死霊術師(ネクロ)ちゃんピンチ! 作:段々剃刀
・レナータ・ハーカー
女死霊術師。倫理観に問題がある。
死体に狂っている。
・アナスタシア・カンバック
女魔法使い。倫理観は商売でよく使っている。
金に狂っている。
・グレナデン・ド・レジュレクシオン
女騎士。倫理観は状況判断による。
妹に狂っている。
ゴリラ担当の顔のいい厄介な女こと脳筋イケメンシスコン女騎士グレナデン。
序盤で出してくるべきではない重めで歪な回想にドン引きする二人。
この物語にまともな女は登場しないのか(しません)。
あまりに厄介な女っぷりに、思わず口を滑らせてしまった地雷担当の厄介な女こと女死霊術師レナータは、なし崩しに全ての悪事を白状する羽目に。
これで話がこじれたらもう
駄目な方向に覚悟を決めた時、女騎士はとんでもないことを言い始めたのだった、というところである。
「
「…………………………は?」
百合レーベルで顔のいい女がシェアハウスを提案してくるような、まるで当たり前のような空気で、顔のいい厄介な女が何か言い始めた。
これには毒ガス散布という書籍化で真っ先に削られそうな覚悟を決めたレナータもびっくりして固まってしまうほどだった。例え敵役でもセンシティブすぎる戦法は未然に阻止されたのだった。
「えー……あの?」
「ちょ、ちょっと、あんたなに言ってんのよ!?」
「なに、仮死状態のお前でもできたのだ。生きている私にも施術できるのだろう?」
「にゃー……できる、は、できますけどー……うににー……」
「ああもう、そう言う問題じゃ……ってレナータあんたそれどういう顔なのよ?」
突然の言葉に驚きはしたものの、軽いショックが抜けてみればレナータはすぐにも冷静にグレナデンの提案を受け止めることができた。
だからこそ、レナータは困っていた。ある瞬間には、顔の半分は笑っていて、もう半分は困っているような、またある瞬間には、目を大きく見開かせながら唇を尖らせ、そしてまたある瞬間には眉をひそめて視線を激しく彷徨わせたりと、目まぐるしく動き回る表情筋はちょっと画面に映せないような有様である。
倫理観に問題のある
「えへ、えひぇへぇ、にゃっ、いえ、ぎ技術的には不可能ではなななないんですけど確かに仮死状態とはいえアナスタシアさんでもできましたしでもでもあれは実質死んでたっていうかそのままだと死んでたし死亡診断も出したからであって技術的にだけじゃなくて法的にもぉ結果としては緊急避難的な言い訳がででできるかなあって感じでしたけどでもあのあのえとふひっいきっ生きてる人生きてる人間さんにですね施術するのは倫理的にもアウトっていうかですね」
「私の同意があれば問題ないだろう。必要なら同意書も書こう。公証人を呼んでもいい」
「ふにゃーッ! ふひーひひッ
「急に意識高いのなんなの」
レナータが顔面崩壊して興奮するのも無理もない。いや無理か。ちょっと常人の感覚ではない。
生きている人間に操屍術を用いる、というのは操屍術師ならだれでも一度は妄想することだが、当然のように法的にも倫理的にも問題があるのだ。
レナータが普段からやっているような、応用としての医療行為であれば、医療資格持ちであれば問題ない。しかしそれが「生きたまま動死体にする」というレベルまで行ってしまうとグレーを通り越して完全にアウトなのだ。
だから一般的、常識的法意識と倫理観を持ち合わせている人間は妄想の中だけに留める案件だ。
やってみたい。どうなるのか知りたい。そういった探求心と好奇心は、常識のもとに押さえ込まれるべき感情だ。
その点、レナータの倫理観はいままでの行動からもお察しいただけるように、いささか問題がある。自分を優先する利己的思想の持ち主であるし、やらかした際も保身を第一に考えてなんとかインチキできないかと頭を巡らせてきた。
そもそもまともな人間であればこんなピンチ続きになど陥っていない。
そこに本人からの同意付きで魅力的な提案がされたのだから、レナータのただでさえ貧弱で貧相な倫理観はもはやぼろぼろだ。死後の検体でさえ同意してくれる人は少ないのに、生きたまま動死体に加工してほしいと自ら志願してくる検体など滅多にいない。
