朝倉凛花の挿絵を見る。(pixiv)
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試合後の凛花の挿絵をpixivに掲載しています。
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放課後、朝倉凛花は自室に戻ると、制服のブレザーを椅子の背へ掛けた。
十六歳、高校一年生。赤いリボンでまとめた髪を整え、机に置いていたコントローラーを手に取る。
モニターには、対戦格闘ゲーム『RESONANCE ARENA』のメニュー画面が映っていた。
凛花は、このゲームを始めたばかりの初心者ではない。
もともと使っていたのは、シャルロット・ブレイズだった。
相手の強さを認めながらも、勝負では容赦せず、勝ったあとは敗者の自尊心まで揺さぶる女性格闘家。
そのシャルロットを使うCHARACTER IDでは、SILVER 2まで到達している。
相手の攻撃を見て対応することも、一度通じた技が対策されたときに攻め方を変えることも、凛花にとってはすでに経験してきたことだった。
そんな凛花が別の女性格闘家へ興味を持ったのは、桐生玲奈の新しいAnother Outfitが発表されたことがきっかけだった。
凛花はキャラクター選択画面を開き、今ではすっかり使い慣れた女性格闘家へカーソルを合わせた。
《KIRYU REINA》
桐生玲奈。
袖のない白い上衣には赤紫の縁取りが入り、腰から短い布が流れている。
片側の高い位置で結んだ長い黒髪には、赤紫の花飾り。
標準の戦闘服とは違う装いだったが、涼しげな目元と凛とした立ち姿は、確かに桐生玲奈だった。
「……やっぱり、この衣装いいな」
凛花はモデルを少し回転させ、横からも眺めた。
最初に気に入ったのは、この姿だった。
だが、今では見た目だけで玲奈を使い続けているわけではない。
《霞歩》で相手の攻撃線から外れ、隙へ《穿月掌》を差し込む。
相手の動きを見極めて反撃する桐生式連環武術は、シャルロットとは違う操作感覚だった。
正面から圧力をかけて勝ちに行くのとは違い、相手に攻めさせ、その攻撃を外したところから勝負をひっくり返す。
慣れるまでは戸惑うこともあったが、今ではその読み合いが面白い。
「……この玲奈も、かなり好きなんだよね」
そして、凛花にはもう一つ、玲奈を使う楽しみがあった。
試合に勝ったあとの会話だ。
シャルロットを使っていた頃から、凛花は女性勝者として男性敗者の自尊心を刺激する会話意図を好んで選んでいた。
強い男を倒し、その男が女に敗れたことを悔しがる。
勝者として堂々と誇るシャルロットの姿は、凛花のお気に入りだった。
だから、玲奈でも同じ方向の選択肢が表示されたとき、凛花は自然とそれを選んだ。
ところが、実際の台詞はシャルロットとはずいぶん違っていた。
玲奈は相手の技術を丁寧に認める。自分が苦戦したことも、隠そうとはしない。
それなのに、最後には女性の自分が勝ったことをはっきりと誇り、男性敗者の悔しさまで確かめようとする。
落ち着いた口調のまま、相手が男としての敗北を認めると、少し嬉しそうに笑う。
同じ方向の会話意図でも、シャルロットとは違う勝ち誇り方だった。
「……ああいう言い方も、結構いいんだよね」
凛花は小さく笑い、対戦履歴を開いた。
《OFFICIAL RECORD》
《8 WINS / 0 LOSSES》
《OFFICIAL RANK》
《ROOKIE 1》
八戦八勝。
玲奈のCHARACTER IDを使い始めたのは今日ではない。
放課後や休日に少しずつ公式戦を重ね、ここまで一度も試合を落とさずに来た。
シャルロットで培った対戦経験は、玲奈を使うようになっても役に立っている。
もちろん、キャラクターが変われば使える技も変わる。同じ判断がそのまま通じるわけではない。
それでも、対戦相手の癖を見て攻め方を変えることは、凛花が以前から続けてきた戦い方だった。
八人の男性格闘家を相手に、八度勝利した。
そして試合後には、毎回、男性としての誇りを刺激する方向の会話意図を選んできた。
玲奈はそのたびに、対戦相手との攻防を踏まえ、自分の言葉で勝利を誇った。
凛花は、その勝ち方も、勝ったあとの玲奈の笑顔も気に入っていた。
「……あと一つで、九連勝か」
凛花は少し笑った。
相手が誰であっても、簡単に勝てると思っているわけではない。
けれど、SILVER 2まで戦ってきた経験も、玲奈で積み重ねた八つの勝利もある。
次も、自分の玲奈で勝ちたい。
凛花はコントローラーを握り直し、RANKED MATCHのランダムマッチングを開始した。
「……さて、次は誰かな」
