ラウンド1決着シーンの挿絵を見る。(pixiv)
ラウンド1決着後のシーンの挿絵をpixivに掲載しています。
ラウンド1決着後のシーンの挿絵を見る。(pixiv)
翌日の昼休み、直希が弁当箱を片づけていると、前の席から航が振り返った。
「昨日、どうだった?」
「勝った。二勝目」
「お、やったじゃん。誰に?」
「蓮司」
航は一度瞬きをしてから、得心したように頷いた。
「同キャラ戦か」
「別IDのな。十勝三敗の相手だった」
「それで勝てたなら、練習した甲斐があったな。何対何だった?」
「二対〇。最初はHPが八しか残らなかったけど」
第一ラウンドの最後に、相手の拳より先に回し蹴りが届いた場面を思い出す。
あそこで攻め急いでいれば、勝敗は逆になっていたかもしれない。
第二ラウンドでは、通常の拳が当たった機会に《烈進連破》を使った。
相手が第一ラウンドで見せた使い方を、自分でも試したのだ。
「《破陣》と一緒に使うか、最後まで取っておくか。そればっかり考えてたんだよ」
「使えるところで使わないまま負けたら、残したゲージも意味ないからな」
「分かってるつもりだったんだけどね」
同じ神谷蓮司でも、技を使う順番が違えば攻め方が変わる。
昨日の相手は、それを試合の中で見せてくれた。
航は直希の弁当箱が鞄へ収まるのを見て、話題を変えた。
「で、今日もやるのか?」
「別のIDとランクマを一試合やるつもり。玲奈との連戦制限も、こっち側はそれで条件クリア」
「向こうも終わっていればな」
「分かってるよ。すぐに挑むつもりもないし」
先に練習をして、そのあと公式戦を一つ。直希はそう決めていた。
「そういえば、昨日の同キャラ戦でも、跳び込みは《天衝脚》で落とした?」
「うん。見てから間に合った」
「じゃあ、拳の方はまだか」
「《轟天拳》?」
「そう。蓮司の対空必殺技」
「使えるのは知ってるけど、試合中だと《天衝脚》が先に浮かぶんだよ」
航の美月と繰り返し戦い、ようやく跳び込みを見てから対空を選べるようになってきたところだった。
もう一つの技を知っていても、まだ実戦で試す余裕はなかった。
「昨日、蓮司使いの動画を見つけたんだけどさ。これ」
航がスマートフォンを取り出した。
短い対戦映像をまとめた動画が再生される。
黒に近い濃紺の戦闘服を着た神谷蓮司が、跳び込んでくる相手を待っていた。
相手が蹴り脚を伸ばしかけた瞬間、蓮司は重心を低く落とす。
後ろ足で床を押し、腰から背中、肩へと力を伝えた。
引いていた右拳が斜め上へ突き上がり、相手の身体を大きく浮かせる。
《轟天拳》
拳を振り抜いた蓮司自身は高く跳び上がらない。
すぐに足を戻し、次の攻防へ備えていた。
「……格好いいね」
「だろ。まだあるぞ」
次の映像では、蓮司の全身を淡い光が巡った。
《破陣》による強化状態だ。
蓮司は跳び込んでくる相手に対し、低く重心を沈めながら踏み込んだ。
まず左拳を短く突き出して相手の胴体を捉え、その上体を起こす。
続けて右足で床を強く蹴り、腰から背中、肩へと力を伝えながら、右拳を斜め上へ突き上げた。
左拳から右拳へと続く二度の打撃音が響き、相手の身体が上方へ弾き飛ばされた。
《破陣・轟天拳》
「二発になるのか」
「《破陣》中はな。それで、俺が見せたかったのはこっち」
航が次の場面へ進める。
画面の相手は、蓮司へ深く踏み込んでいた。
攻撃が届く直前まで、蓮司はその場を動かない。
そして、相手の腕が身体のすぐ横を通り過ぎる瞬間、蓮司は深く腰を落とした。
通常の《破陣・轟天拳》とは違い、左拳で相手の姿勢を崩す動作はない。
踏み込みによって伸び切った相手の重心を捉え、蓮司は右足で床を強く蹴った。
腰から背中、右肩へと力を伝え、右拳を斜め上へ一気に突き上げる。
《CRITICAL》
《破陣・轟天拳・壊》
右拳が命中した瞬間、映像が短く止まった。
床を踏みしめる右足。
深く沈んだ蓮司の身体。
そして、斜め上へ伸び切った右拳。
その拳に打ち抜かれた相手だけが、高く打ち上げられていた。
「今の、もう一回」
航が映像を戻す。
直希は画面に顔を寄せた。
通常の《破陣・轟天拳》より動作は少ない。
それなのに、相手を撃ち抜いた瞬間が妙に目に残る。
「……こっちの方がカッコいい。なんか、全部あの一発に入ってる感じがする」
航は動画の説明欄を指した。
