公式アリーナ。
神谷蓮司の正面には、すでに一人の女性格闘家が立っていた。
白と翡翠色の戦闘服。
片側に留めた長い黒髪。
わずかに身体を斜めに向け、いつでも攻撃線から外れられる構え。
桐生玲奈。
五度戦い、五度敗れた相手だった。
そして、以前に街の飲食店で偶然相席になり、二勝目を祝ってもらった相手でもある。
「……玲奈。また、ここで会えたな」
「ええ。あの店では会ったけれど、公式アリーナでは五連戦以来ね」
玲奈は穏やかに微笑んだ。
「再戦を受けてくれて、礼を言う」
「あら。お礼を言われるようなことかしら?」
「俺にとっては、もう一度戦いたかった相手だからな」
「ふふっ。そう言われるのは、悪い気がしないわ」
玲奈は少しだけ目を細めた。
「そういえば、あのときの約束は覚えている?」
「ああ。おまえに勝ったら、今度は俺が食事をご馳走する」
「ええ。でも、まだ一度も私に勝っていないでしょう?」
「……今日、その条件を満たすつもりだ」
「あら、ずいぶん自信がついたのね」
玲奈は楽しそうに笑った。
「それに、ROOKIE 2への昇格もおめでとう」
「ありがとう。だが、まだおまえのGOLD 3には遠い」
「ええ。ランクの差は、そう簡単には埋まらないわ」
玲奈の視線が、蓮司の拳へ移った。
「でも、あなたが以前のままだとは思っていないわよ」
「……そうか」
「別IDの桐生玲奈に勝った試合は見たわ。九戦無敗だった相手を倒したそうね」
「ああ。強かった」
「《破陣・轟天拳・壊》も、見事な一撃だったわ」
玲奈の声には、素直な評価があった。
「ただ、あの桐生玲奈に通じたからといって、私にも通じるとは限らないでしょう?」
「分かっている。おまえとは戦い方も違う」
「そういうことよ。私には、私の戦い方があるもの」
玲奈は一歩、立ち位置を変えた。
「それに、あの店でも言ったでしょう? 前より良くなったというだけでは、私は納得しないわ」
「ああ。覚えている」
「だったら、今日の試合で見せてちょうだい」
その言葉を受け、蓮司は左足を前へ出した。
「今度は、一ラウンドじゃない。試合を取りに来た」
「ええ。私も二つ取るつもりで戦うわ」
玲奈も両掌を構えた。
五度の敗北も、食事の席で交わした約束も、二人の中には残っている。
だが、これから始まるのは新しい一試合だった。
六度目の公式戦を告げる合図が響いた。
第一ラウンド。
蓮司は両拳を構え、玲奈との距離を測った。
先に動いたのは蓮司だった。
短く前へ出る。
しかし、《疾歩拳》で一気に距離を詰めることはしない。
玲奈が半歩だけ横へ動いた。
蓮司は追わず、その場で足を止めた。
「今日は最初から慎重なのね」
玲奈はわずかに微笑んだ。
「……おまえの《霞歩》には、何度もやられたからな」
「ふふっ。ちゃんと覚えているみたいね」
玲奈は構えを崩さないまま、少しずつ間合いを詰めた。
「でも、待っているだけでは勝てないわよ」
低く踏み込む。
《穿月掌》
蓮司は両腕を寄せ、正面から掌底を受け止めた。
「ぐっ……!」
衝撃で足が下がる。
だが、以前のようにそのまま押し込まれはしなかった。
玲奈が腕を引き戻す瞬間、蓮司の左拳が伸びる。
「……っ!」
短い拳が玲奈の胴を捉えた。
玲奈はすぐに身を引いたが、反撃を完全には防げなかった。
「今のは返してくるのね」
「守ってばかりじゃ、また負けるからな」
「そうね。でも──」
玲奈の足が動く。
《霞歩》
蓮司が右拳を伸ばしたときには、すでに彼女の身体は正面から外れていた。
側面へ回り込んだ玲奈が、低い姿勢から掌底を突き込む。
《穿月掌》
「ぐっ……!」
胴体に鋭い衝撃が走った。
蓮司は踏みとどまり、拳を返そうとしたが、玲奈はもう距離を取っていた。
「今のは、少し遅かったかしら」
「……相変わらず、上手いな」
「ありがとう。でも、褒めても手は緩めないわよ?」
玲奈は楽しそうに笑った。
蓮司も呼吸を整え、構えを戻す。
以前より相手の動きは見えている。
それでも、玲奈の攻撃が遅くなったわけではない。
踏み込みを見せてから止まり、こちらの反応に合わせて角度を変える。
追いかければ外される。
待ち続ければ、向こうから攻め込まれる。
蓮司は正面の玲奈を見据えた。
「……簡単には、触らせてくれないな」
「だったら、どうするの?」
玲奈が一歩踏み込む。
腰が回り、鋭い蹴りの軌道が生まれた。
《流燕脚》
瀬川直希は、玲奈の踏み込みを見ていた。
前の五連戦では、相手の移動を追いかけて拳を外される場面が多かった。
だから今回は、先に大きな攻撃を出さない。
だが、玲奈が腰を回した瞬間、攻撃の方向が見えた。
(……来る!)
