RESONANCE ARENA   作:エーアイ

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第15話 神谷蓮司は、同じ顔を別の相手として見る(後編)

 ラウンド間の回復を終えた蓮司は、美月へ向き直った。

 蹴られた痛みは消えているが、ほとんど何もできずに女性を見上げた悔しさは残っていた。

 

「おまえは、入ったあとも残るんだな」

 

「誰と比べて?」

 

「前に戦った美月だ。短く離れてから、また入ることが多かった」

 

「私は、入れるなら入るわ。あなたが崩れていたもの」

 

 美月はあっさり答え、蓮司の構えに目を向けた。

 

「あなた、さっきから、その人と戦っていない?」

 

 蓮司はすぐに答えられなかった。

 同じ顔で同じ蹴りを使う相手だと知っていても、踏み込む長さも、近くへ残る判断も違っていた。

 それを見ていたはずなのに、以前の相手が使った技を待ち、別の動きで倒された。

 

「……そうだったな」

 

「今あなたを倒したのは、目の前の私よ」

 

「ああ。おまえに取られた」

 

 美月の口元がわずかに緩む。

 

「次も同じなら、試合も私がもらうわ」

 

「……同じ負け方はしない」

 

 蓮司は両拳を上げ直した。

 昨日まで戦った別IDの美月と対戦した記憶を消す必要はない。

 しかし、そこで覚えた答えを、そのまま今日の相手へ当てはめても勝てない。

 目の前の美月が今どちらの足に体重を置き、どこへ入ろうとしているのか。

 それを確かめるために、相手の足元へ目を向けた。

 


 

 第二ラウンドの開始後、直希はすぐには前進しなかった。

 美月が近づき、両拳を高く上げる。

 直希は地上からの攻撃を警戒していたが、相手はその間合いで踏み切り、斜め前へ跳んだ。

 先ほどとは違う高さから脚を伸ばしてくる。

 地上で攻め続けた第一ラウンドとは、入口を変えた攻撃だった。

 

「跳んだ」

 

 直希は美月が本当に空中へ出たことを確かめた。

 着地までの距離も、練習で拳が届いた範囲にある。

《破陣》には指を回さず、簡単入力で通常の《轟天拳》を選ぶ。

 


 

 蓮司は後ろ足へ重心を落とし、床を押し込んだ。

 脚から腰、背中、右肩へ伝えた力を乗せ、右拳を斜め上へ突き上げる。

 

《轟天拳》

 

 美月が伸ばしかけた蹴り脚より先に、拳が身体の中心を捉えた。

 

「っ、あ……!」

 

 美月の身体が上へ弾かれ、蹴りの軌道が大きく外れる。

 短い蹴りで迎撃する《天衝脚》とは違い、下半身から右拳へと力を伝えた《轟天拳》は、美月の身体を高く打ち上げた。

 蓮司は右拳を引き戻し、足元を整えた。

 

 第一ラウンドでは間合いを外されて空振りした拳が、今度は美月の跳び込みを捉えていた。

 美月はリングへ落ちると、片膝をついて身体を起こした。

 立ち上がった美月は蓮司の右拳へ視線を向け、悔しそうに口元を引き締めた。

 

「……今度は、私が跳び込むところを狙っていたのね」

 

「ああ。おまえが跳んだのを見てから出した」

 

 蓮司はそれ以上追撃せず、美月が次にどう動くのかを見据えた。

 

 今の美月が、次も同じ軌道で跳ぶとは限らない。

 実際、美月は足を戻すと地上から《弧月蹴》を伸ばした。

 脇腹へ入った蹴りが、前へ出かけた蓮司を止める。

 

「くっ……!」

 

 蓮司は息を吐き、蹴り脚の戻りを見た。

 美月は離れきらず、再び近づこうとしている。

 以前の美月が下がるかどうかではない。

 今の相手が前へ出ている。

 蓮司は足を踏み直し、その入り際へ《疾歩拳》の直拳を合わせた。

 低い踏み込みからの拳が、美月の胴体へ深く入る。

 

 近い位置に残った蓮司がさらに短い拳を見せると、美月は両腕で受け止めた。

 蓮司はその接触を利用して《連進》で一歩踏み込み、続く打撃を警戒して固められた上腕と肩を押さえる。

 相手が構えを保とうとする方向へ重心を押し、足を掛けた。

 

