死霊術師(ネクロ)ちゃんピンチ! 作:段々剃刀
・レナータ・ハーカー
女死霊術師。倫理観に問題がある。
顔がいい厄介な女に囲われている。
・アネモネ・リターナー
女勇者。倫理観がふわっとしている。
顔がいい厄介な女。
・アナスタシア・カンバック
女魔法使い。倫理観は商売でよく使っている。
顔がいい厄介な女。
・グレナデン・ド・レジュレクシオン
女騎士。倫理観は状況判断による。
顔がいい厄介な女。
・ルネー・ルネサンス
女神官。倫理観に自信がある。
顔がいい厄介な女。
ゾンビどころかもっとおぞましい何かにされてしまっていることに気づいてしまったアナスタシアは、幸いにもダイスロールに挑む前にしあわせにされてしまい、全ては有耶無耶に流された。
それってつまり正気度が大分下がっているのではという気もしないではないが、そもそも倫理観の欠けた連中なのだから今更かもしれない。
今度はどんなイカレたメンバーを紹介してくれるのかなというところである。
木賃宿での朝食は、意外と豪勢になった。
昨晩の残りに硬いパン程度のつもりだったが、なんと大きなオムレツをごちそうしてくれたのだ。
なんでも今朝早く厩舎の馬が卵を産んだとのことで、食べ切れないからと分けてくれたそうだ。
この卵を鎚とノミでもって割り、溶きほぐし、芋や玉ねぎなどの常備菜の他、チーズも包んでじっくり焼き上げたものは、素朴ながらこの宿場で出せる中では最上等と言っていいご馳走だろう。
大鍋でもってたっぷりと焼き上げたオムレツは、全員に切り分けても結構な量で、レナータなどは半分ばかり健啖なグレナデンに食べてもらったほどだった。
その健啖なグレナデンはと言えば、さわやかな微笑みと洗練された作法でもって、手品か何かのようにぺろりぺろりと一人半前を平らげた。そしてそれでもやはり足りないので持参したオートミールを粥にして鍋から直接、これもやはり手品か何かのようにぺろりと平らげた。
決して行儀のよい振舞いではないし、いくら何でも食べ過ぎだが、顔の良さと微笑みのさわやかさ、洗練された手つきで何か誤魔化されている気がしないでもない。
「君はもう少し食べたほうがいいな。猫のように軽そうだ」
「食べ過ぎると頭が回らなくなるんですよう……」
顔はともかく、その優れた暴力を振るう肉体と健康を通り越して異常な消化器官はレナータの知的好奇心を大層くすぐる。そのうち腹を開いてみたくはある。いつかそういう機会が来ないかなとひそかに思っている。
それが念を通じて何となく感じられるので、アナスタシアは改めてこの娘にドン引きするのだが、レナータの方でもなんにでも値札をつけて金になるかならないかを考えているこの女にはたいがいドン引きしていたのでお互いさまではある。
レナータはグレナデンという女について、頼りにはなるしよくしてもらっているとも思っている。しかし正直なところ、個人的な面で言えば筋肉と消化器官のことくらいしかあまり興味を持っていなかった。
だがいつまでもそれだけというわけにはいかない。
交渉には、相手のことを知らねばならないのだ。
木賃宿を出て、午前中は昨日と大体同じだった。
体操をし、作業工程を確認し、危険予知活動を行い、装具点検を経て、暴力と殺戮に勤しむのだ。
昨日は小型で数の多い魔物がよく見られたので、アナスタシアがまとめて焼き払うことが多かったが、今日は大型の魔物がしばしば見られたので、グレナデンが活躍した。
狼の魔物の死体細工であるガブが先行し、それが見聞きしたものをレナータが報告する。それをもとに暴力の種類と殺戮の方法を選択する。その流れは一行の中で安定したルーティーンとなっていた。
「えーと……イノシシ、かな。イノシシの魔物です。一頭」
「距離は?」
「四十……ないかな、三十メートルくらい、です」
「グレナデン、いける?」
「やらいでか」
やり取りは簡潔であった。
レナータが方向を指し示すや、グレナデンの長身がぐんと押し出されるようにして力強く駆けだした。
行く手を遮る木々も、不安定な足場も、何の障害にもならぬと言わんばかりに、ずんずんと進む。