玲奈は地上から蹴りを放とうとしている。
跳び込みではない。それでも、踏み込みによって上体が近づいていた。
この距離なら、下から打ち上げる拳が届くかもしれない。
「……ここだ!」
直希は通常の《轟天拳》を入力した。
画面の蓮司が腰を沈め、右拳を斜め上へ突き上げる。
《轟天拳》
《COUNTER》
玲奈の蹴り脚が届くよりわずかに早く、蓮司の拳が胸元を捉えた。
「──っ!」
玲奈の身体が浮き上がる。
「……当たった!」
直希は思わず拳を握った。
相手が跳んだから、反射的に迎撃したのではない。
玲奈が本当に踏み込んだことを見て、上体が近づく瞬間に技を合わせられた。
「……今のは、ちゃんと見えた」
画面上の玲奈のHPバーも、大きく減っていた。
しかし、直希は追撃の入力を急がなかった。
あの玲奈が、一度の反撃で崩れる相手ではないことを知っていたからだ。
公式アリーナ。
玲奈は背中から床へ落ち、身体を一度弾ませた。
「くっ……!」
胸元に鈍い痛みが残っている。
今の《轟天拳》は、確かに自分の蹴りを止めた。
玲奈は片手を床につき、ゆっくりと立ち上がった。
「……驚いたわ」
蓮司は距離を取り、両拳を構え直していた。
「私の《流燕脚》を、下から迎え撃つなんて」
「蹴りが出るところは見えた。届くと思ったから打った」
「ふふっ。ちゃんと見ていたのね」
玲奈は胸元に残る痛みを確かめ、小さく息を吐いた。
「でも、次も同じところへ入るとは思わないことね」
「ああ。おまえなら、変えてくるだろうな」
「ええ。分かっているなら、話が早いわ」
玲奈は再び構えた。
先ほどの右拳を、ただの偶然として片づけるつもりはなかった。
蓮司が蹴りの踏み込みを見て迎撃できるなら、次はその判断を利用する。
玲奈が前へ出た。
腰を回し、《流燕脚》を放つように見せる。
蓮司の右拳が動きかけた。
しかし、玲奈は蹴らなかった。
踏み込みを途中で止め、蓮司が拳を出す位置を確かめる。
「……っ」
蓮司は右拳を引き戻した。
その瞬間、玲奈が角度を変えて踏み込む。
《穿月掌》
「ぐっ……!」
掌底が胴体を捉えた。
蓮司は後退しながら拳を返したが、玲奈は深追いせず、すぐに距離を作った。
次の攻防でも、玲奈は腰を回す動きを見せた。
蓮司は構えを崩さず、蹴りが出る瞬間を待つ。
だが、玲奈は再び足を止めた。
「あら。今度は出さないの?」
「……そう簡単には、引っかからない」
「ふふっ。そう」
玲奈の笑みが深くなった。
「でも、待ってくれるなら──」
次の瞬間、玲奈が低く踏み込んだ。
蓮司は短い左拳を差し込もうとする。
しかし、玲奈はその腕へ手を添え、力の向きを横へ変えた。
《崩月》
「ぐっ……!」
重心を崩された蓮司が、背中から床へ叩きつけられる。
衝撃で呼吸が詰まった。
蓮司はすぐに身体を起こそうとしたが、玲奈は追撃を急がない。
少し離れた位置から、立ち上がる動きを見ていた。
「……今度は、投げか」
「ええ。あなたが拳を待っているなら、別のところから攻めるだけよ」
蓮司は歯を食いしばり、立ち上がった。
胸元と背中に痛みが残る。
それでも、まだ戦える。
蓮司は間合いを測り直し、《疾歩拳》で踏み込んだ。
低い姿勢から伸びた直拳が、玲奈の胴を捉える。
「……っ!」
玲奈の身体が揺れた。
だが、続く拳が届く前に、彼女は《霞歩》で正面を外していた。
「今のは届いたわね。でも──」
蓮司の側面へ回り込む。
《流転》
身体の向きを変え、その勢いを乗せて掌底を放つ。
《穿月掌》
「がっ……!」
鋭い衝撃が蓮司の胴を貫いた。
蓮司は踏みとどまろうとしたが、足がわずかに遅れた。
玲奈はその隙を見逃さない。
間合いを残さず、短い打撃を重ねていく。
蓮司も両拳を戻そうとした。
しかし、玲奈の次の一撃は、その守りが整うより早かった。
「……ここまでよ!」
踏み込んだ掌底が蓮司の胴体を深く捉えた。
「がっ……!」
蓮司の身体が大きく後方へ弾かれる。
足が床を捉えきれず、背中から倒れた。
起き上がろうとしても、身体に力が入らない。
視界の先では、玲奈が両掌を構えたまま、自分を見据えていた。
K.O.
