Gold3の壁に伸び悩むを紗良の挿絵を見る。(pixiv)
直希からの再戦申請を受ける紗良の挿絵をpixivに掲載しています。
直希からの再戦申請を受ける紗良の挿絵を見る。(pixiv)
時間を、瀬川直希が『RESONANCE ARENA』を始めた日の夜まで戻す。
御影紗良は、自室のモニターに表示された対戦結果を見つめていた。
《HEAD TO HEAD》
《KIRYU REINA 5 WIN》
《KAMIYA RENJI 0 WIN》
五戦五勝。
相手は、神谷蓮司を使う同じPLAYERだった。
最初の四試合は、すべて二対零。
五試合目だけが二対一だった。
何度も挑んできた相手に、紗良は一度も試合を譲らなかった。
勝つために玲奈を選んでいるのだから、それは当然だと思っている。
それでも紗良は、五勝という数字だけを喜ぶ気にはなれなかった。
「……最後は、一つ取られましたね」
五試合目の第二ラウンド。
あの蓮司は、体力を残りわずかまで削られながら《一閃轟破》を通した。
玲奈が前へ出たところに始動の拳が噛み合い、連撃を最後まで決められた。
相手が、あの瞬間をどこまで狙っていたのかは分からない。
ただ、偶然だったから無視していいとも思わなかった。
それまでの敗北から、あのPLAYERが何かを変えてきたことは確かだった。
最終ラウンドでは、紗良が再び主導権を握った。
一度ラウンドを奪われた相手に、今度は一撃も許さず勝とうとした。
《PERFECT》。その表示が見えるところまで、蓮司を追い詰めた。
だが、最後に短い拳を一発だけ通された。
ラウンドは取った。試合も勝った。
それでも、一撃も受けずに終わらせるという自分の狙いは果たせなかった。
「……欲張りましたか」
紗良は小さく息を吐いた。
完全勝利を意識するあまり、相手が最後に何を狙っているかより、自分がどう締めくくるかを考えていた。
結果は変わらない。
自分の五連勝だ。
しかし、だからこそ、気になる攻防も残った。
紗良は、五試合分の対戦記録を改めて見返した。
蓮司は敗北を重ねるたびに、次のラウンドや試合で少しずつ違う動きを試していた。
最初は前へ出るだけだった相手が、途中からは止まることも覚えた。
玲奈が攻撃を外した先へ追いつけなければ、別の入り方を探そうとしている。
まだ粗いし、隙も大きい。
それでも、負けて何も変わらない相手ではなかった。
「……次に戦うなら、同じつもりでは駄目ですね」
紗良はそう呟いた。
だが、今すぐ六試合目を始められるわけではない。
公式戦での同一CHARACTER IDとの連戦制限である五試合枠に達し、再戦には別の公式戦を重ねる必要がある。
それに、あのPLAYERがまた玲奈へ挑んでくるとも限らなかった。
紗良は結果画面を閉じた。
「こちらも、続けましょう」
それから、紗良は普段どおりにゲームを続けた。
学校から帰り、やるべきことを片づける。
時間が取れる夜には『RESONANCE ARENA』を起動し、桐生玲奈で公式ランクマッチへ入った。
五連勝した相手のことだけを考えていたわけではない。
対戦相手は毎回違う。
自分より反応の速いPLAYERもいれば、こちらの《霞歩》を警戒して踏み込まない相手もいる。
《流燕脚》を見せれば、次は蹴りの終わりを狙われる。
《穿月掌》を何度か通せば、正面からの踏み込みを待たれる。
距離を外す《霞歩》にも、移動先を読まれる危険がある。
だから紗良も、一度通じた技だけには頼らなかった。
相手が待つなら、自分から動く。
前へ出てくるなら、攻撃線を外して反撃する。
反撃まで読んでくるなら、こちらも無理に手を伸ばさない。
桐生玲奈の戦い方は、ただ攻撃を避けてから返すだけではない。
