・レナータ・ハーカー
女死霊術師。倫理観に問題がある。
死体細工になっていた。
・アネモネ・リターナー
女勇者。倫理観がふわっとしている。
死体細工になった。
・アナスタシア・カンバック
女魔法使い。倫理観は商売でよく使っている。
死体細工になった。
・グレナデン・ド・レジュレクシオン
女騎士。倫理観は状況判断による。
死体細工になった。
・ルネー・ルネサンス
女神官。倫理観に自信がある。
死体細工になった。
かなり最初の方から多くの読者の方がうっすらと感じていたであろう「これ全員死ぬんじゃね?」の答えが出てしまったのであった。
それはまあ、そうなる。
このお話はお約束を大事にする王道ファンタジー追放ものなのだから。嘘は言ってない。ほんとに?
うっすらどころか全然感じてなかった善良なみなさんは胸を張って生きていただきたい。悪辣な読者共は反省してほしい。まあこの世界は邪悪で悪辣だったわけだが。
ともあれいよいよ全員がゾンビィになってしまったというところ。
施術後、目が覚めたルネーはなによりも真っ先にアネモネをぶん殴った。
これを素直に顔面で受け止めたアネモネは空中で錐揉み三回転半したのち床に叩きつけられ、ワンバンしたところをみぞおちにもう一発喰らって沈んだ。
アナスタシアの術後もそうだったが、叱責としての攻撃は甘んじて受ける女であった。あの時はセミオートで動いていたことを思うと、根っからそういう性質なのだろう。
真面目だとか真摯であるとかいうことではなく、うっすら破滅願望がある女なのだ。終わったら終われなくなるという不安の中で生き続けて情緒がちょっとおかしい。それで刺されたのだからいろいろ救いようがない。
さて、アネモネをぶちのめしたあと、ルネーはひとしきり取り乱した。太陽神を信仰し、死霊術をおぞましい邪法とまで呼んで忌避していたのである。神官たる自身がその死霊術によって忌まわしきアンデッドになってしまったと知ったルネーの心中は察するに余りある。
まあ念話でつながっているレナータは、術後観察の必要もあってその狂乱した心中もレポートしているのだが。
ルネーはほとんど熱病にでも浮かされたかのように震えながら床に這いつくばるようにして太陽神に祈った。
その表情は赦しを乞うようであった。
そしてあっさりと赦すかのように、黄金の風が再び礼拝堂を吹き抜けた。
いいよ、とでも言うかのようであった。なんならなにが問題なのかよくわかんないけどとか頭につきそうだった。
呆然としたルネーが見上げる先で、太陽の女神の像がにっかりと歯を見せて笑っていた。威厳はないが、しかしすべてを肯定する笑みだった。
輝ける風の中、ルネーは確かに聞いた。
女神の声を聞いた。
「ああ……神様、ルネーは、ルネーはアンデッドに……」
『うんうん。お友達を傷つけちゃったんだね。それは悪いことをしちゃったね。でも大丈夫! ちゃんと謝って仲直りしようね! 死霊術師だーとか言ってみんな嫌がるのはわかるよ。死体ってばっちいもんね。でも冥府のお姉ちゃんがオッケーならあたしから言うことはないよ! ぶっちゃけどーでもいーし!』
「月の女神様が、お認めに……」
『大体さあ、お姉ちゃんが死後も働くなんて不健全です! っていうから魂はみんな冥府でお休みしてるわけだからね! 死体がどうなろうと別にどうでもいい地上のよしなしごとなんだよね! ぶっちゃけお姉ちゃんがガルガルしなかったら、死んだ後もバリバリ働いてもらうのにね! ザンネン! その点キミたちは死んでも働けるんだからナイス勤労意識! ナイス! 太陽ポイント付けちゃいます!』
「ゆ、赦されたのですか……?」
『オッケーオッケー! バリバリ働いてこ! じゃね!』
神は陽キャ一軍女子のパリピみてーなノリのアニメ声をしておられた。
「なんかルネーが言ってるけど、幻覚?」
「はあ、まあ、本人には聞こえてるみたいですね。神官ってよく既知の外の声聞くので……」