《KIRYU REINA》
《ROUND WIN》
第一ラウンドを制したのは、玲奈だった。
「……まずは、一つ」
紗良は小さく息を吐いた。
《轟天拳》による反撃は受けた。
それでも、対応を変えて第一ラウンドを取り切ることができた。
次も同じように勝てるとは限らない。
公式アリーナ。
蓮司は床に片手をつき、ゆっくりと上体を起こした。
最後の《穿月掌》を受けた胴体が、まだ鈍く痛む。
深く息を吸おうとすると、その痛みが身体の奥に響いた。
顔を上げると、玲奈がこちらへ歩いてきていた。
彼女も《轟天拳》を受けた胸元に痛みを残している。
それでも背筋を伸ばし、蓮司の前で足を止めた。
「……第一ラウンドは、おまえの勝ちだ」
「ええ。あなたの《轟天拳》には驚いたわ。でも、最後に倒れたのはあなたよ」
玲奈は満足そうに微笑んだ。
胸元に残る鈍い痛みが、先ほどの右拳の威力を思い出させる。
以前の蓮司なら、あの場面で自分の蹴りを迎え撃つことは難しかっただろう。
だが、今回は違った。
こちらの踏み込みを見てから拳を合わせ、実際に自分を床へ倒した。
あの瞬間は、玲奈も驚いた。
それでも、立て直して第一ラウンドを取ったのは自分だった。
強くなった男性格闘家を、女の自分がまた倒した。
その手応えが、胸の痛みさえ少し誇らしく感じさせた。
「五度負けても諦めず、強くなって戻ってきたのでしょう?」
「ああ」
「そのあなたを、女の私がまた先に倒してしまったわ」
玲奈はわずかに身をかがめ、片膝をついた蓮司と視線を合わせた。
勝ったことを遠慮するつもりはなかった。
男性の蓮司が本気で挑んできたことは分かっている。
だからこそ、その相手を先に倒せたことが嬉しい。
そして玲奈は、目の前の男がその結果をどう受け止めているのか、少し確かめたくなった。
「……男として、悔しい?」
蓮司の拳が、ゆっくりと握られた。
悔しかった。
最初の五連戦では、玲奈の動きについていけず、一方的に攻め込まれる場面が多かった。
だが、今回は違う。
《流燕脚》に《轟天拳》を合わせた。
あの右拳が玲奈を捉え、彼女の身体を打ち上げたとき、ようやく自分の攻撃が通じたと思えた。
それなのに、最後に倒されたのは自分だった。
玲奈は一度受けた攻撃を警戒し、踏み込み方を変えてきた。
こちらは、その変化に最後まで対応しきれなかった。
それが敗因だと分かっている。
分かっているからこそ、目の前の女性が勝者として微笑む姿は、蓮司の自尊心を強く刺激した。
格上の相手であることは承知している。
それでも、男の自分が倒され、女の玲奈が勝利を誇っている。
しかも彼女は、自分が悔しがっていることまで確かめようとしているのだ。
その問いかけに、平然と答えられるほど、この敗北は軽くなかった。
「……悔しいさ」
蓮司は玲奈を見上げたまま答えた。
「だが、まだ試合は終わっていない」
「ふふっ。もちろん分かっているわ」
玲奈は楽しそうに目を細めた。
蓮司の返答が嬉しかった。
自分の勝利を、彼は軽く受け止めていない。
男として悔しいと認めながら、それでも次のラウンドで勝つつもりでいる。
その姿勢を、玲奈は好ましく思った。
だが、少し意地悪な気持ちもあった。
こうして悔しさを認めさせることができたのは、今の自分が勝者だからだ。
蓮司が真剣に挑んできたからこそ、その悔しそうな表情を見ることまで嬉しくなってしまう。
「だから嬉しいのよ。あなたは、まだ私に勝つつもりでいるんでしょう?」
「当然だ」
「そう。だったら、次も全力で来てちょうだい。今度は私も、あなたの右拳を警戒するから」
玲奈が身を起こす。
蓮司も床に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。
胴体にはまだ痛みが残っている。
それでも、玲奈の前で膝をついたまま次のラウンドを迎えるつもりはなかった。
蓮司は足を踏みしめ、正面の女性と目の高さを揃えた。
玲奈の笑みは変わらない。
あの右拳を受けながらも、最後には自分を倒したという自信が、その表情に表れている。
次は、その余裕を崩したかった。
「……次は俺が取る」
「あら。頼もしいわね」
玲奈は口元を緩めた。
「でも、あの店で交わした約束を果たすには、あと二ラウンド取らないといけないわよ?」
蓮司は、以前の食事の席で交わした言葉を思い出した。
玲奈に勝ったら、今度は自分が食事をご馳走する。
あのときは五度の敗北を抱えたまま、その約束を口にした。
そして今も、まだ彼女には勝てていない。
「……分かっている。だから、ここから二つ取る」
「あら。私の前で、そこまで言い切るのね」
玲奈は楽しそうに微笑んだ。