相手にどの攻撃を出させ、どこで反撃するか。
それを考える時間が、紗良は好きだった。
紗良の公式ランクはGOLD 3。
簡単に届く位置ではないと分かっている。
だからこそ、そこまで積み重ねてきた勝負を軽く扱いたくなかった。
別の相手との公式戦も重ね、同じ蓮司と再び戦うための制限は紗良側では解除された。
だが、それだけで再戦が決まるわけではない。
申請するのは敗れた側のPLAYERであり、こちらは受けるかどうかを選ぶ立場だった。
紗良は、特別にその相手を待ってはいなかった。
少なくとも、そう思っていた。
次に、あの神谷蓮司のCHARACTER IDを見かけたのは、公開対戦履歴を確認していたときだった。
以前の対戦相手の欄に、更新された戦績がある。
《KAMIYA RENJI》
《OFFICIAL RECORD 1 WIN / 11 LOSS》
《OFFICIAL RANK ROOKIE 3》
「……ついに、一勝」
紗良の指が止まった。
自分に五度負けたあと、さらに九条美月との公式戦でも三度負けている。
それでも四度目の挑戦で、初めて一試合を取ったらしい。
対戦相手のランクも確認した。
SILVER 3。
初勝利の相手としては、かなり厳しい格上だった。
「……SILVER 3の美月に勝ったんですか」
紗良は少し驚いた。
自分に五度続けて敗れた蓮司が、それほどランクの高い相手から初勝利を挙げたという。
どんな戦い方で勝ったのか、確かめてみたくなった。
紗良は公開リプレイを開いた。
自分が戦ったときの蓮司は、前へ出ることに意識が偏っていた。
しかし、映像の中では相手の長い蹴りを警戒し、一度踏み込んでから止まる場面がある。
距離を外す技への対応も、一試合目と決着した試合では違っていた。
最終ラウンド。
蓮司は《破陣》で間合いを詰め直し、相手の攻撃が始まったところへ短い拳を合わせる。
そこから《烈進連破》を最後まで通した。
《KAMIYA RENJI》
《WIN》
紗良は、再生を止めた。
「……あの頃とは、違う戦い方」
一勝十一敗。
負け越していることに変わりはない。
それでも、十一度の敗北を重ねた末に、ようやく初勝利を掴んでいた。
しかも初勝利の相手は、ROOKIE 3の蓮司より格上にあたるSILVER 3の九条美月だった。
紗良は画面に映る蓮司の姿を見つめた。
対戦相手の九条美月も、簡単には勝たせてくれなかったはずだ。
その相手に、最後まで戦い方を変えて勝った。
「……諦めなかったんだ」
誰に聞かせるでもなく、紗良は呟いた。
ただし、自分との結果まで変わるわけではない。
あの蓮司は、まだ紗良の玲奈に一勝もしていない。
紗良はリプレイを閉じ、次の公式戦の準備へ戻った。
少しあとに見かけた戦績は、二勝十一敗だった。
《KAMIYA RENJI》
《OFFICIAL RECORD 2 WIN / 11 LOSS》
対戦相手は、神谷蓮司。
同じアーキタイプを持つ、別のCHARACTER IDだった。
「……今度は、同位体戦」
相手の戦績は十勝三敗。
自分が知る蓮司よりずっと多く勝っている。
それでも両者は同じROOKIE 3だった。
公式ランクだけで、試合の内容まで決まるわけではない。
紗良は、その試合のリプレイも開いた。
黒髪の蓮司と、白髪の蓮司。
同じ技を使っても、攻める順番が違う。
白髪の蓮司は、短い拳が通った機会に《烈進連破》を使って主導権を取ろうとした。
一方、黒髪の蓮司は、打撃を守らせてから投げへ移る場面を作っている。
最初に戦ったころの蓮司なら、届く距離に入った時点で、そのまま拳を重ねていたかもしれない。
今の黒髪の蓮司は違う。
相手が腕を固めれば、《押し崩し》へ切り替える。