ランダムマッチングで決まった九戦目の相手は、御堂レンだった。
《MIDO REN》
「……あ、レンだ」
凛花は画面に表示された男性格闘家を見て、小さく笑った。
シャルロット・ブレイズを使っていた頃にも、御堂レンとは何度か戦っている。
もちろん、毎回同じRESONANCE IDの相手だったわけではない。
それでも、レンというアーキタイプの厄介さは知っていた。
独自に組み立てた実戦格闘術。
正面から踏み込むと見せかけて途中で止まり、こちらが反応したところへ、角度やタイミングを変えて打撃を入れてくる。
代表的なのが《虚歩》だった。
攻撃するように一歩踏み込み、何もしない。
相手がそれに釣られて動けば、空いた場所へ次の攻撃が飛んでくる。
「……この人、相変わらず面倒なんだよね」
凛花は苦笑した。
シャルロットを使っていた頃も、レンの変則的な攻めには何度もタイミングを狂わされた。
だが、今は操作するキャラクターが違う。
シャルロットとは異なり、玲奈には《霞歩》がある。
相手の攻撃をぎりぎりで外し、そこから《流転》による反撃へつなげられる。
もっとも、レンの《虚歩》に釣られて《霞歩》を使えば、逆にその動きを読まれるかもしれない。
「……玲奈でレンと戦うのは初めてだね」
凛花は少し楽しそうに笑った。
シャルロットで戦ったときとは、攻め方も守り方も違う。
慣れた相手のアーキタイプでも、玲奈ならどんな勝負になるのか興味があった。
凛花は対戦相手の公開ランクと戦績、CHARACTER IDを確認した。
《OFFICIAL RANK》
《KIRYU REINA ROOKIE 1》
《MIDO REN ROOKIE 1》
「……同じROOKIE 1か」
レンのアーキタイプには慣れている。
だが、今回のCHARACTER IDがどんな戦い方をするのかは、実際に試合をしてみなければ分からない。
凛花は対戦情報へ目を戻した。
《RANKED MATCH》
《KIRYU REINA ROOKIE 1》
《VS》
《MIDO REN ROOKIE 1》
「……玲奈、九勝目、取ろうね」
凛花はコントローラーを握り直した。
第一ラウンド。
御堂レンは、力の抜けた構えで玲奈の正面に立っていた。
「さて。あんたはどう来る?」
軽い調子の声だった。
玲奈が構えを整えると、レンは小さく一歩踏み込んだ。
《虚歩》
拳は伸びてこない。
だが、身体の動きは明らかに間合いを詰めるものだった。
玲奈は攻撃が来ると判断し、《霞歩》で横へ身を外した。
その瞬間、レンが角度を変えて踏み込んでくる。
《斜穿拳》
正面をわずかに外した拳が、玲奈の脇腹を捉えた。
「くっ……!」
鋭い痛みが走り、玲奈の上体が横へ流れる。
レンは深追いせず、再び少し離れた位置で構えた。
「今のは、動いてくれたな」
玲奈は脇腹の痛みを感じながら、レンの足元を見た。
攻撃を外したつもりだった。
だが、そもそもレンは拳を出していなかった。
踏み込む動作だけでこちらを動かし、その移動先へ本命の拳を届かせたのだ。
「……あなた、そういう入り方をするのね」
「まあね。あんたが先に動いてくれるなら、俺も楽になる」
「ふふっ。次も同じようにいくとは限らないわよ」
「だろうな。だから面白い」
レンが再び前へ出る。
玲奈はすぐには《霞歩》を使わなかった。
踏み込みを見せられたからといって、必ず攻撃が来るわけではない。
レンの足だけでなく、肩と腰の動きまで確かめる。
もう一度、レンの身体が前へ揺れた。
しかし、拳は伸びてこない。
玲奈は構えを崩さず、その場に踏みとどまった。
「……今度は動かないか」
レンは小さく笑った。
次にレンが動かしたのは、拳ではなく脚だった。
蹴りの始動を見た玲奈は、すぐに両腕を上げて迎撃に備えた。
しかし、予想したタイミングでは蹴りが届かず、一瞬遅れてからレンの脚が鋭く伸びてきた。
《断拍脚》
「……っ!」
独特な間合いとタイミングに戸惑ったものの、玲奈は守りを解かなかった。
遅れて飛んできた蹴りを両腕で受け止めると、重い衝撃が腕を伝わってくる。
それでも、レンが蹴り脚を引き戻す動きは見逃さなかった。
玲奈は《霞歩》で相手の側面へ回り込み、守りが整うよりも早く《穿月掌》を突き込んだ。
「ぐっ……!」
鋭い掌底を胴体へ受けたレンが上体を折る。
玲奈はその隙を逃さず《流燕脚》を重ね、旋回する蹴りを脇腹へ叩き込んだ。
衝撃でレンの身体が大きく押し戻されたが、倒れるまでには至らなかった。
レンは足を踏み直して姿勢を立て直すと、すぐに両拳を構え、玲奈の次の攻撃に備えた。
「……なるほど。今のは取られたな」
「ええ。あなたが本当に動くところを待っていたの」
「じゃあ、次はどうするかな」
