死霊術師(ネクロ)ちゃんピンチ! 作:段々剃刀
・レナータ・ハーカー
女死霊術師。倫理観に問題がある。
死体細工をいじると心が落ち着くヘキがある。
・アネモネ・リターナー
女勇者。倫理観がふわっとしている。
お腹が開くタイプの死体細工。
・アナスタシア・カンバック
女魔法使い。倫理観は商売でよく使っている。
レナータに脱退を勧告した。
死体細工の腹を開いて遊んでたら、鍵をかけ忘れて仲間の魔法使いアナスタシアに目撃されてしまったレナータ。
しかしアネモネの日頃の行いの悪さのせいか、誤解がいい方に展開して、犯罪を隠蔽する方向で話が進んでしまった。
まあそれはそれでありかなと思ってしまうあたり倫理観が欠けている。
しかしついうっかりからアナスタシアを窓から転落死させてしまい
さあどうなるのというところである。
どうしようもない。
レナータは慌てて、しかしそれはそれとして今度こそアネモネのお腹を閉じて身支度を整え、鍵をかけて連れだってこっそりと外に出た。冷静な犯行である。
幸いにも夜遅い時間だったこともあってか、誰もわざわざ確認には来なかったようで、野次馬の姿もなく、ただ石畳にアナスタシアの豊満な肉体が転がっているばかりだった。
そしてそれは、お決まりの確認の結果、お決まりの展開として、やはり死んでいた。
「し、死んでる……」
死なせるつもりはなかったのだ、とかなんとかいうまでもなくそもそも完全に不運な事故死なのだが、無関係とも言えない。裁判でも判断が難しくなりそうなポイントである。優秀な弁護士を雇わなければ。
などという考えは勿論浮いてこない。裁判などもってのほかだ。何をどう足掻いても泥沼でしかない。
操り糸の切れたマリオネットのように、しなやかな四肢がてんでばらばらの方向に投げ出されている。アナスタシアの少しきつめの目元が、いまはまるくきょとんとしたように夜空を見上げていた。石畳にはじんわりと血が広がっていく。少し離れて眼鏡が転がっていた。レンズは幸い割れていなかった。果たしてそれを幸いと言えるのかどうかは不明だが。レンズは高いが、命よりは安いだろう。
二階からの転落は助かる可能性も高いが、打ち所が悪ければ普通に即死にいたる。驚いてほとんど無防備に落下したアナスタシアは、その驚いたまま恐らくほとんど一瞬で意識を失って死亡したことだろう。
レナータは青ざめて少しの間、それを見下ろしていた。
さっきまで会話していた相手が、こんなにも呆気なく死んでしまうなんて。
一か月ぶり二度目のショックである。
割と慣れてきた。
探偵ものかというレベルの立て続けの事件である。
レナータは推理小説を推理しないで読むタイプだし、それどころか現状犯人寄りだが。
呆然と隣を見上げれば、アネモネの死体細工はにっこりと微笑んだ。
すべてを無責任に肯定する、生前からの重さのない微笑みだった。
無責任に無根拠に、重さのない笑顔が重さのない言葉を吐く。
「大丈夫だよレナータ。大丈夫」
「はい……とりあえず、アナスタシアさんを、部屋にお願いします」
「うん。わかったよ。ボクに任せて」
それはアネモネの生体脳が状況に応じて反射的に言葉を紡いでいるに過ぎないはずだが、それでもレナータは幾分か心が落ち着くのを感じた。
アナスタシアの体を横抱きにして、王子様よろしく
とにかく、まずは血痕を消すところからだ。幸いにも、操屍術師は職業柄、この手の痕跡を
レナータが綺麗さっぱりなかったことにして部屋に戻ると、アネモネが鍵を開けて招き入れてくれた。
今度は忘れないようにしっかりと鍵を閉め、レナータはベッドに横たえられたアナスタシアに近づいた。ベッドのシーツを汚さないためか、部屋に置いたままだった防汚シートの上にきちんと寝かせてくれている。