相手が投げを警戒すれば、もう一度拳へ戻る。
その切り替えが、試合の中で少しずつ速くなっていた。
《MATCH RESULT》
《KAMIYA RENJI 2》
《KAMIYA RENJI 0》
紗良は勝者のCHARACTER IDを確かめた。
間違いない。
以前、自分の玲奈で五度続けて倒した、あの神谷蓮司だった。
「……二対零ですか」
以前の五連戦では、蓮司がようやく一ラウンドを奪えたのは五試合目だった。
それが今では、公式戦で勝ち越している同位体を相手に、一ラウンドも譲らず勝利している。
紗良は少しだけ頷いた。
あの五試合で見た蓮司と比べ、攻め方は明らかに変わっていた。
相手の守りに応じて拳と投げを使い分け、以前のように同じ攻撃を繰り返さなくなっている。
五度勝った相手だからといって、次も同じように勝てるとは限らない。
紗良は、画面に映る蓮司を改めて見つめた。
三勝目の相手は、再び九条美月だった。
ただし、一勝目で倒したSILVER 3の美月とは別のCHARACTER ID。
ランクは蓮司と同じROOKIE 3だった。
《KAMIYA RENJI》
《OFFICIAL RECORD 3 WIN / 11 LOSS》
紗良は、その日のランクマッチを終えたあとで、公開された対戦記録を見つけた。
「……今度も勝ったんですね」
試合は二対一。
最初のラウンドは美月が取り、残る二つを蓮司が奪っている。
紗良はリプレイを開いた。
同じ九条美月でも、前に見た映像とは動きが違う。
だから蓮司も、最初から上手く対応できたわけではなかった。
しかし、二ラウンド目からは相手の動きを見て対処を変えている。
跳んできた相手には、無理に大きな技を出さず、通常の《轟天拳》で迎撃した。
近い距離での攻防も増えた。
そして最終ラウンド。
《破陣》の強化中、蓮司は相手の蹴りを受けながらも踏みとどまり、左拳から右拳へつなぐ《破陣・轟天拳》を通した。
強引な攻めにも見えるが、単に拳を連打していたわけではない。
相手の入り方を見て、打つ場所を選んでいる。
「……そこに《轟天拳》を合わせますか」
以前の五連戦では見せなかった《轟天拳》を、《破陣》と組み合わせて実戦で通している。
紗良は、蓮司が以前より多くの選択肢を持つようになったことを感じていた。
《霞歩》でどこへ外すか。
相手が拳を出す前に何を見せるか。
同じ《轟天拳》でも、打てない状況を作ることはできる。
その一方で、あの蓮司が以前と同じ攻撃ばかりしてくれるとも思えなかった。
紗良はリプレイを閉じ、対戦履歴に戻った。
五敗した相手側にも、ID指定再戦の申請条件を満たせるだけの別の公式戦が積み重なっていた。
「……これで、また戦えるんですね」
言葉にしたあと、紗良は少しだけ口を閉じた。
自分でも、なぜ確認しているのかと思った。
再戦できる条件は整った。
だが、あのPLAYERが再び挑んでくるかどうかは分からない。
紗良にできるのは、挑戦が届けば受けるかどうかを決めることだけだった。
そう考えて、画面を閉じた。
次にゲームを起動したときも、再戦の通知は届いていなかった。
紗良は気にせず、いつものようにRANKED MATCHへ入った。
対戦相手の《霞歩》対策に合わせて技を変え、相手の動きを見て勝負を進める。
それは、あの蓮司と戦う以前から続けてきたことだった。
しばらくして、その日の対戦を終える。
画面の端にある通知欄が目に入った。
新しい申請は、なかった。
「……別に、来ると決まっているわけではありませんし」
紗良は自分へ言い聞かせるように呟いた。
五度続けて敗れた相手に、もう一度挑戦する。
言葉にすれば簡単だが、ROOKIE 3の蓮司から見れば、GOLD 3の自分は依然として大きな格上だ。
