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最初のカジュアルマッチが終わっても、ボイスチャットは切れなかった。
直希が結果表示を閉じようとしたところで、航が言う。
『もう一回やろう』
「カジュアルじゃ、さっき減ったRPは戻らないぞ?」
『知ってる』
「じゃあ、何のため?」
『普通にもう一回勝ちたい』
直希は思わず笑った。
「さっき勝ったばっかりだろ」
『それでも、もう一回』
「それ、美月と同じこと言ってない?」
『キャラのせいにするな』
返事とほとんど同時に、画面へ新しい表示が出た。
《CASUAL REMATCH REQUEST》
直希はその表示を見ながら、コントローラーを握り直す。
空中から入る方法は一つ覚えた。
その代わり、着地後に欲張って月檻連膝へ捕まった。
できるようになったこともあれば、その先で新しく失敗したこともある。
「……まあ、俺もこのまま終わりたくないし」
『じゃ、決まり』
直希は受諾を選ぶ。
《CASUAL REMATCH ACCEPTED》
訓練区画では、回復を終えた蓮司が立ち上がっていた。
正面には、先ほど自分を月檻連膝で倒した美月がいる。
蓮司は美月を見る。
「もう一度、戦ってくれ」
「今、月檻連膝で倒されたばかりでしょう?」
「だからだ」
蓮司は短く答えた。
「次は、跳び込んだその先を変える」
美月は少しだけ蓮司を見る。
一度だけ間を置く。
「いいわ。受けるわ」
美月はすぐに返した。
公式戦で受けた一敗は消えていない。
今のスパーリングでは一つ勝ち返した。
そして目の前の相手は、もう一度やると言っている。
美月にも、断る理由はなかった。
美月が答えると、再戦が成立した。
《PRACTICE BOUT》
《REMATCH》
蓮司が拳を上げる。
美月も自然に構えた。
それ以上、言葉を重ねる必要はなかった。
二人はそのまま、二度目のスパーリングへ入った。
序盤は、再び美月が中距離を取った。
美月の前脚が鋭く振り抜かれる。
弧月蹴。
蓮司の脇腹を狙った素早いミドルキックを、蓮司は腕で受け止めた。
美月が零歩で短く下がっても、直希はすぐには追わない。
距離を測り直してから蓮司を前へ歩かせ、短い拳を一発だけ出した。
美月がガードする。
その接触を見て、直希は前入力を入れた。
《連進》
蓮司が鋭くもう一歩踏み込む。
『もう普通に使うようになってるな』
「せっかく覚えたんだから使うよ」
だが、美月も近距離を簡単には許さない。
低いローキックが蓮司の脚を叩き、直希が足を止めたところで、美月はもう一度距離を作った。
そこから何度か地上の牽制を交わす。
美月の前脚が動いた。
弧月蹴が蓮司の脇腹を狙って伸びる。
直希が腕で受けると、美月はそのまま攻め続けず、零歩で短く距離を切った。
直希はすぐには追わない。
だが、美月が下がったぶんだけ蓮司を歩かせ、少しずつ距離を詰め直していく。
そこへ今度は、低いローキックが飛んできた。
「また下か」
蓮司の脚が打たれる。
美月はさらに半歩下がった。
弧月蹴。零歩。ローキック。
ここまでなら、さっきも見た流れだ。
直希は美月の前脚を警戒したまま、蓮司をもう一歩前へ出す。
その瞬間だった。
美月の重心が沈む。
「来る!」
次の蹴りではない。
美月が床を強く蹴り、蓮司の正面へ跳び上がった。
直希はもう知っている。
何もないところから跳ぶのではなく、地上へ意識を寄せてから空中へ入る。
一戦目に、美月自身が見せた攻めだった。
直希の指が動く。
《天衝脚》
蓮司が身体を沈め、上方へ鋭く蹴りを放った。
降りてくる美月へ、その脚が真正面から届く。
「――っ!」
今度は美月の身体が空中で弾かれた。
「落とした!」
『お、ちゃんと見てた』
