RESONANCE ARENA   作:エーアイ

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破陣・轟天拳・壊を決めた蓮司の挿絵をpixivに掲載しています。
破陣・轟天拳・壊を決めた蓮司の挿絵を見る。(pixiv)

ラウンド決着直後の直希と凛花の挿絵をpixivに掲載しています。
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ラウンド2の試合結果の挿絵をpixivに掲載しています。
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第20話 瀬川直希は、無敗の玲奈に挑戦する(中編)

 第二ラウンド。

 玲奈は、開始とほぼ同時に間合いを詰めた。

 

 第一ラウンドで蓮司が守りから反撃へ切り替えてきたことは覚えている。

 だからといって、相手が次の攻撃を選ぶまで待ってやるつもりはなかった。

 

 身体を横へ流しながら腰を回し、《流燕脚》を鋭く振り抜く。

 蓮司はすぐに腕を寄せたものの、蹴りは守りの外側から脇腹を捉えた。

 

「ぐっ……!」

 

 痛みに身体が傾く。

 蓮司が踏み直して構えを整えるより早く、玲奈は蹴り脚を引き戻し、低い姿勢から《穿月掌》を突き込んできた。

 掌底が腹部へ入り、息を吐く間もなく二度目の衝撃が走る。

 蓮司は後退して距離を作ろうとしたが、玲奈はそれ以上深追いせず、こちらが反撃へ移る前に身を引いた。

 

「……っ、また先手を取られたか」

 

 蓮司は痛みをこらえながら両拳を構え直した。

 対戦相手の玲奈は守りを固めて待つだけではない。

 第一ラウンドの終盤に見せた《霞歩》からの反撃と、自分から間合いを詰める攻撃とを、迷いなく切り替えてくる。

 蓮司は同じ失敗を繰り返さないために構えていたはずなのに、最初の二撃を止められなかった。

 玲奈はそんな蓮司を見つめ、涼しげに言った。

 

「今度は最初から警戒していたのでしょう? それでも、私の方が先に届いたわね」

 

「……ああ。だが、まだ始まったばかりだ」

 

「そうね。だったら、ここからどうするのか見せてちょうだい」

 

 蓮司は返事の代わりに呼吸を整え、玲奈の次の一歩を待った。

 


 

「……また先に取られた!」

 

 瀬川直希は画面のHPバーを見て、思わず声を上げた。

 第二ラウンドが始まって間もないのに、蓮司の体力が大きく減っている。

 対する玲奈はほぼ無傷だった。

 

 第一ラウンドで学んだのは、玲奈がこちらの反応を見て攻め方を変えてくることだった。

 だから今度は、最初から不用意に《疾歩拳》で飛び込むつもりはなかった。

 守りを意識していたのに、結果としてその守りを越えて二撃を通されている。

 

「……ただ待ってても、駄目なんだよな」

 

 直希はコントローラーを持ち直した。

 

 玲奈の踏み込みは速い。

 だが、速さだけを理由にしていても、次の攻防は変わらない。

 実際、前のラウンドでは蹴りをガードしたところから反撃を通している。

 

 問題は、次にどの位置から仕掛けてくるのかを見失わないことだった。

 

 直希は玲奈の足元を追い、すぐには攻撃を入力しなかった。

 相手が地上から来るなら間合いを測り、跳んでくるなら対空の選択肢もある。

 

 昨夜の美月戦では、自分が当てたい拳に相手が飛び込んでくることを期待して失敗した。

 今度は、実際に動き出した相手を見てから技を選びたい。

 

「……今度こそ、ちゃんと見る」

 

 直希は画面から目を離さなかった。

 


 

 凛花は、玲奈が最初の二撃を通したことに満足しながらも、蓮司の次の動きを確かめていた。

 

「……ふうん。今度は追いかけてこないんだ」

 

 第一ラウンドの途中から、蓮司は無理な追撃をやめていた。

 守りから短い拳を差し込む判断もできる相手だと、凛花はもう知っている。

 だからこそ、今の静かな構えを単なる消極策とは考えなかった。

 玲奈が一度距離を外すと、蓮司は拳を出さずに足元を見ている。

 自分が前へ出るのを待っているようにも見えた。

 

「……じゃあ、これはどう?」

 

 凛花は正面からの踏み込みをやめ、いったん距離を広げた。

 そのまま斜め前へ短く跳び、玲奈の脚が上から届く位置へ入っていく。

 地上の掌底ばかりを警戒しているなら、攻撃する高さを変える。

 凛花がシャルロットでも使ってきた、相手の守りを揺さぶるための選択だった。

 


 

