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同じころ。
直希とは別の場所で、もう一台のモニターに『RESONANCE ARENA』のリザルト画面が映し出されていた。
モニターの前に座っているのは、一人の少女だった。
長く整えられた黒髪。机の脇には学校の教材がきれいに積まれ、その隣にゲーム用の機器が並んでいる。
御影紗良。
十八歳。高校三年生。
画面には、たった今終わった対戦結果が表示されていた。
《KIRYU REINA》
《WIN》
紗良が操作していた桐生玲奈の勝利。
しかも二ラウンドとも取られずに終わった。
相手は神谷蓮司。
紗良にとって、そのキャラクター自体は珍しくない。これまでにも別のPLAYERが使う蓮司とは何度も戦っている。
ただし、今回のCHARACTER IDには見覚えがなかった。
しかも相手側には、
《PLAYER RATING:UNRANKED》
《PLACEMENT》
と表示されていた。
「始めたばかり、でしょうか」
実際、試合内容にもそれは出ていた。
真っすぐ前へ出る。疾歩拳を使う。一度追い込まれれば上へ逃げる。
玲奈からすれば、次の動きを読むことは難しくなかった。
紗良が次の対戦へ進もうとした、そのときだった。
《RANKED REMATCH REQUEST》
「……え?」
同じCHARACTER ID。
つい先ほど二対零で負けた相手から、再戦申請が届いている。
しかもCASUAL MATCHではない。
もう一度、RANKED MATCHだった。
「ランクマで、もう一度?」
紗良は表示を見直した。
カジュアルなら、対戦結果を公式戦績へ残さず練習できる。
今の相手がこのゲームを始めたばかりなら、そちらで玲奈への対策を試してから戻ってくる選択もある。
それでも、相手は再びRANKEDを選んだ。
PLAYER側のレーティングだけではない。
このゲームでは、RANKED MATCHの勝敗は操作キャラクター自身の公式戦績にも残る。
次も負ければ、この神谷蓮司には桐生玲奈への二敗目が刻まれる。
「……それでも来るんですね」
紗良は少しだけ考えた。
断る理由はない。
こちらも勝てるなら、公式戦で勝っておきたい。
決定ボタンを押す。
《RANKED REMATCH ACCEPTED》
「来るなら、こちらも勝ちますけど」
紗良はコントローラーを握り直した。
公式アリーナでは、二人の次の公式戦が成立していた。
勝者として言うことを言い終え、リングを離れようとしていた玲奈のもとへ、蓮司から公式再戦の申し込みが届いた。
玲奈はそれを受けた。
《RANKED REMATCH ACCEPTED》
《KAMIYA RENJI》
《VS》
《KIRYU REINA》
同じRESONANCE ID同士による、二度目の公式戦。
玲奈はリングへ戻りながら、正面の蓮司を見る。
敗北から回復した青年も、すでに次の試合へ向けてこちらを見ていた。
「……ずいぶん早い再戦ね」
「ああ」
再戦を申し込まれること自体は珍しくない。玲奈もこれまで、勝った相手からもう一度挑まれたことは何度もあるし、自分が敗れた相手へ挑み直したこともある。
だから、再戦そのものに驚いたわけではなかった。
気になったのは、その早さだった。
蓮司はたった今、自分に二ラウンド続けて取られたばかりだ。それでも結果を受け取った直後に、同じ自分を指定してもう一度申し込んできた。
「今の一敗は、もう公式戦績に残っているわ」
「分かってる」
「次も負ければ、私への二敗目になる」
「それも分かってる」
玲奈は少しだけ目を細めた。
「それでも、私を選んだのね」
「負けた相手はおまえだからな」
「それで?」
「今のおまえに、俺は勝ててない。だから、もう一度やる」
玲奈はその答えを聞いてから、改めて掌を構えた。
「……そう。なら、受けた以上は私も勝つわ」
蓮司も拳を上げる。
「今度は変える」
「やってみなさい」
二人の二度目の公式戦が始まった。
二戦目。
ROUND 1。
今度は、開幕から疾歩拳を出さなかった。
直希は蓮司を歩かせて距離を詰め、玲奈が先に出した蹴りをガードする。
その隙へ反撃を入力すると、蓮司の拳が玲奈の頬を捉えた。
「よし、今のは入った」
画面の前で、直希が小さく拳を握る。
アリーナでは、玲奈が二歩下がっていた。
指先で拳を受けた頬へ触れ、それから正面の蓮司を見る。
「さっきとは違うわね」