レンは再び間合いを詰めてきた。
今度は途中で足を止めることなく、玲奈の正面へ短い拳を伸ばしてくる。
玲奈はその攻撃を受け流し、空いた胴体へ反撃しようとした。
しかし、レンは拳を引き戻す途中で身体の向きを変え、玲奈の正面からわずかに軸を外した。
《転身肘》
横へ滑り込むように放たれた肘が、玲奈の肩をかすめる。
「……くっ!」
鋭い痛みに顔をしかめながらも、玲奈はすぐに距離を取り直した。
単に攻撃のタイミングをずらすだけではない。
レンは一度踏み込んだあとでも、こちらの反応を見て攻撃する角度を変えてくる。
正面の拳を受け流せたからといって、反撃の隙が生まれたとは限らなかった。
玲奈は無理に追わず、両腕を構え直した。
この男を相手に、攻撃が来るまで待ち続けるだけでは主導権を握れない。
かといって、焦って踏み込めば《虚歩》で動かされ、別の角度から拳を受けることになる。
(……だったら、私から動かしてみるわ)
玲奈は呼吸を整えると、今度は自分から短く踏み込んだ。
狙うのはレンの胴体。
《穿月掌》を放つと、レンは掌底の軌道を見て上体を引き、間合いの外へ逃れようとした。
だが、玲奈もそこで無理に追いかけるつもりはなかった。
伸ばした腕を素早く戻し、反撃に備えて身体の軸を整える。
その動きを見たレンが、今度は自分から踏み込んできた。
掌底の打ち終わりを狙ったのだろう。
正面へ伸びてくる拳には、先ほどまでのような迷わせる動きがなかった。
玲奈はその踏み込みを見極め、拳が届く直前に《霞歩》で身体を外した。
レンの攻撃が空を切る。
その瞬間、相手の側面へ回り込んだ玲奈は、振り向こうとするレンの胴体へ《流燕脚》を叩き込んだ。
「がっ……!」
重い蹴りを受けたレンが大きくよろめく。
それでも倒れまいと足を踏み直したが、玲奈はその立て直しを待たなかった。
レンが体勢を戻そうとしている今なら、先ほどのように拍子をずらして反撃する余裕はない。
玲奈は相手の足元を確かめながら、もう一歩だけ踏み込んだ。
《穿月掌》
至近距離から放たれた掌底がレンの胸元を捉え、その身体を後方へ押し崩す。
踏み直しかけていた足も支えを失い、レンは背中からリングへ倒れ込んだ。
起き上がろうとする動きが止まり、決着の合図が響いた。
K.O.
第一ラウンドは、玲奈の勝利だった。
玲奈は構えを解き、深く息を吐いた。
脇腹には《斜穿拳》を受けた痛みが残り、肩にも肘がかすめた感触がある。
決して無傷の勝利ではなかった。
それでも、最後に相手の動きを見極め、攻撃を通したのは自分だった。
玲奈は倒れたレンを見つめた。
「……まずは、私の勝ちね」
レンは片手を床について身体を起こした。
「ああ。最後は俺の方が先に動かされたな」
「ふふっ。あなたに何度も同じことをされたもの。少しくらいお返ししてもいいでしょう?」
「そうだな。今のはあんたが上手かった」
レンは苦笑しながら、ゆっくりと立ち上がった。
「でも、次も同じようにいくとは限らないぞ」
「ええ。私もそう思っているわ」
玲奈は小さく頷いた。
レンは、こちらの反応を見て攻め方を変える男だ。
次のラウンドでも同じタイミングで拳や蹴りを出してくるとは限らない。
だからこそ、油断はできなかった。
ラウンド間のやり取りが終わると、運営母体による回復処理が一瞬で行われた。
玲奈の脇腹と肩から打撃の痛みが消え、レンの身体に残っていた損傷も回復する。
互いに万全な状態へ戻った。
しかし、玲奈の中には《虚歩》で動かされ、《斜穿拳》を受けた記憶が残っている。
レンもまた、最後の踏み込みを読まれ、女の玲奈に第一ラウンドを奪われたことを忘れてはいなかった。
玲奈は改めて構えを整えた。
次も、この男を倒すつもりだった。
《KIRYU REINA》
《ROUND WIN》
「……よしっ!」
凛花はモニターを見つめながら、小さく拳を握った。
第一ラウンドを取った。
シャルロットを使っていた頃にも、御堂レンのアーキタイプとは何度か戦っている。
《虚歩》で反応を誘い、空いたところへ攻撃を通してくる戦い方も知っていた。
それでも、玲奈で戦うとなると勝手が違う。
「……最初、ちょっと釣られちゃったな」
凛花は序盤の《斜穿拳》を思い返した。
レンが《虚歩》で踏み込むと見せた瞬間、攻撃が来ると判断して《霞歩》を使ってしまった。
知っているはずのフェイントでも、実際のタイミングを読み違えれば簡単に崩される。
だが、そこから立て直せた。
《断拍脚》の遅れた蹴りを受け止め、打ち終わりへ反撃を返した。
最後には、自分から《穿月掌》を見せてレンの踏み込みを誘い、《霞歩》から攻撃を通している。
レンに動かされるだけでなく、こちらからも動かすことができた。
