Day After Tomorrow   作:砂上八湖

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これも『ひぐらし』を構成する欠片の1つだと思ってください。
 


第1話「Living End」

 

 

 1983年6月21日

 生きとし生ける者達の頭上から、星々が消え失せた。

 

 世界は騒然となった。

 星空が一瞬にして失われたのだから当然であろう。

 

「大変な事態になりました。

 恋人達の夜に語らう話題が、ひとつ減ってしまったのです」

 

 星が消えた当日、アメリカのニュース番組でキャスターが口にした言葉である。

 この時点では、まだあまり深刻に受け止められていない様だった。大多数の人間が「異常気象の一種」もしくは「珍しい天体ショーの1つ」ぐらいにしか思っていなかったのだ。

 

 しかし世界中の天文学者は、まさに天地がひっくり返るほどの大騒ぎであった。

 肉眼や望遠観測はもちろん…電波望遠観測や熱源観測までもが、星の運行を確認できなくなったのである。

 

「…つまりそれは何を意味するのですか?」

 

 イギリス国営放送BBCの取材記者は、グリニッジ天文台の研究観測員にそう尋ねた。

 

「何を意味するか、だって?」

 

 尋ねられた研究員は不機嫌そうに応えた。

 

「いいかい? ()()()()()()

 何も観測できない。無いんだよ、星が。

 全ての観測データは、そこに星が無い事を教えてくれている。

 見えなくなったんじゃない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()のさ!」

 

 そして全てを諦めたかの様に肩をすくめてみせる。

 

「他の銀河系、星雲、星の死や誕生などの現象……それだけじゃない。

 外宇宙から飛来していた筈のミューオン、ニュートリノ、電子、ガンマ線、中性子まで観測されなくなった」

 

「それでは、その、つまり」

 

「この宇宙で我々が観測できるのは、太陽系だけということさ」

 

 その言葉にカメラマンが動揺し、画面が揺れる。

 記者が言葉を失ったのを見て、研究員はカメラに困惑と絶望の表情を向けた。

 

「我々は宇宙に孤立したんだ」

 

 

 彼が言うように、太陽や月、火星などの太陽系の惑星とその衛星群は、まだ宇宙(そら)にあった。

 朝が来て、昼が訪れ、夜が去っていく日常。

 それがまだ残されているのを知り、人々はわずかに安堵した。

 だが同時に不安を覚えだす。

 一体、宇宙に何が起きたのか。

 あの観測員が発した「孤立」という言葉が、にわかに真実味を帯び始める。

 

 テレビ番組では連日に渡って特別報道番組が組まれ、科学者・政治家・宗教家・弁護士・教育者達が尽きる事の無い仮説を触れ回っていたが、決定打となるような……説得力のある仮説は出て来なかった。

 

 真新しい情報といえば、星々の消失は「一瞬にして」行われたのではなく、事前に兆候があった……というものである。

 各国の天文台の観測データや、天文マニア達から寄せられた情報を、日本の国立天文台が分析して判明した事だ。

 それによると、6月20日から21日にかけて急速に星が消えていったらしい。

 

「これは恐ろしい現象です」と、国立天文台の主任研究員・和田和豊氏は話す。

 

「この観測結果から、もしも星が消えたのが『単一の何か』による外的要因だった場合……星々は『光速度』を越えるスピードで消失している事になります。

 アインシュタインが提唱し、様々な実験によって証明されてきた物理法則が崩壊した事になります」

 

 氏の話によると、星の「消失」は「1秒間に約6000光年」という、凄まじい速度で進行したそうである。

 確かに『何か』が星を消したとするならば、科学の概念を超越してしまっている事になる。

 

 科学が事態を説明できない事を、宗教が説明できたかといえば──必ずしもそうではなかった。

 たしかに『光速度を越える』ことは超科学的な現象である。

「神の御業」という短い言葉で言い表せば、確かに簡単だろう。

 しかし人は、そこに『意味』を……『答』を求めたのだ。

 これが神のやる事ならば、この先どうなるのか。

 この行いには何事(なにごと)なる意味が含まれているのか。

 神は何をされようとしているのか。

 なにゆえ星を。

 宗教家達は事情を説明できなかった。

 それはそうだ。いったい地上に神と言葉を交わした者がどれ程いるというのだろう。

 

「神の御心は我々人間には理解できない場所にあるのです」

「神は人を超越しておられます」

 

 結局──そうやってはぐらかすしかなかった。

 しかしそれは同時に、『宗教』という枠組みが崩壊しかねない結論でもある。

 その言葉が真とするならば……人間が神を理解できないとするならば、神もまた人間を理解できないのではないか。

 人間の『祈り』や『願い』など、通じていないのではないか。

 ならば『宗教』というシステムに意味はあるのか。

 

「いままで見てきた星こそが偽りであり、神は我々に真実の空を与えたもうた」とする者もいたが狂人の戯言と無視された。

 だとすれば何故今まで「真実」を与えられなかったのかを説明できなかったからだ。

 全知全能の神にしては不手際が過ぎるというものだろう。

 

 科学も、宗教も、その根底が揺れた。

 神のような所業である事は間違いない。

 物理法則を崩壊させる事ができるのは、神か悪魔だけだろう。

 だが神は何も言わない。

 沈黙するままであった。

 

 

 日本では、星の消失と同時期に起きた『雛見沢大災害』と関連させて語る者も現れた。

 曰く「大災害は星が滅びる前兆である』と。

 その証拠に夜空の星は瞬く間に消滅したではないか。

 新興宗教は、こぞってこの話に飛びついた。

 

 我を信じれば、滅びから逃れられる。

 我こそ神より選ばれし者。

 

 ──いつもの決まり文句だった。

 しかし効果は絶大だった。ブームと呼ぶにはいささか不謹慎な「新興宗教の戦国時代」が到来する。各地で地方と宗教団体の、あるいは宗教同士の衝突が発生し、暴動が起きた。

 

(しかしこれは日本だけではなかった。緊急事態に各地の紛争は収まりつつあったものの、貧富の差などへの不満がここに来て噴出し、各国で暴動や略奪、強姦や殺人事件、集団自殺が横行していたのだ)

 

 政府は事態の収拾に向けて、非常事態宣言を発令。自衛隊による混乱の沈静化を図ろうとする。

 略奪などの犯罪者や、悪質な宗教団体は実力行使で次々と鎮圧していく。

 そして各地に治安維持のための臨時駐屯地が設置され始め……戦後初めて「主要都市のあちこちに自衛隊の部隊が警備任務に就く」という現実に、人々は逆に不安を募らせた。

 

 これでもまだ日本は平和な方であった。

 他のアジア地域では、下手に銃が流通していたために流血沙汰が連日連夜続いていたのだから。

 

 

 そのころはまだ「経済」と「流通」というシステムも安定を保っていた。

 宇宙開発産業などの株価が暴落しかけたものの、金融機関や各国政府の働きかけで、なんとか持ち直しつつあった。

 不安はあったが、絶望するほどではない。

 星の消失から5日が過ぎて、人々はボンヤリと、そう思うようになった。

 

 

 忽然と。

 何の前触れも無く。

 太陽系の半分が消失するまでは。

 

 

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