公式アリーナ。
連戦に伴う回復処理を終え、蓮司と玲奈は再び向かい合っていた。
「……また受けてくれたんだな」
「ええ。私も、もう一度戦いたかったもの」
玲奈は小さく微笑み、両掌を構えた。
「でも、今度も勝つつもりよ」
「ああ。俺も同じだ」
蓮司は左足を前へ出し、両拳を上げた。
開始の合図が響いた。
第一ラウンド。
蓮司は玲奈の足運びを確かめながら、少しずつ距離を詰めた。
玲奈が横へ動いても、すぐには拳を伸ばさない。
彼女が足を置き直した位置を見て、間合いを詰め直す。
だが、玲奈も後退を続けるつもりはなかった。
蓮司がもう一歩近づこうとしたところへ、重心を落として鋭く踏み込んだ。
《穿月掌》
突き出された掌底を、蓮司は両腕で受け止めた。
踏み込みの勢いが守りを押し込み、上体がわずかに後方へ傾く。
それでも玲奈が掌を引き戻す瞬間を狙って短い左拳を返した。
しかし、玲奈は拳が届く前に身体を横へ流した。
《霞歩》
左拳が玲奈のいた位置を通り過ぎる。
蓮司はすぐに腕を引き戻し、追撃を止めた。
玲奈は再び近づいてくる蓮司を迎え撃とうとした。
だが、蓮司の方が先に踏み込んだ。
《疾歩拳》
鋭く伸びた右拳を、玲奈は両腕で受け止めた。
蓮司は続けて短い左拳を打ち込み、玲奈の守りに当てる。
《連進》
その接触からさらに前へ出た蓮司は、右手を開いて玲奈の腕へ伸ばした。
玲奈が投げに備えた瞬間、蓮司は右手を引き戻し、拳を握って胴体へ打ち込む。
拳を受けた玲奈は後方へ下がったが、すぐに蹴り返した。
《流燕脚》
横から振り抜かれた蹴りが蓮司の脇腹を捉え、身体を後方へ押し戻す。
玲奈が距離を取り直すと、蓮司も追撃せずに構えを戻した。
直希はモニターを見つめていた。
画面の蓮司が玲奈の守りを崩し、短い拳を肩口へ当てる。
「よし、入った!」
直希はさらに左拳を入力した。
しかし、玲奈はその腕を捉え、蓮司を勢いよく投げ倒した。
《崩月》
「……また投げられた!」
近づいて攻撃を当てられるようにはなった。
それでも、玲奈は次の拳まで読んでくる。
直希はコントローラーを握り直した。
「……今度は、欲張らないぞ」
画面の蓮司が立ち上がる。
直希は再び距離を詰め、玲奈が拳の届く位置へ入ったところで短い左拳を入力した。
だが、拳が届く寸前、玲奈の身体が横へ外れる。
《霞歩》
「……しまった!」
直希は追加入力を止めたが、すでに伸びた拳は戻らない。
玲奈は蓮司の側面へ回り込み、そのまま踏み込んできた。
《流転》
直希はすぐにガードを入力した。
しかし、蓮司が向き直るより早く、玲奈の掌底が迫っていた。
公式アリーナ。
《穿月掌》
玲奈の掌底が蓮司の腹部へ深く入った。
衝撃に上体が折れ、蓮司は反撃の機会を失う。
玲奈は掌を引き戻すと同時に、腰を鋭く回した。
《流燕脚》
横から振り抜かれた蹴りが、蓮司の脇腹を捉えた。
蓮司は後方へ倒れ込み、片手をついて起き上がろうとしたが、身体を支えきれなかった。
K.O.
《KIRYU REINA》
《ROUND WIN》
紗良は結果画面のHPバーを確認した。
玲奈には、まだ三割ほどの残量があった。
「……今回は、悪くありませんね」
前の試合より余力を残せている。
だが、次も同じように勝てるとは限らない。
紗良はコントローラーを握り直した。
「……このまま、次も取ります」
公式アリーナ。
蓮司は床に片手をつき、痛む身体を起こした。
玲奈は少し離れた位置で呼吸を整えていた。
彼女も無傷ではなかったが、その顔には勝者としての笑みが浮かんでいる。
「……ふふっ。今回は、私が先に取ったわ」
玲奈は嬉しそうに蓮司を見つめた。
「前の試合では、あなたに先を取られてしまったもの。だから、今度は譲らずに勝てて嬉しいわ」
蓮司は奥歯を噛み合わせた。
自分も先に一つ取るつもりだった。
それだけに、また玲奈を見上げる側になったことが悔しかった。
「……ああ。悔しいさ。今回も、先に取るつもりだった」
「そうでしょうね」
玲奈は満足そうに微笑んだ。
「でも、あなたが本気で取りに来たからこそ、私も誇らしいの」
蓮司は玲奈から目を逸らさなかった。
「……まだ試合は終わっていない」
「ええ。分かっているわ」
玲奈は笑みを深くした。
「だから、今度は二つとも私が取るつもりよ」
「……そうはさせない」
蓮司は痛む身体を支え、ゆっくりと立ち上がった。
玲奈も両掌を構え直し、正面から蓮司を見据える。
二人の会話が終わると、ラウンド間の回復処理によって双方の身体が万全の状態に戻った。
第二ラウンド。
直希はモニターを見据えていた。