 玲奈が斜め前へ跳び込んだ瞬間、直希はその距離を確かめた。

 

「……跳んだ。近い!」

 

 思っていたよりも接近している。

 この距離で強い技を欲張れば、拳を出す前に蹴りを受けるかもしれない。

 直希は攻撃の速さを優先し、小強度の《轟天拳》を選んだ。

 入力に応じて蓮司が重心を沈め、右拳を斜め上へ突き上げる。

 

 《轟天拳》

 

 玲奈の蹴り脚が届くよりわずかに早く、その拳が彼女の身体を捉えた。

 

「――っ!」

 

 空中で打たれた玲奈が姿勢を崩し、後方へ大きく弾かれる。

 

「……よしっ!」

 

 直希は小さく拳を握った。

 跳んできた相手へ何となく拳を出したのではない。

 玲奈が近い位置から飛び込んできたことを見て、間に合う強度を選べた。

 

 玲奈が着地して構えを整える。

 その動きが完全に終わる前に、直希は距離を確認して《疾歩拳》を入力した。

 蓮司が低い姿勢から踏み込み、直拳を玲奈の胴体へ打ち込む。

 

「くっ……!」

 

 玲奈の身体が揺れ、HPバーが続けて減った。

 直希はそこで追撃を急がず、相手の守りが戻るのを見て距離を測り直した。

 

「……二つ、通せた」

 

 まだ玲奈のHPを大きく削れたわけではない。

 それでも、第二ラウンドでは最初から攻められる一方ではなくなった。

 相手が本当に跳んだところを落とし、その後の接近にも成功している。

 今の選択が次も通る保証はないが、少なくとも、こちらにも勝つための手があることは分かった。

 


 

 玲奈は足を踏み直し、先ほど蓮司が突き上げた右拳を思い出していた。

 

 大振りではなかった。

 必要な高さだけを打ち抜いた拳が、こちらの蹴りより先に届いたのだ。

 そのあとも、蓮司は着地した自分をただ追いかけるのではなく、間合いを測ってから《疾歩拳》を通してきた。

 

「……今のは上手かったわね」

 

「ああ。今のは、狙ったところへ通せた」

 

 玲奈は一度自分の脇腹に意識を向けた。

 拳を受けた痛みは確かに残っている。

 それでも、ここで足を止めるつもりはなかった。

 

「でも、これで終わりじゃないわよ」

 

「分かってる。まだ一ラウンドも取っていないからな」

 

「そうね。私も二つ目を譲るつもりはないわ」

 

 玲奈は足を運んで間合いを詰め、蓮司が構えた拳の出始めへ短い打撃を差し込んだ。

 肩口を叩かれた蓮司の守りが一瞬揺れると、そこへ《穿月掌》を重ねる。

 

「ぐっ……!」

 

 掌底を腹部へ受けながらも、蓮司は踏みとどまった。

 次の攻撃が来る前に短い左拳を返し、その拳を玲奈の脇腹へ届かせる。

 

「……っ!」

 

 玲奈は痛みに表情を引き締めたものの、同じ距離には残らなかった。

 蓮司が続けて腕を伸ばそうとしたところへ手を添え、腕と肩の向きを変えて重心を横へ流す。

 《崩月》によって崩された蓮司は足を踏み直しきれず、背中からリングへ叩きつけられた。

 

「がっ……!」

 

 床から衝撃が伝わり、呼吸が詰まる。

 蓮司は歯を食いしばって身を起こし、追ってくる玲奈の足音を警戒した。

 だが、玲奈は不用意に近づかず、少し離れた位置から立ち上がる動きを見ている。

 

 蓮司は両拳を戻し、間合いを作り直そうと短い拳を放った。

 その一撃が玲奈の守りをかすめ、彼女の身体をわずかに揺らしたものの、続けて押し込むには至らない。

 

 玲奈は崩れかけた構えを整えると、蓮司が再び前へ出ようとした瞬間に、踏み込みを小さく抑えた《穿月掌》を差し込んできた。

 打撃は腕の内側を抜け、腹部を深く捉える。

 

《CRITICAL》

 

「がっ……!」

 

 鋭い痛みとともに蓮司の身体が大きく後方へ押し戻され、踏みとどまるだけで精一杯になった。

 玲奈は追撃を急がず、その場から蓮司を見据えていた。

 先ほど対空の拳を通されたことも、短い左拳を返されたことも忘れてはいない。

 だからこそ、次の一撃を決める位置を慎重に測っている。

 

 蓮司は荒くなった呼吸を整えながら、再び両拳を持ち上げた。

 


 

《ROUND 2/終盤》

 