紗良自身、これほどランクの離れた相手に五度も敗れたなら、すぐに再挑戦するかどうか迷うと思う。
それに、あのPLAYERはようやく一勝、二勝、三勝と白星を重ね始めたところだ。
今は無理に格上へ挑むより、別の相手との試合を続けたいと考えていても不思議ではない。
以前、五度続けて挑んできたからといって、今回も同じ判断をするとは限らなかった。
「……そうですよね」
紗良は小さく頷いた。
勝てるようになったからこそ、次の相手を慎重に選ぶ。
そんな変化があったとしても、それは悪いことではない。
それでも。
紗良は、あの五試合目の最後を思い出した。
次に挑んできたら、今度は何をしてくるのだろう。
ほんの一瞬、そんな考えが浮かんだ。
すぐに画面を切り替えた。
対戦相手の誰かを待つために、ゲームをしているわけではない。
それからしばらくして、ある日の夕方。
紗良は自分の公式戦を終えると、対戦候補の検索画面を閉じた。
もう一試合するには、少し疲れている。
だからといって、すぐにゲームを終了する気分でもなかった。
紗良は公開LIVEの一覧を開いた。
ほかのPLAYERがどんな間合いで戦い、どうやって相手の技を外しているのか。
自分の試合以外を見るのも、技術を磨く方法の一つだった。
《RANKED MATCH LIVE》
《NOW PLAYING》
何気なく一覧を動かした指が、止まった。
《KAMIYA RENJI》
《VS》
《KIRYU REINA》
「……玲奈?」
紗良が目を留めたのは、桐生玲奈ではなく、対戦相手として表示された神谷蓮司の名前だった。
公開情報を開く。
CHARACTER IDを確認すると、以前五度倒した蓮司と一致していた。
《KAMIYA RENJI》
《OFFICIAL RANK:ROOKIE 3》
《OFFICIAL RECORD:3 WIN / 11 LOSS》
「……あの蓮司ですね」
紗良は、対戦相手の玲奈も確認した。
《KIRYU REINA》
《OFFICIAL RANK:ROOKIE 1》
《OFFICIAL RECORD:9 WIN / 0 LOSS》
九戦九勝。
一度も負けていない玲奈だった。
白と赤紫の軽装戦闘服。
片側の高い位置で束ねた長い髪に、赤紫の花飾りがついている。
自分が使う標準Outfitとは違う。
もちろんCHARACTER IDも違った。
「……この玲奈も、強そうですね」
公式ランクはROOKIE 1。
紗良のGOLD 3より低い。
けれど、九試合続けて勝ってきた相手を、ランクだけで軽く見るつもりはなかった。
紗良はLIVE観戦を選択した。
配信が開いたのは、ちょうど両者が公式アリーナに向かい合うところだった。
試合結果は、まだ出ていない。
第一ラウンド。
最初に動いたのは、白と赤紫の玲奈だった。
《流燕脚》
玲奈は自分から踏み込み、蓮司に蹴りを受けさせた。
続けて《穿月掌》。低い位置からの掌底が蓮司の胴を捉える。
「……最初から攻めるんですね」
紗良は画面を見つめた。
自分なら、もう少し相手の踏み込みを確かめる場面だった。
だが、この玲奈は最初から相手を守りへ回している。
蓮司が《疾歩拳》で近づく。
玲奈は《霞歩》で攻撃線から外れ、《流転》を伴う反撃を返した。
掌底。
続けて蹴り。
蓮司のHPが減っていく。
「……対応が速い」
紗良は、もう一人の玲奈の攻め方を追っていた。
自分から動くことと、相手の攻撃を外して返すこと。
その二つが、途切れずにつながっている。
単に強気なだけではない。
相手がどの位置で拳を出したかを見て、そのあとに立つ場所まで変えていた。
蓮司も途中から足を止め、玲奈を待つようになった。