《押し崩し》

 

「っ……!」

 

 美月が背中からリングへ倒れる。

 蓮司は手を離し、起き上がる相手との距離を保った。

《轟天拳》が当たったからといって、次の打撃まで通るわけではない。

 拳を守る相手には、投げる選択がある。

 

 だが美月も、倒されたまま近距離を譲るつもりはなかった。

 立ち上がる勢いを利用して一歩踏み込み、《迅条》の右ストレートを蓮司の胸元へ差し込む。

 

「ぐっ!」

 

 蓮司は後方へ押されたが、踏みとどまって次の攻撃を見た。

 美月が続けて拳を伸ばすより早く、蓮司は届く距離へ踏み返した。

 

《連環打》の直拳が入り、続く肘打ちで姿勢を崩す。

 最後の蹴りまで通すと、美月は大きくよろめいた。

 

 双方には大きな技を使えるだけの力が溜まっている。

 蓮司はそれを感じ取っても、決着を焦らなかった。

 

 相手にも、こちらの攻めを一度でひっくり返す手段がある。

 美月が片足を引いて構え直そうとしたところへ、蓮司は歩幅を合わせ、短い直拳を一発通した。

 美月の余力は、あと一撃で倒れかねないところまで減っている。

 

 蓮司は拳を戻しながら、相手がどう距離を作るのかを見た。

 美月は後ろへ退くだけでは、蓮司の前進を振り切れないと判断したかのように、身体の向きを変えた。

 

 蓮司の正面を通らず、頭上の斜めへ抜ける跳躍だ。

 上から脚を伸ばせば、追ってくる蓮司を止めながら位置を入れ替えられる。

 第一ラウンドのように地上へ残る選択でも、ラウンド開始時と同じ距離からの跳び込みでもなかった。

 

 蓮司は追い足を止め、腰を落とす。

 美月が頭上へ抜ける前に、蓮司の右拳が斜め上へ伸びた。

 

《轟天拳》

 

「──っ!」

 

 拳が上からの蹴りより先に届き、美月の身体を空中で弾いた。

 美月は姿勢を整えられないままリングへ落ちる。

 

 K.O.

 

 蓮司は構えを残し、倒れた美月を見た。

 自身も蹴りと拳を受けたが、まだ半分以上の力が残っていた。

 同じ《轟天拳》を二度使った。

 それでも、どちらも美月が実際に跳んだ場所へ合わせた攻撃だった。

 そのあいだの地上戦でも、美月が守るのか、踏み込むのかを確かめながら攻撃を選び直せた。

 第一ラウンドとは、そこが違っていた。

 

 美月が身体を起こすのを見て、蓮司は声を掛けた。

 

「……さっき、男として恥ずかしくないのかと聞いたな」

 

「ええ。聞いたわ」

 

「恥ずかしかった。だから、取り返した」

 

 蓮司は視線を逸らさずに続けた。

 

「今度はどうだ。男の俺に倒された気分は」

 

 美月の口元から笑みが消えた。

 

「……悔しいに決まっているでしょう。でも、まだ一勝ずつよ」

 

「なら、お互い様だな」

 

「ふふ。言ってくれるじゃない」

 

 美月は立ち上がり、グローブを握り直した。

 悔しさを隠してはいなかったが、蓮司から目を逸らすこともなかった。

 

「次は、その拳を受けないわ」

 

「俺も、同じ攻めが通るとは思っていない」

 

 互いに相手を見据えたまま、最終ラウンドの回復を待った。

 


 

「取った……!」

 

 直希は息を吐いた。

 ラウンドスコアは一対一。

 

《轟天拳》が二度とも通ったことが嬉しかった。

 映像で見ていた技を、相手が自分で選んだ跳び込みへ合わせられた。

 しかし、それだけで勝ったわけではない。

 

 地上からの《疾歩拳》も、《押し崩し》も必要だった。

 直希はもう一度、美月の動きを思い返す。

 最初は斜め前へ跳び込み、最後は追ってくる蓮司の頭上を抜けようとした。

 二度の跳躍にも、それぞれ違う理由があった。

 