 直希は画面に表示されたHPバーを見て、コントローラーを握る指に力を込めた。

 蓮司のHPバーは、もう端にわずかな長さを残すだけになっている。

 対する玲奈は、まだ六割ほどの体力を維持していた。

 

「……あと一発、食らったら終わるな」

 

 ここから通常の拳を何度か当てたところで、簡単に追いつける差ではない。

 しかも、今の蓮司には、玲奈の攻撃をまともに受ける余裕がほとんど残っていなかった。

 

 第二ラウンドでは、小強度の《轟天拳》で玲奈の跳び込みを迎撃し、《疾歩拳》も届かせることができた。

 第一ラウンドと比べれば、確かに反撃の機会は増えている。

 

 しかし、玲奈はそれだけで攻める手を緩めてはくれなかった。

 

 こちらが拳を当てれば間合いを変え、無理に追えば《霞歩》で攻撃を外してくる。

 地上での打ち合いでも攻め方を切り替え、最後には再び主導権を取り戻していた。

 

「……やっぱり、強いな」

 

 直希は小さく呟き、HPバーからRESONANCE ARTSゲージへ視線を移した。

 第一ラウンドから持ち越した分も含め、蓄積したゲージはLEVEL 2の発動条件を満たしている。

 

《RESONANCE ARTS LEVEL 2》

《破陣》

 

 まだ、攻めるための手段は残っていた。

 ただし、《破陣》を発動したからといって、玲奈が正面から打ち合ってくれるとは限らない。

 今の相手に無理に踏み込めば、《霞歩》で拳を外され、その隙に反撃を受ける可能性もある。

 

 直希は画面の玲奈を見た。

 HPバーには大きな差がある。

 こちらはあと一撃で倒されかねないのに、相手にはまだ余裕が残っている。

 

 それでも、何もしないまま負けるつもりはなかった。

 

 《破陣》を使えば、少なくとも玲奈へ強力な打撃を通す機会は作れるかもしれない。

 問題は、その拳をいつ、どの距離で出すかだった。

 

「……まだ、終わってないからな!」

 

 直希はコントローラーを握り直し、《破陣》を発動した。

 

 画面の蓮司が深く重心を落とし、身体に赤い光が巡る。

 足元から立ち上がった圧力とともに構えが引き締まり、右拳へ力を集めるような姿勢へ移った。

 

 直希はその動きを確かめながら、玲奈の出方をうかがった。

 しかし、玲奈は《破陣》の発動を見ても、すぐには仕掛けてこなかった。

 


 

「……ここで《破陣》か」

 

 凛花は画面の蓮司に赤い光が巡るのを見て、すぐに強化技の発動を理解した。

 《破陣》なら知っている。

 以前、別IDの神谷蓮司と戦ったときにも見た技だし、シャルロットでSILVER 2まで戦ってきた経験から、その危険性も分かっていた。

 

 強化状態の蓮司と正面から打ち合えば、こちらが有利な状況でも一度の反撃で大きくHPを削られる可能性がある。

 まして、今は玲奈のHPバーにまだ六割ほどの余裕があり、蓮司の方はあと一撃で倒せそうなところまで追い込んでいる。

 無理に勝負を急ぐ理由はなかった。

 

「……悪いけど、付き合わないから」

 

 凛花は《霞歩》で攻撃線から外れ、さらに通常の移動で距離を取った。

 蓮司の正面に居続けず、強化中の拳が届く位置へ不用意に踏み込まない。

 相手が攻めてくるなら、その動きを見てから対応すればいい。

 


 

 直希の画面でも、玲奈が《霞歩》のあとに後退を重ねていくのが見えた。

 

 昨夜の航の美月も、《破陣》の効果中には深く近づいてこなかった。

 それなのに直希は、相手が踏み込んでくるはずだと思い込み、大きな拳を空振りさせている。

 

 今の玲奈も、同じように距離を取っている。

 

「……今度は、追いかけない」

 

 直希は短く呟き、蓮司を一歩だけ前へ動かした。

 玲奈が後退したからといって、無理に《轟天拳》を出すつもりはない。

 もう一歩前へ出ても攻撃は入力せず、相手が本当に踏み込んできたときに対応できるよう、玲奈の動きを見続けた。

 しかし、強化状態でいられる時間は刻一刻と減っていく。

 

 蓮司のHPバーも、端にわずかな長さを残すだけだった。

 このまま玲奈が近づいてこなければ、せっかく使った《破陣》を生かせないまま、再び攻め込まれるかもしれない。

 それでも、相手がいない場所へ拳を振るわけにはいかなかった。

 直希は焦る気持ちを抑え、画面に映る玲奈の足運びを追い続けた。

 