守ってから短い拳を返し、《疾歩拳》を続けて通す場面もあった。
「……あ」
以前の五連戦なら、避けられた相手をそのまま追いかけていたかもしれない。
今は、一度止まれる。
だが、この玲奈も止まらなかった。
拳が届いたあとには距離を変え、蓮司がまた近づくところへ《崩月》を合わせて投げた。
さらに《霞歩》で拳を外し、掌底と《流燕脚》を重ねる。
蓮司が倒れた。
《KIRYU REINA》
《ROUND WIN》
玲奈には、七割近くのHPが残っていた。
「……これは厳しいですね」
紗良は思わず呟いた。
玲奈の判断は正確だった。
蓮司が攻め方を変えても、その変化へすぐに対応している。
自分が操作する玲奈とは選択の傾向が違うが、同じ玲奈を扱う者として参考になる攻防だった。
同時に、蓮司の戦い方も気になった。
最初のラウンドを失っても、最後まで以前と同じ攻めを繰り返していたわけではない。
「……次は、どうするのでしょう」
紗良はLIVE画面から目を離さなかった。
第二ラウンド。
玲奈は再び先手を取った。
《流燕脚》を通し、《穿月掌》で蓮司を押す。
蓮司は防ぎきれない。
それでも、今度は一方的に削られるだけではなかった。
玲奈が跳んだ瞬間、小さく沈んだ蓮司が右拳を突き上げた。
《轟天拳》
大きく踏み込まない、発生の早い迎撃だった。
玲奈が打ち上げられ、そのあとに《疾歩拳》も届く。
「……小さい方を選びましたか」
紗良は少し姿勢を正した。
《轟天拳》には強度ごとに届く距離と発生の違いがある。
いまの距離なら、威力より速さを優先したのだろう。
ただし、玲奈も地上戦へ戻してきた。
短い打撃で蓮司の前進を止め、《穿月掌》と《崩月》を組み合わせて着実に体力を削っていく。蓮司も拳を返して抵抗したものの、攻防の主導権は再び玲奈へ傾いていた。
《ROUND 2/終盤》
紗良は画面上部のHPバーを確認した。
蓮司の残量は、もう端にわずかな長さを残すだけだった。対する玲奈には、まだ六割ほどの余裕がある。
「……あと一撃ですね」
紗良は静かに呟いた。
このまま玲奈が掌底か蹴りを一度まともに通せば、第二ラウンドも決着するだろう。
だが、蓮司にはまだRESONANCEゲージが残っている。
追い詰められているからといって、反撃の手段まで失ったわけではなかった。
そこで、蓮司が《破陣》を発動した。
《RESONANCE ARTS LEVEL 2 破陣》
蓮司の全身に、赤いオーラが巡る。
玲奈は《霞歩》で正面を外し、さらに距離を取った。
「……そうですよね」
紗良も同じように考えただろう。
強化された相手に、正面から付き合う必要はない。
効果が切れるまで距離を管理する方が安全だ。
蓮司が前へ出た。
しかし、《疾歩拳》を連続して出さない。
追いつこうとするより、普通の前進で玲奈との距離を測り直している。
「……追わない?」
紗良は、そこに目を留めた。
前の蓮司なら、強化が切れる前に攻撃を当てようとして焦っていたかもしれない。
今は技を先に決めていないように見える。
玲奈が一度距離を外す。
蓮司はそれでも無理に追わない。
次の瞬間、玲奈が深く跳び込んだ。
長い脚を伸ばし、上から蓮司を仕留めようとする。
「……あっ」
紗良には、少し深すぎるように見えた。
蓮司が深く沈む。
通常の《破陣・轟天拳》なら先に繰り出す左拳を、今回は出さない。
右足で床を踏みしめ、腰から肩へ力を伝える。
全身を巡っていた赤いオーラが右拳へ集中し、その拳が斜め上へ突き抜けた。
《CRITICAL》
《破陣・轟天拳・壊》
「──っ!」
玲奈の蹴りは蓮司の身体の横を抜けた。
次の瞬間、赤いオーラをまとった右拳が玲奈の顎を打ち抜き、その身体を高く打ち上げた。