蓮司も構えを崩さない。
「同じことをしても、また取られるからな」
「同じ入り方はやめたのね」
「負けたばかりだからな。忘れるには早い」
玲奈はわずかに目を細めた。
「そう。じゃあ、どこまで変わったのか見てみるわ」
玲奈はそれ以上、言葉を続けなかった。
蓮司が前の試合から何を変えたとしても、それに合わせてやる理由はない。
玲奈は玲奈で、このラウンドを取るために動きを変える。
直希も、一度拳が当たったからといって、今度はすぐ疾歩拳へ戻らなかった。
歩いて近づく。
玲奈の蹴りをガードする。
届く距離まで待ってから、通常の拳を返す。
最初の試合より、明らかに攻撃は届いていた。
玲奈のHPも少しずつ減っていく。
「いけるかも」
直希がそう思ったころ、玲奈の動きが変わった。
それまで保っていた距離を、自分から詰めてくる。
「え?」
待って反撃するつもりだった直希は、一瞬入力が遅れた。
玲奈の掌底をガードする。
続く蹴りも受け止める。
ここで返す。
直希が拳を入力した瞬間、玲奈は攻撃を止めて半歩だけ下がった。
蓮司の拳が空を切る。
その戻りへ玲奈が踏み込み、脇腹へ蹴りを叩き込んだ。
「くっ……!」
蓮司の身体がよろめく。
そこからは、玲奈の方が早かった。
距離を離せば追われ、待てば先に動かされる。
直希も最後まで攻撃を返したが、削られたHPを取り戻すところまでは届かなかった。
最後は、蓮司が出した拳を玲奈が半身で外す。
空いた胸元へ掌底が入り、残っていたHPが尽きた。
K.O.
桐生玲奈、ROUND WIN。
「……取れないか」
直希が小さく息を吐く。
前の試合よりは戦えた。
それでも、ラウンドを一つ取るところまでは届かない。
次のラウンドへ移ると、二人のHPと身体のダメージが再び回復した。
ROUND 2。
今度は直希から急いで前へ出なかった。
さっきのラウンドでは、こちらが待てば玲奈の方から距離を詰めてきた。
それを覚えていた直希は、蓮司を構えさせたまま相手の出方を見る。
玲奈が一歩、さらにもう一歩と間合いへ入ってくる。
それでもすぐには動かず、蹴りが届く直前まで待った。
「今」
直希が攻撃を入力し、蓮司の拳が迎え撃つように伸びる。
しかし玲奈は正面から受け止めた。
拳をガードすると、それ以上は攻め込まずに一歩下がる。
直希も追わなかった。
前の試合なら、拳を防がれた時点で疾歩拳まで続けていた。
今度はそこで一度止まり、玲奈が次に何をするのかを見る。
数秒、二人の間に距離が残った。
先に動いたのは玲奈だった。
今度は正面から一気に踏み込み、蓮司の懐まで距離を詰めてくる。
直希はすぐにガードを入力した。
さっきと同じように打撃が来る。
そう考えて待ち構えたが、玲奈の手は拳を打つためには伸びてこなかった。
「えっ」
玲奈が蓮司の腕と肩を捉える。
踏み込んできた勢いを横へ流され、蓮司の重心が大きく崩れた。
そのまま身体を回され、背中から地面へ投げ落とされる。
直希は慌てて蓮司を立ち上がらせたが、そこへ玲奈の蹴りが重なる。
今度はガードが間に合った。
蓮司も拳を返し、玲奈もそれを受け止める。
一度離れれば互いに距離を測り直し、どちらかが近づけば再び拳と蹴りが交わった。
第一ラウンドよりも長く戦えている。
蓮司の攻撃も何度か玲奈へ届いた。
それでも、HPの差は少しずつ広がっていった。
理由は、戦っているうちに直希にも見えてきた。
玲奈は同じ距離から、同じ攻撃だけを選ばない。
蹴りで止めることもあれば、自分から踏み込んでくる。
近づいたところで攻撃を止めることもあれば、こちらがガードを固めた瞬間に投げへ切り替える。
直希が一つの動きへ対応すると、次には違う答えが返ってくる。
「一個覚えただけじゃ駄目なのか……」
気づいたころには、蓮司の残りHPの方が少なくなっていた。
それでも直希は画面から目を離さない。
玲奈が再び前へ出る。
さっきは、ここから投げられた。
今度も投げかもしれない。
そう考えた直希は、掴まれる前に距離を作ろうと蓮司を一歩下がらせた。
だが、玲奈は追ってこなかった。
蓮司が下がったのを見ると、その場で足を止める。
再び二人の間に、蹴りが届くか届かないかの距離ができた。
「しまった」
下がる必要はなかった。
直希が蓮司を前へ戻そうとした、その瞬間だった。
玲奈の脚が先に伸びる。
前へ出ようとした蓮司の胸を、蹴りが正面から捉えた。
「っ……!」
身体が後ろへ弾かれ、残っていたHPがゼロになる。
K.O.