「さっき教わったからな!」
美月が床へ落ちる。
直希はその着地際を逃さず、蓮司を前へ出した。
「今度は俺が落としたな」
美月は立ち上がりながら構えを戻す。
「一度で返してくるのね」
「さっき見せてもらったからな」
「だからって、次も同じように跳ぶとは限らないわよ」
「分かってる」
蓮司はそのまま距離を詰め、体勢を立て直した美月へ短い拳を伸ばした。
美月はすぐに両腕を上げる。
拳はガードに阻まれたが、直希はそこで攻めを止めなかった。
前入力。《連進》
拳が美月のガードへ触れた直後、蓮司が鋭くもう一歩踏み込む。
通常の歩きより速い短距離の前進で、開きかけた間合いをもう一度潰した。
美月は下がらず、両腕を固める。
次も拳が来る。
そう読んでいるように見えた。
直希はもう一発を出しかけて、指を止める。
「……なら」
一瞬だけ、別の選択肢を考えた。
「……じゃあ、こっち」
今度は打撃を出さなかった。
蓮司の両手が、美月の上腕と肩を押さえる。
深く踏み込みながら足を掛け、そのまま身体ごと前へ押し込んだ。
《押し崩し》
「――っ!」
美月の身体が大きく傾き、そのまま床へ倒れる。
「入った!」
『投げまで使うようになったか』
「近くまで入ったら、殴るだけじゃないんだろ?」
『まあ、そうだけど』
押し崩しは、華麗に相手を投げ飛ばす技ではない。
相手の上腕や肩を押さえ、蓮司自身の前進力と体幹を使って押し倒す。
特別な大技ではなく、近距離でガードを固める相手へ使う基本的な選択肢だった。
倒したあとも大きく距離は離れない。
蓮司はすぐに構えを戻した。
美月も起き上がり、蓮司を見る。
「……今度は投げなのね」
「近距離なら、拳だけじゃない」
美月はそれ以上答えず、零歩で短く後方へ跳ねた。
すぐに中距離を作り直す。
ここまでは直希の方がうまくいっている。
だが、航も見ていた。
直希はもう一度、短い拳を美月のガードへ当てる。
《連進》
蓮司が一歩入る。
さっきと同じ距離。
「もう一回――」
押し崩し。
そう考えて蓮司の手を伸ばした、その瞬間だった。
美月が床を蹴り、零歩で短く後方へ跳ねる。
掴めるはずだった間合いが、一瞬で外れた。
蓮司の手が空をつかむ。
『二回目も同じだと思った?』
「やっぱ覚えてるよな!」
『直希だけ覚えてるわけじゃないからな』
空いたところへ、美月が身体を捻る。
旋牙。
外側から回り込んだ強い蹴りが、伸ばした腕ごと蓮司の側面を打った。
「くっ……!」
身体が横へ流れる。
直希はすぐにガードへ戻したが、さっきまで作っていた流れは切れた。
美月が中距離へ戻る。
ここから、少しずつ試合が変わり始めた。
蓮司が入れば、零歩で外す。
足を止めれば弧月蹴。
待てば迅条で美月の方から距離を潰してくる。
HP差も徐々に縮まり、やがて逆転した。
「まずいな……」
『さっきまで調子よかったのにな』
「まだ行ける」
美月の重心が前脚へ移った。
弧月蹴。
その出始めを見て、直希は疾歩拳を合わせる。
「ここ!」
蓮司が床を蹴った。
だが、航もそのタイミングを見ていた。
蓮司の踏み込みが完成するより早く、美月の前脚が鋭く伸びる。
弧月蹴が、攻撃を始めた蓮司を先に捉えた。
《COUNTER RHYTHM》
「しまった!」
蹴りで攻撃の出始めを潰したことで、美月の蹴りが短時間強化される。
航は逃さなかった。
次の蹴りが蓮司のガードを重く叩く。
HPが危険域へ落ちた。
それでも直希は下がらない。
「まだ!」
蓮司が前へ出る。
美月は真正面からその接近を見た。
「来るなら――」
身体を鋭く捻る。
旋牙。
回転の勢いを乗せた蹴りが、踏み込んできた蓮司を強く打ち抜いた。
「――っ!」
身体が横へ弾かれ、床へ倒れる。
残っていたHPがゼロになった。
K.O.
