死霊術師(ネクロ)ちゃんピンチ! 作:段々剃刀
・レナータ・ハーカー
女死霊術師。倫理観に問題がある。
・アネモネ・リターナー
女勇者。倫理観がふわっとしている。
・アナスタシア・カンバック
女魔法使い。倫理観は商売でよく使っている。
・グレナデン・ド・レジュレクシオン
女騎士。倫理観は状況判断による。
・ルネー・ルネサンス
女神官。倫理観に自信がある。
「はあ……いい? 別にあんた個人を責めてるわけじゃないからね」
「はあ…………えっ、あっ、えと、えあ、わたしですか!?」
「そう。あんた、パーティ抜けてくれない?」
「……にゃ!? わ、わたし何か悪いことを!? すぐに改めますから!」
「悪いっていうか、その……世間体が悪いのよ」
「せ、せけんてい……?」
「私たち勇者パーティじゃない。勇者に、魔法使い、騎士、神官……で、あんたは?」
「……し、死霊術師です……」
「浮いてるのよ。一人だけ。悪い方向に」
「い、いや、でも」
「世間体が悪いから、あんたパーティ抜けてくれない?」
極力やんわりと、かつ誤解のないようにはっきりと。
そう言った気遣いが、死霊術師レナータのメンタルを鈍器のようにぶん殴った瞬間であった。
はやく追放劇をとお望みの悲劇と復讐に飢えた読者の皆さんのために本題から切り出してみたが、もちろんのこと何が何やらさっぱりのことと思う。
そこで、一部のそうでない方々のためにも、少し時間をさかのぼり、ゆっくりと見ていくことにしよう。
時は夕刻。
人々が仕事を終えて、それぞれが一日の疲れを癒していた。
──ブルックウッドを訪ねたら/なんにも言わずにまず一杯/エールを注文することだ
古い詩にも歌われるように、ブルックウッドのエールときたら大層な評判だった。
琥珀のような濃い色をして、泡が爆ぜればナッツのような香ばしさが立ち上がる。口に含めばさわやかな苦味と、コクのある甘みが舌の上で踊りもする。
呑兵衛どもが酔い痴れて、パンがなくともこれさえ飲んでりゃ死にゃあしないと歌うくらいに、この地場のエールは味わい深いものだった。
古ぼけた小さな宿である「寝ぼけアナグマ亭」一階の酒場も、このエールで乾杯の音頭をとる連中の声が途絶えた日はなかった。
(うう……私もエールを楽しみたいのに……)
自分もあんな風にぐっとあおったらさぞかし心地いいことだろうとレナータは思ったが、いくら彼女でも気まずい空気が流れるテーブルでそれは無理そうだとすぐに思い直した。
周囲の程よい喧騒の中で、レナータの座る隅っこのテーブルだけが、重苦しい空気に沈んでいた。いや、沈んでいるのは何となく空気を読んでしまったレナータだけで、同じくしてテーブルを囲む他の四人は背筋も伸びて堂々としたものである。
そうした仲間たちの姿を見る度にレナータは、自分もならおうと背筋を伸ばすよりも、なんだか気圧されてななめにかしいでしまうのだった。
少し俯いてなんかもっちゃりした半笑いを浮かべることしかできない。
(仲間、ね……仲間)
それにしても、仲間。
その響きにはいまだに慣れなかった。
レナータは同じテーブルを囲む四人の女たちにさっと視線を巡らせた。
日陰者のレナータからすれば、みな美しく、堂々として、世界に肯定されたもの特有の眩しさみたいなものがある。
こんな顔のいい連中と仲間だなんて、この先も慣れる気はしない。慣れていくしかないのだとしても。
ため息。
ああ、そうだ。レナータは指定勇者隊第二二〇三九-二号「アネモネ隊」の一員として、なんとかやっていかねばならない。
今日も一日、殺して、壊して、そうして疲れて宿に着き、席に着いてエールと食事を頼んだきり、この空気である。
いったいなんだというのだ。レナータの濡れたチリ紙レベルにやわっやわのメンタルが悲鳴をあげそうだった。
レナータは手の中でクロ──黒猫の
少女のそうした精神安定ルーティンを、仲間たちは何も言わずそっとしておいてくれる。子供っぽいとからかわれたりしないし、気持ち悪いと蔑まれたりもしない。本当にいい仲間だと思う。
思うのだが、今日に限ってはその視線もなんだか違って感じられる。