「……うん。玲奈でも、ちゃんと戦える」
凛花は満足そうに笑った。
シャルロットとは使える技も、得意な間合いも違う。
それでも、相手の癖を見て対応を変えるという自分の戦い方は、玲奈でも通用していた。
もっとも、勝負はまだ終わっていない。
最初のラウンドを取られたレンが、次も同じように攻めてくるとは思えなかった。
「……さて、次はどう変えてくるかな」
凛花はコントローラーを握り直し、第二ラウンドに備えた。
第二ラウンド。
玲奈は、正面に立つ御堂レンを見据えていた。
第一ラウンドで受けた《斜穿拳》や《転身肘》の痛みは、すでに消えている。
しかし、攻撃するように見せかけてこちらを動かし、その先へ拳を届かせてきた感覚は、はっきりと覚えていた。
相手の動き出しだけを見て反応すれば、また同じように崩される。
だが、レンも第一ラウンドの最後に、自分の反撃を誘われて倒されたことを覚えているはずだった。
「さて。次はどうするかな」
レンは相変わらず、力の抜けた構えを崩していなかった。
「それは、こちらが聞きたいくらいね」
「じゃあ、お互い探り合いか」
「ふふっ。そう簡単には動かされないわよ」
「それは困ったな」
言葉ほど困っている様子はなかった。
開始の合図が響くと、レンは半歩だけ前へ出た。
《虚歩》
拳を出さず、接近する気配だけを見せる独特な動きだった。
第一ラウンドでは、この一歩に反応した玲奈が《霞歩》で身体を外し、その移動先へ《斜穿拳》を通されている。
玲奈は構えを保ったまま、レンの肩と腰の動きを見ていた。
足が前へ出ても、攻撃が来るとは限らない。
そう考えていたが、今度のレンは途中で止まらなかった。
虚歩とよく似た踏み込みから、わずかに身体の軸をずらし、そのまま拳を伸ばしてくる。
《斜穿拳》
「……っ!」
玲奈は横へ逃げず、両腕を寄せて拳を受け止めた。
重い衝撃が腕に響く。
正面からわずかに角度を変えた打撃だったが、守りを崩されるほどではなかった。
レンは拳を引き戻すと、すぐには次の攻撃を出さず、玲奈の反応を確かめるように目を細めた。
「今度は動かなかったな」
「ええ。同じように外せば、また追ってくるでしょう?」
「まあ、それも考えてた」
レンは軽く笑い、再び間合いを詰めてきた。
玲奈が守りを固めていると見るや、今度は短い拳を一つだけ両腕の守りへ当て、そのあとに間を置く。
続く攻撃を警戒した玲奈が腕を上げたままでいると、レンは半拍遅れて脚を振り出してきた。
《断拍脚》
第一ラウンドでも見せた、攻撃の発生を意図的に遅らせる蹴りだった。
しかし、今度は拳からの連係になっている。
通常の連続攻撃なら次の打撃が届いているはずの時間に、まだレンの脚は伸び切っていなかった。
玲奈は反撃を急がず、両腕で蹴りを受け止めた。
「……くっ!」
衝撃に足がわずかに下がる。
その隙へレンが踏み込もうとしたが、玲奈は守りを崩さず、相手の拳が実際に伸びてくるまで待った。
レンの右拳が胸元へ迫ったところで、玲奈は《霞歩》を使って攻撃線から外れる。
続けて《穿月掌》を返そうとしたが、レンはすでに身体を引いていた。
掌底は届かず、玲奈も深追いを避けて構え直した。
「……今のは届かなかったわね」
「そっちが待つなら、俺も待つさ」
レンは余裕を残した声で答えた。
第一ラウンドの最後、玲奈はレンの反撃を誘って勝利した。
今度はレンが、その判断を逆に利用しようとしている。
待っていれば攻撃を当てられるとは限らない。
それでも、玲奈は焦らなかった。
相手が攻撃を途中で止めるなら、こちらも無理に手を伸ばす必要はない。
ただし、待ち続けるだけではレンの好きな間合いを保たれてしまう。
玲奈は足を踏み直し、少しずつ距離を詰めた。
「……今度は、私から行くわ」
「どうぞ。待ってるよ」
レンは構えを変えず、玲奈の接近を見ていた。
玲奈は短い通常攻撃で守りを確かめ、《穿月掌》へつなぐ。
レンは両腕で掌底を受け止め、その打ち終わりを狙って踏み込もうとした。
だが、玲奈もそれ以上は追わなかった。
拳を戻し、レンが前へ出る前に一歩だけ間合いを外す。
相手の攻撃を誘うための動きだったが、レンは乗ってこない。
「……あら」
「今のは、来てほしかったんだろ?」
「ふふっ。分かっているなら、来てくれてもいいのに」
「悪いな。あんたの都合ばかり聞いてられないからさ」
レンは軽く肩を動かしてみせた。
その直後、玲奈の左側へ向かうように踏み込む。
《転身肘》
正面からの拳を警戒させ、近距離で身体の向きを変えながら肘を通す技だった。
玲奈はその軌道を見て、上体をわずかに引いた。
レンの肘が、胸元の手前を通り抜ける。
そこで玲奈は《穿月掌》を返した。
だが、レンもすぐに腕を引いており、掌底は相手の守りに阻まれた。