《KUJO MIZUKI》
《WIN》
直希は結果表示を見て息を吐く。
「天衝脚も押し崩しも入ったのに」
『入ったな』
「負けたけど」
『一個一個できても、最後まで勝てるかは別だから』
「今日そればっかり言われてる気がする」
『大事なことなので』
「また先生になってる」
航が笑った。
二度目のスパーリングでも敗れた。
それでも、直希はすぐにコントローラーを置かなかった。
「もう一回」
『そう言うと思った』
「今度は俺から言ったからな」
『そこ重要?』
「ちょっと重要」
再び表示が出る。
《CASUAL REMATCH》
《CASUAL REMATCH ACCEPTED》
訓練区画でも、敗れた蓮司が美月へ再戦を申し込んだ。
「もう一度だ」
美月は蓮司を見る。
「……まだ続けるの?」
「ああ」
美月は短く息を吐いた。
「そう。なら受けるわ」
蓮司が拳を上げる。
美月も構え直した。
三度目のスパーリングが始まった。
三試合目になると、直希と航の間で交わす言葉も自然に減っていた。
今日だけで、もう何度も戦っている。
弧月蹴の届く距離も、零歩で離れたあとの動きも、迅条で美月が入ってくる間合いも知っている。
今はそれだけではない。
空中から入ることも、相手の跳び込みを迎撃することも覚えた。
拳をガードさせたあとは《連進》でもう一歩入り、近距離では打撃だけでなく《押し崩し》まで選べる。
最初の公式戦とは比べものにならないほど、使える選択肢は増えていた。
だからこそ、今度は何を使うかを決めつけない。
序盤、蓮司の短い拳を美月が両腕で受け止めた。
直希はすぐに前入力を入れる。
《連進》
拳がガードへ触れた直後、蓮司が鋭くもう一歩踏み込み、美月の懐へ入った。
だが、美月もその接近を黙って受け入れたわけではない。
蓮司が距離を詰めたぶんだけ身体をわずかに後ろへ引き、すぐに離れられる姿勢を作っている。
直希には、その理由が分かった。
さっきは、ここから押し崩しを通した。
今度の美月は、それを警戒している。
「じゃあ――待つ」
直希は続く攻撃を出さなかった。
拳も伸ばさない。
押し崩しにも行かない。
一瞬だけ、近い距離で二人が向かい合う。
先に動いたのは美月だった。
床を蹴り、零歩で短く後方へ跳ねる。
その動きを、直希は待っていた。
「今!」
直希は迷わず、モダン操作の簡単入力で疾歩拳を出した。
離れようとする美月を追うように、蓮司が一気に踏み込む。
零歩で開きかけた間合いを一直線に潰し、伸ばした直拳が美月の身体を捉える。
「――っ!」
美月の身体が後ろへ揺れた。
『そっちか』
「投げると思っただろ」
『まあな』
相手が押し崩しを知っている。
それだけで、今までとは違う動きを引き出せる。
直希はその手応えを覚えておいた。
中盤には、美月も空中から入ってきた。
弧月蹴を一度見せ、蓮司を地上へ意識させる。
そして前へ出たところへ跳ぶ。
だが、今度の直希は遅れない。
《天衝脚》
蓮司の蹴りが、空中から迫る美月を迎え撃った。
「っ……!」
美月が空中で弾かれる。
直希はすぐ前へ出た。
「二回目!」
『そこはもうできるようになったな』
「言っただろ。同じ形では落とされないって」
蓮司自身も、立ち上がった美月を見ていた。
「今度も見えた」
美月はすぐに構え直した。
「……そう」
それだけ返して、再び距離を取る。
蓮司が距離を詰め、短い拳を伸ばす。
美月はすぐに両腕を上げ、その一撃を正面から受け止めた。
だが、直希はそこで攻めを切らない。
拳がガードへ触れた直後、前入力を入れる。
《連進》
蓮司が鋭くもう一歩踏み込み、再び美月の懐へ入った。
美月は下がらない。
両腕を固めたまま、蓮司の次の動きを待っている。