視界を大いに狭める兜をかぶっていても、その足取りにためらいはない。兜の左右にあしらわれた角が象徴するように、猛牛の如く駆け抜ける。
ましてその身を包むのは重厚な板金鎧である。
職人の手になる鎧は、素人が思うよりもはるかに静音性に優れるものだが、総重量三〇キログラム近くになる「着込む鈍器」をまとってなお
茂みを強引に踏破しながら、それでもわずかに十歩あまりでグレナデンは魔物に肉薄していた。
猪の魔物は、のんきに茸や団栗といった森の恵みを貪欲に食い散らかしていた。
瘴気に汚染された魔物は、汚染期間にもよるが、元となった生物よりも巨大化する傾向がある。
この魔物もご多分に漏れず、普通の猪より二回り以上も大きかった。
ただでさえ長身で、全身鎧を着こんだゴリラことグレナデンでさえ、この怪物に比べればか弱いお嬢様に見えないこともなくもない。ギリ。薄眼でぼんやり見れば、まあ、ワンチャン。
食事に夢中だったとはいえ、元より警戒心の強い猪の魔物である。さすがに力強い足音と茂みの荒らされる物音に敏感に顔をあげた。
そしてそれは手遅れだった。音というものは決断的な暴力の前では遅すぎるのである。
のっそりと持ち上げられた、杭のように太く鋭い牙を持った顔面に、グレナデンの暴力が一瞬の躊躇もなくねじ込まれた。
「──いざ尋常に、死ねィッ!」
「──ブギキッ!?」
拳である。
金属の塊で筋肉の塊を包み込んだ暴力の塊が、出会い頭の魔物の顔面を激しく打ち据え、頭蓋を歪ませ、牙の一本を圧し折った。騎士の鎧は単なる防具ではない。重量と硬度そのものが敵を打ち据える凶器なのだ。
それはほれぼれするほど堂々とした、騎士の礼儀たるアイサツとそれに続くすかさずの一撃、いわゆる
奇襲は騎士の習いであるが、その上でなお騎士道精神に基づいて正々堂々と攻撃を宣言することで、相手に抵抗の猶予を与えるのである。仮に相手が対応できず無様に打ちのめされたのならば、それはその者がそこまでの弱兵であったということであり、礼儀に背くものではない。
まして騎士どころか人間ですらないケダモノ相手となれば、これから死にゆく相手へのグレナデンのせめてもの手向けと言えるだろう。
戦鎚めいた拳の一撃が的確に脳を揺らし、猪の魔物はたたらを踏んだ。女は自身の何倍もの重量を誇るであろう怪物の足元を、平然と揺るがして見せた。
むろん、そこで終わりではない。
猛烈なアンブッシュに動揺し困惑した隙を見逃すほど、この暴力装置は甘くなかった。
殴り抜けた拳はその流れのままに、腰の剣に伸びている。
流れる水の如くするりと自然に引き抜かれた白刃が、一瞬木漏れ日の中できらめく。その輝きが、猪の魔物がこの世で最後に見た光となった。
魔物とて、当然のように反撃は試みた。
視界は揺れ、足元はふらつけど、その凶暴性はなんらかげるものではない。近くにはいるのだからとにかく暴れてやろうと、その硬い鼻づらでもって襲い掛かろうとはしていた。
しかしそれも無意味であった。一切の躊躇なき決断的な暴力が、大上段からの振り下ろしとなって猪の分厚い頭骨を鼻づらもろとも真っ二つに両断せしめていた。鉈で薪を割るがごとく、魔物の強靭な生命はたやすく奪われたのである。
アネモネ隊一行が後を追いかけて駆け付けた時には、グレナデンはとうに血糊をぬぐって剣を鞘に収めていた。湯気を立てる熱い血が地面にたまり、生臭い湿り気が朝の空気を濡らしていた。
それでいて本人は、返り血も浴びずきれいなものである。
「うむ。いい運動になった」
牛面を模した兜を脱いで、ふるりとひとつ頭を振れば、散る汗もきらりと輝く。
健康的で弾けんばかりのさわやかスマイルが炸裂していた。サイコパスかな。
この日の午前は、このようにしておおむね猛牛ゴリラ騎士の
死体細工のガブが魔物を見つけ出し、骨を投げられた犬の如く騎士が突撃し、粉砕する。
奇襲で片付かず長引いた場合は、偉大なる太陽神の奇跡に護られた聖ゴリラが追撃のメイスで粉砕する。
二頭のゴリラで片付かないということはあまりないが、あったとしても、後続の脳筋蛮族ゴリラーズが駆け付ければ死は確定する。逃れえぬ死だ。