「……そう簡単には当たらないわね」
「そっちも、さっきより外すのが上手いけどな」
レンはそう答えながら、さらに半歩だけ位置を変えた。
正面に立っているようで、足の位置は少しずつずれている。
玲奈がその動きを追って構えを変えると、レンもまた違う角度から攻撃の気配を見せてくる。
《虚歩》を一度。
玲奈は動かない。
次の踏み込みでは、本当に拳が伸びてきた。
玲奈が両腕で受けると、レンは打撃の途中で身体をひねり、再び側面へ回り込もうとした。
しかし、玲奈もその動きは見ていた。
脇腹へ向かってくる肘の軌道を外し、レンが横を向いたところへ《流燕脚》を返す。
鋭い蹴りがレンの胴体を捉えた。
「ぐっ……!」
レンの身体が大きく流れる。
それでも、踏み直した足で姿勢を立て直し、玲奈が続けて近づこうとしたところへ短い拳を置いてきた。
玲奈は追撃を諦め、拳の届かない位置へ身体を戻した。
攻撃が通ったからといって、次も同じように攻めてよいわけではない。
レンは打撃を受けても、相手が追ってくるところまで考えている。
だが、先ほどの蹴りは確かに届いた。
レンが横へ身体を滑らせるとき、その一瞬だけ、正面への守りが薄くなる。
そこで攻撃を通せることが分かった。
玲奈は呼吸を整え、再び間合いを測った。
レンも無理に前へ出なくなった。
しばらく、二人は小さな攻防を繰り返した。
玲奈が掌底を見せれば、レンは受け止めてから角度を変えようとする。
レンが《虚歩》で踏み込む気配を見せても、玲奈はすぐには動かない。
互いに相手の反応を探りながら、攻撃を届かせられる位置を探していた。
やがて、レンの方が先に踏み込んだ。
短い拳を見せ、玲奈が守りを固めたところで身体の向きを変える。
再び《転身肘》を狙う動きだった。
玲奈は横へ外れようとしたが、レンもその動きを読んでいる。
身体を滑らせた先から、今度は拳を伸ばしてきた。
「……っ!」
玲奈は反撃を諦め、腕を引き戻して拳を受け止めた。
衝撃で足が半歩下がる。
レンは追撃しなかった。
「……今のは、止めたな」
「ええ。少し危なかったもの」
「無理して返してくるかと思ったよ」
「残念だったわね」
玲奈は微笑んだ。
レンは同じ攻撃でも、途中で選択を変えてくる。
こちらが反撃を急げば、その動きを見て次の打撃を通そうとする。
それならば、攻撃が本当に始まった瞬間を見極め、逃さず反撃すればいい。
そして、その機会を待つだけでなく、自分から作ることもできるはずだった。
玲奈は相手の正面へ足を進めた。
レンが短く踏み込む。
玲奈は《穿月掌》を見せ、レンの守りを上げさせた。
しかし、掌底を深く追い込まず、すぐに腕を引き戻す。
相手の反撃を待つ形だった。
レンは一度、そこで動かなかった。
「……また誘ってるな」
「さあ、どうかしら」
玲奈は微笑んだまま構えを保ち、レンの次の動きを待った。
互いに相手の反応を探る攻防が続くなかで、試合の流れは少しずつ変わっていた。
序盤はレンが踏み込みの拍子を変え、玲奈を動かそうとしていた。
だが、玲奈が反応を急がなくなると、レンも簡単には攻撃を通せなくなっている。
そのうえ、玲奈の方から掌底や蹴りが届く場面も増えていた。
レンは距離を測り直し、再び《斜穿拳》で入ろうとした。
玲奈はその踏み込みを見て、両腕を構える。
だが、レンは拳を出す直前にわずかに身体を止めた。
《虚歩》からの切り替え。
先ほどまでと同じように玲奈の反応を誘おうとしたが、今度も彼女は動かなかった。
レンはそこで攻撃を止めず、別の角度へ足を踏み出した。
玲奈の側面へ回り込み、守りの外側から拳を当てるつもりだった。
その足が動いた瞬間、玲奈も身体を滑らせた。
《霞歩》
レンの拳は、わずかに玲奈の身体を外れて通り過ぎる。
相手の攻撃をぎりぎりで避けたことで、桐生式連環武術の《流転》が成立した。
玲奈はその機会を逃さなかった。
横へ回り込んだ姿勢から、レンの胸元へ《穿月掌》を突き込む。
「がっ……!」
鋭い掌底が深く入り、レンの身体が大きく仰け反った。
レンは踏ん張ろうとしたが、先ほどまでのようにすぐ攻撃の角度を変えることはできなかった。
崩れた姿勢を立て直すため、まず足を踏み直す必要があった。
玲奈はその動きを見逃さず、相手が構えを戻すよりも早く距離を詰めた。
レンが両腕を上げる。
玲奈は正面から拳を重ねず、身体をわずかに横へ流しながら踏み込み、下から円を描くように脚を振り上げた。
《天輪脚》
鋭い蹴りがレンの上体を捉え、守りを崩したまま身体を打ち上げる。
「ぐあっ……!」
レンは踏みとどまることができず、背中からリングへ倒れ込んだ。
そのまま起き上がれず、決着の合図が響く。
K.O.