「大がクリティカルになったときのやつ。威力六十だって」
「半分以上じゃん」
「でも、《壊》専用の入力はないぞ。《破陣》中の《轟天拳》が条件に合ったときだけ、あの一発に変わるらしい」
「大を出せばいいってわけじゃないのか」
「そう。俺も、どの距離でどこまで待てばいいかまでは分からない」
直希はもう一度、右拳一発で相手を打ち上げる場面を見た。
威力の高さだけでなく、自分の操作であの動きを再現してみたいという気持ちが強くなっていた。
「これを、出してみたい」
「そう言うと思った」
「まず普通の《轟天拳》から練習するよ」
「最初から《壊》だけ狙うなよ」
「分かってるって」
口ではそう答えたが、直希の視線はもう一度だけ動画の最後へ戻った。
その夜、直希はトレーニングモードを開いた。
技表から《轟天拳》を選び、まずは中の強度を簡単入力で試した。
画面の蓮司は腰を低く落とすと、右足で床を蹴り、身体を起こす勢いに乗せて右拳を斜め上へ鋭く突き上げた。
続いて、直希は練習用の標的に跳び込み攻撃を設定した。
最初は反応が遅れて蹴りを受けたものの、同じ位置からやり直すと、今度は蓮司の右拳が相手の攻撃より先に届いた。
《轟天拳・中》
「……おお」
標的が大きく打ち上がる。
素早く蹴り上げる《天衝脚》とは、相手の浮き方もHPの減り方も違った。
ただし、少し遠い位置から先に拳を出すと空振りする。
直希は標的の着地点と自分の立ち位置を変え、届く距離を何度も確かめた。
続いて直希は練習用のゲージを用意し、《破陣》を発動した。
先ほどと同じ跳び込み攻撃を標的に設定し、《轟天拳・中》を入力する。
蓮司が腰を落とし始めたところへ、標的が高い軌道で跳び込んできた。
左拳による崩しへ移る前に蹴りが肩を捉え、蓮司の動きが止まる。
右拳を突き上げるところまで進めず、《破陣・轟天拳》は不発に終わった。
「……あれ?」
直希はもう一度試した。
結果は同じだった。
《破陣》を使っていないときは、右拳をそのまま突き上げて迎撃できた。
しかし、《破陣》中の《轟天拳》は、最初に左拳で相手の姿勢を崩そうとする。
その一動作が、跳び込んでくる相手には間に合わなかった。
「強くなるだけじゃないのか……」
直希は技表を開き直した。
蓮司には、もう一つの対空技がある。
《天衝脚》。
直希は同じ跳び込み攻撃を設定し、今度は《天衝脚》を入力した。
蓮司が素早く脚を蹴り上げる。
相手の蹴りが届く前に、標的の身体を捉えた。
《轟天拳》ほど高く打ち上げることはできない。それでも、跳び込みを止めることには成功していた。
「……こっちなら間に合う」
直希は何度か繰り返した。
入力が遅れれば蹴りを受ける。
距離が合わなければ空振りもする。
それでも、素早く迎撃したい場面では、左拳から始まる《破陣・轟天拳》より扱いやすかった。
次に直希は標的を地上へ戻し、接近してくる攻撃を設定した。
《破陣》中に《轟天拳・中》を合わせる。
今度は蓮司の左拳が胴体へ入り、標的の上体を起こした。
続けて右足で床を蹴り、右拳を斜め上へ突き上げる。
二発目が命中し、標的の身体が高く打ち上げられた。
《破陣・轟天拳・中》
「……なるほど。こっちは当てる位置が大事なんだな」
手動コマンドも試し、大の強度を選べることを確認した。
中より踏み込みが深く、打ち上げも大きい。
その分、動き出しが遅く、相手の攻撃に間に合わない場面もある。
直希は何度か動きを確かめてから、昼に見た《壊》の映像を思い出した。
標的に深く踏み込む攻撃を設定し、《破陣》中に大の《轟天拳》を合わせる。
左拳が胴体に入り、右拳が標的を打ち上げた。
通常の二段攻撃だった。
次はもう少し引きつける。
しかし、今度は標的の攻撃が先に届き、蓮司の拳が出る前に潰された。
入力を早めると、再び左拳から右拳への二段になる。
「……出ないな」
直希は航から見せてもらった動画を開き直した。
画面の蓮司は左拳を出していない。
相手の攻撃が身体のすぐ横を通る瞬間、右拳だけを斜め上へ突き上げている。
対して、自分の蓮司は、大の強度を正しく入力できても二段のままだった。
距離か、タイミングか。それとも、相手の攻め方そのものが違うのか。
試しても答えは出なかった。
直希はもう一度、跳び込み攻撃を設定した。
《破陣》中の《天衝脚》で迎撃する。