この深度の汚染地域では、拙速であっても奇襲が一番手っ取り早いのだ。
「…………わたしとか片手で折りたたまれちゃうんじゃないですかね……」
「はっはっはっ。片手で抱きあげるくらいは簡単だな」
「え、えへへ……」
もとより力づくで言うことを聞かせよう、などというつもりのないレナータではあったが、こうまで圧倒的な力こそパワーを見せつけられると萎縮もする。最悪の事態に陥ったとき、頼れるのが相手の理性だけというのはあまりにも心細い。
誰だって安全の保証なしにゴリラと握手はできない。
ましてそのゴリラはイノシシの頭蓋骨を陥没させるのが趣味だとすれば、なおさら。
作業は順調に進み、街道に戻った一行は町に辿り着いた。
石造りの壁で囲まれた立派な町で、商人の馬車や、農民の荷車などが結構な列になっていた。
こういった人の目があるから、一行は森から出る前に、ある程度身なりは整えておく。そして行列を尻目に門へと向かい、勇者隊の証明である国定勇者指定証を提示して悠々とすり抜ける、のが普通ではある。
しかし残念ながらアネモネ隊には普通ではない死霊術師とその使役するアンデッドが含まれているので毎度の如くここでひと悶着だ。
各種証明書と許可証を提示し、ちょっとした額の
行列に割り込む形になるので、人々から若干の不満の目は向けられるが、勇者だと大々的に宣言すればそれを責めるものはいない。人によってはむしろ歓声を上げ、声援を投げかけ、歓迎もしてくれる。勇者というブランドにはそれだけの威光がある。
その威光に隠れて、挙動不審な死霊術師はこっそり町に入るのだ。
勇者の来訪は、小さな町ではすぐに広まる。
道行く人は口々にうわさし、声をかけてくるものも多い。
勇者に詳しいマニアたちは、訪れた勇者が誰であるか、勇者隊の面子はどうなっているのかも把握しているだろう。
「会えて光栄です、握手してください!」
「やあやあ、お話しするお時間を頂けませんか、少しだけでも」
「何か入用のものはございませんか。よろしければぜひうちの店に!」
単純な尊敬やミーハーな好奇心に沸き立つ人々、ゴシップや目新しい情報に飢えた記者、微笑みに隠した打算で誘いをかける商人たち。
それらをさばくのも、勇者隊の仕事と言っていい。人気商売である勇者隊にとって、民衆は顧客であり、市場だ。
「神官様! この子に祝福を!」
「いいのですよ。元気に育つのですよ」
「ル゙ネ゙ー゙ぢゃ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙ん゙ん゙っ!!」
「はいはい、悔い改めるのですよ」
「さあさ、折角おいでなら今日はアネモネ隊のことを覚えていってね!」
「わあ! きれい!」
「花火みたいだ!」
愛想のない神官ルネーも、声援にこたえて手を振り返すくらいはする。握手の求めに応えもする。その幼い容姿と冷ややかな佇まいはある種のギャップとなって一部の層に受けがよかった。
根が商売人であるアナスタシアなどは、宣伝の機会を逃さない。微笑みを振り撒き、華やかだが害のない魔法を披露し、打算には打算で返して値引き交渉もする。
「きゃーっ! アネモネさん! ファンです! 握手してください!」
「うん、いいよ。さあお手を、かわいいお嬢さん。どこかのお姫様かと思ったよ」
「もう私この手洗いません!!」
「こ、これ受け取ってください!」
「やあ、ありがとう。君だと思って大切にするね?」
「耳が妊娠する!!」
死体細工となっても、アネモネはアイドルさながらに民衆の声に応えた。
レナータはこれに関して特段の指示をしていない。というかできない。どう対応すればいいかなんて知らんからである。
にもかかわらずアネモネは平然とファンをメロつかせている。つまりは生前からの習慣に基づいて、完全に自動的に微笑みと愛想を振り撒き、黄色い悲鳴をあげさせているのである。
握手に応え、何なら肩も抱くし、プレゼントを受け取っては恐るべき近さで感謝の言葉をささやきかける。うら若い乙女だけがその相手ではない。男たちにも気兼ねなく接し、子供にも、年寄りにも、そのサービスは変わらない。