「レナータも月の女神様の声とか聞くの?」
「月の女神様って基本引き籠りの人間嫌いなので……」
「陽キャの姉って陰キャなんだ……」
アネモネは《死の神》の声を聴いたことはない。勇者のすべてが加護を授けた神の声を聴くとも限らないのだ。
勇者本人もそれが神の声なのか幻聴なのかわからないのでまともな統計もない。
そもそもからして幻聴と既知の外の声を区別することは難しいのだ。
神官とは高位になればなるほど既知の外の精神に近づいてしまって、狂人と区別がつかなくなるのである。そして区別がつかなくても運用には違いがないので、特に問題はない。狂った現実改変者か、神懸かりの神官か。ラベルが違うだけだ。
感涙してむせび泣くルネーをよそに、レナータは居心地悪そうに
礼拝堂にはアナスタシアとグレナデンも駆けつけ、アネモネ隊の全員が揃っていた。
ふたりはレナータの異変に気付いたわけではなく、術後にアネモネに指摘されて慌てて呼び出したのだった。
ルネーの異様な様子と、礼拝堂に満ちた甘い花の香り。
この二つから早々に察したらしいふたりの生暖かい視線を受けながら、レナータはすこし俯いてなんかもっちゃりした半笑いを浮かべて事情を説明した。レナータの説明下手によりルネーの暴走っぷりとアネモネのトンチキ回想とが入り混じった結果何回か聞き直されることになったが、これによってアネモネ隊全員が現状を共有できたことになる。
「はーあ。まさか全員死体細工になっちゃうとはねえ。当初の計画が全部
「まあ、わたしとしては一向にかまわんさ。まだ妹になれていないしな」
「いえあの、グレナデンさんの恵体を小さくするのは時間がかかるものでぇ……っていうかそこまで変えると誤魔化し利かないのでぇ……」
「ルネーはもうなにを信じたらいいのかわかんねーのです……死体なのになんかいい匂いがしてるのです……頭がおかしくなりそうなのに考えるたびに幸せになっちゃうのです……」
「それあんま繰り返さない方がいいわよ。脳が変になると思う」
「ボクもちょっとやってみたいかも」
「あんたはもともと変よ」
「ぐへぇ」
五人はわちゃわちゃと連れ立って食堂に向かい、それぞれが好き勝手に喋りながらも連携の取れた動きで食事を作り、並べ、席についた。
彼女らの脳は疑似体液を通じて、レナータをハブとした念話によってつながっていた。ひとつの意識に混ざり合ったわけではない。ただ以前より円滑に意思の疎通がはかれるようになっていた。
個人としてそれぞれに意識を保ちながら、ただほんのちょっぴりお互いを理解し合える。
「こうして意識がつながったということは、家族ということだな。お前たちは私の妹で、私はお前たちの妹だ」
「?」
「?」
「?」
「?」
理解し合えないこともある。
考えたことすべてが筒抜けなわけではない。感じたことすべてを分かち合えるわけではない。
ただ、少し便利なツールを得たに過ぎない。言葉を交わしやすい環境ができたに過ぎない。
だから、大事なことは、直接言葉を交わさなければならない。
レナータはすこし深呼吸してから、うつむきそうになる顔を上げた。反射的にもっちゃりと口角をあげそうになるのをこらえ、できるだけきりりと凛々しい顔を心がけた。
「なによ。トイレなら宿坊の方よ」
「ち、違くてですね」
結局いつもの情けない顔で、レナータはもじもじと切り出した。
「つ、追放の話、なんですけど……」
「ああ…………まあ、いまさらよねえ」
「うむ。対外的なアピールの仕方は変えていかねばならんだろうが、こうなってしまってはな」
「こうなればもう一蓮托生なのです。いくら太陽神様が認めてくださってても、世間体というものがあるのです」
「まあ、隠し通すしかないしねえ。勇者特権で違法行為はもみ消せるけど、スポンサーはねえ」
「いくらうちの実家だって、さすがに娘をアンデッドにされたって聞いたらお金なんか出してくれないわよ」