さっきは、この距離から押し崩しを狙った。
今度も投げが来る。
そう警戒しているように、直希には見えた。
なら、同じものを出す必要はない。
直希は蓮司の手を美月の肩へ伸ばさず、そのまま拳を腹部へ走らせた。
「くっ……!」
投げと上体への攻撃を警戒していた美月の、その下へ拳が入る。HPが削れた。
直希はさらに攻めようとする。
だが、美月もその場には残らない。
追撃が届く前に短く後ろへ下がり、蓮司の間合いから外れた。
直希もそこで追い急がず、改めて美月との距離を測る。
『完全に択になってきたな』
「拳か投げか、ってこと?」
『そういうこと』
直希は少しだけ笑う。
「じゃあ、もっと迷わせる」
試合は、そこからさらに激しく動いた。
美月も黙って押されてはいない。
低いローキックで蓮司の前進を止め、距離が開けば弧月蹴を伸ばしてHPを削り返してくる。
それでも直希は、地上だけから追いかけなかった。
短い拳を見せ、一度足を止める。
美月の前脚を警戒しながら何度か地上で距離を探り、相手が自分から前へ出てくるのを待った。
そして、美月の重心が前へ移った瞬間。
「そこ!」
蓮司が床を蹴った。
最初のスパーリングで、不用意に正面から跳んだときとは違う。
地上へ意識を向けさせ、美月自身が動いたところへ空中から重なる。
美月も対空へ移ろうとしたが、わずかに遅い。
蓮司の蹴りが肩口を捉えた。
「っ……!」
そのまま美月の正面へ降りた蓮司は、間を置かず短い拳を伸ばす。
美月はすぐに両腕を上げ、今度はきちんと受け止めた。
だが、直希にとってはガードされるところまでが攻めだった。
拳が触れた直後に前入力を入れる。
《連進》
蓮司が鋭くもう一歩踏み込み、開きかけた間合いを潰す。
美月は両腕を固めた。
さっきは、ここから腹部へ拳を通した。
その前には、押し崩しも見せている。
直希は美月の構えを見て、一瞬だけ笑った。
「じゃあ、今度は――」
拳を出さない。
蓮司の両手が、美月の上腕と肩を捕らえた。
美月の目がわずかに見開かれる。
「……また、そっち!」
《押し崩し》
美月が反応したときには、蓮司はもう深く踏み込んでいた。
身体を押し込みながら足を掛ける。
美月が踏ん張ろうとした軸を崩し、そのまま前進する力をぶつけた。
美月の身体が大きく傾く。
次の瞬間には背中から床へ落ち、HPが一気に危険域まで削られた。
「入った!」
『やば』
航の声から、少しだけ余裕が消えた。
直希は画面を見た。
美月の残りHPはわずか。
対する蓮司には、まだ余裕がある。
「今度こそ行ける」
『まだ終わってないからな』
「分かってる」
美月が立ち上がり、零歩で距離を切った。
直希は無理には追わない。
ここまで来て、焦って同じ失敗をするつもりはなかった。
だが、航も黙って守りには入らない。
美月が前脚を振り抜いた。
弧月蹴。
脇腹を狙ったミドルキックを、蓮司は両腕で受け止める。
だが、美月は蹴り脚を戻して終わらなかった。
すぐに床を蹴り、《迅条》で一気に間合いを詰めてくる。
踏み込みの勢いを乗せたストレート。
蓮司はそれもガードした。
それでも美月は離れない。
近い距離へ残ったまま、今度は短い拳を重ねる。
蓮司が上体を守れば、続けて低いローキックが脚を打った。
「くっ……!」
蓮司は蹴られた脚を踏み直す。
「近くても来るか」
「離れると決めた覚えはないわ」
美月はそのまま蓮司を正面に置く。
「なら、ここで返す」
「……そう」
一発ごとのダメージは大きくない。
だが、確実に蓮司のHPが削られていく。
それでも残りHPでは、まだ直希の方が上だった。
「こっちも一発入れば終わる」
『そうだな』