 

 玲奈は《破陣》を発動した蓮司から距離を取り、その動きを慎重にうかがっていた。

 強化された拳を警戒して間合いを外したものの、蓮司は無理に追いかけてこなかった。

 少しずつ前へ出てはいるが、こちらが踏み込まない限り、拳を振るうつもりはないらしい。

 

「……あら。今度は追ってこないのね」

 

 玲奈は離れた位置から声をかけた。

 

「ああ。おまえが何をしてくるか、見ている」

 

「せっかく強い拳を使えるのに、待っているだけでいいの?」

 

「当たらなければ、意味がないからな」

 

 その返答に、玲奈はわずかに目を細めた。

 

 第一ラウンドでは、自分の攻撃を追いかけて拳を外されていた男が、今度は強化状態になっても不用意に踏み込んでこない。

 こちらの動きを確かめ、拳が届く機会を待っているのだろう。

 言葉で挑発したところで、簡単には動かせそうになかった。

 

 もっとも、玲奈には焦る理由がない。

 

 蓮司はここまでに何度も掌底と蹴りを受け、呼吸も浅くなっている。

 立ってはいるものの、残された戦闘余力はごくわずかに見えた。

 対する玲奈自身には、まだ十分に戦えるだけの余力が残っている。

 

 このまま《破陣》の強化時間を使わせ、効果が切れてから攻め直すこともできるはずだった。

 

 しかし、蓮司もただ立ち止まっているわけではない。

 拳を出さないまま少しずつ前進し、玲奈との距離を詰めてきている。

 

 玲奈は後退を続けながら、相手の足運びを見据えた。

 

 距離を取ること自体は難しくない。

 だが、いつまでも下がり続けていては、自分から攻撃を仕掛ける機会を失ってしまう。

 蓮司に主導権を渡さず、なおかつ強化された拳を受けない位置を保つ必要があった。

 

 玲奈は蓮司の構えを確かめ、次に踏み込むべき間合いを測り直した。

 


 

 凛花の画面には、《破陣》を発動したまま少しずつ前進してくる蓮司が映っていた。

 

 強化された拳を持ちながら、無理に踏み込んでこない。

 第一ラウンドの途中から見せていた、相手の動きを確かめてから攻撃を選ぶ戦い方を、今も続けているようだった。

 

「……慎重になったわね」

 

 凛花は画面のHPバーを確認した。

 蓮司の体力は、もう端にわずかな長さを残すだけになっている。

 対する玲奈には、まだ六割ほどの余裕があった。

 

 このまま距離を保ち、《破陣》の効果が切れるのを待ってから地上戦へ戻すこともできる。

 実際、それが最も危険の少ない選択だろう。

 

 だが、蓮司もただ立ち止まっているわけではなかった。

 攻撃を出さないまま少しずつ前進し、こちらが下がるたびに距離を詰め直してくる。

 

 凛花は玲奈を後退させながら、相手の構えを観察した。

 

 蓮司は低く重心を落とし、いつでも拳を出せる姿勢を保っている。

 こちらが地上から踏み込めば、第一ラウンドで見せた短い左拳や《疾歩拳》を合わせてくるかもしれない。

 

 もちろん、玲奈には《霞歩》も《崩月》もある。

 地上から攻めても十分に勝負できるし、今のHP差なら無理に危険な打ち合いをする必要もない。

 

 それでも凛花は、別の攻撃経路を探していた。

 

 先ほど、小強度の《轟天拳》で跳び込みを迎撃されたことは覚えている。

 あのときは、蓮司の右拳が素早く斜め上へ伸び、玲奈の蹴りより先に届いた。

 

 しかし、今の蓮司は《破陣》を発動している。

 

 通常の《轟天拳》なら右拳一発で迎撃できるが、《破陣》中は左拳から右拳へつなぐ二段攻撃に変化する。

 地上の相手を崩して打ち上げるには強力でも、急な跳び込みを落とす性能は通常版ほど高くない。

 

「……上なら、間に合わないかも」

 

 凛花は蓮司の位置を見直した。

 

 真正面から高く跳び込めば、通常の対空技ではなくても迎撃される可能性はある。

 だから、同じ角度から繰り返すつもりはなかった。

 

 玲奈を横へ動かし、蓮司の正面からわずかに外れた位置を取る。

 

 そこから斜めに踏み切れば、正面の拳が届く前に蹴りを差し込めるかもしれない。

 蓮司がこちらの移動に合わせて向きを変えるなら、その動作にも時間が必要になる。

 