血で汚れた服も脱がされていて、血のシミを分解して落としやすくする薬品をかけてなじませてくれていた。これで軽く洗濯すればお手軽に綺麗になるのだ。
「ありがとうございます、勇者様」
「君の助けになれて嬉しいよ」
レナータの作業を生前に見て覚えていたのだろう。そしてほとんど自動でそれをしてくれるあたり、アネモネが実のところ気の利くまめな人であったことがうかがえた。それがその場しのぎのものであり、何人もの女を泣かせてきたらしいということはこの際、考えない。
戻ってくるまでの短い間に、意識のない人体から服をはぎ取って血糊の処理まで済ませてしまった手際の良さに、普段から女の人を脱がし慣れてたんだろうなあとか考えてはいけないのだ。
にこにこと待機しているアネモネになんとなく冷たい視線を投げかけてしまったが、まあ
レナータはため息とともにそんな考えを吐き出し、頭を切り替えた。
生身の人間がいる空間ではろくに働かない頭が、死体細工しかいない部屋で冷静に回転し始めた。少なくともレナータなりに。
まあ、もう、こうなったら仕方がないのだ。
レナータにできることというのは限られている。
一か月ぶりとはいえ二度目なのだ。もう準備に迷いはない。
「まあ、今回は人手が二人分だし、手早くやっちゃおっか」
「うん。ボクに任せて」
「はあ……勇者様は本当に、死んだ後の方が頼りになるなあ」
アネモネにも予備の革エプロンと手袋をさせたが、ちょっと小さい。死体細工だから文句は言わないが。
今後も助手として活用するならば揃えなければなあ、などとのんきに考えながら、レナータはマスクをしてレポートを執った。勇者アネモネの死体を爆発四散させなければならないことなどうっかりすっかり忘れているのである。
「はい。施術者はレナータ・ハーカー。被術者はアナスタシア・カンバック、女性。特筆すべき点としては、有資格者の魔法士であり、死後間もないため、脳および神経系の速やかな保護を行い、固有の魔術的能力の維持を試みます。死因は墜落によるぅー……えー、髪型のためか墜落時の姿勢のためか頭部は裂傷はあるものの骨折は見られず、胸腹腔内損傷または脊椎の損傷による腹腔内出血に伴う出血性ショック死と思われます。外傷は、頭部の裂傷、くらいですかねぇ。できれば脳と脊椎は無事だといいなあ、というところで。衝撃による脳組織の損傷また血流停止による脳組織の劣化が予想されますので、前回同様、まず頸動脈経由で保護液を浸透させ、賦活術式にて状態を維持。頭部の裂傷を縫合後、開腹し、内臓の損傷具合を確認、応急処置の後、疑似体液を部位ごとに浸透、固着させ死体細工への加工を行っていきます」
詳しい施術に関しては大方の読者の皆様はやっぱりさっぱり欠片ほども興味がないと思われるので、二度目の今回もざっくり飛ばしてしまうとして、一応念のため、気になるという方のためにまたも音声ダイジェストでお送りしたいと思う。
「はあ……大人のお姉さん、ですね。ご立派というか……疑似体液足りるかなあ」
「縫合前に剃毛……はかわいそうですもんね。予定を変更して粘性保護液を塗布して応急処置とします」
「早速開腹を……っとぉ、出血量が、多いですね……勇者様、これでここを押さえて」
「うん。ボクに任せて」
「えーと……腎臓、右のですね、とー……腹部大動脈も破れてますね。ここが主な出所ですね」
「ふーんふふーんにゃー♪」
「あー……膀胱も、ありゃりゃ……おもらしですね。きれいきれいしましょうね」
「にゃー……大人のお姉さんですね。これが大人のお姉さんなんですねー……勇者様、だめですよ」
「ちょっと開いてー……あー、胃壁が荒れ気味かもしれませんね。うう……ストレスかなあ。ストレスかけてるもんなあ」
「にゃにゃにゃにゃーん♪」
「あっ、やば……やっぱり疑似体液微妙かも……おっぱいとお尻は、この際、後で。保護液で誤魔化そう……」