なんだか重い。みんなが自分
「お待たしゃっしたー!」
敬意の怪しげな軽い敬語で、ウエイトレスか、もしかするとウエイターが手早く人数分のエールと皿を並べて去っていく。
いつもであれば、酒と料理がくれば、反省会も中座して食事に取り掛かるところだったが、今日はその反省会さえ始まっていない。
正直レナータはさっさと手を付けたい。食事したいというより、「口に物が入っているので会話いたしかねます」という免罪符を得たい。楽しく喋りながら食事というのはレナータにはハードルが高すぎた。
「えーと、改めてなんだけど、今日の反省会を」
「あとで」
席に着いた時とほぼ同じ文言。しかし勇者アネモネの二度目の宣言は、一度目と同じく魔法使いアナスタシアに短く切り捨てられた。
あはー、と行き場のない笑顔で固まるアネモネを置いて、アナスタシアは、そして他の二人の仲間たちは、意味ありげに視線を交わし合った。あるいは、押し付け合うように。
「……あたしの仕切りみたいになってるけど、これ、あたしが言い出さないといけないのかしら? 頼れる騎士様はそろそろ最年長らしいとこ見せてほしいんだけど」
柔らかにうねる栗色の髪を豊かに伸ばしたアナスタシアは、アネモネ隊の中で一番柔らかな体つきをしていた。古典的表現で言うところの女性らしいという奴だ。つまり、悲しいことにレナータには縁がない体型である。
年はレナータより二つ上らしいが、大人のお姉さんとでも言うべきスタイルには太刀打ちできそうにない。レナータとしてはあと二年頑張って育ってみたところでこの豊かさに追いつける気はしなかった。悲しい格差である。
魔法使いというととんがり帽子に黒いローブという古典的なスタイルを想像していたレナータだったが、アナスタシアは旅の身でありながら、見た目と実用性を絶妙なバランスで兼ね備えるお洒落さんだった。どこかの商会の受付に座っていても違和感がないし、なんならちょっとした会食くらい、アクセサリーをいくつか見繕えばそのまま出れそうだ。
実際どこかいい商会の出であるらしく、隊の金銭関係は彼女の預かりだ。
そしてそんな美人さんでありながら、いざ魔法を使えば敵をこんがりローストにしてしまうゴリゴリの火力の持ち主である。そして火力頼りの戦闘でスマートにゴリ押す。火力ゴリラなのである。
度の強い眼鏡越しに、アナスタシアのいささかきついところのある目が騎士グレナデンを伺った。
「私に口のうまさを期待しないでくれ。ご存知の通り粗忽ものだ。年は重ねても、中身は武骨で粗忽。となれば中央神殿の若き英才に役目を譲ろう」
グレナデンは女性ではあるが、自称ではなく本物の騎士で、その剣は領主と領民にささげられている。そしてそのお勤めの一環として、勇者隊の一員として働いている。
なんでも家は代々騎士だそうで、アネモネ隊の中では唯一専門教育を受けた戦闘のプロフェッショナルだ。
その戦闘教育のおかげか、アナスタシアとはまた違った意味で恵まれた肉体をしており、パーティの中で一等背が高いだけでなく、引き締まった手足や、割れた腹筋など、レナータも思わずドキドキしてしまうほど鍛えられていた。
おまけにざっくりと切り揃えた灰銀の短髪に、凛々しい顔立ちとあって、人々からの人気も高かった。特に、野郎どもとは異なり
そしていざ戦闘となればその身体能力をいかんなく発揮し、相手を骨ごとぶつ切りにする、力こそパワーの蛮族レディである。物理ゴリラだ。
ただ、肩をすくめて情けないことを言う通り、気の利かない不器用な人でもある。
パーティ内では最年長であるにもかかわらず、残念な人だった。
「
一番背が高いのがグレナデンなら、一番背が低いのが太陽神に仕える神官ルネーだった。
ルネーはレナータより二つ年下で、年も一番下ということになる。それでいて、エリートが切磋琢磨する中央神殿で、驚くほど若くして太陽神の司祭位にまで至ったエリート中のエリートである。
レナータの雑な認識では支店長くらいの役職と言っていい。正社員だ。こども店長である。もっとも神殿を預かっているわけではなく、勇者パーティの一員として旅をしているので巡礼司祭という扱いになる。