標的が落ちたのを見届け、《破陣》の効果が切れてから、通常の《轟天拳》でも迎撃した。
どちらも対空に使える。
しかし、《破陣》中に《轟天拳》を選べば、必ず同じように迎撃できるわけではない。
《壊》が成立すれば、強力な一撃になる。
だが、それを狙って通常の二段攻撃が出てしまえば、相手の跳び込みを止められないこともある。
「……《破陣》中は、無理に《壊》を狙わず《天衝脚》か」
直希は小さく頷いた。
強い技を出せることと、その技を使うべき場面が分かることは違う。
《壊》が出るまで続けていたら、今夜はそれだけで終わりそうだった。
直希は練習を終え、RANKED MATCHを選んだ。
それでも、右拳一発で相手を打ち上げた、あの《壊》の映像は頭に残っていた。
《MATCH FOUND》
《KUJO MIZUKI》
「美月か」
直希は名前を見たあと、すぐにCHARACTER IDを確かめた。
航が操作する美月ではない。初めて対戦する別のIDだった。
同じ顔、同じ武術、同じ技を使う格闘家でも、操作するPLAYERや積み重ねてきた試合は異なる。
昨日、十勝三敗の別IDの蓮司と戦った直希は、同じキャラクターだからといって、戦い方まで同じとは限らないことを経験していた。
「……航の美月とは、違うんだよな」
直希はコントローラーを握り直した。
今夜練習した《轟天拳》も、跳び込みが来たら試してみたい。
しかし、相手がどの距離から攻めてくるのか、どこで踏み込むのかは、実際に戦ってみなければ分からない。
直希はまず美月の動きを確かめようと考え、対戦開始を待った。
公式アリーナへ転送された蓮司は、正面に立つ九条美月のRESONANCE IDを確かめた。
美月は暗い茶色の長髪を高い位置で束ね、黒を基調とした短いジャケットには白と青の幾何学模様が入っている。
両拳を頬の近くに構え、前脚から素早く蹴りへ移れる姿勢も、蓮司には見覚えがあった。
しかし、表示されたRESONANCE IDは、以前戦った美月のものとは一致していなかった。
「初めまして、でいいのよね」
「ああ。おまえとは初めてだ」
美月も蓮司のRESONANCE IDを確認し、小さく頷いた。
「……やっぱり、あなたなのね」
「俺を知っているのか?」
「あなたのIDは見たことがあるわ。ROOKIE 5だった選手が、SILVER 3の九条美月に勝ったって」
蓮司は少し意外そうに目を上げた。
「……あの試合か」
「ええ。ルーキー帯では、少し話題になっているみたいね。格上への番狂わせだもの」
美月は蓮司を見据えた。
「待機中に公式記録も確認したわ。二勝十一敗。それに、同位体の私と何度も戦っているのね」
「公式で四試合。そのあと、スパーリングも三つやった」
「スパーリングは公開戦績に出ないものね。そっちはどうだったの?」
「三つとも負けた。公式でも、勝てたのは一回だけだ」
美月は少し目を細めた。
「……七度戦って、一勝六敗」
「ああ」
「ねえ、あなた。悔しくないの?」
「……悔しいさ」
「そうでしょうね。でも、私が聞いているのは、それだけじゃないわ」
美月は一歩も退かず、蓮司を見つめた。
「あなた、同じ九条美月の同位体に六回も負けているのよ?」
その口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
「相手は女の格闘家よ。男として、恥ずかしくないの?」
蓮司はすぐには答えなかった。
六度の敗北。公式戦で三度、スパーリングで三度。
そのどれもが、自分の拳では勝ちきれなかった結果だ。
「……恥ずかしいさ」
蓮司は正面から答えた。
「女の格闘家に六度も負けた。その事実は消えない」
「ふうん。ちゃんと分かっているのね」
「ああ。だが、一度は勝った。その一勝だって消えない」
美月の口元が、もう少しだけ上がった。
「そうね。それは認めるわ。SILVER 3の私を倒したんですもの。立派な番狂わせよ」
「……おまえじゃない。別の美月だ」
「分かっているわ」
美月は当然のように答えた。
「その子が負けたからといって、私まで負けたことにはならないもの」
そして、蓮司へ視線を戻す。
「でも、同じ九条美月でしょう? その名前で戦っている以上、少しは気になるわよ」
「……そうか」
「ええ。それに、あなたも変わっているわね」