航の声からも、さっきまでの軽さは消えていた。
次の攻防で決まってもおかしくない。
直希はもう一度、蓮司を前へ出した。
短い拳を伸ばす。
美月は両腕を上げて受け止めた。
直希はすぐに前入力を入れる。
《連進》
拳がガードへ触れた直後、蓮司が鋭くもう一歩踏み込み、美月の懐へ入った。
今日、何度も攻防が始まった距離。
ここから拳を重ねることもできる。
ガードを固めるなら、押し崩しもある。
何も出さず、美月が先に動くのを待つことも覚えた。
直希はすぐには選ばなかった。
美月も動かない。
互いに相手の次を待ったまま、近距離でほんの一瞬だけ時間が止まる。
「……じゃあ」
直希が選んだのは、押し崩しだった。
蓮司の手が、美月の上腕へ伸びる。
その瞬間。
美月の拳が先に動いた。
「っ!」
短い直拳が、手を伸ばしかけた蓮司の胸元を捉える。
投げへ移ろうとしていた蓮司は、もうガードへ戻れない。
衝撃に身体が止まり、残っていたHPが削られた。
蓮司はすぐに構えを戻す。
「……待っていたか」
美月も拳を引いた。
「何度も見せられたもの」
蓮司はそれ以上聞かなかった。
直希にも、今の一撃が偶然には見えなかった。
「投げ待ってた?」
『それもある』
「それも?」
『今の直希、勝てると思ってちょっと前のめりだった』
「……否定できない」
押し崩しを読まれただけではない。
あと一度通せば勝てると思った自分の焦りまで、航には見られていた。
それでも、このまま押し切られるつもりはなかった。
直希は疾歩拳を選ぶ。
蓮司が一気に床を蹴り、美月との間合いを潰そうとした。
だが、美月はその踏み込みを待っていた。
蓮司が前へ出た瞬間、身体を鋭く捻る。
外側から回り込む《旋牙》が、伸びきる前の蓮司を横から打ち抜いた。
「くっ……!」
踏み込みを途中で潰され、蓮司の身体が大きく流れる。
《COUNTER RHYTHM》
美月は追撃へ移りながら、蓮司を見る。
「今の踏み込みは見えたわ」
蓮司は崩れた足を踏み直す。
「……まだ終わってない」
表示を見た瞬間、直希の表情から笑みが消えた。
「まずい」
『そこは取った』
攻撃へ移ろうとしたところを正面から潰したことで、美月の次の蹴りには強化が乗っている。
そして航は、その機会を逃さなかった。
美月の前脚がすぐに振り抜かれる。
弧月蹴。
蓮司は両腕を上げて受け止めたが、今度はガードしただけでは済まなかった。
強化されたミドルキックが腕ごと身体を押し込み、残っていたHPを大きく削っていく。
「あと一発くらいしかない……」
『美月も似たようなもんだけどな』
直希は残りHPを確認し、もう一度画面へ視線を戻した。
「じゃあ、先に当てる」
蓮司が前へ出る。
美月も下がらなかった。
もう、どちらも次の一撃をまともに受ければ終わる。
蓮司が美月を正面から見る。
「次で決める」
美月も視線を逸らさない。
「私もそのつもりよ」
二人が同時に間合いを詰める。
直希は美月の動きを見る。
まず前脚。
弧月蹴が来るなら、動き始めを見て対応する。
腕がこちらへ伸びれば、月檻連膝も警戒しなければならない。
だが、美月はどちらの動きも見せなかった。
なら、こちらから拳を――。
直希がそう判断した瞬間だった。
美月の脚が、近距離から鋭く跳ね上がった。
「――っ!」
蓮司にも見えた。
だが、もう腕が間に合わない。
大きく踏み込む技ではない。
身体を大きく回すこともしない。
ただ目の前の相手を打ち抜くために、最短の軌道で放たれたコンパクトなハイキック。
蓮司が腕を戻すより早く、その足先が側頭部を捉えた。
強い衝撃に身体が傾く。
踏みとどまろうとした足にも、もう力が入らなかった。
残っていたHPがゼロになる。
K.O.