「勇者様、だめですってば。怒りますよ」
「あっ、やばっ……くない、やばくないですね大丈夫リカバリリカバリ」
「疑似体液の固着を試験…………右手、左手、右足、左足、はい、ぱちぱちしてー……試験完了。固着及び動作を確認」
「細胞賦活による開口部の閉鎖を確認。液漏れないですねーっと」
「術式を終了します。お疲れさまでした」
レナータとアネモネ、一応は二人がかりの作業は速やかに進んだ。
特に、前回は小柄なレナータが頑張って体をひっくり返したり、道具を工夫して固定したりしていたところを、意外に腕力のあるアネモネがサポートできたのが大きかった。
しばしばアナスタシアの体に
アナスタシアの体表を
とても
「じゃああとは、生体脳を
「
──
レナータが慌てて振り向くと、そこにはやけに手際のよいアネモネに服を着せられながら、目をぱちくりとさせるアナスタシアの姿があった。
「う、ん? あれ? あたし、えっと、あれアネモネ? え?」
指示も出していないのに動き出した死体細工に硬直するレナータと、にこにこ笑いながら服を着せようとし続けるアネモネの死体細工。
何が何やらわからないまま、
アナスタシア・カンバックは、帝都に本店を構える老舗の商会長の娘である。
カンバック商会と言えば貴族にも顔が利き、しかして大衆にも受けの良い、幅広いニーズに応える商会である。その支店は帝都周辺の都市に隙なく構えられ、主要な港湾都市や、交易都市にも受付窓口を置いている、押しも押されもせぬ
そんな大店の娘でありながら、アナスタシアは贅沢な暮らしをしたことはなかった。安月給の庶民と比べればよい生活をしていることは確かだったが、それはただで得られるものではなかった。
カンバック商会の会長は、妻の他に何人も愛人を囲っていた。
それは単なる権力の誇示や、下卑た性欲の表れではなく、ビジネス・パートナーとしての側面を持つ関係だった。各支店に置かれる支店長はこの愛人たちであり、カンバック商会長は情と実利でもってこれらを支配していた。
アナスタシアの母もそうした愛人支店長の一人である。
母は港湾都市で育った根っからの商売人で、大商人であるカンバック商会長の
幼いころからアナスタシアは、自分の生活にかかる費用を教え込まれ、食べるものも着るものも、周りのもの全ての値を叩き込まれた。
高価で珍しい食べ物や、衣類、装飾品、調度品、惜しげもなく与えられたそれらは贅沢のためではなく、教材としてのものだった。良いものを知らなければ、と母は常々言っていた。
母の手にかかれば、人間関係さえも値札をつけられるものだった。アナスタシアの懐いた家庭教師の授業後、母はその授業の値段を囁き、アナスタシアが学んだことに値をつけ、アナスタシアがいままでにどれだけの投資を受け、いまどれだけの価値があるかを記録した。
友達でさえも、単純な友情では選べなかった。楽しげに遊ぶ子供たちを眺めながら、アナスタシアは自然とそれらに値付けをしていた。
どの子供と仲良くなれば将来的に儲けが出るのか、それを考えていた。
良いものを知りなさい。母が言う。儲けるものはより儲ける。儲け続ける。
年に何度かは、父にも会った。
父が支店を見に来ることもあったし、母に連れられて本店に出向くこともあった。
カンバック商会長は父親であり、そして商人だった。母の告げる娘の値を聞き、そしてそれにふさわしい投資をした。稼げ。儲けろ。父が言う。
会う度に手渡される金貨が、アナスタシアの値段だ。
弟が生まれ、同じように教育を受け、そして同じではない結果を残すのを見て、アナスタシアは自分の価値が将来的に弟より低くなることを悟った。成績、考え方、感じ方、性別、自分の感情、様々なものをかんがみて、アナスタシアは自分より弟に投資した方が儲けが出ると計算できた。できてしまった。