「……同じ跳び方じゃなかったな」

 

 勝てたのは、相手の動きを一度決めつけなかったからだ。

 次のラウンドへ持ち越されるゲージは双方とも最大まで溜まっている。

 直希は操作を止めず、決着の一ラウンドに備えた。

 


 

 ラウンド間の回復を終えた美月は、蓮司の右拳へ目を向けた。

 先ほど二度にわたり、跳び込みをその拳に迎撃されている。

 

「二度とも、あの拳で落とされたわね」

 

「ああ。おまえが跳んだところへ合わせた」

 

「だったら、同じところへ入らなければいいのよね」

 

 美月はグローブを握り直し、改めて蓮司の足元を確かめた。

 

「あなたが変えたように、私も変えるわ」

 

「……そうだろうな」

 

 蓮司も左足を前に出して構えを整えた。

 前のラウンドで通った攻撃が、次も通用するとは限らない。

 それは今、二人とも分かっていた。

 

 最終ラウンドが始まると、美月は跳び込まず、地上から《弧月蹴》を繰り出した。

 長い脚が蓮司の脇腹を捉えたものの、蓮司も踏み込んで左拳を返し、美月の胸元へ打撃を届かせる。

 

 しかし、美月はそれ以上の接近を許さなかった。

 拳を受けるとすぐに《零歩》で後方へ跳ね、蓮司の追撃が届かない位置まで退いてから、改めて蹴りの間合いを作る。

 

「……今度は下がるんだな」

 

「残れば、あなたの拳があるでしょう」

 

 美月は構えを崩さずに答えた。

 

 蓮司が以前戦った美月も《零歩》を使っていたが、今日の美月が距離を取る理由は違っていた。

 第一ラウンドでは近距離に残って蓮司を押し込んだ美月が、今は蓮司の拳と投げを警戒し、攻撃を終えると早めに距離を取っていた。

 

 同じ技でも、戦いの中で使い方は変わる。

 蓮司は無理に追わず、美月が次にどう動くかを見定めた。

 すると、美月は後退を続ける代わりに、自分から《迅条》で踏み込んできた。

 鋭く伸びたストレートを蓮司が両腕で受け止めると、美月はすぐに拳を引き、反撃が届く前に距離を離した。

 

 待っている相手には自分から攻め、攻撃を終えれば近くには残らない。

 第一ラウンドで蓮司を押し込んだ美月は、今度は近づく時間を短くすることで、蓮司にまとまった攻撃の機会を与えなくなっていた。

 

 それでも蓮司は焦らなかった。

 

 美月が再び踏み込んできたところへ《疾歩拳》を合わせ、直拳を胴体へ突き込む。

 美月の身体が押し戻されると、蓮司は追撃を急がず、相手がどの距離で踏みとどまるのかを確かめながら前進した。

 だが、美月もただ下がっていたわけではない。

 

 蓮司が距離を詰めようとした瞬間、美月は腰を大きく回し、《旋牙》を振り抜いた。

 長い脚が横から蓮司の身体を捉え、強烈な衝撃によって踏み込みが止まる。

 

「ぐっ……!」

 

 蓮司は横へ流れかけた身体を踏みとどまらせ、すぐに構えを戻した。

 距離を離されれば美月の蹴りが届く。

 しかし、それを嫌って《轟天拳》を出せば、第一ラウンドと同じように間合いを外され、大きな隙を晒しかねない。

 

 蓮司は反撃を急がず、まず左拳を美月のガードへ押し当てた。

 美月が両腕で受け止めた瞬間、拳の接触を利用して《連進》へ移り、鋭く一歩踏み込む。

 

 美月は次の打撃を警戒して腕を固めたが、蓮司はそこで拳を止めた。

 代わりに美月の上腕と肩を押さえ、踏み込みの勢いを乗せて重心を崩す。

 身体を支えようとした美月の足元へ自分の足を掛け、そのまま前方へ押し倒した。

 

 蓮司の《押し崩し》が決まり、美月は踏ん張ることもできず、リングへ背中から倒された。

 