 さらに、《破陣》の強化時間も残り少なくなっているように見えた。

 

 相手が強化を生かそうとして焦って踏み込んでくれば、その隙を狙うつもりだった。

 しかし、蓮司は最後まで不用意な攻撃を出してこない。

 ならば、こちらから決着を狙う選択もある。

 

 凛花はもう一度、HPバーを見た。

 

 玲奈にはまだ十分な余裕がある。

 一方、蓮司は軽い打撃でも倒れかねない状態だ。

 蹴りが深く入らなくても、先に触れることができればラウンドを取れる可能性は高かった。

 

 もちろん、《破陣》には特定の条件で強烈な一撃へ変化する《破陣・轟天拳・壊》もある。

 

 凛花はその技を知らないわけではない。

 シャルロットでSILVER 2まで戦ってきた経験から、相手の強化技を無警戒に受ける危険性も理解している。

 だが、今の位置関係なら、正面から深く踏み込むわけではない。

 角度を変え、蓮司が拳を出す前に蹴りを届かせるつもりだった。

 

「……ここで決める!」

 

 凛花は玲奈を斜め前へ跳ばせた。

 

 玲奈の身体が床を離れ、長い脚が蓮司の上方へ伸びていく。

 先ほど迎撃されたときとは角度を変え、正面からの拳を避けるように踏み切った。

 しかし、蓮司は跳び込みを見ても、すぐには拳を突き上げなかった。

 凛花はその動きに気づいたものの、すでに玲奈の身体は前方へ運ばれている。

 蹴りが届くまで、あとわずかだった。

 


 

 直希は、玲奈の足が地面を離れる瞬間を見ていた。

 

 《破陣》中に《轟天拳》を入力すれば、通常は左拳で相手を崩し、続く右拳で打ち上げる二段攻撃になる。

 しかし、急な跳び込みへ不用意に出せば、最初の左拳が届かないまま蹴りを受ける危険があった。

 

 昨日の航とのカジュアルマッチでも、それを思い知らされている。

 だが、今の玲奈は、先ほどまでの後退から一転して大きく距離を詰めてきた。

 斜めから伸びる蹴り脚が蓮司の頭部へ迫り、跳躍の勢いに乗った身体も深く前へ入っている。

 この距離なら、あの技が成立するかもしれない。

 

(……来た)

 

 直希はすぐにはボタンを押さなかった。

 《破陣・轟天拳・壊》は、出したいと思っただけで使える技ではない。

 位置関係やタイミングが少しでもずれれば通常の二段攻撃になり、その隙へ玲奈の蹴りを受ければ、残りわずかな蓮司のHPでは耐えられないだろう。

 

 それでも、今は昨日とは違う。

 相手が来ると決めつけて拳を出すのではない。

 実際に跳び込んできた玲奈を見て、その勢いと距離を確かめてから判断する。

 直希は、玲奈の蹴り脚が伸び切ろうとする瞬間を待った。

 

「……ここだっ!」

 

 大強度の《轟天拳》を入力する。

 

 画面の蓮司が、深く腰を沈めた。

 玲奈の蹴り脚が顔のすぐ脇へ迫る。

 間に合わなければ、その一撃で第二ラウンドは終わっていた。

 

 しかし、蓮司の左拳は動かなかった。

 いつもなら最初に放たれるはずの拳が出ない。

 

(……えっ?)

 

 直希が異変を感じた、その瞬間だった。

 蓮司の全身を包んでいた《破陣》の赤いオーラが、突然、激しく脈動した。

 肩から背中へ、腰から脚へと巡っていた赤い光が一斉に流れを変える。

 全身に広がっていた力が、逆流するように右肩へ集まり、さらに肘を伝って、固く握られた右拳へと吸い込まれていった。

 

 赤い光が消えたわけではない。

 すべてが、右拳の一点へ収束していた。

 

「……あっ!」

 

 直希の声とほぼ同時に、画面の演出が切り替わった。

 通常の対戦カメラが一気に蓮司へ寄り、リングの景色が暗く沈む。

 蓮司の身体の輪郭だけが赤い残光に縁取られ、次の瞬間には、拳を握り込んだ右手が画面いっぱいに映し出された。

 

 拳の周囲で赤いオーラが渦を巻く。

 幾重にも重なった光の軌跡が一点に集まり、押し込められた力が内側から膨れ上がるように輝きを増した。

 