このやり方ではだめだな、と。
アナスタシアはそれまでの人生を損切りすることにためらいがなかった。そのままでは儲けが出ないからだ。儲けが出なければ、何の意味もない。
アナスタシアは自分の適性を客観的に判断し、値付けし、将来性のある投資先を模索した。
その投資先こそが、魔法使いとしてのアナスタシアだった。
魔法を覚えることは、そう難しいことではない。金と時間はかかるが、その覚え方はシステム化されて久しい。講習を受け、試験を受け、合格すればよい。アナスタシアは自分の稼ぎを自分に投資した。
この家を出る、そのために。
母はアナスタシアの選択を否定しなかった。
講習の内容を聞き、講師の質を検め、アナスタシアの適性を見極め、そしてその値付けをした。いままでの投資額を検め、その上で良しとした。儲けを出しなさい。稼ぎなさい。母が言う。父が言う。
技能職であり、名誉職である魔法学者は、儲けなどほとんどないが、うまく貴族や宮殿と縁を結べば、国立の研究機関や大学で研究もできる。だがアナスタシアが進んだのは実践魔法使いだった。
実践などというと本格的という意味と重ねるものもいるが、要は労働者だった。技能職ではあるが、雇用され、使われる労働者に過ぎない。どれだけ技術を高めようと稼ぎは知れている。しかし潰しはきく。
アナスタシアは商人たる母に育てられた。あらゆるものに値をつけ、あらゆる関係性を天秤にかける教育を受けた。だから自分の価値はわかっているつもりだった。アナスタシアは、商人にはなれない。稼ぎには限界があり、儲けは知れている。それでも自分はやれるのだと根拠なく信じた。
魔法使いとしての資格を揃え、はじめて魔法を用いて仕事した時、アナスタシアは自分の価値を感じた。いままで目に見える数字としてだけ感じてきたものを、肌で感じた。
決して高くない給与を受け取り、年間のもうけを反射的に算出し、魔法使いとしてのアナスタシアの金額をはじき出した。
それがアナスタシアの値段だった。
その安さを思い知った。
そして、涙した。
母の教育を思い出して泣いた。
父の投資を思い出して泣いた。
小さな弟を思い出して泣いた。
儲けるために選び育んできた全てを思い出して泣いた。
泣いて、泣いて、泣いた。
「お母さん……高すぎるよ」
母が値付け、父が投資した額は、アナスタシアが自覚した価値よりもずっとずっと高価だった。
才能もなく、そのくせ諦めも悪く、意地っ張りでどうしようもない娘に、とんでもない額を投資したものだ。
「あたしらは商人なんだからね。いいもの安く仕入れて、いいもの高く売って、稼いで儲けなきゃいけないのよ。そしたらそれで、いい物を買って売って、経済ってのはそうして回るの。そしたらみんなハッピーなんだから。だからいいものを知りなさい、ナターシャ」
「金はな、貯め込むだけやったら何の意味もあらへん。汚う稼いで、キレーに使わにゃ。自分ががめつく稼いだ分、まわりにもスパッと払っていい思いさせたらんとな。そしたらな、そらもう気持ちのええもんやで」
「あんた、あたしに似て頑固だし、目付きも悪いし、でもあたしの娘なんだから、それだけで値千金ってもんよ。ほら、胸張りなさいな」
「娘いうのはええもんや。息子娘を何人こさえても、みんなかわいいもんやからな。ほれ、小遣い持ってき。おかんには内緒にし」
世界はこんなにもたくさんの値札でいっぱいだった。どんなものにでも、誰かのつけた値札があるのだった。誰かのためだけの値札があるのだった。底値もはした金も、この世にはありはしない。
そして金貨はその間を渡り歩いて、人々をつなげるのだ。
アナスタシアが、生まれたばかりの弟をかわいく思って、商売敵になる前に身を引いてしまったように、人には自分だけの価値がある。そしてそれには、人生をかけるだけの値打ちがあるのだ。