小動物じみたレナータが猫背気味に縮こまっていると並んで見えるが、実際はルネーの方が少し小さい。というより、レナータが二つ年下のルネーとおなじくらいしかないというべきか。
さらさらした白髪を肩まで伸ばしていて、お人形さんのように整った顔立ちをしているが、戦闘となればアネモネやグレナデンと並んで前衛として活躍するゴリゴリの武闘派僧兵でもあった。
単純な身体能力では他の二人に叶うものではないが、神々の力を借りる法術によって強化された聖なるメイスの一撃は、分厚い頭蓋骨も粉砕する圧巻の破壊力である。エンチャント・ゴリラによって強化された法力ゴリラだ。
この小さな暴力装置は、ことあるごとにレナータに太陽神の教えを説き、あれやこれやと説教を垂れることがあるので、いささかの苦手意識はあった。
それが完全に善意からのものであり、なんなら好意でさえあるというのがレナータには理解できなくて怖いのだ。
間に合ってますの一言さえ絞り出せないレナータのメンタルをもっと
「えっと、ごめんだけどボク、なんにも聞いてないんだけど」
「あんたは反対するだろうから言ってないもの」
「ぐへえ」
そして、へらりと軽い笑顔を浮かべているのは、「アネモネ隊」の隊長である指定勇者隊第二二〇三九号ことアネモネであった。
中性的、というより、いいとこどりのように魅力を詰め合わせた顔面は、世間が期待する強く優しい勇者様のイメージにふさわしいだろう。実際アネモネは多くの勇者の中でも人気が高い方だ。実力の割に。それでバッシングも多いが。
太陽の色を透かしたような金髪は、人込みの中にいてもひときわ明るく輝いて見え、誰にでも優しく微笑みかけるその人柄もムードメーカーといっていい。優しい言い方をやめれば、チャラくて軽かった。
女性ばかりの隊の女性リーダーではあるが、女遊びが激しいので必ずしも安全ではない。
グレナデンとファンを二分する顔のいい女だが、
特に鍛えたわけでもない体つきで、戦うとなっても真正面から打ち合うことはまずない。のらりくらりと動き回って、隙を見て切りつけるような、流麗といえば流麗、こすいといえばこすい戦い方である。自分は傷ひとつ負わず、相手をずたずたにするのが得意なのだ。
かといって特に戦略があるわけでもないその場しのぎで、ひたすら避けて切るという、思考能力を放棄したゴリ押しスタイルである。知性のないゴリラだ。むしろ殺人ピエロチンパンジーかもしれない。
これらの顔のいい
日陰者じみた野暮ったい黒尽くめに、もしゃもしゃとした黒い癖っ毛。いつも伏せがちで人と目を合わせられない目元にはうっすら
顔のいい面子に囲まれているので、せめてものお洒落と思って、猫耳のついたかわいいキャスケット帽をかぶったり、フリルやリボンの多いコーディネートを心掛けてはいるが、野暮な黒尽くめから抜け出せていない。本人の病んだ雰囲気もあって地雷ファッションめいた危険臭がひどい。
また見た目だけでなく、本人には欠片ほどの戦闘能力もないし、それどころかアネモネ隊に拾ってもらうまでは、家から徒歩五分圏内より遠くに出ることもまれな引きこもりのもやしっ子であった。
この哀れな小動物がおどおどと視線を巡らせるなか、押し付け合いの果てに貧乏くじを引いたのはアナスタシアのようだった。
「はあ……いい? 別にあんた個人を責めてるわけじゃないからね」
「はあ…………えっ、あっ、えと、えあ、わたしですか!?」
「そう。あんた、パーティ抜けてくれない?」
「……にゃ!? わ、わたし何か悪いことを!? すぐに改めますから!」
突然のことに、普段絶対出さないような大きな声で謝罪からはいるレナータだったが、アナスタシアは言いづらそうに口ごもった。
「悪いっていうか、その……世間体が悪いのよ」
「せ、せけんてい……?」
「私たち勇者パーティじゃない。勇者に、魔法使い、騎士、神官……で、あんたは?」
「……し、死霊術師です……」
厳密には
世間的には、レナータは