 蓮司はすぐに手を離し、美月が立ち上がる動きに合わせて構え直した。

 一度は投げを通せたことで、近距離でも美月を崩せる手応えがあった。

 しかし、もう一度同じように腕を取ろうと踏み込んだとき、美月の対応は先ほどと違っていた。

 伸びてきた蓮司の腕をグローブで横から押さえ、拳の軌道を外すと、美月は踏み込みによって前へ傾いた蓮司の身体へ密着した。

 蓮司が腕を引き戻すよりも早く、美月の手が首と肩を捉える。

 

「──くっ!」

 

 最初の膝が腹部へ食い込んだ。

 蓮司は身体を離そうとしたものの、美月に上体を固定され、十分に力を逃がせない。

 続けて突き上げられた膝が腹を打ち、身をよじって抜けようとする蓮司を、美月はさらに強く引きつけた。

 

《月檻連膝》の最後の一撃が深く突き刺さる。

 

「ぐっ……!」

 

 美月が拘束を解くと、蓮司は後退しながらも辛うじて踏みとどまった。

 腹部へ重ねられた膝の衝撃は大きく、残された戦闘余力は三分の一ほどまで削られていた。

 

「近づいたら、必ずあなたの番になるわけじゃないのよ」

 

 美月は両拳を戻し、挑むように微笑んだ。

 蓮司は浅くなった呼吸を整えながら、美月を見据えた。

 あの《月檻連膝》は以前の美月からも何度となく受けている。

 しかし、今の一撃は、今日初めて戦った美月が蓮司の二度目の投げを見越し、踏み込みを利用して成立させたものだった。

 

「……今のは、おまえがうまかった」

 

「次もそう言ってもらうわ」

 

 美月は余裕を見せたまま、短い拳を伸ばしてきた。

 蓮司はその間合いから身体を引き、拳が届かなくなったところで踏みとどまる。

 そして、美月が腕を戻し始めた瞬間に踏み込み直し、《連環打》の直拳を胴体へ突き込んだ。

 美月が身を引こうとしても、蓮司は近距離を維持したまま肘打ちを重ね、崩れた姿勢へ最後の蹴りをつないだ。

 連撃を受けた美月は大きく後退したが、蓮司はそれ以上追いかけなかった。

 

 蓮司は美月の動きを見極めながら距離を詰め、拳が届く間合いへ踏み込んだ。

 美月が崩れた構えを立て直すよりも早く、蓮司の短い左ストレートが胸元を捉えた。

 美月もすぐに距離を取り直したが、先ほどまでの余裕はなくなっていた。

 

 蓮司も腹部の痛みを抱えたまま、構えを崩さなかった。

 互いに残された戦闘余力は、およそ三分の一。

 どちらも次の大きな攻撃を受ければ、そのまま決着する可能性があった。

 

 蓄積した力を使えば、大技を繰り出すことはできる。

 しかし、それだけで美月の防御を崩せるわけではない。

 

 蓮司は右拳を構えに戻し、美月の足元へ視線を向けた。

 美月が次に前へ出るのか、それとも距離を取るのか。

 蓮司は先に技を決めつけず、その動きを確かめようとしていた。

 


 

 直希は二人のHPバーを見た。

 どちらも三分の一ほどで、美月の方がわずかに多い。

 第二ラウンドで二度跳び込んできた相手は、今は地上に残り、拳を当てたらすぐ離れている。

 こちらが止まれば《迅条》で入ってくるし、近づきすぎれば《月檻連膝》もある。

《轟天拳》を当てられる跳躍だけを待っていては、このまま削り切られるだろう。

 

 直希は、最大まで溜まったゲージへ目を向けた。

 一昨日、航の美月に初めて勝ったときも、《破陣》を使って距離を詰め直した。

 今日の相手も、拳が届く位置から何度も離れていく。

 ならば今使う理由は、《轟天拳》の威力を上げるためだけではない。

 美月が作り直す距離へ、もう一度入り込むためだ。

 

「ここから、入る」

 

 直希は《破陣》を入力した。

 


 

 蓮司が腰を低く落とすと、全身を巡るように淡い光が走り、踏み出す足へ力が伝わっていった。

《破陣》による強化が始まっても、それまでに受けたダメージが消えるわけではない。

 腹部には美月の膝蹴りによる痛みが残り、呼吸も浅くなっていたが、蓮司は鋭い踏み込みで後退する美月との距離を詰めた。

 