時に友情のために空にする羽目になった財布に、不思議と満たされるものがあるように、儲けとは目に見えるものだけではなかった。稼ぐことは一様ではなかった。
家を出て、そうしてたくさんの値札を目にするようになって、アナスタシアは自分の価値を知った。自分が見る自分の値札を知り、家族が見る自分の値段を知り、世間が見る自分の値段を知った。すべてが違って、全てに理由があった。その差額がたまらなく面白かった。
家を出て、商人を諦め、そうして初めて、アナスタシアは稼いで儲けようと思った。
この差額の間を飛び跳ねて、金貨を躍らせようと思った。商人という奴は、こんな楽しみを知っていたのだと、笑いたくなった。
極端な教育だったと思う。
辛い思いをすることも多かったと思う。
それでも、母はアナスタシアを値付け、父はアナスタシアに投資し、そして弟はアナスタシアが自分を値付けするきっかけとなった。
魔法使いとして実績を積み、自分自身の価値を磨き、そうして傷物とはいえ勇者という金看板を手に入れた。実家に渡りをつけてスポンサーも得て、アナスタシアは確かに上りつつあった。
アナスタシアの人生は、金貨の山を登り始めて、
そして死んだ。
いくらか口の回るようになったレナータの説明を受けて、アナスタシアは困惑していた。
自分の死を知り、しかして死体細工とかいう
おろおろしてるのかわいい。違う。かわいいがそういうことではない。
アナスタシアはこの際限なく庇護欲を引き出そうとする生き物を愛らしく思っていたが、それとこれとは話が別である。
深呼吸して気持ちを落ち着ける。死体なのに呼吸するのも変な話だが、自然にそうしてしまうし、止めると息苦しく感じる。
果たしてこれは死んでいるといえるのだろうか。
少なくともアナスタシアには死んだという自覚はなかった。死後の世界とやらも見ていない。
「結局、あたしは死んでるの? 生きてるの?」
「えーと……一度死んだけど生きてた、っていうかたちかと……」
「なんだか曖昧ね」
レナータがおどおどと説明したところによれば、検死した時は死亡の条件を満たしていたのだという。呼吸と脈が停止し、体温が緩やかに低下しつつあり、瞳孔反射が確認できなかった。帝国法的にはこの条件がそろっていれば死亡したとみなすらしい。
この状態で蘇生を試みて、成功した例もなくはないのだが、極めて稀であり、少なくとも今回のように即死だろうという状況では死亡診断が出るのだと。
ところが法律の問題と、実際の人体の機能とにはやや隔たりがある、というのは医療関係者の間でも言われているところらしい。
断頭されたあとに声に反応して瞬きしたという実験結果などが残されていたり、死亡とみなされる状況でも脳はまだ生きている可能性はあるのだ。
もちろん、そこからの蘇生は不可能と言っていいほど困難なので、死んでいると言っても過言ではないが。
アナスタシアは恐らくその状態にあった。
体は死に、脳も死につつあった。しかしまだ死んでいない。そういう微妙な瞬間に、レナータの施術により脳機能が保護され、そして疑似体液が損傷を補完し、代替するようになった。そこで脳機能が回復し、意識を取り戻したのではないかと。
「つまり?」
「法的には、死亡届を出していないので、生きてます。医学的にも、多分」
「多分なの? あたし、ちゃんと話せるし、ぴんぴんしてるわよ」
「勇者様も一見そんな風に見えますよね」
「ああ……死体細工とかいう奴なんだっけ、こいつも。気づかなかったわ。なんて精巧な演技なのかしら」
「本当に興味なかったんですね…………じゃなくて、つまり、演技でもバレなかったら、生きてるのと変わらないんです」
「う、ん?」
それはつまり魂というものの扱いだった。