死霊と会話し、死体を操る、そういうイメージを持たれる仕事をしている。なんなら邪教の神官とか墓荒らしとかそういうマイナスのイメージもだ。一応は国家資格も有するちゃんとした技能職なのだが、世間の目は冷たい。
「浮いてるのよ。一人だけ。悪い方向に」
「い、いや、でも」
「世間体が悪いから、あんたパーティ抜けてくれない?」
繰り返される脱退勧告に、レナータは頭が真っ白になった。
確かに、世間的にあまり評判のいい職ではないのは確かだった。
アネモネが拾ってくれなければ、レナータは遠からず行き詰って引きこもって世間から透明になってしまっていただろう。
しかしそれでもレナータはレナータなりに頑張ってきたつもりだった。
戦うなんてことを考えたこともなかったけれど、それでも自分の持てる技術を駆使して、パーティの役に立とうと努めてきたのだ。
「わ、わたし、でも、ちゃんと頑張って、」
「わかってる。わかってるわ。あんたの頑張りは認めてる」
「そうだ。我々としても君のサポートにはとても助かっている」
「むー……そうなのです。それは認めるのです」
頷くグレナデンは、特にその恩恵にあずかっていると言っていい。
死霊術というものにいい顔をしないルネーだって、そのサポートの恩恵は認めるところだ。
レナータは最初、死霊術の応用として、けがの治療に勤めていた。けがを縫い合わせ、賦活し、回復させる。死体を繕えるのだ。人間の体だって繕える。回復魔法といって差し支えない効果も発揮できる。
神官のルネーも癒しの術を使えるが、彼女は前衛で戦うこともする。支援の術を使い、戦い、回復もする。これでは負担が大きい。
突っ込んで切り結ぶことしかできないと豪語し、有言実行までする
これがレナータの登場で回復役が確立され、ルネーが戦闘にだけ専念できるようになると、パーティの効率はずっと良くなった。
ルネーが効率よく動けるようになると、後衛のアナスタシアも助かった。攻撃に回復に支援にと半ばテンパりながらキレ散らかしていた小型暴力装置に後ろを気にする余裕ができたので、乱戦時にも魔法を打ち込みやすくなった。前衛が抜かれることも減った。
こうして火力ゴリラと肉弾ゴリラと聖ゴリラと回避ゴリラによるゴリラ押しが可能になったのだ。ゴリラ共のゴリラ戦術によるゴリラ暴力に専念できるようになったのだ。
さらに、何頭かの魔物を倒した後に、その死体をつかって
狼の魔物の死体細工を作って従えるようになってから、前衛はさらに楽になったはずだ。
匂いでもって敵を探り、時に気付かれず接近し、時に素早く追い立て、疲れも知らず戦い続ける。おまけにうっかり間違って攻撃しても、レナータが修理できる。修理できないほど痛んでしまったら、倒した魔物を次の死体細工にすればいい。
これもやはり、フレンドリーファイアしがちな顔のいい蛮族どもと相性がよかった。
レナータはちょっとしたサポートといっているが、自惚れていいくらいの貢献ではある。
もちろんその貢献も、何の代償もなしというわけにはいかないが。
「でもあのゾンビの手入れもただじゃないでしょ」
「う、で、でも、それは、わたしのお金でなんとか……」
「パーティの戦力なのに自己負担になってる時点でダメでしょ」
「うえあ」
「それに、町に入れるのだって大変じゃない」
「うう……」
魔物の被害が出る地域である。
町は城壁で囲まれているのが常だった。ブルックウッドのような村でも、丸太の壁を連ねて囲っている。
当然門を素通りするわけにもいかず、簡単な検問があるのだが、死体細工を入れるのがひと騒ぎだった。
何しろ見た目は恐ろしい狼の魔物であるから、門番だってそりゃあ止める。
それで素直に、死霊術師が作った死体細工です、言うことは聞きますから大丈夫ですと言っても、はいそうですかとは通してくれない。
きちんと資格を持った操屍術師であること、死体細工の製造に関しても届けは出していることなど、さまざまに説明はしたのだが、結局通してもらえた理由は、公認勇者パーティという看板と、アナスタシアが色仕掛けに乗じて握らせたさりげない袖の下であった。知的にゴリ押した。
国家資格免許は一顧だにされなかった。公権力の腐敗に涙が出そうだった。