以前ならいつの間にか、その場の誰かと、あるいは複数の相手と消えて、逢引き宿でひと騒動起こして帰ってくることも珍しくはなかったが、いまはそれもめっきりなくなったので悪いうわさも流れない。
「グレナデン様ー!」
「応援ありがとう、素敵なお嬢さんたち。君たちの平和は私が守ろう」
「ぐ、グレ様、お花を、あっ──」
「おっと、大丈夫かな私のお姫様。気を付けて」
「はわわわわ!」
騎士グレナデンは、アネモネとは違う意味でアイドルだった。
兜を脱ぎ、汗に湿った髪を風に流すこの麗人は、その爽やかで凛々しい微笑みをもって乙女たちの道を盛大に踏み外させていく。アネモネのようにただれた関係にいたることはないが、それ以外ではアネモネ以上のサービスとも言える。
正真正銘の騎士が、その騎士ぶりをこれでもかと見せつける。そのうえ顔がいい。顔面の暴力だった。
いっそなれなれしいとも言えるほどに軽薄で親しみのあるアネモネに比べ、グレナデンは紳士的だ。物語の中の騎士のようだ。甘い言葉を吐き、即興で詩も詠んでみせ、膝をついて手の甲に口づけを落としさえする。
そんなグレナデンが用いる二人称は「私のお姫様」、「素敵なお嬢さんたち」だ。
甘くさわやかな微笑みの暴力は、筋骨隆々たるむさくるしい男どもも思わず「お姫様」にされるほどだ。
ぶっちゃけレナータにはアネモネとの違いがよくわかっていない。どっちも陽の者である。刺されたか、まだ刺されていないかである。
そうした一連のドタバタが過ぎ去るまで、レナータがどうしているかと言えば、気配を殺しモブになり切っていた。
最初の頃はどうしたらいいのかわからずアネモネにくっついていたが、そうするときゃいきゃいとかしましい陽の者たちに囲まれ、質問攻めにあってあわあわとしているうちに死霊術師だということが判明し、微妙な空気にしてしまっていた。
説明するのも手間だし、説明しても理解が得られることは少ない。
垢ぬけず、トークもできないレナータは、そうこうしているうちに「なんでこんなのが」という視線に負けてしまうのだ。
なので今ではそっと距離をとって観衆に紛れ込むことにしている。
全然馴染めず紛れ込めていないが、それでも中心地に入るよりはまだマシだ。
地雷ファッションのメンがヘラってそうな小娘にあえて声をかけるようなチャレンジャーは多くない。いたとしてもその隣にでかい狼が控えているのでいい人避けになる。それでもなお挑んてくるのは職質をしかけてくる官憲かマジでやばいチャレンジャーなので、すぐに勇者隊の誰かに助けを求めるのが最善だ。
職質はもう飽きるほど受けたが、いまだに慣れるということはない。
一通り歓迎という名の騒動が落ち着いた後の流れは決まっていて、宿をとって食事をし、あとは自由時間だ。
勇者はその特権の一つとして、町長など代表者に宿を求めることもできるが、アネモネ隊がそうすることは少ない。町長が勇者好きで誘われることもあるが、それ以外は市井の宿をとる。権力者の屋敷は居心地がいいが、自由は減るし、宣伝の機会を失うからだ。
できるだけ多くの人に顔をさらし、覚えてもらい、その働きぶりをアピールする。そのことで勇者隊としての評価が上がり、評定にも関わってくる。つまり国からの支給額に出てくる。
宿を取ったり、商店で買い物をすれば、うまくすれば値引いてくれることもあるし、勇者効果で客の入りがよくなれば評判も良くなる。
評判がよくなれば仕事も多く入ってくる。
特に目立つところのない地方の町や村では、勇者の来訪は地域の活性化にもつながるイベントだ。
(本当に、そう言うところアイドルだよなあ)
レナータなどはぼんやりとそんなことを思ったりもする。
いわばこれは営業なのだ。
アネモネ隊は女性だけで構成されているが、男女で構成された勇者隊や、男性だけで構成された勇者隊でも、やり方は違えど営業が必要なことに変わりはない。
魔物の被害が直接的である外縁部の人々にとって、勇者とは具体的な希望であると同時に、華やかで心躍るイベントなのだ。見えないところで魔物を駆除して平和を守ってくれるという安心以上に、目に見えたせいかとしての存在感、安全を保障する煌めき、そういったもの。