「ふふっ。でも、そう簡単に約束を果たさせてあげるつもりはないわ」
「……だろうな」
蓮司は短く息を吐いた。
「だから、おまえに勝つ意味がある」
玲奈の目が、わずかに細くなった。
五度負けても諦めず、今も二ラウンド続けて取るつもりでいる。
その男を、今度こそ一ラウンドも譲らずに倒したい。
玲奈もまた、勝者としての欲を隠そうとは思わなかった。
「なら、残りのラウンドで確かめましょう」
玲奈は一歩下がり、両掌を構えた。
蓮司も左足を前へ出し、拳を構え直す。
「……ああ。望むところだ」
二人の会話が終わったところで、ラウンド間の回復処理が始まった。
蓮司の胴体に残っていた痛みが消え、損傷した身体がほぼ瞬時に修復される。
玲奈も《轟天拳》を受けた痛みから解放された。
だが、先ほどの勝敗も、交わした言葉も、二人の中には残っている。
未使用のRESONANCEゲージを次のラウンドへ持ち越し、二人は改めて間合いを測った。
第二ラウンド。
蓮司は両拳を構え、玲奈の足元を見据えた。
第一ラウンドでは《流燕脚》を《轟天拳》で迎え撃った。
だが、そのあと玲奈は踏み込み方を変え、こちらの反応を利用してきた。
同じ拳をもう一度当てようとしても、簡単には通らないだろう。
玲奈もまた、蓮司の構えを見ていた。
「……今度は、どう来るのかしら?」
「まずは、近づいてみるさ」
「そう。素直に教えてくれるのね」
「近づくことまで隠しても仕方がないだろう」
蓮司は短く踏み込んだ。
《疾歩拳》による急接近ではない。
拳を届かせるため、通常の歩法で少しずつ間合いを詰める。
玲奈は横へ動いたが、《霞歩》は使わなかった。
両掌を構えたまま、蓮司がどこから攻めてくるのかを見ている。
蓮司はさらに半歩近づいた。
ここなら届く。
短い左拳を放つ。
「くっ……!」
玲奈は両腕を寄せたものの、拳が守りの隙間から胴体を捉えた。
わずかに身体が揺れる。
蓮司はその反応を見て、すぐに右掌へ攻撃をつないだ。
《震掌》
掌底が玲奈の胴へ深く入る。
「……っ!」
内側へ響く衝撃に、玲奈の身体が後方へ押し戻された。
蓮司は追撃を急がず、拳を戻して次の動きを待つ。
「……今度は、あなたから仕掛けてくるのね」
玲奈は胴に残る痛みを意識しながら、構えを整えた。
「おまえを待っているだけでは、また押し切られる」
「ふふっ。そう簡単にはいかないと分かっているのね」
玲奈が足を運ぶ。
蓮司はその動きを追ったが、すぐには拳を出さなかった。
玲奈の身体が横へ流れる。
《霞歩》
蓮司は足を止めた。
以前なら、その移動先へ追いかけていたかもしれない。
だが、玲奈が外れることを見越して、先に拳を振るうつもりはなかった。
「……追ってこないのね」
「外されると分かっている拳は出さない」
「そう。なら──」
玲奈が向きを変え、今度は正面から踏み込んできた。
《穿月掌》
低い位置から伸びる掌底。
蓮司は両腕を寄せて受け止めた。
「ぐっ……!」
衝撃で足が下がる。
だが、玲奈が掌を引き戻す瞬間、蓮司は床を蹴った。
《疾歩拳》
低い姿勢から一気に距離を詰め、右拳を突き出す。
「……っ!」
拳が玲奈の胴を捉えた。
玲奈は後方へ一歩退き、すぐに両掌を戻した。
蓮司もそれ以上は追わない。
第二ラウンドでは、蓮司もすでに何度か攻撃を通していた。
「……やるじゃない」
玲奈は小さく笑った。
「前よりずっと、間合いの取り方が上手くなったわ」
「そう言ってもらえるなら、俺も少しは成長したらしいな」
「ええ。でも、まだ私を倒したわけじゃないでしょう?」
「ああ。ここからだ」
玲奈の笑みが、少し深くなった。
「そうね。私も、ここからよ」
第二ラウンドの中盤。
玲奈は《霞歩》で攻撃線を外すと、先ほどより浅い間合いから《流燕脚》を放った。
「ぐっ……!」
蓮司は両腕で受け止めた。
衝撃で足が下がる。
だが、《轟天拳》を突き上げるには玲奈の身体が遠すぎた。
「……届かないなら、出さない」
「そう。だったら、これはどう?」
玲奈は一歩踏み込んだ。
蓮司が拳を構えた瞬間、彼女は足を止める。
拳が出てこないと見ると、今度は角度を変え、低い姿勢から掌底を差し込んだ。
《穿月掌》
「ぐっ……!」
鋭い衝撃が脇腹を捉えた。
蓮司が拳を返すより早く、玲奈は間合いの外へ出ていた。
蓮司は奥歯を噛みしめた。
こちらが攻めれば外され、待てば先に打ち込まれる。
その後も互いに攻撃を通したが、玲奈は同じ位置に留まらず、蓮司の反撃を外してから攻め直してくる。
蓮司の身体には痛みが積み重なっていった。
玲奈も無傷ではない。それでも、攻防の主導権は再び彼女へ傾き始めていた。