 直希の目には、そこだけ時間が引き延ばされたように見えた。

 だが、リングでは蓮司も玲奈も止まっていない。

 玲奈の蹴りはそのまま蓮司へ迫り、蓮司もまた、右足で床を踏みしめていた。

 足裏から膝、腰、背中、右肩へと力がつながり、蓮司の身体が下から鋭く伸び上がる。

 赤いオーラをまとった右拳が、斜め上へ突き抜けた。

 

《CRITICAL》

《破陣・轟天拳・壊》

 

 技名が大きく表示されるなか、玲奈の蹴り脚が蓮司の顔へ迫った。

 しかし、その蹴りが届くより早く、赤い光をまとった右拳が玲奈の顎を下から鋭く打ち抜いた。

 

「――っ!」

 

 強烈な衝撃に玲奈の頭が跳ね上がり、長い黒髪と赤紫の花飾りが大きく揺れる。

 伸ばしていた蹴り脚は狙いを失い、蓮司の顔の脇を通り過ぎた。

 

 命中したのは、蓮司の右拳だけだった。

 

 特別なカメラ演出は、玲奈を打ち上げる拳を下方から大きく映し出す。

 その背後で赤い衝撃の輪が幾重にも広がり、リングの床を走った光が弧を描いた。

 蓮司の右拳から噴き上がった赤いオーラが、玲奈の身体を追うように空中へ伸びていく。

 重く鋭い打撃音に、低い轟音が重なった。

 

 いつもの《轟天拳》とは、何もかもが違っていた。

 

 玲奈は受け身を取ることもできず、高く打ち上げられた。

 白と赤紫の戦闘服が宙で大きく翻り、伸ばしていた脚から力が抜ける。

 蓮司の右拳を振り抜いた姿が画面に大きく映り、その上方を玲奈の身体が弧を描いて飛んでいく。

 そして、落下。

 玲奈は背中からリングへ激しく叩きつけられた。

 その衝撃に合わせ、特別演出から通常の対戦画面へ戻る。

 

 直希の視線が、反射的に玲奈のHPバーへ向かった。

 先ほどまで、まだ半分以上残っていたはずのバーが、猛烈な勢いで減っていく。

 

「……えっ、えっ!?」

 

 直希は思わずモニターへ身を乗り出した。

 減少が止まらない。

 玲奈のHPバーは端まで一気に消え、画面の中央へ決着の表示が現れた。

 

 K.O.

 

《KAMIYA RENJI》

《ROUND WIN》

 

 第二ラウンドを奪ったのは、蓮司だった。

 

「…………」

 

 直希は一瞬、声を失った。

 自分が入力したのは、いつもと同じ《破陣》中の大強度《轟天拳》だ。

 それなのに、左拳は出なかった。

 赤いオーラが右拳へ集まり、見たことのない特別な演出が入り、玲奈をたった一発で倒してしまった。

 画面には、まだ決着技の名前が表示されている。

 

《破陣・轟天拳・壊》

 

「……出た」

 

 直希は小さく呟いた。

 そして、表示された技名をもう一度確かめる。

 

「……出た! 出たじゃん、《壊》!」

 

 思わず椅子から腰が浮いた。

 

「うわっ、すっご……! 何だよ今の! めちゃくちゃ格好いいじゃん!」

 

 直希は興奮したまま、画面の蓮司へ視線を戻した。

 あれほど何度も狙い、練習しても出せなかった技だった。

 昨日は航の美月に踏み込みを止められ、通常の二段攻撃を空振りして負けている。

 けれど、今回は違った。

 

 玲奈が本当に踏み込んできたところを見て、自分でタイミングを選んだ。

 その結果、初めて《破陣・轟天拳・壊》が成立した。

 しかも、あれだけ体力差があった相手を、一撃で倒してしまったのだ。

 

「……やばい。これ、やばいって……!」

 

 直希は興奮を抑えきれず、もう一度拳を握った。

 

「蓮司、今のすごかった! よく当てたな!」

 

 もちろん、その声が画面の蓮司に届くわけではない。

 それでも直希は、目の前で起きた逆転が嬉しくて仕方なかった。

 ただし、勝負そのものが終わったわけではない。

 

 ラウンドスコアは一対一。

 次の第三ラウンドを取った方が、この公式戦の勝者になる。

 直希は大きく息を吐き、浮かせていた腰を椅子へ戻した。

 

「……よし。あと一つだ」

 

 興奮はまだ収まらない。

 それでも、直希はコントローラーを握り直した。

 今の一撃は確かに自分で選んだものだった。

 しかし、次も同じように当てられる保証はない。

 

 公式九戦無敗の玲奈との勝負は、まだ続いている。

 直希は画面から目を離さず、最終ラウンドへ備えた。

 


 

「…………は?」

 