 美月は蓮司の動きが変わったことに気づき、すぐに間合いを広げようとした。

 しかし、蓮司は距離を離される前に短い拳を伸ばし、美月が両腕で受け止めた瞬間、《連進》によってさらに一歩踏み込んだ。

 美月は後方へ足を引き、《零歩》で素早く距離を取った。

 それでも蓮司は無理に攻撃を重ねず、美月の着地に合わせて前進し、再び拳が届く位置を確保しようとした。

 

「……まだ来るのね」

 

「ここで退けば、またおまえの蹴りの間合いだ」

 

 蓮司は美月の動きを見ながら前足を進め、距離を広げようとする美月へ接近を続けた。

 美月も両拳を上げ直したが、蓮司の踏み込みが鋭くなったことで、単純な後退だけでは十分な間合いを確保できなくなっていた。

 地上から《迅条》で押し返そうとしても、打ち終わりへ蓮司が拳を合わせてくる可能性がある。

 一方、その場で防御を固めれば、蓮司は《連進》によってさらに接近してくる。

 

 美月は蓮司の前足と肩の動きを確かめながら、次の攻撃を選んだ。

 蓮司が再び踏み込んだ瞬間、美月は後方へ退くのではなく、身体の向きを斜めに変えながら前方へ跳び上がった。

 

 美月が狙ったのは、伸ばした脚で蓮司の追撃を止め、そのまま頭上を越えて反対側へ抜けることだった。

 すでに二度迎撃された正面からの跳び込みとは異なり、今回は蓮司の正面に留まらず、攻撃を当てながら位置を入れ替える軌道を選んでいた。

 しかし、美月が跳び越えようとする以上、その身体が蓮司の攻撃範囲を通過する瞬間は避けられない。

 蓮司は迫ってくる美月の蹴りを見据え、低く重心を沈めた。

 


 

 直希は美月が床を離れるところを見た。

 今なら《轟天拳》が届く。

《破陣》の効果もまだ続いている。

 大の強度を選ぶ手動入力へ指が動いた。

 

 そこで昼休みの動画が浮かんだ。

 左拳で崩さず、右拳一発で相手を突き上げた《破陣・轟天拳・壊》。

 もう少し深く引きつければ、あの一撃になるのではないか。

 

 直希は入力の最後を、一瞬ためらった。

 美月の脚が迫る。

 攻撃が届く距離まで待ちすぎれば、今度はこちらが蹴られる。

 さっきまで地上戦を見て判断できていたのに、また自分の出したい技へ意識が向きかけていた。

 

「──今!」

 

 直希はそれ以上待たず、入力を終えた。

 


 

 蓮司は足を引かず、重心を低く沈めた。

 美月の蹴り脚が斜め上から迫る。

 蓮司が左拳による崩しへ踏み込んだところへ、美月の蹴りが肩を捉えた。

 

「ぐっ……!」

 

 強い衝撃が走り、蓮司の身体が揺れる。

 通常の《轟天拳》なら右拳一撃で迎撃できたかもしれないが、《破陣》中は左拳による崩しが先に入る。

 そのわずかな遅れを、美月の蹴りが捉えた。

 

 それでも、蓮司の攻撃は止まらなかった。

《破陣・轟天拳》の始動には、限られた間だけ打撃を受けても動作を継続できる強さがある。

 美月の蹴りは確かに蓮司の体力を奪ったが、その一撃だけでは、すでに始まっていた二段攻撃を止めきれなかった。

 蓮司は低く沈めた姿勢を保ち、左拳を突き出した。

 

 その左拳が美月の胴体へ短く入り、空中で前へ出ていた身体の軸を起こした。

 

「っ……!」

 

 美月の上体が跳ね上がる。

 蓮司は右足で床を強く蹴った。

 腰から背中、肩へと力を連動させ、右拳を斜め上へ突き上げる。

 

《破陣・轟天拳》

 

 二発目の右拳が美月を捉えた。

 強烈な上昇打撃を受け、美月の身体が高く打ち上がる。

 美月の蹴りは確かに蓮司へ届いていた。

 それでも、蓮司の拳を止めるには足りなかった。

 美月は空中で姿勢を立て直せず、そのままリングへ落ちた。

 決着を告げる合図が響く。

 

 K.O.