「ほ、法的には認められてるんですよう……」
滅茶苦茶に悔しいが、しかし毎度のことでもある。同じ魔物でも、魔物遣いとかテイマーとか呼ばれる連中が連れていれば割とあっさり通してくれるのに、扱うのが死体に変わっただけでこの扱いである。
なんなら操屍術師ですと素直に名乗ると、死霊術師だろと勝手に訂正されたうえに、犯罪者予備軍みたいな目で見られる。いや、露骨に犯罪者扱いされたりもする。
その度にレナータは、「国家資格なんですけど!?」と叫びたい気持ちでいっぱいだった。実際には少し俯いてなんかもっちゃりした半笑いでもごもご言うだけだが。
魔物遣いなんて都合一か月くらいの講習と実習済ませて魔物を登録すれば名乗れるようなもので、なんなら業務上過失致死の割合は操屍術師よりもよほど多いのに。などという愚痴も一人で部屋の隅でボヤくだけである。
そしてそんなしょんぼレナータをみんなが慰めてくれるのがまたメンタルをごりごりに削るのだった。
「あと……最近は部屋割り固定してるけど、同じ部屋で死体いじりされるのはちょっと……」
「整備です整備! 言い方ァ……!」
「すまない。正直楽しそうに狼の腹を開いてるのは普通にグロい」
「完全に邪教の儀式なのです。訳あってのこととはわかっているのですけど……」
この件に関しては味方はいなかった。
いやまあ、レナータだって自分の感性が大分おかしいのはわかっているつもりなのだ。操屍術師は大分特殊だ。ずっと死体いじりをしてきたレナータは生きてる人間と話しているより、死体を加工している時の方が心が落ち着くのだ。
しかしそれだってちゃんと気は遣っているのだ。見えないように、また汚さないように、簡易の仕切りを作ったり、道具だって丁寧に洗浄して消毒もしている。
死体細工だって、におわないように花の香りを漂わせている。
衛生的にも何の問題もない。なんならそこら辺を呑気に歩く生きてる肉袋共より衛生的なくらいだ。
と本人は思っているが、広くもない安宿の部屋の隅で、にゃんにゃんにゃーんと楽しげな鼻歌と、ぐちゃりにちゃりばきごきこきゃりとヤバ気な音が一緒に聞こえてくるのは、姿が見えないだけに一層怖かった。なんならたまに含み笑いとか死体に話しかける声も聞こえる。
その上、凄惨な光景が想像できるのに、漂ってくるのはフローラルな花の香りだけなので頭がおかしくなりそうではある。
そのため最近では保護責任者ということでもっぱらアネモネとの二人部屋である。
「それに、やっぱり一番の理由は世間体なのよ。アネモネ隊はこれでも、結構知名度高いのよ」
「主に顔のせいで、というのは騎士としてあまり嬉しくはないがな」
「でもその顔のおかげで、あたしたちはスポンサーから資金を引っ張ってこれるのよ」
「俗な話ではあるのですけど、国からのお賃金と神殿の援助は雀の涙なのです。やってらんねーのです」
「言いたくはないけど、死霊術師がメンバー入りしたってことで、ちょっと悪い評判が立ってるわ。あたしも有用性は説いてるし、戦果向上も数字で出てる。でも、世間の目って言うのは、そういうのじゃないのよ。勇者なんて言っても、人気商売。リスクは減らしたいの」
世間体。世間の目。目に見えないくせに、その重みがレナータの猫背をさらに押し潰した。
世間とかいうものは、いつだってレナータに厳しかった。そしてここでも、世間はレナータを認めてくれないのだ。
死霊術師と言うだけで……まあ、顔がいい面子の中で一人だけ鼻ぺちゃの垢ぬけないのが混ざり込んでるのも大いにあるだろうが。実際、ファンに「なんであんたみたいなのが」などと陰口にならない陰口を吐き捨てられたこともある。
レナータもそう思う。マジでそう思う。わかるー。
「もちろん、すぐに追い出すとかそういう乱暴な話じゃないわ」
「え、じゃあなにかチャンスが……?」
「いや辞めてはもらうけど」
「ふにゃーッ!?」
裏切りである。
ちょっと持ち上げては的確に叩き落とされ続けて、レナータのか弱いメンタルはぼろぼろだった、
仲間たちが優しいだけに、逃れられぬクビの絶望がひどい。
優しさだけじゃ生きていけない。微笑みが救いにならない。