いまもなんとかインチキできんかなと思考を巡らせているのだろう。
一応倫理や法を口にするが、その性根は真面目系クズと言って差し支えない。
やれるならやりたいというか、やるのがレナータだった。
「ちょっちょちょちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「なんだ。お前もあれだけ称えていただろう」
「そう言う面もあるけど、でもそれだけじゃないっていうか……!」
しかしここでストッパーとなってくれるのがアナスタシアである。
勇者隊のメンバーを堂々と「商品」と言ってのける歩く資本主義みたいな女であるが、商業というものは意外にも倫理や道徳というものが大事なのだ。なにせ主な顧客は常識的な倫理観と道徳観を持ち合わせているのである。
それに法令順守も大事だ。法の穴をつくには法に詳しくなければならない。
結局のところ自分だけズルして儲けようとすると破綻するのが商売であり、じゃあどうするかというと
だからみんなで協調して
道徳って何だっけ。
しかしそれでもこの女は比較的倫理的な人種なのである。当隊比。
まあそうでなくても、アナスタシアはグレナデンに先立ってレナータの施術を受けた
自分が被害に遭ったのだから他のやつも巻き添えにして自分と同じところまで落ちてもらおう、というほどにはアナスタシアのメンタルはどん底ではなかった。
「そりゃ、あたしも前向きに受け止めたいから、いいとこばっか言うけど、でもそれだけじゃないのよ。まず、そもそも違法なのよこれ。生きてる人間に使っていい技術じゃないの。施術するレナータだって犯罪だし、施術させるあんたも犯罪者になっちゃうわよ」
「バレなければ犯罪ではない、などと言うつもりはないが、お前も忘れていないか」
「あによ」
「私は貴族だ」
アナスタシアの口から思わず口汚い言葉が飛び出たが、そうなのである。
この脳筋ゴリラ担当の顔のいい暴力装置は、実は貴族の娘なのである。郷士として分家を興す資格もあるし、騎士の称号も持っている。
そしてこの国では法は権力より下にあるのだ。というより、裁判権も司法権も権力者の手の中にあるのだから、よほど大々的に悪事が知れるか、同レベル以上の相手から訴えられなければ、胸三寸で片付く話なのである。
「そして貴族としての権利は、
グレナデンはアネモネ隊におけるあらゆる後ろめたいことをもみ消すことを笑顔で宣言した。
ちゃちな犯罪ならともかく、さすがに指定勇者の死亡に関する欺瞞や、その死体の改造などをはじめとした勇者関連の犯罪は、もしも露見した場合、一等国士と言えど家門そのものに影響を及ぼしかねない厄ネタだ。
だからこそグレナデンとしては
グレナデンが勇者隊を続けようとするならば、もとよりこれら一切合切は
なので、グレナデンが自分の保身だけを考えて「
もちろんアナスタシアも少し考えればそこに思い至るが、それでもいい気持ちはしない。
アナスタシアはグレナデンに対して格別の好意を抱いているわけでもないが、しかし別に嫌っているわけでもないのだ。ともに旅をし、同じ部屋で眠り、パンを分け合うような日々を過ごせば、それなりに親しみも湧く。
まして命がけの戦いで背中を預け合えば、名前のない情も湧く。
アナスタシアのようにそうしなければそのまま死んでいたという緊急避難でもない。
健康な人間として生きている仲間を動く死体に作り変えるというのは、アナスタシアの中の道徳観念が居心地の悪い思いをするには十分な事案だった。
「あたしもまあ持ち上げちゃったけど……なんでまた死体細工になりたいなんて思ったのよ」
「そうだな。単に便利そうというのもあるが……確か、死体細工とかいうのは、念話とやらで思考をつなげられるのだろう?」
「あー、まあ。便利っちゃ便利だけど、でもこの子に心をのぞかれるかもしんないのよ?」
「それだよ」
首を傾げる二人に、グレナデンは寂しげに微笑んだ。