《KIRYU REINA》
《WIN》
二戦目も二対零。
桐生玲奈の勝利だった。
玲奈は蹴りを下ろし、ゆっくりと構えを解いた。
倒れた蓮司へ視線を向ける。
最初の公式戦も二対零。
そして今度も二対零。
結果は変わらなかった。
「これで、私の二戦二勝ね」
蓮司が身体を起こしながら玲奈を見る。
「……ああ」
「二試合とも二対零。まだ一ラウンドも渡してない」
「分かってる」
「なら、次はどうするの?」
玲奈は勝者として蓮司を見た。
玲奈の声は穏やかだった。
けれど、そこに慰めるような響きはなかった。
「一戦目よりは当たった」
蓮司は自分の拳を見る。
「待つこともできた。少しは見られたと思う」
「それは否定しないわ」
玲奈はあっさり答えた。
「でも、それで何が変わったの?」
蓮司が顔を上げる。
「結果は二対零。二回戦って、二回とも私が取った」
玲奈は頭上の戦績表示へ視線を向ける。
「少し拳が届くようになったくらいで、この差が埋まったと思わない方がいいわ」
「……厳しいな」
「公式戦でしょう?」
玲奈は蓮司へ視線を戻した。
「今のあなたは、拳が届いたあとで止まっている。そこを変えないと、私には届かないわ」
蓮司は黙った。
「一発を返せても、その先で何をするか決まっていないでしょう?」
少し間を置く。
「それでも今のまま私と戦えば、増えるのはあなたの敗北だけよ」
蓮司はしばらく何も言わなかった。
やがて、自分の拳へ目を落とす。
「……俺はまだ、何が足りないのか分かってない」
「そう」
「一戦目よりは当たった。でも、まだおまえに勝てない」
蓮司は玲奈を見る。
「そこが分からないままなんだ」
玲奈はその言葉を聞いても、表情を緩めなかった。
「なら、まず考えた方がいいんじゃない?」
踵を返す。
「少なくとも、同じように公式戦を続けるだけでは、私には届かないわ」
そう言い残し、玲奈はリングの出口へ歩き出した。
このままアリーナ内の転送区画へ向かい、自室へ戻るつもりだった。
だが、リングを降りるより先に、新しい表示が視界へ開いた。
《RANKED REMATCH REQUEST》
《KAMIYA RENJI》
玲奈の足が止まった。
直希はリザルト画面を見ながら、しばらくコントローラーを動かさなかった。
玲奈が蓮司へ言った言葉が、まだ頭に残っている。
──今のあなたは、拳が届いたあとで止まっている。そこを変えないと、私には届かないわ。
──それでも今のまま私と戦えば、増えるのは敗北だけよ。
「……きついな」
思わず声が漏れた。
でも、言い返せない。
二試合やって、二試合とも二対零。
一ラウンドさえ取れていない。
玲奈の言う通り、このまま同じことを続けるだけなら、また負ける気がした。
それでも。
「前よりは、マシだったんだよな」
直希は二戦目を思い返す。
一戦目より攻撃は届いた。
開幕から疾歩拳を出さなかった。
一度待つこともできたし、玲奈が動いてから対応しようともした。
勝てなかった。
でも、何も変わらなかったわけではない。
「同じことを続けたら駄目なら……」
直希はリザルト画面を見る。
「次は、また変えればいい」
まだ何を変えれば正しいのかまでは分からない。
それでも、さっきと同じ戦い方をするつもりはなかった。
画面には二つの選択肢が残っている。
《REMATCH》
《RETURN》
直希は少しだけ迷った。
玲奈の忠告を無視しているわけではない。
むしろ、言われたことが引っかかっているからこそ、もう一度試したかった。
「……もう一回」
直希は《REMATCH》を選んだ。
《RANKED REMATCH REQUEST》
同じころ。
紗良の画面にも、見覚えのある表示が現れた。
《RANKED REMATCH REQUEST》
「……また?」