「一応予定じゃ、一か月後には瘴気源に辿り着く予定よ」
「そこの魔王を倒し終えるまでを期限にしようということになってな」
「その間に、今後の身の振り方を決めてもらいたいのです」
「み、身の振り方って……?」
「次の仕事とか、行く先とかよ」
そんなことを言われても、レナータにはどうしたらよいのかわからなかった。
いままでレナータは自分の人生を自分で決めたことがないのである。
子供の頃から死霊術を学んできたのも、養父である師匠が教えてくれたからであり、いま勇者パーティにいるのも、アネモネが拾ってくれたからである。パーティへの貢献だって、アネモネがやり方を考えてくれた。
師匠が亡くなってから少しの間は、師匠の仕事を引き継いだりもしたが、もともと死霊術師というのは世間のイメージが悪い。そこにレナータのようなひょろいもやしっ子が出てきても、信用が足りない。ましてやコミュ障であるレナータにはまともな会話さえ困難なのだ。
もしも勇者パーティをクビになれば、それがどんな事情であったにせよ、世間からの目はさらに厳しくなるだろう。世間は悪いところばかり見るものなのだ。
レナータは呆然とした。
「もちろん、パーティ都合の退職だから、退職金はパーティの資金から出すわ」
「た、たいしょくきん?」
「辞めた時に貰えるお金よ。三か月分くらいのお賃金は出すわ」
「三か月分も!?」
「それに、我々からも再就職の支援はさせてもらおう。私もいくらか伝手はある」
「困ったら神殿はいつでも門戸を開いているのですよ」
「あ、もちろん、どこの町に行くにせよ、ちゃんと送ってくわよ」
予想外の手厚さである。
やさしみ。ぬくもり。あたたかみ……。
しかし、なぜその優しさを追放後に、という思いがレナータの喉元までこみあげてきたが、もちろん口には出さなかった。少し俯いてもっちゃりした半笑いでもごもごしただけである。
まずい。これはまずい。
完全に辞める流れになってしまっている。
それはもう、レナータのべったべたの口下手と、強く言われるとなんにも言い返せない弱さのせいではあった。なんならはきはきと喋られるだけでなんだか責められているような気分にさえなる弱さのせいではあった。しかし弱者が弱者であるというだけでこのような目に遭っていいのだろうか。
(ゆ、勇者様……おたすけー!)
レナータはそっと勇者アネモネに視線をやった。
勇者アネモネはへらりとした笑顔のまま、大仰に手を振ってみせた。
「まあまあまあ、みんな待っておくれよ。勇者のボクをのけ者にしてこう言うことを決めるのはどうかと思うな」
輝く白い歯。やんわりと弧を描く目元。角度さえも計算されたような流し目。そして甘いボイス。
数多の町娘たちをころりと落としてきた勇者スマイルが炸裂する。以前うっかり正面から直視してしまったレナータも思わず「うわ顔がいい」と思ってしまった爆発力である。生きてる人間より死体の方が好きなレナータでさえそう思ってしまったほどの、神の与えたもう魅力である。
この笑顔に騙されてお持ち帰りされた娘の数はしれない。なんなら熟女も範囲内だ。時には男性も。
辛うじて子供に手を出したことはないらしいが、ベイビー・フェイスのレナータを拾ってきたあたり疑わしくはある。
「あんたいっつもまともな意見ないでしょ」
「看板は綺麗なだけが仕事なのです」
「お前の評判が悪いのも問題なんだが」
しかし三人には効かない。
そもそも女癖の悪いアネモネになびかない面子が宛がわれているのである。顔がよくて厄介な女には顔がよくて厄介な女をぶつけるんだよと言わんばかりのゴリ押し中和である。
完全な塩対応に、再び硬直するへらりとした軽い笑顔。がんばれ。もうちょっと頑張れ。
しかし言い返す材料もないのである。
遊び関係での不祥事が続いたうえに、何も考えずに死霊術師をパーティに連れ込んだ張本人である。なんなら連れ込んだ後に死霊術師だと判明したくらいの考えなしである。何を言ったところで、いまやパーティ内においてこの女の発言には何の力もないと言っていい。