「何がだ?」
「女の格闘家に六回も負けて、それでもまた同じ顔の女に挑もうとしているんですもの」
美月は挑むように微笑んだ。
「そんなに負けて、まだ懲りないの?」
「負けたからこそ、次は勝ちたいんだ」
「……そう」
その答えを聞いて、美月の表情が少し変わった。
相手が女性であることも、過去の敗北も、蓮司はなかったことにしようとしていない。
それでも、勝つつもりで美月の前に立っている。
「だったら、私も遠慮はいらないわね」
美月は両拳を上げた。
「あなたの九条美月に対する戦績は、一勝六敗」
「ああ」
「じゃあ、その六敗に、私が七敗目を刻んであげるわ」
自信に満ちた声だった。
まだ一度も戦っていない相手に対して、美月は自分が勝つことを疑っていない。
蓮司も拳を上げる。
「……俺は三勝目を取りに来た」
「そう。なら、どちらの望みが叶うか、勝負ね」
「ああ」
「一つだけ言っておくわ」
美月はグローブを握り直した。
「同じ九条美月でも、私はその子じゃない。あなたが知っている戦い方が、そのまま通じると思わないでね」
「分かってる。俺はまだ、おまえ自身の戦い方を知らない」
「なら、よく見ていなさい」
蓮司は構えを整えた。
先日戦った美月と同じ顔、同じ構え。
だが、目の前の美月は、七度戦った美月とは別IDの格闘家だ。
昨日の同位体戦でも学んだことだった。
開始の合図が響き、美月の前脚が動いた。
《弧月蹴》
中距離から伸びたミドルキックが、蓮司の両腕を叩く。
蓮司はガードを固めて受け止め、蹴り脚が戻るところへ目を向けた。
以前戦った美月なら、ここで短く距離を外して構え直す場面が何度かあった。
その足運びを思い浮かべた瞬間、目の前の美月が前へ出た。
《迅条》
鋭い踏み込みからのストレートが、迎えに出ようとした蓮司の胸元を捉える。
「ぐっ……!」
美月は拳を戻しても距離を切らず、蓮司が腕を整える隙へ短い蹴りを脇腹に入れた。
さらに一歩ついてくる。
蹴りを警戒すれば拳が届き、拳を待てば前脚が動く。
蓮司が知っている美月のように、仕切り直す余裕を与えてくれなかった。
「下がらないのか……」
直希は蓮司にガードを取らせながら、相手の足を見た。
直希は航の美月が何度か見せた《零歩》を想定し、下がるところへ《疾歩拳》を合わせようとしていた。
だが今回の美月は、蹴りを戻した位置からすぐ《迅条》で入ってきた。
同じ技を見たために、そのあとの動作まで同じだと考えてしまった。
画面の美月が、また踏み込もうとする。
直希の頭には昼の映像が残っていた。
攻め込んでくる相手のすぐ脇を抜け、一撃で打ち上げる《破陣・轟天拳・壊》。
今は《破陣》を使うだけのゲージもない。
それでも、踏み込む相手なら通常の《轟天拳》が届くのではないか。
「ここなら──」
直希は入力した。
◇
蓮司は腰を低く沈め、右拳を斜め上へ鋭く突き上げた。
しかし、美月は踏み込みかけた前足を浅く止め、上体を《轟天拳》の射程外に残していた。
蓮司の右拳は美月の身体に届かず、その手前を通り過ぎる。
美月は両足を床につけたまま、蓮司の右拳が伸び切る瞬間を見極めていた。
そして、蓮司が拳を引き戻すよりも早く腰を鋭く回し、長い脚を横から振り抜いた。
《旋牙》。
「がっ……!」
構えを戻せない蓮司の胴を蹴りが捉え、身体を横へ弾いた。
相手が入ってくると見て拳を出した。だが、どこまで踏み込むのかを確かめていなかった。
「何を狙っていたの?」
美月は間合いを保ったまま尋ねた。
「おまえの入り際だ」
「届いていなかったわね」
「ああ」
蓮司は両拳を構え直し、届く位置まで自分から踏み込んだ。
短い直拳が美月の胸元へ入り、ようやく一発を返す。
だが、相手は慌てない。
蓮司が続く拳を伸ばしかけた瞬間、前脚が鋭く上がった。
《弧月蹴》が攻撃の出始めを潰し、脇腹を深く打つ。
「くっ……!」
上体を折られた蓮司が構えを整える前に、美月は距離を詰めた。
両拳を高く置き、近い位置へ残る。
その姿を見て、以前《月檻連膝》で首と肩を捕らえられた敗北が頭をよぎった。
蓮司は拘束を警戒して半歩退く。
だが、美月は腕を取りに来なかった。
踏み込んだ足を軸に身体を回し、後退先まで届く大きな《旋牙》を放つ。
「──っ!」
側頭部へ強い衝撃が走り、蓮司は踏ん張りきれずにリングへ倒れ込んだ。
K.O.