「というか訴えられるのではないか?」
「訴えるってんならあんたの実家の方が怖いわよ」
「まあ、領主だからなあ。こちらは勇者隊と言えど、責められれば面倒だな」
「神殿も内緒にしておいた方がいいのです。『啓示を聞いた』は証人がいねーので説得力がねーのです」
「あ、あの!」
言うまでもなく、アネモネ隊の全員がアンデッドと化しているなどという醜聞は、全員一致で隠し通す方針である。世間的に扱いの悪い操屍術師の活躍や、噂よりもおそろしくなどない、法的にも神学的にもクリーンであるということを少しずつ草の根的に広めていくしかないだろう。
スポンサーであるカンバック商会には儲け話として、レジュレクシオン家には医療や戦力強化の方向性で少しずつ開示していくことになるだろうか。
しかしレナータが言いたいのはそのことではなかった。
「あ、あの、ですね……ほんとは、こんなことになる前に、言わなくちゃいけなかったんですけど……わ、わたし、この隊から離れたくなくて…………さ、最初は、怖いことばっかりで、毎日いやだったんですけど、みなさん、よくしてくださって……か、家族、じゃないですけど…………いまは、みなさんともはなれたくなくて、あの、操屍術、死体細工のことだけじゃなく、い、いっしょに、いられたらなって……!」
そんなことではなかった。
最初から、その一言がずっと言えなかった。
レナータ自身、辛いことはあっても、アネモネ隊に、そのひとりひとりに、離れがたい愛着を抱いているということを。
それが。
それだけが大事なことだった。
確かに殺人事件を隠蔽しようとしたり、死亡事故を隠蔽しようとしたり、口封じのために共犯に巻き込んでみたり、強制的に共犯にして口封じしたりと散々なことをしてきたが、それだってレナータが主体的にどうこうしてきたわけではなく、むしろ周囲の混乱をどうにかしようと頑張った結果だった。空回った結果だった。
誰が悪いかと言えばまあレナータが悪いのだが、でもわたしだけじゃなくてみんなも悪いですよねという無意識の擦り付けがあった。
ぶっちゃけ極めて個人的なお気持ちで申し上げるならば「わたし悪くなくない!?」だったが、悪いやつはしばしばこのような他責思考に陥る。
さて。
騒動が始まって以来の、それこそいままで生きてきていちばんの勇気を振り絞ったレナータの告白に、一同は思わず少しの間顔を見合わせ、それから肩をすくめた。
「ねえ、やっぱりこの子うちに預けなさいよ。アネモネ隊って教育に悪いし」
「いや。預かるなら我が家だな。立派な妹になれるよう淑女教育もしようじゃないか」
「神の家一択なのです。月の女神の司祭位を持つ英才となれば、ルネーと天才コンビ組むのがいちばんなのです。太陽と月で最強なのです」
「私とて姉と妹だぞ。無敵で最強だ」
「頭おかしいこと言ってんじゃないわよ。資産価値が落ちるわ」
「あのさあ。キミたち、ボクが連れてきたときは『拾ったやつが責任持て』とか言ってたよね」
「あのときはあのとき、いまはいまなのです」
「うむ。そもそも貴様に任せるのは教育に悪い」
「グレナデンもたいがいだと思うなあ」
「あ、あのあのあの……?」
こうして
またこの後、瘴気源たる魔王現象《逆巻く死悦》との特に苛烈でもない戦いが繰り広げられるのだが、信じられないくらい速やかに巻き取られるのでそれもやっぱりここではわざわざ記したりはしない。不死者どもに一方的にボロクソにされるだけだからだ。即死持ち相手に死なないのはルール違反ですよね?
それになにより。
「いいかおめえ。来月までに村出てくんろ」
「ホゲェーッ!?」
「心苦しいけんどもよ。ド田舎の寒村と言えど世間体つうもんがあるでよ」
「そ、そげな……! おらが死霊術師だからってよぉ!」
「それが全部なんだべなあ……」
今日もどこかでピンチの
明日もどこかでピンチの
おわり