専用演出が終わり、通常の観戦画面へ戻る。
紗良が見つめる先で、六割ほど残っていた玲奈のHPバーが、一撃で完全に消えていた。
《ROUND WIN:KAMIYA RENJI》
紗良は、言葉を失った。
「……あれを、通し切るなんて」
《破陣・轟天拳・壊》。
技の存在は知っていた。
しかし、あれほど余裕のあった玲奈を一撃で倒し切る場面を、実際に目にしたのは初めてだった。
通常の《破陣・轟天拳》なら、左拳で崩してから右拳へつなぐ。
しかし今の技には、その一段目がなかった。
相手が深く入った姿勢を利用し、右拳一発で打ち上げている。
しかも蓮司は、玲奈が深く入る前に撃っていない。
紗良には、相手の姿を見てから待つ選択をしたように見えた。
もちろん、操作しているPLAYERがどこまで成立を確信していたかは分からない。
「……一対一」
紗良は表示されたスコアを確かめた。
勝つと思っていた玲奈が、六割の体力を一撃で失った。
以前の五連戦で見た蓮司なら、相手が深く入る前に拳を出していたかもしれない。
だからこそ、今の待ち方が印象に残った。
「……でも、次は同じ入り方をさせないでしょうね」
紗良は画面の玲奈を見た。
対戦相手のPLAYERも、ここまで九連勝してきた実力者だ。
同じ条件をもう一度作ってしまうとは限らない。
最終ラウンド。
ラウンド間の回復で、双方のHPは全快している。
ただし、それまでの攻防の記憶と未使用のRESONANCEゲージは残ったままだ。
玲奈は、深い跳び込みを控えた。
地上から距離を測り、《穿月掌》と《流燕脚》を使い分ける。
近い間合いでは《崩月》で蓮司の重心を崩した。
「……やっぱり」
紗良は小さく頷いた。
先ほどの右拳を警戒している。
少なくとも、無理に空中から倒しに行くつもりはないらしい。
これは正しい対策だと思った。
実際、蓮司はその判断を崩せない。
《疾歩拳》と短い拳、時には《震掌》を返しても、攻防全体では玲奈が上回っていた。
玲奈が大きく前へ出ない。
蓮司が追えば《霞歩》で外す。
足を止めれば、玲奈の方から掌底を置いてくる。
蓮司の体力が減っていった。
《FINAL ROUND/終盤》
紗良は画面上部のHPバーを確認した。
蓮司の体力は、もう端にほんのわずかな長さを残すだけだった。
対する玲奈には、まだ半分以上の余裕がある。
「……さすがに、これは」
紗良は続く言葉を飲み込んだ。
第二ラウンドでも、蓮司はこれに近い状況から逆転している。
しかし、今回は違う。
玲奈は《破陣・轟天拳・壊》を警戒し、危険な跳び込みを避けていた。
地上から慎重に攻め続け、蓮司をあと一撃で倒せるところまで追い詰めている。
紗良にも、その判断は正しいように見えた。
玲奈が少し距離を取った。
そして、地上から低く踏み込む。
《穿月掌》
「……っ」
その瞬間、蓮司がわずかに後ろへ下がった。
大きな回避ではない。
掌底が届かない位置まで、ほんの少しだけ。
伸び切った玲奈の掌底が空を切る。
「……外した?」
紗良が目を見開く。
次の瞬間、蓮司が踏み込んだ。
低い姿勢から右拳が伸びる。
《RESONANCE ARTS LEVEL 3 一閃轟破》
始動の直拳が玲奈を捉えた。
画面の演出が切り替わり、蓮司の身体に淡い光が走る。
続けて掌底、肘、膝。
玲奈は構えを戻そうとしたが、連撃が途切れない。
攻撃が命中するたびに、まだ半分以上残っていたHPバーが大きく削られていった。
そして、最後の正拳。
淡い光をまとった右拳が、玲奈の胴体を正面から打ち抜いた。
「──っ!」
玲奈の身体が後方へ吹き飛ばされる。
通常の観戦画面に戻ると、紗良の目の前で、玲奈のHPバーが最後まで消えていった。
K.O.