魔法使いや神官、目に見えざる力や奇跡を扱うものにとって、また素朴に神を信じる者にとって、魂というものはあって当然という思いだ。悪霊が出ると聞けば、未練を抱いてさまよう魂を思うし、腐肉を引きずるアンデッドが出ると聞けば、けがされた魂を憐れみもする。
しかし、魂というものは目には見えない。
触れることもできない。重さもなければ、影もない。
あるということになっているけれど、それがなんであるかは誰も知らない。
「つまり、同じように動いていたら、それが本当に本人かどうかを判別する手段は、普通はないんです」
「まあ……でも、死霊術師は霊とか魂とか扱うんでしょ?」
「うぐ……まあ扱えますけど、違うというか」
実際、レナータも高価な補助器具は必要だが、
アナスタシアに自発的な意思があるだけでなく、個人の霊なるものがあることも、確認済みだ。
しかし、それ以上はできないのだ。
ただ霊あるものでなく、個人の人格を有するとされる霊なるものを扱うことはできない。
「人格ある個人の霊なるものを扱うのは死霊占い師の仕事であって、操屍術師の仕事じゃないんです。操屍術師も低級の雑多な霊なるものや人工精霊とかは扱いますけど、でも死霊占い師以外が人格ある個人の霊なるものと語らうことはしちゃいけないんです」
「死霊術師なんでしょ? 一緒じゃないの?」
「ちーがーいーまーすー。資格が違うんです。できてもやっちゃいけないんです。法律で決まってるんです」
そう言われれば、アナスタシアにもなんとなく分かった。
つまり
アナスタシアも魔法使いと世間的には言われるが、持っている資格は魔法士、乙種危険魔法取扱者や中域魔法第二種免許などだが、もしその資格で許されていない魔法を使おうとしたら、アナスタシアは罰せられるし、場合によっては免許も
まして他の人間に確認しようのない事柄であれば、無資格者の発言には何の根拠もないことになる。
そして肝心の正式な死霊占い師は極めて少ない上に、政治的理由から死霊占いの許可はまず下りない。
また、正当な手段でもって見てもらったところで、それ以前のアナスタシアの霊なるものを知っているわけではないのだ。
それが人間の霊なるものだということはわかるかもしれないが、以前からと同じ、本人の霊なるものであるかどうかなんて誰にも確かめようがない。記録がないのだ。少なくない時間を過ごしてきたレナータだって、こうして改めて機会を設けなければ霊なるものを観測することなどなかったのだから、いよいよ本人の自己申告しかない。
そしてどれだけ自然に会話して、生きているようにふるまっても、窮極的にはそれが機械的な反射の積み重ねであるのか自発的な意思によるものなのかは区別がつかない。
そもそも霊なるものは霊なるものであって、
さらに言えば霊なるものなどという曖昧な呼称も、おそらくそれが我々が古来から霊とみなしてきたものなのだろうという推量から仮にそのように呼んでいるだけに過ぎないからなのだ。霊ではない。霊なるものなのだ。
なので、アナスタシアが本当は生きているにしろ死んでいるにしろ、それを証明する手段が実質的に存在しないのである。
「その法律で言うと、届け出なしで当人の承諾もない死体細工とやらを作ったりするのはアウトじゃないの」
「うぐ」
そもそも人間のようにふるまい人間を装う死体細工は違法である。レナータは現状、合法な点の方が少ない。
「まあいいわよ。おかげで助かった……のよね? まあ助かったってことで」
死体細工、なんて物騒な名前ではあるが、アナスタシアの感覚では、生きている時と何ら変わるところはない。むしろ調子がいいと感じるくらいだ。肩こりや手足の冷えも治ったような気がする。
魂とか霊なるものとかはわからないが、少なくとも意識は自分のままだ、と思う。ならばそれでいいのだろう。