結局、何の反論も出てこないまま、ぎこちなく夕食は終わり、解散となってしまった。
レナータは名物のエールの味さえなんだかよくわからなかったくらいである。
「まあ、その、なによ。繰り返すけど、あんたが悪いわけじゃないのよ。気を落とさないで」
「か弱い君に、傷ついてもらいたくないんだ。安全な場所にいてほしいんだよ」
「これを機に、死霊術などという邪法は止めて、ともに神の家に入るのです」
三人は三様に、慰めなんだか何なんだかわからない言葉を残して、三人部屋に消えた。
辞めてくれと言ってきたその口でそんなことを言われても、という気持ちである。
世間体。世間の目。評判。そう言ったものが、どうしようもなく自分の人生には付きまとうらしい。馴染み深い絶望。
残されたレナータはアネモネをつれて二人部屋にこもり、そのままばたりとベッドに倒れ込んだ。
ベッドと言っても安宿の安普請で、寝藁にシーツを敷いたようなものだ。シーツがあるだけ親切なくらいだ。
「うう……どうすれば……どうしたら……」
もみもみもみもみ。
手の中で黒猫の
そうやって毛並みの流れや、筋肉の付き方、骨格などを指先で確かめていくことで、レナータは自分のメンタルを調整する癖があった。ふわふわと花の香りのする
突然の出来事に困惑し、混乱し、もだもだとみもだえるレナータを、アネモネは軽い笑顔を張り付けたまま見下ろしている。いや、見下ろしてさえいない。その美しくも軽薄な笑顔は部屋に入った時から微動だにしていない。人形のように突っ立ったまま、
「うわっ……あ、そっか」
しばらくして嘆き疲れ、もそもそと起き上がったレナータは、棒立ちするアネモネにびくりと震えた。
それから、ほーっ、と細く息を吐いて、ついっと指を振る。
するとマネキンのように固まっていたアネモネの体がゆっくり歩きだし、ベッドに横たわった。そしてそのまま動きを止める。アネモネの開いたままの目をそっと閉じてやって、レナータはため息を吐いた。
横たわるアネモネの体は「気をつけ」の姿勢だったから、レナータはちょっといじって自然な寝姿を作ってやる。そうして触れているうちにはっと気づいて、とんとんと胸元を叩いてやった。それと同時に胸が上下し、寝息を作り始める。
いつも快活に笑って、軽薄ではあるものの楽しげにお喋りするアネモネは、陰の者であるレナータからしても美しい生き物だった。でもこうして静かに横たわっている姿の方が何倍もきれいだと思う。
沈み込みすぎてそのまま動けなくなりそうだったレナータを拾ってパーティに入れてくれたことは勿論感謝しているが、正直なところいまの方がずっと魅力的だとさえ感じていた。
やれやれ、とまたため息。
あんな話があって動揺したせいか、部屋に入ったからとすっかり気を抜いてしまった。
先程の夕食時は、明かりも薄暗かったし、操作がぎこちなくても誤魔化せたからよかったけれど、精神的動揺がもろに出るのはよろしくなかった。まだまだ研鑽が足りない。
部屋の片隅で横たわった狼の魔物──その死体細工にのしかかり、そのわずかな温もりを持ったふわふわに癒される。彼らはあんまり気を遣わなくてもいいので、呼吸もさせず、身動きもさせなくていい。楽だ。柔らかな花の香りに包まれて、レナータはゆっくりと深呼吸する。
死んでるものを死んでいるように扱うのは楽だ。それは自然なことだから。
けれど、死んでいるものを生きているようにふるまわせるのは、神経を使う。文字通りに。脳が丸々残っていれば、ある程度はオートで生前のように動ける。けれど自発的な意思はないから、決まった行動以外は必要に応じてレナータが指示を出してやらなければならない。
ベッドに横たわるアネモネの体を見つめて、レナータは何度目かのため息をついた。
「これ……バレたらどうしよう……」
勇者アネモネが実はすでに死んでいて、死霊術師レナータがずっと操ってきた。
その事実を言い出せないまますでに一か月が経過してしまっていた。
そこにきてこの追放話に、レナータのか弱い思考回路はすっかり参ってしまっていた。
いったい、なぜこんなことになってしまったのか。
レナータは一か月前を思い出していた。