《MATCH RESULT》
《KAMIYA RENJI 2》
《KIRYU REINA 1》
紗良は、しばらくモニターを見つめていた。
「……勝った」
あの五連戦で、自分が一度も試合を譲らなかった相手。
その蓮司が、九戦無敗の桐生玲奈を二対一で倒した。
「……あそこから、逆転するなんて……」
紗良は画面に映る蓮司を見つめた。
以前、自分と戦ったときは、五試合目でようやく《一閃轟破》を通し、一ラウンドを奪っただけだった。
最後には自分の玲奈が勝利している。
それが今では、第一ラウンドを失っても立て直し、残る二つを取り切っている。
紗良は小さく息を吐いた。
自分が知っている蓮司の姿と、今の勝者の姿が、少しずつ重なり直していくようだった。
「……あの五連戦から、ここまで変わったんですね」
紗良は、更新された戦績へ目を移した。
試合前の三勝十一敗から、四勝十一敗へ記録が変わっている。
《OFFICIAL RECORD》
《KAMIYA RENJI 4 WIN / 11 LOSS》
《OFFICIAL RANK:ROOKIE 2》
「……ROOKIE 2。昇格まで……」
紗良は新しいランクを確かめた。
五度戦ったときの蓮司は、まだ勝利を知らなかった。
その相手が四つ目の白星を手にし、ROOKIE 2へ進んでいる。
最初に戦った頃とは、確かに違っていた。
まだ大きく負け越している。
それでも、五度負けたまま終わらず、ここまで技と判断を増やしてきた。
九連勝していた玲奈の方にも、敗北が一つ記録された。
自分なら、あの《壊》を受けないように戦いたい。
《一閃轟破》へ始動を通させる場所も、減らしたい。
そう考えたとき、紗良は自分がもう一度あの蓮司と戦う場面を想像していることに気づいた。
「……何を考えているんでしょう、私」
五戦五勝。
それは変わらない。
対戦相手の成長を評価することと、勝たせることは別だ。
玲奈を使う自分にも、GOLD 3まで戦ってきた経験がある。
ただ、以前と同じように勝てると決めつけるつもりはなかった。
LIVE配信が、試合終了の表示へ切り替わった。
紗良は次の配信を探さず、更新された対戦結果を見つめていた。
九戦無敗の玲奈を破った蓮司。
あの五連戦を知っているからこそ、その勝利は印象に残った。
やがて、結果画面を閉じようとしたところで通知音が鳴った。
《RANKED MATCH》
《ID-SPECIFIED REMATCH REQUEST》
「……え?」
紗良の視線が、通知へ移った。
《CHALLENGER》
《KAMIYA RENJI》
《OFFICIAL RECORD:4 WIN / 11 LOSS》
《OFFICIAL RANK:ROOKIE 2》
表示されたCHARACTER IDは、今しがたLIVEで見た蓮司と一致している。
そして、以前、自分の玲奈へ五度挑んできた相手とも同じだった。
「……今、ですか」
紗良は、思わず小さく笑っていた。
この蓮司は、無敗の別ID玲奈へ勝ったばかりだ。
その直後に、今度は自分の玲奈へ公式再戦を申し込んできた。
何のために先に別の玲奈と戦ったのか、紗良には分からない。
同じアーキタイプの戦い方を確かめたかったのかもしれない。
単に、勝てた勢いで次を申し込んだのかもしれない。
だが、どちらにしても。
申請が届いているということは、今の蓮司でもう一度戦いたいということだ。
紗良は対戦履歴を開いた。
《HEAD TO HEAD》
《KIRYU REINA 5 WIN》
《KAMIYA RENJI 0 WIN》
五勝零敗。
この数字は変わっていない。
別の玲奈へ勝った事実があっても、自分の玲奈に勝ったことにはならない。
紗良は、LIVEで見た二つの決着を思い返した。
先に技を決めず、相手の深い入りを待った右拳。
地上の掌底をわずかに外し、《一閃轟破》を通した最後の攻防。
「……あなたはまた、変えてくるんですね」
相手PLAYERの名前も顔も知らない。
何を考えながら申請したのかも知らない。
ただ、以前の五敗を抱えたまま挑み直してきたことは分かる。
自分だって、あの日のままではない。
別の格闘家と戦い、失敗した攻めを直し、GOLD 3の玲奈を使い続けてきた。
相手が《轟天拳》を覚えたなら、その技が通らない距離を作る。
相手が待つことを覚えたなら、こちらも待たせたままにはしない。
紗良はコントローラーを握り直した。
「……今度は、二つとも取りましょう」
五試合目で一ラウンドを失い、最終ラウンドではPERFECTも逃した。
その悔しさは、まだ残っている。
けれど、今回は完全勝利の表示を追いかけて視野を狭めたくなかった。
勝つために、相手を見る。
先ほどのLIVEで見た動きさえ、次の試合では変わっているかもしれない。
だから、決めつけずに戦う。
紗良は受諾欄へカーソルを合わせた。
「……見せてもらいましょうか」
かつて自分の玲奈に五度敗れたあのPLAYERが、その後の戦いで何を身につけてきたのか。
そして今、自分の玲奈にどこまで届くのか。
「でも、勝たせるつもりはありませんから」
紗良は、静かに決定ボタンを押した。
《RANKED REMATCH ACCEPTED》
《MATCH CONFIRMED》