「でも、これ、公表は、その、できなくてですね」
レナータはなんかもっちゃりした半笑いを浮かべた。
命にかかわる緊急事態であり、使える技術が他になかったということで、緊急避難は認められる。しかしその技術は医療用などではなく、生きた人間に対して使用することを認められていない。少なくともレナータはその点で罰せられるだろう。
そしてアナスタシアにしても、本人証明ができない以上、その立場は危うい。生きていると扱われるようであれば、あくまでもこれは義手や義足のような補助であるということで、人権は保障されるかもしれない。
しかし死んでいるとなれば物扱いだ。人権などない、単なる動産扱いになる。しかも違法の。少なくとも脳にまで加工がおよんでいる以上、それは脳の損傷、つまり死とみなされる公算が大きい。
「疑似体液が体を動かしてるので、そちらが主体ととられかねません。いまはアナスタシアさんが頭で考えて出している指示を疑似体液が受け取ってる形ですけど、わたしが指示を出せば疑似体液はそちらを優先するので」
「えっ、つまりあたしあんたの操り人形状態ってこと?」
「し、しませんよう。操屍術師は人権に細かいんです。法的にはともかく、自由意志を持つ主体を操るのは信条に反します」
「うーん……」
アナスタシアはわかったようなわからないような気持ちで、レナータをぼんやり見下ろした。読者の皆様もおおむねなに言ってんだろうというお気持ちであろう。
つまり気にしなくていいこだわりである。
とにかく、自分が非常にシビアなところで存在しており、公表しても何一ついいことがないというのを理解したアナスタシアは、かわりに目下のところ気になっている疑問を口にした。
「それにしても、今日はやけにお喋りしてくれるのね」
「ふぇ?」
「いつもはこう、少し俯いてなんかもっちゃりした半笑いでもごもご言うだけじゃない」
「うぐ。ま、まあそうですけど、あれはその、生きてる人が苦手なので……」
「今のあたしは死んでるから大丈夫って?」
「それもありますけど……疑似体液に指示を出すために、わたしと念でつながってるんです。なので、なんとなくアナスタシアさんの雰囲気とかが伝わってくるので、いまはあんまり怖くないんです。生きてる人は何考えてるかわかんないけど……」
言われて、アナスタシアは自分とレナータの間に、確かに何か感じられるものを見つけた。それはレナータだけでなく、アネモネの死体細工や、狼の死体細工、猫のぬいぐるみとの間にもだ。いま彼女の体内を満たしている疑似体液とやらが、何かしらの方法でつながりあっているらしかった。
「うーん……つくづく惜しいというか……」
「な、なにがですか?」
「あたし、話があるっていったじゃない」
「え? あ、はい、そうでしたね」
そもそもアナスタシアがやってきたのは、レナータと話をするためであった。
「あのね、あたし、あんたをうちの商会に誘いたかったのよ」
「…………にゃ?」
「死霊術師よ? ああ、操屍術師だっけ。しかもその若さで国家資格とか持ってるっていうのよ。実際に死体細工とやらを作ってるのを見て、ティンと来たわね。──これは儲かるって」
死霊術師は確かに外聞が悪い。スポンサーやファンから突っつかれているのも事実だ。
だがそれは、つまるところ未開拓の分野とも言える。
例えば死体細工のもたらす利益は計り知れない。売り出し方次第では嫌悪感を押さえつつ大規模な流行に育て上げることも夢ではない。その副産物もいかようにでも売り出せる。
そしてそれを生み出す死霊術師は、いかにも庇護欲を誘う小柄な娘であり、その扱う死体細工は花の香りをさせ、清潔感を感じさせるものだ。従来の腐りかけの死体が動き回るといった悪印象を拭い去るのは難しくない。