紗良は思わず画面を見直した。
同じCHARACTER ID。
そして今回もRANKED MATCH。
つい先ほど、玲奈は蓮司へかなりはっきり言っていた。
──今のあなたは、拳が届いたあとで止まっている。そこを変えないと、私には届かないわ。
──それでも今のまま私と戦えば、増えるのは敗北だけよ。
紗良自身、その判断がおかしいとは思わなかった。
二試合続けて二対零。
相手はまだ一ラウンドも取れていない。
練習するならCASUAL MATCHでもいい。
別の相手と戦って経験を積むこともできる。
少なくとも、すぐに三度目のRANKED MATCHを選ぶ必要はない。
「玲奈にあそこまで言われたのに……」
それでも、相手は《REMATCH》を選んだ。
紗良はすぐには決定ボタンを押さなかった。
「……何を考えてるんでしょう」
無謀。
最初に浮かんだのは、その言葉だった。
けれど、そこで二試合目の内容を思い返す。
一試合目では、正面から来ることしか考えていないように見えた。
開幕から疾歩拳で入り、通った攻撃へ何度も戻っていた。
二試合目では違った。
開幕から疾歩拳を出さなかった。
玲奈の攻撃を一度受け止めてから返した。
待つことも覚えたし、途中からはこちらが何をするのか見ようとしていた。
まだ上手くはない。
結果も二対零のまま。
それでも、同じ負け方を繰り返したわけではなかった。
「……前と同じではなかったですね」
紗良はもう一度、《RANKED REMATCH REQUEST》を見る。
玲奈の忠告を聞いていなかったわけではないはずだ。
それでももう一度公式戦を選んだ。
だとすれば。
「また同じことをするつもりでは、ないんでしょうか?」
最初の再戦では、どうしてまた公式戦なのかと思った。
今は少し違う。
どうして続けるのかは、まだ分からない。
けれど、次に何をするのかは少し気になった。
紗良は決定ボタンへ指を置く。
「それでも、こちらが譲る理由はありませんけど」
《RANKED REMATCH ACCEPTED》を選んだ。
こちらも公式戦を受ける以上、勝つつもりで戦う。
ただ、最初のマッチングのときとは違っていた。
紗良は次の対戦が始まる前から、相手が最初にどう動くのかを少しだけ気にしていた。
玲奈はまだリングを離れていなかった。
二戦目を終えたばかりの公式アリーナに、新しい再戦申請が表示される。
《RANKED REMATCH REQUEST》
《KAMIYA RENJI》
玲奈は表示された名前を見て、正面の蓮司へ視線を戻した。
さっき、はっきり言ったばかりだった。
今のまま自分へ挑み続けても、増えるのは敗北だけだと。
それを聞いたうえで、蓮司はまた自分を指定して公式再戦を申し込んできた。
玲奈はすぐには受けなかった。
「……さっき言ったこと、忘れてないわよね」
「覚えてる」
「今のままなら、増えるのは敗北だけだって言ったわ」
「ああ」
「それでも、また私に申し込むのね」
蓮司は少しも目を逸らさなかった。
「今の俺は、おまえに二度負けてる」
「ええ」
「だから、もう一度やる」
玲奈の目が細くなる。
負けた事実を無視しているわけではない。
二敗したからこそ、その二敗を持ったまま、もう一度自分へ挑もうとしている。
「……そう」
玲奈は再戦を受けた。
《RANKED REMATCH ACCEPTED》
これで三度目の公式戦が決まる。
「なら、今度も勝つわ」
「今度は変える」
玲奈は腰を落とし、蓮司を正面から見据えて掌を構えた。
蓮司も拳を上げる。
三度目の勝負が始まった。
三戦目。
ROUND 1。
今度こそ玲奈を見る。
直希はそう決めて、開幕から蓮司を走らせなかった。
玲奈もすぐには近づいてこない。
二人の間に距離を残したまま、静かに足を運んでいる。