 

 蓮司は右拳を引き戻し、深く息を吐いた。

 肩には最後の蹴りの痛みが残っている。

 脇腹へ受けた蹴りも、腹へ重ねられた膝も、消えたわけではない。

 無傷で迎撃できたわけではなかった。

 だが、相手の攻撃を受けても踏みとどまり、最後まで自分の二段攻撃を通した。

 最後に立っていたのは、蓮司だった。

 

《MATCH RESULT》

《KAMIYA RENJI 2》

《KUJO MIZUKI 1》

 


 

「勝った……!」

 

 直希は背もたれへ身体を預けた。

 第一ラウンドではほとんど攻撃を当てられなかった相手に、続く二つのラウンドを取った。

 通常の《轟天拳》も、《破陣・轟天拳》も実戦で通せた。

 何より、航の美月と同じつもりで戦いかけたところから、今目の前にいる相手へ合わせ直して勝てたことが嬉しかった。

 

《OFFICIAL RECORD》

《KAMIYA RENJI》

《3 WIN / 11 LOSS》

 

 三勝目だ。

 

 直希はコントローラーを握ったまま、もう一度結果を見た。

 だが、最後の攻防が気になった。

 美月が跳び込んできたとき、直希は《轟天拳》を入力した。

 狙っていたのは、昼に動画で見た《破陣・轟天拳・壊》だった。

 しかし、映像を思い返すと、美月の蹴りが先に蓮司へ命中している。

 

 蓮司のHPバーも確かに減っていた。

 対空としては間に合っていなかったのだ。

 

「……あれ、蹴りを食らってたよな」

 

 それでも、蓮司の攻撃は止まらなかった。

 左拳で美月の胴体を捉え、姿勢を崩す。

 続けて右拳を斜め上へ突き上げ、美月を打ち上げた。

 動画で見た右拳一撃の《壊》とは、明らかに違う。

 

《CRITICAL》の表示もなかった。

 

「……《壊》じゃなかった」

 

 直希は画面を見つめた。

 美月の蹴りを受けたのに、蓮司は動作を中断しなかった。

《破陣・轟天拳》には、一定の打撃を受けても攻撃を続けられる性能があるらしい。

 

「スーパーアーマー、か……」

 

 直希は小さく呟いた。

 ダメージを受けなかったわけではない。HPは減っている。

 美月の蹴りがもっと強かったり、別の攻撃だったりすれば、技を潰されていた可能性もある。

 

 今回は、被弾しても踏みとどまり、二段攻撃を最後まで通せた。

 つまり、《壊》の対空に成功したのではない。

 対空は失敗した。それでも、通常の《破陣・轟天拳》が成立して勝ったのだ。

 

「……危なかったんだな」

 

 直希は結果画面へ視線を戻した。

 勝ちは勝ちだ。

 相手の動きを見て攻撃を選び直せたことも、二ラウンドを取り返したことも、偶然だけではない。

 ただ、最後の一撃については、狙いどおりにできたわけではなかった。

 

《壊》を出すには、何が足りなかったのか。

 入力するタイミングか、距離か。それとも、美月が跳び込んだときの姿勢や踏み込み方か。

 まだ、直希には答えが分からない。

 

 試合には勝った。その勝利を小さくする必要はなかった。

 それでも、動画で見た一発の拳は、別の目標として残った。

 直希は対戦履歴を開き、新しい通知に気づいた。

 

《再戦リクエスト条件達成》

《KIRYU REINA》

 

 初日に五度戦った、あのCHARACTER IDだった。

 玲奈との五連戦後、航の美月と公式戦を四試合。

 昨日の別IDの蓮司と一試合。今日の別IDの美月と一試合。

 合計六試合、三つの異なる相手ID。直希側の解除条件がそろった。

 これまで選べなかった玲奈への指定再戦が、有効になっている。

 

「……向こうも終わってたんだな」

 