《KIRYU REINA》
《ROUND WIN》
第二ラウンドも、玲奈の勝利だった。
玲奈は蹴り脚を下ろし、大きく息を吐いた。
レンの変則的な攻めには何度も対応を迫られた。
最初のラウンドでは《虚歩》に動かされ、《斜穿拳》を受けた。
二ラウンド目でも、拳と蹴りの間を変えられ、何度か守りへ回されている。
それでも、最後は自分が相手の踏み込みを見極め、反撃を通した。
玲奈は倒れたレンを見つめた。
最初のラウンドでは、自分の方が一度動かされている。
だが、二つ目のラウンドでは、相手の攻撃を誘うだけでなく、自分から攻めることでレンを動かす場面も作れた。
そして、最後に勝負を決めたのは自分の拳と蹴りだった。
「……二つとも、私が取ったわね」
玲奈は静かに微笑んだ。
呼吸は少し乱れていたが、まだ十分に動ける余力が残っていた。
一方、レンは倒れたまま、すぐには起き上がれなかった。
最後の《天輪脚》による衝撃が身体に残り、上体を動かそうとすると痛みが走る。
それでも、玲奈の言葉は届いていた。
「……ああ。今日はあんたの勝ちだ」
レンは短く答えた。
玲奈の笑みが、少し深くなる。
試合は終わった。
勝ったのは、桐生玲奈だった。
《MATCH RESULT》
《KIRYU REINA 2》
《MIDO REN 0》
「……勝った!」
凛花は画面に表示された結果を見て、嬉しそうに拳を握った。
九試合目も勝利。
しかも、二対零だった。
シャルロットを使っていた頃にも、御堂レンのアーキタイプとは何度か戦っている。
あの《虚歩》で動かされ、攻撃の間を変えられる厄介さも知っていた。
だからこそ、今回は最初から警戒していた。
それでも、第一ラウンドでは相手のフェイントに反応してしまった。
知っている技でも、玲奈で戦えば距離や対応のタイミングが変わる。
だが、そこから立て直せた。
相手の攻撃が本当に出たところを見て《霞歩》を使い、掌底と蹴りで反撃する。
第二ラウンドでも、レンは攻め方を変えてきた。
拳を出すと見せかけて止まり、次の攻撃を遅らせてくる。
逆にフェイントだと思えば、本当に拳を伸ばしてくることもあった。
凛花はそのたびに、同じ反応を繰り返さないよう意識していた。
「……うん。ちゃんと見れた」
凛花は小さく頷いた。
シャルロットでSILVER 2まで到達した経験は、玲奈を使うようになっても役に立っている。
しかし、以前のキャラクターでできたことが、そのまま玲奈でもできるとは限らない。
玲奈には玲奈の得意な距離と技がある。
今回は、その違いを生かして勝てた。
「……この勝ち方、いいな」
凛花は結果画面を見つめながら笑った。
御堂レンは弱い相手ではなかった。
途中で何度もこちらの反応を見て、攻め方を変えてきた。
それでも、最後には自分の玲奈が勝った。
相手を倒しきったとき、玲奈にはまだ十分な戦闘余力が残っていた。
凛花は表示された二対零という結果を、もう一度確かめた。
そして、楽しみにしていた画面が現れる。
《POST-MATCH》
《会話意図を選択》
1.レンの変則的な攻めを称える。
2.拍子を読み切って勝ったことを誇る。
3.男性としての自負を刺激し、女性に完敗した悔しさを認めさせる。
「……あ、来た」
凛花は迷わず三番へカーソルを合わせた。
これまでの八試合でも、男性敗者の自尊心を刺激する方向の会話意図を選んできた。
今回の相手は、シャルロット時代から戦い方を知っている御堂レン。
しかも、同じROOKIE 1同士の公式戦で二ラウンドとも取っている。
あの飄々とした男性格闘家に、玲奈はどんな言葉で勝ち誇るのだろう。
「……今日も、これ」
凛花は楽しそうに笑い、三番を決定した。
公式アリーナでは、レンが片膝をつき、ゆっくりと息を整えていた。
最後の《天輪脚》を受けた身体には、まだ痛みが残っている。
試合が終わったからといって、打撃による損傷まで消えたわけではない。
玲奈も、二ラウンド目で受け止めた拳や蹴りの衝撃が両腕に残り、呼吸はまだ完全には整っていなかった。
それでも、二つのラウンドを奪い、勝者として立っているのは玲奈だった。
「……負けたか」
レンは顔を上げ、苦笑した。
「参ったな。最初は、あんたを先に動かせると思ったんだけど」
「一度は動かされたわ。あなたの《虚歩》、本当にやりにくかったもの」
「でも、最後は待たれたな」
「ええ。あなたが何を出すか、最後まで見てから動いたの」
玲奈はそう答えると、わずかに顎を上げた。
「だから、二ラウンドとも私の勝ちよ」
「……そうだな。今日は完敗だ」
レンはあっさり認めた。だが、玲奈の笑みはそこで止まらなかった。
「あなた、男の格闘家でしょう? それなのに、女の私に二ラウンド続けて倒されたのよ。一つも取り返せなかったこと、男として悔しくないの?」
「……そりゃ、悔しいさ」
玲奈の口元が、少しだけ緩んだ。
「もちろん、公式戦では男女の筋力や体格による能力差が調整されているわ。だから、男だから必ず女より強いなんてことはない」
そこまで言ってから、玲奈はわずかに顎を上げた。
「でも、それで男のあなたが女の私に負けた悔しさまで、なくなるわけじゃないでしょう?」
レンは短く息を吐いた。
「……あんた、結構はっきり言うな」
「だって、事実だもの」
玲奈は楽しそうに微笑んだ。