「酒と宴は公共福祉、ってやつなのかなあ」
酒に酔い痴れ、宴を楽しんでいる間は、盲目的に日々を過ごせる。
この言葉は元は民衆の政治的無関心を揶揄するものだったが、勇者もそれと同じだ。
人々は世界が脅威に満ちていることを漠然とは認識している。しかし勇者という華やかな輝きが、その恐怖を薄れさせ、平和というものにひたらせる。
事実、レナータだって、アネモネ隊に入るまで、勇者の仕事を、つまり暴力と殺戮の繰り返しを理解していたわけではないのだ。
勇者という輝きのもたらす明と暗、その暗がりの方に紛れて、レナータはげんなりとため息をついた、
知れば知るほど勇者隊というものは魅力的な職場ではない。それでも、もはやどうしようもなく後には引けず、勇者隊に残れるように努力しなければならないのだ。命がかかっている。
しかしそれにしても、ではある。
死んだ目をして、焦点をぼやけさせながら眺める先では、夢見る乙女の夢そのものというか、夢からまろび出てきた奇跡というか、目にも見えそうな輝きを振りまく騎士様の姿。
歴とした貴族令嬢であり、騎士として武芸だけでなく礼儀作法も身に着けた貴人である。
それもさわやかな笑顔を振りまくだけでなく、何かあればアナスタシアと並んで交渉も担当する、自称粗忽ものの口も頭も回るハイスペック。
そんな相手をこれから説得しなければならないというのは、胃が痛くなる思いだった。
しかしレナータが覚悟を固めるという名目でダラダラと時を過ごすことを世界は許さないようである。
「レナータ。良ければお茶でもどうかな」
「えっ」
「新鮮なイチゴを食べさせてくれる店があるというんだ。是非」
ほろ苦くも鮮烈な山菜に舌鼓を打った昼食後、そそくさと日陰に潜り込もうとしたレナータは、光の騎士に先回りされて
良ければ、などと口では言っているが、さりげなく肩に手を回して逃げ場を塞ぎ、旬の果物で甘味に飢えた死霊術師を惑わすのだ。なんたる迅速にして周到な作戦であろうか。
至近距離で白い歯をきらめかせる顔のいいゴリラに、レナータも思わずくらりとくる。旬のイチゴはレナータの愛するところであった。
とはいえ、無職で追い詰められて躁鬱に悩んでいた頃ならいざ知らず、誰かと二人きりで喫茶店へなどというのはしらふのレナータにはあまりにも荷が重かった。同じ勇者隊の仲間とは言え、どちらかと言えばこの光り輝く陽の者には苦手意識さえあるのだ。とける。とけてしまう。
「ちょっと待って。あたしもお邪魔するわ」
「フムン。お前の手番は済んだと思っていたが」
「アドバイザーよ、アドバイザー。この子が一人でお話しできるわけないでしょ」
「すっかり保護者顔というわけだ」
頭が真っ白になりかけたレナータの放った救援信号に、アナスタシアが駆けつけた。
顔のいい豊満なお姉さんと、顔のいい凛々しいお姉さんが、レナータの頭上で視線を交わし合った。
「いいだろう。その方が、話も進めやすいだろう」
「もちろんあんたの奢りね」
「構わないさ。かわいいものだ」
アナスタシアの露骨な舌打ちにも、グレナデンは微笑みを崩さなかった。
大人の余裕という奴だろうか。あるいは、陽キャってコミュニケーション能力高そうに見えてわりと人の心理解してないところあるし、もしかするとそっちかもしれない、などとレナータは失礼なことを考えていた。
グレナデンがファンから教えてもらったという喫茶店は、落ち着いて洒落た雰囲気で、レナータ一人であればまず入らないような店だった。ハードルが高すぎる。
グレナデンも、アナスタシアも、極めて自然体で、レナータばかりが借りてきた猫のように固まっていた。
鎧を脱ぎ、見るからに質のいい詰襟に着替えた女騎士も、普段からお洒落さんの女魔法使いも、店の空気によくなじむ。挙動不審な地雷ファッションの目の下にクマの浮かんだ女の方がおかしいのだ。
逃げたい。逃げ出したい。
しかし壁際の四人掛けテーブルの奥に追いやられ、壁とアナスタシアに挟まれて逃げようがない。真正面に座ったグレナデンの視線を防ぐ術がない。