瀬川直希は、画面上部のHPバーを確認した。
第二ラウンドでは蓮司も攻撃を通している。
だが、玲奈の方が反撃の機会を増やし、再びHP差が広がり始めていた。
「……やっぱり、対応してくるな」
直希はコントローラーを握り直した。
第一ラウンドから持ち越した分も含め、RESONANCEゲージはLEVEL 2の発動条件を満たしている。
《RESONANCE ARTS LEVEL 2 破陣》
今なら、強化された拳を使える。
ただし、直前の別ID玲奈との試合で成功した《壊》を、もう一度狙うつもりはなかった。
あの玲奈は深く跳び込んできた。
しかし、今の玲奈は地上から距離を管理し、簡単には攻撃の機会を与えてくれない。
ならば、地上で戦うしかない。
「……今回は、普通の方でもいい」
直希は《破陣》を発動した。
画面の蓮司が深く腰を落とす。
赤いオーラが全身を巡り、両拳へ力が満ちていった。
玲奈は、その変化を見るとすぐに距離を取った。
先ほどまでのように、正面から掌底を差し込んでこない。
直希は強引に技を出さなかった。
強化されたからといって、届かない拳を振るつもりはない。
玲奈が動く。
《霞歩》で正面を外し、さらに後退する。
直希は通常の前進を入力した。
画面の蓮司が間合いを詰め直す。
相手が逃げるなら、無理に技を出さない。
しかし、玲奈も下がり続けるだけではなかった。
横へ位置を変え、蓮司が足を止めた瞬間に低く踏み込んでくる。
《穿月掌》
「……ここ!」
直希は玲奈の踏み込みを確認し、《轟天拳》を入力した。
《破陣》の強化中なら、通常の二段攻撃になる。
玲奈の掌底を受ける危険はある。
それでも、今の距離なら拳を通せると判断した。
画面の蓮司が左拳を前へ打ち出した。
公式アリーナ。
玲奈の《穿月掌》が、蓮司の胴体を捉えた。
「ぐっ……!」
鋭い痛みが走る。
だが、蓮司の身体は止まらなかった。
《破陣》によって強化された身体が、掌底の衝撃に耐えながら前進を保つ。
蓮司は踏み込んだ足で床を捉え、左拳を突き出した。
《破陣・轟天拳》
「……っ!」
玲奈の胴へ左拳が入る。
その衝撃で構えが崩れ、上体がわずかに浮いた。
蓮司は腰を回し、続く右拳を下から突き上げる。
「──っ!」
右拳が玲奈の身体を打ち上げた。
白と翡翠色の戦闘服が大きく翻る。
玲奈は空中で体勢を戻そうとしたが、拳を受けた衝撃で身体を制御しきれなかった。
背中から床へ落ちる。
「くっ……!」
重い衝撃が全身を走り、玲奈は一瞬、呼吸を詰まらせた。
蓮司も踏み込んだ姿勢のまま、荒く息を吐いた。
玲奈の掌底は確かに胴へ入っていた。
《破陣》による耐撃がなければ、拳を最後まで振り抜く前に体勢を崩していたかもしれない。
だが、痛みは消えていない。
「……ようやく、二つとも通ったか」
蓮司は腹部に残る痛みをこらえながら、構えを戻した。
玲奈が床に手をつき、身体を起こす。
「……なるほど。今のは、綺麗に入ったわね」
「おまえの掌底も効いた。だが、踏みとどまれた」
「ふふっ。そういうこと」
玲奈は立ち上がり、蓮司を見据えた。
「《壊》だけを警戒していればいいわけじゃない。あなたには、地上で通せる拳もあるのね」
「おまえが跳んでこないなら、地上で勝負するまでだ」
「……あら。言うようになったじゃない」
玲奈は楽しそうに目を細めた。
「でも、同じ二段をもう一度受けるつもりはないわよ」
「……ああ。そうだろうな」
蓮司は拳を握り直した。
玲奈にはまだ戦う力が残っている。
先ほどの二段攻撃を通しただけで、勝負が決まったわけではなかった。
玲奈も両掌を構えた。
胸元には、打ち上げられた衝撃がまだ残っている。
それでも、ここで退くつもりはなかった。
「さあ。続きを始めましょうか」
《破陣》の赤いオーラが、少しずつ薄れていく。
玲奈はその変化を見逃さなかった。
蓮司の拳が届く距離には長く留まらず、横へ位置を変えながら攻撃の機会を探る。
玲奈が低く踏み込んだ。
《穿月掌》
蓮司は両腕を寄せた。
だが、掌底は最後まで伸びてこない。
玲奈が踏み込みを止め、代わりに腰を回した。
《流燕脚》
「ぐっ……!」
横からの蹴りが蓮司の脇腹を捉える。
蓮司は腕を下げて受け止めようとしたが、守りを切り替えるよりわずかに蹴りが速かった。
衝撃で足が下がる。
それでも、蓮司は踏みとどまって左拳を返した。
玲奈はその拳が届く寸前まで動かない。
次の瞬間、身体が横へ流れた。
《霞歩》
拳が空を切る。
「……しまった」
蓮司が拳を戻そうとしたときには、玲奈はすでに側面へ回り込んでいた。
《流転》
外した勢いをそのまま次の踏み込みへつなぐ。
《穿月掌》
「がっ……!」