さらには、これは難しいところであるが、アナスタシアが偶然にも身体で証明したように、死者の蘇生や、不老不死といった権力者が常に求めるような領域に足を突っ込みかけているのだ。危険なネタではあるが、やりようによっては莫大な富につながる。
そしてそのやりようを好きなように選べるのが、アナスタシアの太い実家であるところのカンバック商会なのだ。
受け入れられるまでには確かに時間がかかるだろうから、人前で活動し、人気が即座に響いてくる勇者隊で抱え続けるのは難しい。なら一度除隊して、商会に異動して裏方で働いてもらいたい。
勇者隊で働こうと、商会で働こうと、どちらも最大のスポンサーはアナスタシアの父なのだ。どちらでも困りはしない。
商会で宣伝を続けるうちに世間の死霊術師への忌避感が薄れてくるようであれば、改めて勇者隊に戻ってきてもらってもいい。
アネモネ隊の財布を預かるアナスタシアにとって、これは解雇通知でも何でもなく人事異動に過ぎないのである。
将来性のある商品であり、アネモネ隊においても非常に助かるサポート役であり、個人としてもなんだか放っておけない庇護欲を誘う娘なのである。アナスタシアにレナータを手放す気など毛頭なかった。
「えええええ? じゃ、じゃあ先に言ってくださいよう」
「悪かったわよ。でもそうもいかなかったの」
レナータの貧弱なメンタルは大いに傷つけられたが、アネモネへの解雇通知は、ひとの目に触れるところで行わなければならなかった。
後ほど公式に広報するとしても、早い内に死霊術師がアネモネ隊から抜けるという情報を流しておくことはアネモネ隊の人気にかかわる。恐らくあの酒場にいたアネモネ隊を知るものは、すみやかに噂話を広めてくれたことだろう。そしてゴシップ屋がいればそれはさらに広まる。手軽で安い広告だ。
それと同時に、レナータへの勧誘は人目のないところでしなければならなかった。
結局アネモネ隊との関係が切れないのであれば、不審は続く。
また、勧誘する上で死体細工などの死霊術を利用したいということについても触れなければならない。将来的に流行は作り出すつもりだが、世間の死霊術師へのイメージがマイナスである現状、それを商売に取り入れたいなどと大っぴらにするわけにはいかなかったのだ。
確かにレナータには酷な話をすることになるし、ひどくショックを与えることにはなるだろう。しかし、もしレナータが事前に知らされていたら、とてもではないがこの不器用な娘は、あれほど自然な反応はできなかったことだろう。
そのあたりは、後から十分に甘やかしもといフォローしてやるつもりだった。その方が依存も強まるだろうしという目論見もあった。
これはグレナデンやルネーも理解を示すところだった。
自分が一度死んでしまうなどという大きなアクシデントはあったものの、アナスタシアはこれを奇禍と見るよりも、奇利や僥倖とみなした。思いがけない幸運がめぐってきたのだと。
アネモネ人形から離れられない以上、除隊の予定は変更せざるを得ないが、しかし商売上の契約よりもよほど強い鎖で縛りつけられる。
「こうしてとんでもない秘密まで共有して、あたしの体はあんたのメンテナンスなしじゃ生きられないことになって、ほら、ますますあんたを手放すわけにはいかなくなったわね」
にっこりと、アナスタシアは凄味のある笑みでレナータを抱き寄せた。
「こうなったら、あたしのために徹底的に稼いでもらうわよ。なにがなんでもアネモネとあたしの体のことは誤魔化し通す。いいわね」
甘い花の香りがする豊満な胸にうずもれながら、レナータは必死でこくこくと頷いた。
アネモネの死体細工がそれをにこにこといつまでも眺めている。
花の香りに包まれて、レナータは困惑した。
なぜこんなことに。
やらかした死霊術師は、もはや逃げられそうになかった。