「最初は《虚歩》で私を動かして、《斜穿拳》まで当てた。二ラウンド目だって、何度も攻撃の間を変えてきたでしょう?」
「ああ。だけど、最後は全部見られたな」
「そうよ。あなたの攻撃は確かに上手かったわ。でも、二ラウンドとも最後に勝ったのは私」
玲奈はレンの顔を見つめた。
「男のあなたが、女の私を一度も倒せなかった。その事実は、ちゃんと認めてくれる?」
「……認めるよ。今日はあんたの勝ちだ」
「ありがとう。でも、まだ一つ足りないわ」
「……まだ?」
「ええ」
玲奈は、少しだけ身をかがめてレンと目の高さを近づけた。
「女の私に完敗して、男として悔しいって、ちゃんと聞かせてほしいの」
レンはしばらく玲奈を見ていた。
最後の《天輪脚》を受けた身体には、まだ鈍い痛みが残っている。
敗れたことは認めている。二ラウンドとも取られた事実も、否定するつもりはなかった。
だが、そのうえで男としての悔しさまで確かめようとする玲奈の態度は、少し意外だった。
「……あんたさ」
「何かしら?」
「俺が前に戦った、別IDの桐生玲奈とはずいぶん違うな」
玲奈がわずかに眉を上げた。
「違う?」
「ああ。何人か戦ったことがあるけど、もっと落ち着いてたよ。勝ったら技術の話をして、それで終わる玲奈もいた」
レンは苦笑した。
「でも、あんたは違う。二対〇で勝っただけじゃ足りないみたいだな。俺が男としてどれだけ悔しいか、そこまで確かめたいんだろ?」
「……ふふっ」
玲奈は小さく笑った。
「そうね。確かめたいわ」
「否定しないんだな」
「どうして否定する必要があるの?」
玲奈は不思議そうに首を傾げた。
「あなたが知っている別IDの桐生玲奈が、どんな女性だったのかは知らないわ」
そして、はっきりと言った。
「でも、私は私よ」
レンが玲奈を見る。
「同じ桐生玲奈でも、私が経験してきた勝負は、ほかの玲奈が経験してきたものとは違う。どんな相手と戦い、何を感じてきたのか。その一つひとつが、私自身の経験だわ」
玲奈は自分の胸元へ軽く手を添えた。
「だから、勝ち方も、勝ったあとの喜び方も、ほかの玲奈と同じである必要なんてないでしょう?」
「……まあ、それはそうだな」
「ええ。それにね」
玲奈の笑みが、さらに深くなった。
「私は、女としてあなたみたいな強い男に勝つのが好きなの」
レンは黙って聞いていた。
「あなたの攻撃は本当に厄介だったわ。《虚歩》には最初に動かされたし、《転身肘》も危なかった。それだけの技術を持つ男のあなたに、私は勝ったのよ」
玲奈は嬉しそうに目を細めた。
「しかも、二ラウンドとも」
「……そこ、もう一回言うんだ」
「ふふっ。何度でも言いたいくらい嬉しいんだもの」
玲奈は少しだけ顎を上げた。
「そして、そんな強い男のあなたが、女の私に負けて、悔しそうな顔をしている」
その表情を、玲奈はじっと見つめた。
「……私ね。そういう顔を見るのも、好きなの」
「……なるほど」
レンは一度目を閉じ、短く息を吐いた。
「ほかの玲奈と違うっていうより、あんた自身がそういう女なんだな」
「ええ。そうよ」
玲奈は迷わず答えた。
「桐生玲奈。今日、あなたに勝った女よ」
「……参ったな」
レンは苦笑した。
「負けたうえに、男として悔しいって言うところまで求められるとは思わなかった」
「あら。言ってくれないの?」
「……いや。そこは認めるよ」
レンは玲奈を正面から見た。
「女のあんたに二対〇で負けた。男としても、かなり悔しい」
玲奈の目がわずかに輝いた。
「ふふっ……!」
思わずこぼれたような笑みだった。
「ありがとう、レン」
「礼を言われるようなことか?」
「ええ。だって、あなたがそんなに悔しがってくれるってことは、それだけ本気で私に勝とうとしていたんでしょう?」
「そりゃそうさ。遊びで負けたわけじゃない」
「それが嬉しいの」
玲奈は胸を張った。
「本気で勝とうとしていた男のあなたを、女の私が倒した。その勝利を、あなた自身が認めてくれたんだもの」
レンは少し呆れたように笑った。
「……あんた、本当に楽しそうだな」
「ええ。とても」
玲奈は即答した。
「あなたが本気で戦ってくれたからこそ、勝てて嬉しいのよ。次に戦うときも、私は勝つつもりだから」
「……そうか。なら、こっちも次は同じ拍子で付き合うわけにはいかないな」
「ふふっ。そうでしょうね」
玲奈は楽しそうに微笑んだ。
「また私を驚かせてちょうだい。そのうえで勝てたら、きっと今日より嬉しいもの」
レンは小さく肩をすくめた。
「……やれやれ。とんでもない桐生玲奈に当たったな」
「そう思ってくれるなら、光栄だわ」
玲奈は勝者としての笑みを崩さなかった。
今日の勝負で、自分は二つのラウンドを取った。
相手は強かった。何度も攻撃の拍子を変えられ、簡単には勝たせてもらえなかった。
だからこそ、その男性を倒したことが嬉しかった。
そして今、その男が自分に敗れた悔しさを、男としても認めてくれた。
玲奈はその事実を、心から喜んでいた。
公開された試合後の会話を見て、凛花は思わず笑った。
「……あはっ。そこまで言うんだ」
玲奈はレンの技を褒めていた。
戦い方を認めてもいた。
それなのに、女の自分が勝った事実を何度も確かめ、最後には男性としての悔しさまで言葉にさせてしまった。
しかも、レンはそれを受け止めたうえで、ほかの桐生玲奈とは違うと突っ込んできた。