強化された掌底が、蓮司の胴体へ深く入った。
息が詰まる。
蓮司は足を踏み直し、どうにか体勢を保とうとした。
しかし、玲奈はその動きを見ていた。
「……今度は、こちらの番よ」
玲奈が一歩近づく。
蓮司は反射的に左拳を出した。
その腕へ、玲奈の掌が添えられる。
《崩月》
力の向きが変わった。
「ぐっ……!」
踏ん張ろうとした足が、重心を支えきれない。
蓮司の身体が横へ流れ、背中から床へ叩きつけられた。
「ぐあっ……!」
背中を走った衝撃に、呼吸が途切れる。
蓮司は歯を食いしばり、片手を床についた。
起き上がらなければ。
まだ、ここで終わるつもりはない。
蓮司は腕へ力を込め、身体を起こそうとした。
だが、玲奈はすでに次の間合いを取っていた。
不用意に飛び込まず、蓮司が立ち上がる位置を見据えている。
「……まだ立つのね」
「……当然だ」
蓮司は膝を立て、どうにか上体を起こした。
しかし、玲奈はその瞬間を待っていた。
低く踏み込み、守りが戻る前に掌底を突き出す。
《穿月掌》
「──っ!」
最後の掌底が、蓮司の胴を深く捉えた。
鋭い痛みが身体の奥へ突き抜ける。
蓮司の上体が大きく揺れた。
足を踏み直そうとする。
だが、もう身体が言うことを聞かなかった。
蓮司はそのまま後方へ倒れ込んだ。
背中が床に触れる。
視界の先では、玲奈が両掌を構えたまま、自分を見据えていた。
K.O.
《KIRYU REINA》
《ROUND WIN》
《MATCH RESULT》
《KIRYU REINA 2》
《KAMIYA RENJI 0》
六度目の公式戦も、玲奈が勝った。
蓮司の胴体には、最後の掌底の痛みが残っていた。
玲奈もまた、先ほど《破陣・轟天拳》で打ち上げられた衝撃を覚えている。
それでも、最後に立っていたのは彼女だった。
玲奈は両掌を下ろし、床に倒れた蓮司へ視線を向けた。
「……勝った」
紗良は結果画面を見つめ、小さく息を吐いた。
二対零。
だが、今回の蓮司は簡単に倒せる相手ではなかった。
《轟天拳》による反撃を受け、《破陣・轟天拳》も通された。それでも攻め方を修正し、最後には二つとも取り切った。
紗良の口元が緩んだ。
最近はGOLD 3からなかなか上がれず、学校のこともあって練習時間を十分に取れない。
それでも、今日は自分の判断で勝てた。
久しぶりに納得できる勝利だった。
《POST-MATCH》
《会話意図を選択》
1.蓮司が変えてきた戦い方を認め、健闘を称える。
2.二ラウンドとも取った事実を、女性勝者として誇る。
3.次に同じ相手と戦う場合も、全力で勝ちに行く意思を示す。
紗良は二番へカーソルを合わせた。
蓮司が強くなったことは認めている。
だからこそ、その蓮司に勝てたことを誇りたかった。
そして、相手のPLAYERがこの敗北をどう受け取るのか、少しだけ興味もあった。
「……今日は、こちらにしましょう」
紗良は二番を選択した。
公式アリーナ。
蓮司は床に片手をつき、ゆっくりと上体を起こした。
最後に受けた《穿月掌》の痛みが、まだ胴体の奥に残っている。深く息を吸おうとすると、鈍い痛みが走った。
二対零。
六度目の公式戦も、玲奈の勝利だった。
「……また、負けたな」
「ええ。これで六度目ね」
玲奈が歩み寄ってくる。
《破陣・轟天拳》を受けた胸元には、まだ痛みが残っていた。
あの右拳で身体を打ち上げられ、床へ落とされた瞬間を思い出す。
以前の蓮司なら、あそこまで自分を追い込むことはできなかっただろう。
だが、今回は違った。
拳が届き、実際に自分を倒しかけた。
だからこそ、最後まで立っていられたことが嬉しかった。
「あなた、本当に強くなったわ」
玲奈は微笑んだ。
「《轟天拳》には驚いたし、二ラウンド目も簡単には勝てなかったもの」
「……だが、勝てなかった」
「ええ。それなのに、女の私に二ラウンドとも取られてしまったのね」
玲奈は、まだ片膝をついている蓮司を見下ろした。
自分の拳を通し、勝利を掴もうとした男性格闘家。
その相手が今、敗者として自分の前にいる。
第一ラウンドを取ったとき、蓮司は悔しいと答えた。
それでも、まだ試合は終わっていないと立ち上がってきた。
だが、今は違う。
二つのラウンドを奪い、試合そのものに決着がついた。
強くなって戻ってきた男を、女の自分がまた倒した。
玲奈は、その事実を誇らしく思った。
そして、もう取り返せるラウンドがない今、蓮司がこの敗北をどう受け止めているのか。
改めて、本人の言葉で確かめたくなった。
「……男として、悔しいでしょう?」
蓮司の拳が、ゆっくりと握られた。
悔しくないはずがなかった。
最初に五度敗れたときとは違う。