「アナスタシアとはもう話したのだろう」
「えひゃっ、あっ、はひっ」
「そしてどうやら悪くない手ごたえだったと。違うかな?」
「え、あのっ、あっ、そのですねっ」
「別に話してもいいわよ。うちの商会への引き抜きは断られたわ」
「ほほう?」
「勇者隊に残りたいんですって。それで、あたしもそれを支える方向で考えてるわ」
グレナデンは意外そうに首を傾げた。
「意外だな。外聞が一番響くのはお前の商会だと思ったが」
「いずれうちの商売に組み込むにしても、死霊術の偏見を減らすなら、勇者隊で広告塔として活躍するのが一番なのは確かだもの。それに」
「それに?」
「ほだされちゃったら仕方ないじゃない?」
「成程、それは。フムン。仕方ない」
なんだか妙な納得をされて、横と正面から何とも微笑まし気な視線を投げかけられる。レナータは尻のすわりの悪さを覚えた。手の中では
おすすめだというハーブ・ティーに、つやつやと輝くたっぷりのイチゴが乗ったタルト。
宝石のようにきらきらした見た目だけでなく、ころんころんと綺麗な丸みを見せるイチゴはきっとたまらない味わいだろう。その甘酸っぱさを思うだけでレナータはしあわせな気分になる。
こんなシチュエーションでもなければ。
フォークを手に取ることもできないままレナータは視線をテーブル上に彷徨わせた。
隣のアナスタシアから、リラックスするようにというような呆れた念を感じるけれど、そうできれば苦労はない。
「すでにアナスタシアから聞いてはいるだろうが、私もまた、君に勇者隊を脱退して欲しいと思っている」
逃げ出したい気持ちでいっぱいのレナータの挙動不審っぷりを気にした風もなく、むしろいつくしむように眺めながら、グレナデンはゆっくりとした口ぶりで語り始めた。
正直なところ、レナータはこの低く落ち着いた声がどうにも上滑りする。いい声だとは思う。滑舌もいい。しかし本心から興味がない。上流階級の人間の価値観が理解できない。なので聞きたくない。関わり合いになりたくない。
しかしさすがに自分の関わることとなるとそうも言っていられない。すぐにそれそうになる意識を、必死でつなぎとめる。
「理由も同じだ。外聞、世間体、言い方はなんでもいいが、死霊術師というのは聞こえが悪いということだ。アナスタシアの場合がスポンサーを気にするように、私の場合は実家が問題だ」
「じっか……ご実家、です、か?」
「そうだ。我が家は……レジュレクシオン家は、それなりに名のある貴族だ。ただ時を重ねただけとはいえ、それは界隈では由緒あるとか伝統あるとかいう風に翻訳され、ひとかどの名門扱いだ」
そう言われてもレナータにはピンとこない。養父であった師匠は貴族とも付き合いはあったようだが、レナータ個人には貴族というものは縁遠いものだ。
アナスタシアもそれを察して、横から耳打ちしてくれる。
「レジュレクシオン家は大開拓時代に名をあげた武門の家よ。当主は一等国士……一言で言って、大貴族ね。大領地に
「大領地と言っても、広いだけの田舎だ。住民より、牛の方が多いかもしれない」
多分それはご当地ジョーク的なものだったのだろう。アナスタシアは聞き飽きたというように肩をすくめ、レナータは反応に困って引きつった半笑いを浮かべるにとどめた。言い出したグレナデンは心臓が鋼鉄で出来ているのか、全く気にもしない。
「まあそれでも良家と言えば良家で、私などはずいぶん遊ばせてもらっている分、強く言われると逆らいづらくてな。つまり、勇者隊で騎士ごっこなどするのは構わないが、つるむ相手は選べというのさ」
「えっ、と……そう、なんです、ね」
「貴族が必要以上に勇者隊を贔屓にすることは、指定勇者制度の公平性を侵害する……まあつまりは貴族の私兵になりかねないからよくないんだが、それでも娘の私が所属しているから、『お小遣い』をいくらか寄越してくれている」
「はー……貴族もお小遣い、貰うんです……ね?」
「その『お小遣い』、うちの支援金の四割になるのよ」
「うえぁっ!?」
