどり着くと、大きめの砂利や違う世界の数式で表せそうな模様が刻まれた貝殻からなる砂浜に、木製の手漕ぎ船が野晒しにされていた。船は小型で見たことのない木材で作られていて老人と私は力を合わせて波寄際まで船を運び、出航の準備をした。

 準備の完了を知らされ、事前の打ち合わせ道理に私は船の後方へ乗り込み、老人は前方へと乗り込んだ。そうして蒸気が濃霧のように被っている海原へと向かって木製の櫂を動かし始めた。

 二人乗りの小さな船が明かりのない濃霧を進んでいく、人々が恐れるドレークの海を滑るように。それはまるで霧の晴れた先にある大いなるものが引き寄せているようでもあった。

 このどこまでも続く大洋に船を出してどれほどの時間がたっただろうか、海中時計は正午を指し示していた。

 やがて長い船旅は終わりを告げようとしていた。延々に続くかに思われた霧は次第に薄くなり、霧中では気づかなかった巨大な人工物が姿を現そうとしている。

 それは神殿の様であった、しかし知識にあるどの時代、どの国の建築様式でもない。荘厳でありながら、その造形の異質さといやらしさは理性を超えて本能に訴えかけ、躰を震えさせた。

 神殿に近づくほど躰の震えは激しくなり、その時には既にこの躰の支配権は私のものではないようであった。

 「目的の場所に着いたぞ……」

 船に乗ってから全くの無口であった老人が口を開く。前日聞いた喉に何かが挟まったような声ではなくなっていたが、また別の不快な声で、人間らしさを感じなかった。

「おぬしの目当てはこの[繧九k縺?∴]の奥にある」

 この老人はなんと言ったのだろうか、私の知らない言語の様だったが、その言葉の響きはひどく冒涜的で恐ろしかった。それでも私は勇気を振り絞り、その狂信者達が作ったであろう暗闇で包まれた巨大な口蓋へと身を投じた。

 神殿の中はもぬけの殻であり、恐ろしく綺麗であった。不気味な回廊をいくつも抜けた私は大きな部屋へとたどり着いた。そこは書斎の様であり、亡き父の部屋といくつもの共通点が見つけられた。しかし私の興味は鍵に対応する鍵穴の行方のみであった。それほど時間がたたぬうちに鍵がぴったりと収まりそうな鍵穴が本棚の引き出しに見つかり、私は興奮を隠しきれずに鍵を差し込んだ。滑らかに差し込まれたことに安堵した私は引き出しを恐る恐る引き開けた。中に隠されていたのは金属で飾り付けられた手鏡であるようだった。私はひどく冷たい手鏡を引っ張り出し、その冷たく磨かれたガラスに映るものを見た。いや見てしまった。

 

 それは化け物であった。この世にこれほど醜悪なものは存在しないだろうと言い切れるほどに醜く冒涜的で悖る存在だった。私は認識してしまったのだ。あの深きドレークが我々の前に降臨したとき、大洋《わだつみ》に隠されたかつての秘密は私の視細胞を駆け巡り、脳幹の中心へと刻み込まれ、あのインスマスの深きものどもが渇望する外なる世界の重要な要素と一つになったのだ。この地へと導かれる喜びはこの世の言葉では表現できまい。なればこそ私は逸脱者としてこの大いなるものから授かりし啓示を理解しなければならないのだ。

 

 

 

 

 ドレークの海峡に浮かぶ絶海の孤島。そこには唯一の住民となった牛飼いの老人が住んでいる。その博識な老人の家を訪れるならば彼方より授かった約束を携えていくとよいだろう。かの地へ手繰り寄せられる資格はそれをおいて他にないからだ。




駄文で申し訳ない。

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