霞歩を警戒する。
蹴りが届く距離を測る。
玲奈が何を待っているのかも考える。
前の二試合より、見ようとしていた。
だからこそ、直希は迷った。
玲奈が半歩前へ出る。
蹴りか。
それとも投げまで来るのか。
ここで拳を出せば、霞歩で外されるかもしれない。
もう一歩、玲奈が近づく。
「まだ……」
直希は入力しない。
さらに玲奈の重心が前へ移った。
今度こそ何か来る。
そう思ったときには、もう遅かった。
玲奈が一気に間合いを詰める。
低く沈めた身体から伸びた掌が、蓮司の胸へ突き込まれた。
穿月掌。
「ぐっ……!」
蓮司の上体が大きく揺れる。
直希は慌ててガードへ切り替えたが、玲奈はその場に留まらない。
一度横へ位置を変え、蓮司が向き直ったところへ再び踏み込んでくる。
今度は反応しなければ。
直希が拳を出す。
だが、遅い。
玲奈は拳の外側へ身体をずらし、そのまま回転へつないだ。
流燕脚。
弧を描いた蹴りが蓮司の脇腹を捉える。
「くっ……!」
そこから直希も何度か攻撃を返したが、最初についたHP差を埋めることはできなかった。
最後は玲奈の蹴りをガードしたあと、反撃するか待つかで一瞬迷った。
その一瞬へ、玲奈の掌底が入る。
K.O.
桐生玲奈、ROUND WIN。
「……見てたつもりなんだけどな」
直希が小さく呟く。
見ていなかったわけではない。
むしろ前よりずっと見ていた。
ただ、見たもの全部に答えを出そうとしているうちに、自分の入力が遅れていた。
HPと身体のダメージが回復し、ROUND 2へ移る。
蓮司が拳を構え直した。
「……見ようとして、止まった」
玲奈は向かい側で掌を構えたまま、蓮司を見る。
「ええ。さっきまでとは違ったわ」
そこで言葉を切る。
「でも、止まっている間に一ラウンド取られた。それが今の結果よ」
蓮司は何も言わなかった。
「試合の前に言ったでしょう。少し変えたくらいで、今の差が埋まったわけじゃないって」
「……ああ」
「今ので一つ目」
玲奈の声は静かだった。
けれど、慰めるような響きはない。
「次も同じなら、この試合も私が取るわ」
蓮司は短く息を吐き、拳を握り直した。
「……次は止まらない」
玲奈は表情を変えなかった。
「なら、結果で見せて」
ROUND 2。
今度の直希は、考えすぎないよう意識した。
玲奈が近づけば拳を出す。
蹴りを受ければすぐに返す。
霞歩が見えれば、移動先へ攻撃を重ねる。
第一ラウンドより蓮司は動いた。
だが今度は、動くことを急ぎすぎた。
玲奈が霞歩で横へ外れる。
直希はその移動先を狙い、すぐに攻撃を入力した。
蓮司が身体の向きを変え、玲奈を追うように拳を伸ばす。
しかし玲奈は、そこには留まらなかった。
さらに一歩だけ踏み替えて角度を変え、追ってきた拳を空振りさせる。
「まだ動くのか!」
画面の前で、直希が声を上げた。
蓮司が玲奈を追って向き直ろうとする。
だが、その動きが間に合うより早く、玲奈の蹴りが側面から脇腹を捉えた。
それでも直希は止まらない。
立て直して前へ出し、玲奈の蹴りをガードして拳を返す。
今度は一発入った。
だが、その成功を追おうとしたところで再び外される。
止まりすぎれば先に動かれる。
急いで動けば、今度はその動きを利用される。
その違いを理解しきれないまま、少しずつ蓮司のHPが削られていった。
終盤、直希は玲奈が一歩下がったのを見て、距離を詰めようと前進を入力する。
蓮司が床を蹴り、玲奈へ踏み込んだ。
だが玲奈は、その接近を待っていた。
蓮司が拳を出せる距離まで入った瞬間、玲奈が先に重心を沈める。
踏み込む力を腰から肩へつなぎ、開いた掌を真っすぐ突き出した。
穿月掌。
「っ……!」
鋭い掌底が蓮司の胸を捉え、踏み込みを正面から止める。
残っていたHPが尽きた。
K.O.