「私は言葉にしてみるまで、自分がなぜ妹を求めるのかという簡単なことからさえ目を背けてきたような臆病者だ。その上、自分の気持ちを言葉にまとめることさえうまくはできない。だが、心をつなげて、心を直接見てもらえるならば、あるいは私にもわからない私自身を教えてもらえるのではないか、とな。そんなことを思ったのさ」
それは、まっとうとは言えないのかもしれない。
自分の心を見てもらうために、生ける屍になろうなどというのは、とても正常な考えではないのかもしれない。
しかしグレナデンは本気だった。本心から、彼女はそれを望んでいた。
自分ではどうすることもできなかった、どうしたらいいのかもわからなかったこと。それを解決する手段として、一縷の望みを託していた。
馬鹿なことをと。
よく思い直せと。
そう言うのは簡単だった。
しかしアナスタシアはできなかった。
あるいはアナスタシアも同じだったかもしれないからだ。
アナスタシアは弟のおかげで自分というものを、その値段を見出すことができた。
けれど少し違っていれば、彼女もまた自分を名付けることができないまま、ただ移ろう金貨の流れの中に漂っていたのかもしれない。
そう思えば、いまも一人でどうしようもないものを抱えているこの女の孤独な悩みを、容易く切り捨てられるものではなかった。
「それに、死体細工は『必要なものは盛れるし、必要ないものは削れる』んだろう?」
「にゃっ!? え、えっと、その、まあ、そうですね。調整はいりますけど、割と自由に、」
「つまり
「…………は?」
「…………え?」
体型をちょっと変えたり、一重を二重にかえたりといったプチ整形程度のことを考えていたところに、思わぬ一言である。
「君か、君より小さくてもいいな。ルネーぐらいでもいい。あのくらい小さくできるだろうか」
「でき……なくは、ないですけど、うううううーんん……増やすのはともかく削るのはあんまりお勧めしないというか……」
「できなくはないんだな」
「それは、まあ、技術的には可能ですが」
困惑したレナータの「やりたくないし現実的に不可能です」という返答に、グレナデンはしかし無理解のまま幸福そうに微笑んだ。
「では
「────
「私は考えたんだ」
「あ、いいです聞きたくないです」
「私は妹に何を求めているのか。そもそも妹とは何なのか」
「あの、ちょ、聞いて……」
「私は妹を欲しながら、妹についてあまりにも無知で無自覚で無責任だった。私は妹を感じ、妹を知り、妹を学び、妹を語れるようにならねばならない。ならばどうすればいいのか。答えは得た」
本日最高輝度のイケメンスマイルが炸裂した。
「──
オリジナル笑顔の圧力に負けて、頷いてしまったレナータを誰が責めるだろうか。
多分未来のいずれかの時点でレナータ自身が責めることになるだろうが、それはいまではないのだ。
連れだって戻ってきた宿は、それなりのグレードのもので、部屋も広い。
しかしもとが二人用の部屋に、五人パーティの四人までもが詰め込むと、さすがに手狭である。
狼の魔物の死体細工であるガブは、限りある面積を節約するために部屋の外に出され、ドアの前に番として寝そべることになった。
いままでも鍵の閉め忘れでミスがあるのだから、これはよい選択だった。
隣室を使っているルネーは神殿に出かけていて夕方まで帰らないとのことであり、タイミングもよい。
例によって例のごとく、レナータは手術着に着替え、アネモネの死体細工もまたサイズの合っていない装備で助手役を務める。
アナスタシアはさすがに心得もないし、見ていて気分のいいものでもないことは明らかなので、少し離れて遠目に見る姿勢だ。
「えっと……本当にいいんですか?」
「うむ。構わない。やってくれ」
「いさぎよすぎる……」
恥じらいという言葉を母親の胎の中に置いてきたかのように、グレナデンはすぐに服を脱ぎ去って、全裸で防汚シートを敷いたベッドに横たわった。隠す素振りもない。むしろ誇らしげでさえある。
露出が趣味の性癖というわけではなく、純粋に鍛えられた肉体が、十二分に自慢できるものだからだろう。特に興味のないレナータが見てもほれぼれするような美しい身体だ。素晴らしい骨格筋だと。この素晴らしい肉体を材料にできるなんて、とよだれが出そうなほどだ。
しかも生きている!