 両方のIDが条件を満たさなければ、この項目は戻らない。

 玲奈側がいつ、どんな相手と戦って条件を満たしたのか、直希には分からなかった。

 だが、直希が別の相手と戦い、練習していたあいだ、向こうにも新しい試合が積み重なっていたのだろう。

 

 直希は再戦の項目へ目を向けたが、すぐには申請しなかった。

 今日勝てたからといって、もう一度戦えば同じように勝てるわけではない。

 第一ラウンドでは、分かっていたはずの注意点を守れず、《轟天拳》を無理に出して大きな隙を作った。

 第二ラウンドでは、目の前の美月の動きを見て対空を合わせられた。

 だが、最後の攻防では、美月の蹴りが先に届いている。

《破陣・轟天拳》の耐撃性能に助けられた部分もあった。

 次に同じ攻撃を受けても、また踏みとどまれるとは限らない。

 まして、相手は五度負けた玲奈だ。

 

「……航と、もう少しやってからだな」

 

 玲奈へ挑むための条件がそろったことと、玲奈に勝てる準備が整ったことは違う。

 直希はリクエストを送らず、その夜の再戦を見送った。

 対戦メニューを閉じる前に、昼に見た動画をもう一度開く。

 画面の蓮司は、左拳で崩すことなく、右拳一発だけで相手を撃ち抜いていた。

 

《破陣・轟天拳・壊》

 

 今回のように蹴りを受けながら打ち返したのではない。

 相手が深く攻め込んだ、その一瞬を捉えて右拳を通している。

 直希には、まだその違いを再現できなかった。

 初心者向けと紹介されていたから、神谷蓮司を選んだ。

 

 今も勝ちたいし、玲奈へ一勝を返したい。

 それに加えて、自分の蓮司で出せるようになりたい技ができた。

 

「次は、《破陣・轟天拳・壊》も練習する」

 

 直希は動画を止めた。

 三勝目は確かに嬉しかった。

 それでも、今日の勝利で《轟天拳》を使いこなせるようになったわけではない。

 

 攻撃を見て迎撃すること。

 被弾しても打ち返せる状況を知ること。

 そして、相手の攻撃を読み切って《壊》を成立させること。

 

 その違いを、直希は少しずつ理解し始めていた。

 まだ出せない一撃が残っていることも、ゲームを続ける理由になっていた。

 


 

 公式アリーナでは、回復を終えた美月が結果表示から蓮司へ視線を戻した。

 

「今日は、あなたの勝ちね」

 

「ああ。俺の勝ちだ」

 

 蓮司ははっきりと答えた。最初のラウンドで一方的に倒され、美月の蹴りに何度も前進を止められながら、それでも最後には二ラウンドを奪い返した。

 女性格闘家に敗れ続けた悔しさを知っているからこそ、その勝利を控えめに受け取るつもりはなかった。

 

「……なあ、美月。試合の前に、俺へ七敗目を刻むと言ったな」

 

「ええ。そうするつもりだったわ」

 

「最初のラウンドは、おまえの言うとおりになった。男として恥ずかしくないのかとも聞かれたな」

 

 蓮司は美月から視線を逸らさなかった。

 

「恥ずかしかったさ。だが、最後に勝ったのは俺だ。今日は男として、女のおまえに勝ったことを誇らせてもらう」

 

 美月の口元から笑みが消えた。

 

「……ずいぶん勝ち誇るのね」

 

「六度も九条美月に負けたからな。今日は、その七敗目を刻ませなかった」

 

「悔しいわよ。先に一ラウンドを取ったのに、次の二つを続けて奪われたんだもの。それも、最後はあれだけ警戒していた《轟天拳》で」

 

 美月はグローブを握り直し、蓮司の右拳へ目を向けた。

 

「でも、前にあなたが戦った同位体の六勝は私のものじゃない。今日の一敗だけが、私自身の戦績よ」

 

「分かってる。だから、今は目の前のおまえに勝てたことが嬉しい」

 

 その言葉を聞き、美月は悔しそうな表情のまま笑った。

 

「……いいわ。今日はあなたが勝者よ。男として誇ればいいわ」

 

「ああ。そのつもりだ」

 

 美月は一度、リングの中央へ目を向けた。

 

「最後は、追ってくるあなたを蹴りで止めて、そのまま頭上を抜けるつもりだったの。正面から同じように跳び込む気はなかったわ」

 