 凛花は、画面で起きたことをすぐには理解できなかった。

 ついさっきまで、勝負は自分の方が有利だった。

 玲奈のHPバーには六割ほどの余裕が残り、蓮司の方は端にわずかな長さを残すだけ。

 第一ラウンドも取っている以上、あと一撃を通せば公式戦十連勝が決まるはずだった。

 

 そのために、蓮司の《破陣》を警戒しながら距離を取り、最後は攻撃の角度まで変えて跳び込んだ。

 玲奈の蹴りが届こうとした瞬間、蓮司の動きが変わった。

 最初に出るはずの左拳が出ず、全身を覆っていた赤い《破陣》のオーラが右拳へ集中していく。

 直後、通常の対戦画面が暗転した。

 特別なカメラ演出とともに、赤い光をまとった蓮司の右拳が大きく映し出される。

 凛花は、その映像を見た瞬間に何が起きたのかを悟った。

 

「……えっ、ちょっと!」

 

《CRITICAL》

《破陣・轟天拳・壊》

 

「……うそっ!?」

 

 蓮司の右拳が玲奈の顎を打ち抜くと、赤い衝撃の輪が画面いっぱいに広がった。

 重い轟音とともに玲奈の身体が高く打ち上げられ、長い黒髪と白い戦闘服が宙で大きく翻る。

 ついさっきまで勝利を決めようとしていた自分の玲奈が、今度は一方的に打ち上げられている。

 

 凛花はコントローラーを握ったまま、その映像を見つめていた。

 

 派手なカメラ演出とともに蓮司の右拳が振り抜かれ、打ち上げられた玲奈がリングへ落下する。

 通常の対戦画面へ戻ったときには、玲奈のHPバーが猛烈な勢いで減っていた。

 

「……えっ、えっ!?」

 

 減少が止まらない。

 まだ半分以上残っていたはずのバーが、一気に端まで消えていく。

 

「ちょっと待って! それ、全部持っていくの!?」

 

 凛花の声に応えるものはなく、画面の中央へ決着の文字が現れた。

 

 K.O.

 

《KAMIYA RENJI》

《ROUND WIN》

 

 玲奈は、右拳一発で第二ラウンドを奪われた。

 

「…………」

 

 凛花はしばらく、画面から目を離せなかった。

 

 《破陣・轟天拳・壊》。

 

 技の存在は知っている。

 《破陣》中の《轟天拳》が、特定の条件を満たすことで通常の二段攻撃から強烈な右拳一発へ変化する。

 技の説明も読んでいたし、専用の演出が存在することも知識としては理解していた。

 だが、自分の操作する格闘家が実戦でその一撃を受け、専用演出の末に倒されるのは、これが初めてだった。

 

 シャルロット・ブレイズでSILVER 2まで到達する間にも、神谷蓮司のアーキタイプとは何度か戦っている。

 通常の《轟天拳》も、《破陣》中の二段攻撃も見てきた。

 しかし、《壊》が実際に成立する場面となると話は違う。

 相手が技を知っていても、好きなタイミングで出せるわけではない。

 位置関係、踏み込みの深さ、攻撃を合わせる瞬間が噛み合わなければ、あの特別な一撃には変わらない。

 だからこそ、凛花もこれまで実戦でまともに受けた経験がなかった。

 

「……いや、あの演出……」

 

 凛花は小さく呟いた。

 

「……すごいのは分かるけど、なんで私が食らう側なの!?」

 

 思わず声が大きくなった。

 赤いオーラが右拳へ集まり、専用カメラで打撃の瞬間を見せつける。

 演出としての迫力は、認めざるを得ない。

 もし自分が蓮司を操作していたなら、あれほど格好よく決着する技を出せたことに興奮していたかもしれない。

 だが、今は違う。

 その拳で倒されたのは、自分の玲奈だった。

 しかも、十連勝まであと一撃という場面で。

 

「……いやいや、納得できないんだけど……!」

 

 凛花は唇を結び、決着直前の攻防を頭の中で追い直した。

 《破陣》が発動してからは、無理に正面へ入らなかった。

 《霞歩》と通常の移動で距離を取り、蓮司が追いかけてくるかどうかを見ていた。

 

 しかし、蓮司は最後まで不用意に拳を振らなかった。

 

 強化時間が減っていく中で、凛花は攻撃の角度を変えることを選んだ。

 通常の《轟天拳》なら届く場面でも、《破陣》中の二段攻撃なら迎撃が間に合わない可能性があると考えたからだ。

 その判断には、自分なりの根拠があった。

 だが、結果は違った。

 蓮司は玲奈が跳んだ瞬間に慌てて拳を出したわけではない。

 玲奈が深く踏み込んでくるところまで待ち、その動きを見てから攻撃を選んでいた。

 