美月は蹴り脚を下ろし、ゆっくりと構えを解いた。
倒れた蓮司が顔を上げると、そこにはほとんど消耗した様子のない美月が立っていた。
美月は蓮司の視線を受け止めると、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「……どう? 私の蹴りは」
「……強いな。見事に外された」
「ええ。あなたの《轟天拳》、しっかり見せてもらったわ」
美月は自分の脚へ一度視線を落としてから、再び蓮司を見つめた。
「でも、私には届かなかった。あなたは男の格闘家なのに、女の私の蹴りをまともに受けて倒されたのよ」
蓮司は身体を起こしながら、美月の言葉を聞いていた。
「それも、ほとんど私の体力を削れないまま。ずいぶん一方的なラウンドだったわね」
「……ああ。完敗だ」
「ふふ。素直なのね」
美月は少しだけ顎を上げた。
「ねえ、蓮司。女の私に、こんなに余裕を残されて負けたのよ。あなた男として、恥ずかしくないの?」
蓮司の表情がわずかに硬くなった。
同じ九条美月という姿を持つ女性に、また敗れた。
しかし、今回蓮司を倒したのは、七度戦ってきたあの美月ではない。
今日初めて対戦した、別のRESONANCE IDの九条美月だった。
蓮司は美月を見上げたまま、短く息を吐いた。
「……恥ずかしいさ。ここまで一方的に取られたんだからな」
「でしょうね」
美月の笑みが深くなった。
「七敗目を刻むって言ったでしょう? まずは一つ、私の勝ちね」
「ああ。だが、まだ一ラウンドだ」
蓮司は立ち上がり、美月を正面から見た。女性格闘家に一方的に倒された屈辱は消えないが、それで試合全体の勝敗まで認めたつもりはなかった。
「次は取り返す」
「なら、見せてちょうだい。今度は私の蹴りを止められるかしら」
蓮司は答えず、両拳を構え直した。美月は余裕を残したまま笑みを浮かべていたが、蓮司はその顔を見据え、次のラウンドを待った。
直希は画面のHPバーを見た。
美月の体力は、途中で当てた短い拳の分しか減っていない。
「……何やってるんだ、俺」
昨日、直希は十勝を挙げていた別の同位体を倒した。
その経験も、そこで覚えた攻め方も失われたわけではない。
しかし、このラウンドでは、航が操作する美月との対戦経験に頼りすぎていた。
《弧月蹴》のあとには後退する。
接近すれば《月檻連膝》を狙ってくる。
踏み込んできた相手には《轟天拳》が届く。
直希は、以前の美月との対戦で覚えた動きを、目の前の美月にも当てはめてしまっていた。
相手の技は見ていた。
それでも、実際にどこまで踏み込むのか、どの距離で攻撃を止めるのかを確かめず、自分の予想を優先していた。
さらに、《轟天拳》を使いたいという気持ちも判断を鈍らせていた。
航から見せてもらった動画の《破陣・轟天拳・壊》は、《破陣》の発動に加え、相手の踏み込みを捉えたCRITICALの成立が必要になる。
だが、このラウンドで直希が使ったのは通常の《轟天拳》だった。
相手の動きを十分に見極めないまま入力しても、動画で見た一撃が出るはずはなかった。
「まず、この美月だろ」
直希は握り込んでいた指を緩め、画面の中央へ視線を戻した。
蓄積したゲージは二段分。
《破陣》を発動することもできる。
しかし、強化状態に入ったところで、相手の動きを見誤れば同じ失敗を繰り返すだけだった。
直希は次のラウンドで、技を出すことよりも相手の動きを確かめることを優先すると決めた。
目の前の美月がどこまで踏み込み、どの攻撃を選ぶのか。
まずはそれを見極めてから、自分の技を選ぶ必要があった。