《KIRYU REINA》
《WIN》
三戦目も二対零。
桐生玲奈の勝利だった。
蓮司は身体を起こしながら、短く息を吐く。
「止まらなければいいってわけでもないか」
玲奈はすぐには答えなかった。
構えを解き、倒れた蓮司を静かに見る。
「……だから言ったでしょう」
蓮司が顔を上げた。
「少し変えたくらいで、今の差が埋まったわけじゃないって」
「ああ」
「最初のラウンドでは、考えすぎて止まった。次は止まらないようにして、今度は動くのを急ぎすぎた」
玲奈は頭上の戦績表示へ視線を向ける。
「変えようとしていたのは分かるわ」
そこで一度、言葉を切った。
「でも、結果は?」
蓮司は黙った。
「三戦三敗。六ラウンド戦って、あなたはまだ一つも取ってない」
玲奈の声は穏やかなままだった。
だからこそ、その言葉だけがはっきり残った。
「二戦目のあとにも言ったわよね。今のまま私と公式戦を続けても、増えるのは敗北だけだって」
「……覚えてる」
「なら、もう少し結果を見た方がいいんじゃない?」
玲奈は蓮司をまっすぐ見た。
「一戦目より当たった。二戦目より考えた。そんなことを一つずつ数えても、公式戦では勝ちにならないわ」
蓮司の拳が、わずかに握られる。
「……分かってる」
「いいえ」
玲奈は静かに否定した。
「今のあなたを見ていると、まだ分かっているようには見えない」
蓮司が玲奈を見る。
「何か足りないと思っているんでしょう?」
「ああ」
「だったら、次の試合までに、それが何なのか考えた方がいいわ」
玲奈はそこで踵を返した。
「私は次も手加減しない。今のままなら、結果も変わらない」
それ以上は何も言わず、リングを離れていった。
蓮司はしばらくその背中を見ていた。
やがて、自分の拳へ視線を落とす。
「……まだ足りない」
それだけを呟いた。
試合が終わり、直希の画面へリザルトが表示される。
三戦三敗。
今回も、一ラウンドも取れなかった。
そして玲奈からは、もう一度はっきりと言われた。
──今のままなら、結果も変わらない。
「……めちゃくちゃ言うな」
直希はコントローラーを持ったまま、画面を見る。
でも、反論はできなかった。
三試合やって、六ラウンド全部負けている。
数字だけなら、玲奈の言う通りだった。
それでも直希には、一つだけ引っかかるものがあった。
一戦目と同じ負け方ではない。
最初は何も見ずに前へ出た。
三戦目では玲奈を見ようとして、今度は考えすぎた。
次のラウンドでは止まらないようにして、逆に動くのを急ぎすぎた。
失敗している。
でも、失敗の仕方まで同じではない。
「……じゃあ、まだ変えられるってことだろ」
画面に選択肢が表示される。
《REMATCH》
《RETURN》
玲奈の忠告は、ちゃんと聞いていた。
それでも直希は《REMATCH》へ指を動かす。
「次は、同じ失敗をしない」
決定。
《RANKED REMATCH REQUEST》
紗良の画面へ、三度目の再戦申請が届いた。
もう、「また?」とは言わなかった。
同じCHARACTER ID。
同じRANKED MATCH。
そして、三試合続けて二対零。
数字だけ見れば何も変わっていない。
でも、紗良にはそうは見えなかった。
最初の試合では、ただ前へ出てきた。
二試合目では、一度止まるようになった。
三試合目では、こちらを見ようとしていた。
そのせいで考えすぎ、逆に動けなくなっている場面まであった。
上手くなった、と言うにはまだ早い。
けれど、負け方は同じではない。
「……負けるたびに、変えてくるんですね」
紗良は画面に表示されたCHARACTER IDを見る。
最初は、認定中の初心者としか思わなかった。
今は少し違う。
次も勝てるとは思う。
玲奈の方がまだ明確に上だ。
それでも。
「次は、何を変えてくるんでしょう」
気づけば、そんなことを考えていた。
紗良は四度目の公式戦を受ける。
《RANKED REMATCH ACCEPTED》
その指には、もう迷いがなかった。