「……深く入りすぎたの、私か」

 

 凛花は画面の蓮司を見つめた。

 

 斜めから跳んだつもりでも、蹴りを届かせようとして玲奈の身体を前へ運びすぎた。

 その動きが、結果として《壊》の成立条件に重なってしまったのだろう。

 

 そこまでは理解できた。

 しかし、理解できたからといって、簡単に悔しさが消えるわけではない。

 

「……こんなの、事故でしょ……!」

 

 凛花は思わず声に出した。

 すぐに、自分の言葉にも少し引っかかった。

 技が成立する条件は知っていた。

 相手が無理に追ってこなかったことにも気づいている。

 そして何より、蓮司は実際に玲奈の踏み込みを見てから拳を出していた。

 

 単なる偶然だけで決まった一撃ではない。

 それでも、あの距離と角度から《壊》を成立させられるとは予想していなかった。

 まして、HPバーに六割ほど残っていた余裕を一撃で消されるなど、考えてもいなかった。

 

「……もう、本当に……!」

 

 凛花は背もたれへ身体を預け、短く息を吐いた。

 

 あの派手な演出が、まだ目に焼きついている。

 赤い光を集めた右拳が玲奈を打ち上げ、最後に神谷蓮司のROUND WINが表示された瞬間を思い返すだけで、悔しさが込み上げてきた。

 だが、試合そのものは終わっていない。

 第一ラウンドは玲奈が取っている。

 今の一撃でスコアは一対一になったものの、公式戦初敗北が決まったわけではなかった。

 

 凛花は身体を起こし、コントローラーを握り直した。

 

「……次は絶対、同じの食らわないから」

 

 先ほどまでの笑みは消えていた。

 次のラウンドでは、もう不用意に跳び込まない。

 《壊》の成立を狙える位置へ、こちらから身体を運ぶようなこともしない。

 これまで積み重ねてきた経験も、玲奈で勝ち続けてきた実績も、一度の強烈な反撃で失われるわけではない。

 凛花は、まだこの試合を勝つつもりだった。

 

「……次は、地上戦で勝つ!」

 

 凛花は画面に映る玲奈を見つめ、最終ラウンドの開始を待った。

 


 

 公式アリーナでは、玲奈が床へ片手をつき、ゆっくりと身体を起こしていた。

 顎を打ち抜かれた痛みが残り、立ち上がろうとしても身体がすぐには言うことを聞かない。

 勝利まであと一撃というところまで蓮司を追い詰めていたのに、自分が倒されるとは思っていなかった。

 玲奈は正面に立つ蓮司を見上げた。

 

「……今の一撃、狙っていたの?」

 

 第一ラウンドでは、自分から挑んできた男を圧倒し、男として情けなくないのかと問いかけた。

 第二ラウンドでも、最後に勝ち誇るのは自分だと思っていた。

 ところが、最後に倒れたのは玲奈だった。

 蓮司は彼女の顔を見据え、落ち着いた声で答えた。

 

「おまえが深く踏み込んだのは見えた。あの一撃を通すなら、そこしかないと思った」

 

「……それで、あんなに綺麗に当てたのね」

 

「確実に決まるとは思っていなかった。だが、待ったのは俺だ」

 

 玲奈は唇を引き結んだ。

 あの跳び込みを選んだのは自分であり、蹴りを外して拳を通したのは蓮司だった。

 その事実を、否定することはできなかった。

 

「……次は同じものを当てさせないわ」

 

「ああ。俺も、もう一度同じ形で取れるとは思っていない」

 

 蓮司の返答は落ち着いていた。

 それが、玲奈にはかえって悔しかった。

 

 この男は自分を弱いとは思っていない。

 だからこそ、たった一つラウンドを取っただけで勝ったつもりにもなっていない。

 

 ラウンド間の回復処理が始まった。

 

 玲奈の顎から痛みが消え、身体の損傷も瞬く間に修復されていく。

 蓮司も第二ラウンドで受けた打撃の痛みから解放され、万全の身体で次を迎えられるようになった。未使用のRESONANCEゲージは持ち越される。

 しかし、玲奈の記憶には、男の右拳で打ち上げられた瞬間が鮮明に残っていた。

 

「……今度こそ、私が取る」

 

 玲奈は両掌を構え、蓮司を見据えた。

 

「次は、あなたの思いどおりにはさせないわ」

 

「……ああ。望むところだ」

 

 勝負は、最終ラウンドへ進む。

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