勇者隊は公務員としてて国家から賃金を得ている。しかし、国税から絞り出されるそれは決して多額とはいえず、多くの勇者隊はスポンサーをつけて支援金を募り、宣伝や便宜をはかることと引き換えに収入を得ている。
アネモネ隊の場合、アナスタシアの実家であるカンバック商会がなんとしても筆頭スポンサーとなるため全体の五割の資金を援助してくれているが、それとてレジュレクシオン家がぽんと大金を積んでこなければ出さなくてよかった出費である。
「はっきりそう言ってきたわけではないが、私の交友関係に問題があるようなら『お小遣い』の減額も考えていると、そうほのめかしてきたよ」
貴族による過剰な支援は勇者隊の「民衆のための行動」を縛りかねないとして法的にも禁じられているが、しかし「寄付」というものは持てる者の義務であり、家格の見せ所でもある。そのためあまりに露骨な私兵扱いでもなければ、貴族が勇者隊に「寄付」し、勇者隊がその「恩義に報いる」ことは止められないというのが実情でもあった。
レジュレクシオン家はいままでそういった要求をしてきたことはないが、それは本当に娘のグレナデンに対する「お小遣い」でしかなかったからだ。
そしてその娘が困ったちゃんであるならパパお小遣い減らすからね、となったところで誰も文句は言えないのである。
文句は言えないが、しかし仮に『お小遣い』が全額カットとなり、支援金の全体の四割が失われれば、アネモネ隊の行動はかなり縛られる。
さらにレジュレクシオン家の支援金がなくなれば、カンバック商会も無理をせずとも筆頭スポンサーの地位を保てるので、支援金を減額することはあり得るだろう。
そうなれば支援金は四割減では済まない。いまのような比較的快適な旅は送れなくなるだろう。
そして健啖な、健啖すぎるグレナデンの食料を賄っていたのはまさにその支援金なのである。支援金が大幅減額となった場合、グレナデンは文字通り食べていけなくなって、勇者隊を続けていくことは難しい。
おまけに「バックに貴族がついている」といういわば「ケツ持ち」としての機能が期待できなくなり、面倒な因縁をつける輩が増えるかもしれない。
レナータは確かに役に立ってくれているし、勇者隊の負担は大きく減った。しかし、グレナデンはアネモネ隊の主力である。メイン火力である。切り込みゴリラである。実家も太い。太すぎる。
役には立つが今までなくてもなんとかなっていた死霊術師と、殺戮のスコア数にも隊の活動にもはっきりと影響するメイン・ゴリラ。どちらを残すかと言えば、考えるまでもない。ましてそこには露骨な支援金の差も出るのだ。
アナスタシアもそれがわかっているから、苦虫を噛み潰したような顔をしてタルトをフォークで解体している。
金勘定に詳しくなく、貴族というものにも疎いレナータでさえ、これをひっくり返すのは難しい、と言うよりはっきり無理ゲーではと引きつるほどだ。
「だが、私が勇者隊などというやくざな……いや、失礼、
「…………えっ?」
あまりにも都合のいい言葉が降ってきて、レナータは困惑した。
思わず顔をあげた先では、きらりと白い歯を見せる爽やかな微笑みが、レナータを見下ろしている。
そのまなざしは、レナータをまっすぐに見つめるまなざしは、ほとんど
「正直なところ、私はその方が話が早いと思っただけで、別に君が勇者隊に残っていたところで特に問題はないんだ。父に送る手紙の文面が変わるだけさ。もし君が私の誘いを受けてくれれば、私は君の残留を喜んで応援するよ」
「え、えと、えー……えっと?」
「……まあ、聞いてやりなさいよ。あたしはこいつの言うこと理解できないから」
「ええー……?」
追いつけない。思考が追いつけない。そこにアナスタシアがさじを投げたように言うものだから、いよいよもってわからない。
「え、えっと、その、聞くだけでしたら、とりあえず……」
グレナデン・ド・レジュレクシオン。
貴族にして、騎士。
民衆に剣を捧げる、勇者隊の一員。
凛として麗しき気高き華。
彼女は凛々しく清々しい微笑みと共に、死霊術師に告げる。
その言葉とは。
その真意とは。
「そうか。では素晴らしい提案をしよう────君も妹にならないか?」