《KUJO MIZUKI》
《WIN》
直希はしばらく画面を見ていた。
「……三連敗」
『カジュアルではな』
「そこ強調する?」
『だってランクマは俺が負けて終わってるから』
「気にしてるじゃん」
『気にするだろ!』
直希は思わず笑った。
セッション結果が表示される。
《SPARRING SESSION RESULT》
《KUJO MIZUKI 3 WIN》
《KAMIYA RENJI 0 WIN》
《OFFICIAL RECORD:UNCHANGED》
その下には、公式戦の記録も変わらず残っていた。
《OFFICIAL HEAD-TO-HEAD》
《KUJO MIZUKI 3 WIN》
《KAMIYA RENJI 1 WIN》
「本当に変わってない」
『だからカジュアルなんだって』
「航、三勝したのにRP戻った?」
『戻ってない』
「じゃあ俺だけ得した?」
『言うな』
直希はまた笑った。
カジュアルでは三連敗。
それでも、何もできなかった三敗ではない。
空中攻撃を通した。
天衝脚で美月を落とした。
連進を攻めの中で使い、そこから打撃と押し崩しを選べるようになった。
三試合目には、美月のHPをあと一撃というところまで追い込んだ。
そして最後には、また負けた。
「……まだ足りないな」
『そりゃそうだろ』
「でも、さっきよりできること増えた」
『それは増えたな』
直希はその言葉を聞きながら、《0 WIN / 3 LOSS》の表示から目を逸らさなかった。
負けたことも。
できるようになったことも。
どちらも、次に持っていけばいい。
訓練区画にも、三度のスパーリングの結果が残っていた。
《SPARRING SESSION RESULT》
《KUJO MIZUKI 3 WIN》
《KAMIYA RENJI 0 WIN》
《OFFICIAL RECORD:UNCHANGED》
その下には、公式戦の対戦記録。
《OFFICIAL HEAD-TO-HEAD》
《KUJO MIZUKI 3 WIN》
《KAMIYA RENJI 1 WIN》
美月は二つの数字を順番に見た。
スパーリングでは三勝。
公式戦では三勝一敗。
記録としての意味は違う。
それでも、どちらも自分と目の前の蓮司が実際に拳を交えた結果だった。
「……六つか」
蓮司が言った。
美月が蓮司を見る。
「何が?」
「今日、おまえに取られた試合だ」
公式で三つ。
スパーリングで三つ。
「一つしか返せなかった」
「そうね」
美月はそれだけ答えた。
「次は、もっと取る」
美月は少しだけ間を置く。
「そのときは、そのときよ」
美月はそれ以上言わなかった。
三試合目の蓮司は、最初に向かい合ったときとは明らかに違っていた。
選べる手が増えたことは、実際に相手をした美月にも分かる。
だが、戦いながら相手が変わっていくこと自体は、長くスパーリングパートナーを務めてきた美月には珍しくなかった。
公式戦で一度負けた相手に、今度は三つ続けて勝った。
その結果には満足していた。
そして、もしまた戦うことになれば。
そのときも負けるつもりはなかった。