あの頃は、玲奈の攻撃についていくことさえ難しかった。だが、今回は違った。
《流燕脚》を迎え撃ち、《破陣・轟天拳》で玲奈を打ち上げた。
あの白と翡翠色の戦闘服が宙を舞い、彼女が背中から床へ落ちた瞬間、確かに自分の拳が届いたと思った。
それでも、二度とも最後には自分が倒された。
今も、掌底を受けた胴体が痛む。
そして目の前には、自分を倒した女性が立っている。
玲奈は、女の自分が勝ったことを隠そうともしていない。
むしろ、以前より強くなった男を倒せたことが、嬉しくて仕方がないようだった。
その笑顔が、蓮司には悔しかった。
格上の相手だということは分かっている。
玲奈の実力を疑ったこともない。
だが、だからといって、男の自分が六度続けて敗れたことまで納得できるわけではない。
彼女の勝利を認めなければならない。
自分が届かなかった強さを、玲奈が持っていると認めなければならない。
それが何より悔しかった。
「……ああ。悔しいさ」
蓮司は玲奈を見上げたまま答えた。
「ふふっ。やっぱり」
玲奈は嬉しそうに笑った。
蓮司が悔しいと答えてくれたことが、素直に嬉しかった。
この男は、ただ試合を重ねているだけではない。
自分に勝ちたいと願い、そのために技を磨き、実際に拳を届かせてきた。
それでも負けたことが悔しいのだ。
玲奈には、その気持ちがよく分かった。
自分だって、あの《轟天拳》で倒され、そのままラウンドを奪われていたなら、簡単には納得できなかっただろう。
勝ちたいと思って戦ったのだから、負ければ悔しい。
だからこそ、今の蓮司の返答を聞いて、自分が手にした勝利をもう一度実感できた。
その反応に、蓮司の胸の奥がさらに熱くなる。
自分の悔しささえ、彼女には勝利の喜びを深めるものになっているらしい。
玲奈は少しだけ身をかがめ、蓮司と視線を合わせた。
「私ね、今日はとても嬉しいの」
「……そうだろうな」
「あら。まだ理由を言っていないわよ?」
玲奈は楽しそうに目を細めた。
蓮司が強くなったことは、試合中から感じていた。
拳を外しても無理に追わず、守られれば攻め方を変える。
以前のように、同じ攻撃を繰り返すばかりではなかった。
玲奈自身も、その変化に何度も対応を迫られている。
それでも、二つとも取った。
簡単に倒せる相手を倒したときとは、喜びの大きさが違った。
そして、目の前の男にも、それを知ってほしかった。
「以前よりずっと強くなったあなたを、女の私がまた倒せたからよ。それも、一ラウンドも譲らずに」
蓮司は奥歯を噛み合わせた。
その言葉を否定することはできなかった。
自分は確かに強くなった。
以前なら通せなかった拳を当て、玲奈を倒せるかもしれないと思えるところまで来た。
だが、その成長さえも、今日の玲奈にとっては勝利を誇る理由になっている。
弱かった男を倒したのではない。
強くなって戻ってきた男を、女の自分が再び倒した。
玲奈は、その事実を喜んでいるのだ。
蓮司はゆっくりと息を吐いた。
悔しさを言葉でぶつけたところで、二対零の結果は変わらない。
かといって、平然としていられるほど、この敗北は軽くなかった。
「……俺の負けだ。おまえの強さは認める」
蓮司は玲奈から視線を逸らさなかった。
「だが、悔しくないわけじゃない。次は、俺が勝ちたい」
「……ふふっ。そう言ってもらえると、嬉しいわ」
玲奈は満足そうに微笑んだ。
六度敗れても、蓮司はまだ自分に勝つつもりでいる。
彼が本気で挑んでくれたからこそ、今日の勝利には価値があった。
そして次に戦うなら、玲奈もまた全力で勝ちに行くつもりだった。
蓮司は床についた手へ力を込めた。
胴体に痛みが走る。
それでも足を踏みしめ、ゆっくりと立ち上がった。
目の前の玲奈と、ようやく目の高さが揃う。
「次に戦うときは、同じようには終わらない」
「そう。なら楽しみにしているわ」
玲奈は一歩下がり、彼を見据えた。
「そのときも、勝ちは譲らないけれど」
「……ああ。望むところだ」
玲奈は穏やかに微笑んだ。
先ほどまで片膝をついていた男が、今は自分と同じ高さからまっすぐに見返している。
その目には、まだ勝負を諦めた様子がない。
玲奈は、そのことが少し嬉しかった。
今日の勝者は自分だ。
そして、次に向かい合うときも勝つつもりでいる。
だが、蓮司もまた勝つつもりで来るのだろう。
あの拳が次にどこまで届くのか。自分はそれをどう止めるのか。
玲奈には、もう一度確かめてみたいという気持ちが生まれていた。
一方、蓮司には、その笑顔がまだ悔しかった。
今度こそ、自分が勝者として立ちたい。
あの女性に負けを認めさせたい。
玲奈が向けてくる笑顔を、次は勝者のものではなく、敗れた格闘家の表情として見てみたい。