「あれは危なかった。実際、蹴りは先に届いた」

 

「ええ。それなのに、あなたの拳を止めきれなかった。……悔しいわ」

 

「最初のラウンドでは、おまえが踏み込みを止めるところを見落とした。最後は、その違いを見て戦えたと思う」

 

「そうね。でも、次も今日と同じだと思わないことね。あなたの拳がどう出るのか、私も覚えたわ」

 

「分かってる。次も、今のおまえを見て戦う」

 

 蓮司は両拳を軽く合わせた。

 

「それでも、勝ちは渡さない」

 

「……ふふ。私もよ」

 

 美月はわずかに顎を上げた。グローブを握る手には、まだ力が残っていた。

 昨夜、玲奈から聞いた再戦の条件は、この試合で蓮司の側も満たした。

 だが、目の前の美月との勝負は、その条件を埋めるためだけのものではなかった。

 以前の美月とは七度戦い、六度負けて一度だけ勝った。

 それらはすべて、あの美月との間に残っている。

 

 今日の美月とは、まだ一試合しか戦っていない。

 その一試合で、蓮司は美月に一度倒され、二度倒し返した。

 女性格闘家としての誇りを持ち、男の自分に七敗目を刻もうとした相手。

 その美月を、今日は自分の拳で倒した。

 

 その事実が、蓮司には嬉しかった。

 

「いい拳だったわ」

 

 美月が言った。

 

「次は、受けないけれど」

 

「なら、こっちも考える」

 

 二人はそれぞれリングを降りた。

 蓮司が転送区画へ向かう前に振り返ると、美月は立ち止まり、グローブを上げていた。

 さっきまで蓮司の身体があった高さへ拳をかざし、最後の《轟天拳》が通った軌道を確かめているようだった。

 

 同じ顔だった。

 しかし次にこのRESONANCE IDを見たとき、蓮司が思い出すのは、以前の美月の七試合ではない。

 今日、自分を倒すために前へ出て、二度打ち上げられたあとには地上へ戻り、それでも最後まで勝とうとした、この美月の戦いだ。

 そして、自分が男として勝利を誇ったとき、悔しさを隠さずに受け止めた美月の顔も。

 蓮司はその姿を見届け、転送区画への通路を歩き出した。

 


 

 その夜、佐久間航が操作する九条美月の自室で、情報端末が短く鳴った。

 瀬川直希が操作する神谷蓮司と七度戦い、六度勝ったIDの九条美月だ。

 トレーニングを終えた美月が画面を開くと、RESONANCE ARENA運営から競技予定の通知が届いていた。

 

《CASUAL MATCH/対戦予定のお知らせ》

 

《対戦相手:KAMIYA RENJI》

《予定試合数:3》

《会場:訓練区画》

 

「……相手は神谷蓮司?」

 

 美月は表示されたRESONANCE IDを確かめた。

 

 間違いない。

 以前、公式アリーナで四度、その後の訓練区画で三度戦った、あの神谷蓮司だった。

 

 公式戦では三度勝ち、最後の一試合を取られた。

 続くスパーリングでは三試合とも勝ったが、最後はあと一撃で負けかねないところまで追い詰められている。

 

 別れ際、蓮司は言っていた。

 

『次は、もっと取る』

 

 美月は、その言葉を覚えていた。

 

「……三試合、ね」

 

 前回と同じ攻めなら、もう対応できる。

 だが、あの神谷蓮司が同じことを繰り返すだけの男ではないのも知っていた。

 

 公式戦で一度、自分の蹴りを越えてきた男だ。

 あれから何を覚え、どこまで近づいてくるのか。

 それを確かめることは、少し楽しみだった。

 

「今度は、何を持ってくるつもりかしら」

 

 美月は口元を緩めた。

 

「……いいわ。三つとも、私が取るつもりで戦うから」

 

 そう呟いて、情報端末を閉じた。




pixivに今回の派生IFルートとして美月が勝利した場合の短編エピソード『九条美月は、格上を倒した男に七敗目を刻む』を掲載しています。
短編『九条美月は、格上を倒した男に七敗目を刻む』を見る(pixiv)
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