アナスタシアも実際には生きていたが、あれはあのままでは確実に死に至っていた。肉体は死につつあった。しかしグレナデンの場合は健康過ぎるほどに健康な肉体が、まったく正常な状態からの施術だ。
倫理的問題を別にすればこれほど心の躍ることもない。そしてその倫理的問題も、本人の同意という言葉が、レナータのただでさえちんけな倫理観を麻痺させる。
レナータはグレナデンにうつぶせになってもらい、その背中をじっくり眺めた。
本当に、本当に素晴らしい肢体だ。手の入れ甲斐がある。
ルネーが帰ってくる夕方まであまり時間はないが、もとより疑似体液投与は長々と時間をかけていいものではない。特に生体に施術するとなると、影響を最低限に抑えるためにも迅速な処置が必要だ。
「それではー、はい。実験者はレナータ・ハーカー。被験者はグレナデン・ド・レジュレクシオン、女性。特筆すべき点としては、被験者は本人の意志で当実験の実施を希望しております。これは別添の同意書を参照のこと。えー……本術式、実験はー、えー、当流派において動死体作成に用いる魔法生物群通称『疑似体液』の、医療・美容・健康また体質の改善等の生体利用可能性を模索することを目的としておりぃ、ぇあー、術後も継続的な観察を要するものとして、被験者にご協力ぅ、いただいておりー……ます。施術に当たっては、時間が限られているため、全身麻酔処置の後、脊椎、四肢、各種内臓器官等、部位ごとに速やかに疑似体液を浸透、固着させ、死体細ぃー……工用の施術を流用した加工を行っていきます。脳神経系への侵襲は血流に乗せた緩やかなものとし、可能な限り生体脳の保護に努めます」
例によって例のごとく、詳しい施術に関しては大方の読者の皆様は微塵も興味がないと思われるので、三度目の今回もざっくり飛ばしてしまうとして、一応念のため、気になるという方のために音声ダイジェストでお送りしたいと思う。
「えー……まだ反応ありますね……専門ではないにせよ、これ一滴で象とか眠るやつなんですけど……」
「効い……てますね。はい。効きましたね。脊椎から露出させていきます」
「貴族は青い血なんて言いますけど、健康的な赤色ですね」
「うわ……むっちりしてる……筋肉が厚い、というか、密度がすごいというか……」
「あっつ……体温高すぎません……? 新陳代謝がおかしいのかな……」
「勇者様、めっ」
「は? 硬っ……骨まで鎧着てます? 針入んない……ええ……?」
「人間かな?」
「おっも……え? 重くないですこれ? 筋肉の密度がおかしい……」
「人間かな?」
「………にゃーん……」
「めっ。めっ、ですよ勇者様」
「胃は見た目普通ですけど……お昼もう消化したんですかこれ」
「やばいやばいやばいなんで麻酔切れそうなんですか」
「切れそう」
「人間のかたではない……?」
「人間なんですよねえ、これ」
「疑似体液の固着を試験…………右手、左手、右足、左足、はい、ダブルバイセップス……試験完了。固着及び動作を確認」
「細胞賦活による開口部の閉鎖を確認。液漏れー、ないですね、はい」
「術式を終了します。お疲れさまでした」
アネモネの死体細工と協力しながらの作業は、なかなかに難儀した。
生きている人間を生きたまま死体細工にする、というのは実はそんなに問題ではなかった。生体への悪影響を考慮して浸透速度こそ調整しなくてはいけないが、術式自体は死体相手とそう変わらない。
よく馴染み、ゆっくりと入れ替わり、成り代わる。細胞レベルで行われるその過程において、疑似体液は連続性を絶つことはない。
血流も電気信号もホルモンも、全てを滞りなく循環させながら、少しずつブロックの入れ替わりが起きていく。そのため完全に侵食しなくてもある程度神経系を掌握すれば死体を動かすこともできる。
やりづらかったのは、グレナデンの肉体が異常に強靭だったからである。
念のために調べてみたところ、筋肉の密度は常人の数倍はあったし、骨密度や赤血球数もそうだ。肝臓も異様に活発で、投与した麻酔薬は速やかに解毒され、追加での投与が必要だったほどだ。
そしてその上で、ちゃんと人間なのである。
死体細工うんぬんよりよほど興味深い検体だった。
「勇者様、ありがとうございました。アナスタシアさんも、お疲れさまでした」
「ううん、見てただけだもの。それでもけっこうきつかったけど……」
「精神に耐性もつけられますけど……」
「あたしの頭いじるってことでしょ? やめとく」
術式は三時間ほど。長くはないが、ルネーの帰る時間を考えればぎりぎりだった。
別に機会を設けてもよかった、というかその方がよかったのだろうが、間をあけるわけにはいかなかった。
グレナデンはトンチキなことばかり言っていたが、あれでも愚かではない。
間をおいて冷静になれば、秘密を暴露しないとも限らなかった。
だからどうしてもいま、死体細工に変えてしまわなければ──、
「──妹になったか!?」
麻酔薬などなかったかのようにすぱーんと飛び起きた全裸の筋肉は、自分が妹になっていないことに落胆するのだった。