その思いは、六度目の敗北を受けて、かえって強くなっていた。
蓮司は痛む身体を意識しながら、ゆっくりと右拳を握った。
次は、あの笑顔の意味を変えてみせる。
《OFFICIAL RECORD》
《KAMIYA RENJI 4 WIN / 12 LOSS》
《HEAD TO HEAD》
《KIRYU REINA 6 WIN》
《KAMIYA RENJI 0 WIN》
「……また、二対零か」
直希は結果画面を見つめ、息を吐いた。
六度目の対戦も、玲奈の勝利だった。
悔しくないわけがない。
ただ、今回は《轟天拳》も《破陣・轟天拳》も通せた。
以前より攻撃できる場面は増えている。
それでも、最後には玲奈が戦い方を変えて勝った。
「……やっぱり、GOLD 3は強いな」
直希がそう呟いたところで、画面が勝者演出へ切り替わった。
白と翡翠色の戦闘服をまとった玲奈が、床に片膝をつく蓮司を見下ろしている。
その口元には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
そして、勝者セリフが字幕とともに表示される。
『それなのに、女の私に二ラウンドとも取られてしまったのね』
「……うわ」
直希は思わず声を漏らした。
しかし、玲奈の言葉はそこで終わらなかった。
『以前よりずっと強くなったあなたを、女の私がまた倒せたからよ。それも、一ラウンドも譲らずに』
「……この玲奈も、煽りキツいな……!」
直希は思わずモニターへ言い返した。
「いや、二対零なのは分かってるけどさ! そこまで言わなくてもよくない?」
以前、航の美月にも似たようなことを言われた。
美月は勝ち気な口調で、玲奈は穏やかな笑顔のまま、負けた側の痛いところを突いてくる。
六度も勝っている相手なら、勝ち誇る理由はある。
それは分かる。
だが、実際に言われる側としては、やはり腹が立った。
「……言われっぱなしってのも、悔しいし」
直希はコントローラーを握り直した。
今回の試合で、何もできなかったわけではない。
第一ラウンドでは《流燕脚》へ《轟天拳》を合わせた。
第二ラウンドでも、地上から踏み込んできた玲奈に《破陣・轟天拳》を通せた。
問題は、そのあとだった。
一度通した攻撃に玲奈が対応してきたとき、こちらは十分に攻め方を変えられなかった。
だったら、次はそこを変える。
「……まだ、できることはある」
直希は結果画面へ視線を戻した。
六戦六敗。
それでも、あの玲奈に一度も勝てないまま終わりたくはなかった。
「……よし。もう一回!」
直希は再戦申請の項目を開いた。
同じ桐生玲奈のCHARACTER IDを指定し、即時再戦を申し込む。
《REMATCH REQUEST SENT》
《WAITING FOR ACCEPTANCE》
直希はコントローラーを握ったまま、相手からの返答を待った。
御影紗良のモニターにも、勝者演出が流れていた。
玲奈は穏やかに微笑みながら、女の自分が二ラウンドとも勝ったことを、はっきりと言葉にしている。
「……そこまで言いますか、玲奈」
紗良は少しだけ目を見開いた。
勝利を誇る会話意図を選んだのは自分だ。
それでも、玲奈の言葉は予想以上に鋭かった。
だが、紗良の口元には自然と笑みが浮かんでいた。
今回の勝利には、それだけの手応えがある。
玲奈が強くなった相手を倒せたことを嬉しそうに誇る姿は、紗良にも好ましく映った。
「……でも、悪くありませんね」
それにしても、相手のPLAYERはどう受け取ったのだろう。
あそこまではっきり言われて、悔しがっているのか。
それとも、今日の勝負はここまでと考えているのか。
紗良には分からなかった。
そのとき、通知音が鳴った。
《ID-SPECIFIED REMATCH REQUEST》
《KAMIYA RENJI》
「……え?」
紗良は通知を見つめ、それから思わず小さく笑った。
「……また、来るんですか」
六度負けても、まだ挑んでくる。
勝者演出の言葉にどう反応したのかは分からない。
だが、少なくとも今回の二対零で諦めるつもりはないらしい。
紗良は、少しだけ嬉しくなった。
玲奈の勝利を誇る姿にも満足していたが、その直後に再戦を申し込んでくる相手の姿勢も、悪くなかった。
「……いいでしょう」
紗良はコントローラーを握り直した。
相手の名前も顔も知らない。
それでも、次はどんな攻め方を見せてくるのか、興味がある。
「今度も、簡単には譲りませんから」
紗良は受諾を決定した。
《MATCH ACCEPTED》
《REMATCH CONFIRMED》
七度目の公式戦が、続けて始まろうとしていた。