「……そうだよね。同じ玲奈でも、別IDだもんね」
凛花は画面の玲奈を見た。
この玲奈がこんなふうに話すのは、今日突然変わったからではない。
これまで八度、凛花は似た方向の会話意図を選び、玲奈も八度、それぞれ違う男に勝ってきた。
勝者として誇る言葉も、相手に向ける笑顔も、その一戦ごとに積み重なっている。
「……私やっぱり、この玲奈が好きだな」
凛花が気に入っているのは、衣装だけでも、勝利演出だけでもなかった。
強い男性を相手に、自分の技術で勝ち、その勝利を遠慮なく喜ぶ一人の女性格闘家としての姿だった。
凛花は結果画面へ戻り、更新された記録を確認した。
《OFFICIAL RECORD》
《9 WINS / 0 LOSSES》
《OFFICIAL RANK》
《ROOKIE 1》
九戦九勝。無敗のまま、また一つ勝ちを積み重ねた。
「……よし。九連勝!」
凛花は満足そうに笑った。
シャルロット・ブレイズを使っていた頃には、SILVER 2まで到達している。
だから、ROOKIE帯で勝ち続けられること自体は、そこまで意外ではなかった。
それでも、操作キャラクターを変えれば、使える技も得意な間合いも違う。
シャルロットで覚えた戦い方を、そのまま玲奈へ当てはめることはできない。
実際、最初の頃は《霞歩》を使うタイミングや、《流転》を生かした反撃に戸惑うこともあった。
だが、今では玲奈の戦い方にもすっかり慣れてきた。
今回の御堂レン戦でも、相手の変則的な攻めを見極め、二ラウンドとも取り切っている。
「……うん。玲奈でも、ちゃんと勝ててる」
凛花は嬉しそうに頷いた。
続いてRPの表示を確認すると、勝利による獲得RPに連勝ボーナスが加算されていた。
次のディビジョンまでの差は、もうわずかだった。
《NEXT DIVISION》
《BRONZE 5》
「……おっ、もうすぐブロンズか」
シャルロットでは、とっくに通過してきたランクだ。
それでも、玲奈ではまだ到達していない。
新しいCHARACTER IDで一から戦績を積み重ね、自分の好きなAnother Outfitの玲奈を使って、ここまで上がってきた。
それが凛花には嬉しかった。
次の通常公式戦でも勝利し、獲得RPが境界を越えればBRONZE 5へ昇格できる見込みだった。
「……あと一勝。いい感じじゃん」
凛花はコントローラーを持ち直した。
もちろん、BRONZE 5が最終目標ではない。
シャルロットで到達したSILVER 2まで、今度は玲奈でも上がってみたい。
その先まで行けるなら、なおさら嬉しい。
「……この玲奈なら、もっと上も狙えるかな」
画面の玲奈へ目を向け、凛花は小さく笑った。
そのとき、画面の端に新しい通知が現れた。
《RANKED MATCH》
《CHALLENGE REQUEST RECEIVED》
「……ん?」
自分のCHARACTER IDを指定した対戦申請だった。
凛花は通知を開き、相手の情報を確かめる。
《CHALLENGER》
《KAMIYA RENJI》
《OFFICIAL RANK:ROOKIE 3》
《OFFICIAL RECORD:3 WIN / 11 LOSS》
「……あ、蓮司だ」
見覚えのあるアーキタイプだった。
玲奈で積み重ねてきた八つの勝利の中にも、別IDの神谷蓮司を倒した試合がある。
あのときは《轟天拳》で先にラウンドを取られたものの、そこから二つ取り返して逆転勝利した。
だが、今回申請してきたのは、あの蓮司とは違うCHARACTER IDだった。
「……三勝十一敗か」
凛花は公開戦績を眺めた。
ROOKIE 3。
今の玲奈より二つ下のディビジョンにいる男性格闘家だ。
勝ち数より負け数の方がずっと多い。
けれど、だからといって弱い相手だと決めつけるつもりはなかった。
凛花自身、シャルロットでSILVER 2まで到達した経験を持ちながら、玲奈ではROOKIE帯からやり直している。
相手のPLAYERがどんな経験を積んできたのかは、このCHARACTER IDの戦績だけでは分からない。
それに、神谷蓮司は一発の拳が強い格闘家だ。
以前戦った別IDの蓮司も、最初のラウンドでは玲奈の動きを読み、《轟天拳》を通してきた。
同じアーキタイプでも、使い手やRESONANCE IDが違えば、攻め方は変わる。
「……ふうん」
凛花は少し楽しそうに目を細めた。
九戦無敗の自分の玲奈へ、三勝十一敗の蓮司が指名してきた。
少なくとも、相手はその戦績を見て挑戦することを選んだのだろう。
「……いいね。そういうの」
凛花は画面の玲奈へ目を向けた。
次に勝てば、十戦十勝。そして、BRONZE 5への昇格も見えている。
シャルロットではすでに通過してきたランクだ。
それでも、玲奈で初めてBRONZE 5へ昇格できると思うと、次の試合が楽しみだった。
それに、男性格闘家に勝ったあとの玲奈の姿を見るのも楽しみだった。
この蓮司がどんな戦い方をするのか。
そして、勝った玲奈がその男へどんな言葉を向けるのか。
「……ふふっ。面白そうじゃん」
凛花は対戦申請の画面を見つめた。
まだ受諾はしていない。
それでも、次の相手を探す必要はなくなりそうだった。
「……十勝目、取ろうね。玲奈」
凛花は微笑み、受諾の項目へカーソルを合わせた。