第一ラウンドを取られ、これ以上は譲れない。
画面の玲奈は、蓮司が近づこうとするたびに位置を変え、簡単には拳の届く距離へ入ってこなかった。
直希はRESONANCEゲージを確認した。
LEVEL 2の発動条件は満たしている。
《RESONANCE ARTS LEVEL 2 破陣》
「……使う。でも、すぐには打たない」
直希は《破陣》を発動した。
画面の蓮司が腰を沈め、赤いオーラをまとって踏み込む。
玲奈が《霞歩》で正面から外れた。
直希は攻撃を入力せず、蓮司を向き直らせて距離を詰め直す。
玲奈はさらに横へ動いたが、強化された踏み込みによって、蓮司は再び拳の届く間合いへ近づいていく。
そこで玲奈の膝が沈んだ。
掌底を放つように上体が前へ動く。
だが、直希は拳を出さなかった。
玲奈の足は、まだ踏み込んでいない。
次の瞬間、彼女はその姿勢を解き、半歩横へ移った。
「……そこじゃない」
直希は距離を詰め直した。
玲奈も両掌を構え、蓮司の拳を見据えている。
互いの間合いが重なったところで、玲奈の膝が再び沈んだ。
今度は足が床を蹴り、腰と肩が前へ出る。
突き出された掌が、蓮司の胴体へ迫った。
《穿月掌》
「……ここだ!」
直希は《破陣・轟天拳》を入力した。
公式アリーナ。
蓮司が腰を沈め、左拳を打ち出した。
その始動に合わせて、玲奈の《穿月掌》が脇腹へ入り込む。
鋭い痛みに呼吸が詰まり、踏ん張った足へ重い衝撃が伝わった。
それでも蓮司は、崩れきらなかった。
玲奈の掌底を受けながら、踏み込んだ左足で床を捉え、拳を振り抜く。
《破陣・轟天拳》
強化された左拳が、玲奈の胴体を捉えた。
踏み込みの勢いを乗せた一撃に、玲奈の上体が大きく揺れる。
守りを戻そうとしたところへ、蓮司は腰を回して右拳を突き上げた。
二段目の拳が胸元へ深く入り、玲奈の身体を打ち上げる。
白と翡翠色の戦闘服が宙に翻った。
玲奈は空中で姿勢を戻そうとしたが、胸元へ受けた衝撃で身体を制御しきれなかった。
背中から床へ落ち、肺から空気が押し出される。
蓮司も脇腹に痛みを残していたが、二段の攻撃を最後まで通すことができた。
拳を引き戻し、一歩下がって玲奈の動きを確かめる。
玲奈は片手を床につき、痛む身体をゆっくりと起こした。
胸元に残る衝撃は重い。
それでも歯を食いしばって立ち上がり、両掌を構え直した。
「……今度は、通されたわね」
「ああ」
蓮司は拳を構えたまま答えた。
「だが、まだ終わっていない」
「ええ。そうね」
玲奈は呼吸を整え、改めて間合いを測った。
蓮司も不用意に追撃せず、彼女の足運びを見据えていた。
玲奈が横へ動くと、蓮司はその位置へ向けて足を運ぶ。
再び拳が届く距離へ近づいたところで、玲奈は両掌を寄せた。
蓮司が左拳を差し込む姿勢を見せると、玲奈の守りがそちらへ動く。
蓮司は拳を打ち込まなかった。
代わりに右手を開き、玲奈の腕と肩を捉える。
《押し崩し》
玲奈はすぐに足を広げ、投げに備えて重心を下げた。
しかし、蓮司は正面から押し込まなかった。
玲奈が踏ん張った足の外側へ力を流し、身体の向きを変える。
玲奈の重心が横へずれた。
立て直そうとしたところへ、蓮司はさらに踏み込み、玲奈を背中から床へ投げ倒す。
重い衝撃が背中を走り、玲奈の呼吸が途切れた。
蓮司は腕を離して距離を取り、両拳を構え直した。
玲奈は床へ片手をつき、上体を起こす。
すぐには立ち上がれなかった。
胸元には《破陣・轟天拳》を受けた痛みが残り、背中にも投げの衝撃が響いている。
それでも玲奈は、蓮司から目を逸らさなかった。
ようやく両足で床を捉え、両掌を構える。
蓮司も息を整え、玲奈の動きを待った。
玲奈の身体が横へ流れる。
《霞歩》
蓮司は拳を出さなかった。
玲奈は正面から外れたあと、角度を変えて低く踏み込んだ。
《穿月掌》
今度は、実際に玲奈の掌底が伸びてきた。
蓮司はその動きを見て、上体を斜めへずらした。
玲奈の掌が肩の外側を通り過ぎる。
踏み込みの勢いが残った玲奈の身体は、すぐには元の位置へ戻らない。
蓮司はその隙に一歩近づき、拳を開いた。
《震掌》
近距離から打ち込まれた掌底が、玲奈の胴体を深く捉えた。
重い衝撃に上体が折れ、踏ん張ろうとした足から力が抜ける。
玲奈は片手を床へ伸ばしたが、身体を支えきれず、そのまま横向きに倒れ込んだ。
起き上がろうとしても、身体は動かなかった。
K.O.
《KAMIYA RENJI》
《ROUND WIN》
ラウンドスコアは、一対一。
「……取れた!」
直希は勝利表示を見つめ、思わず拳を握った。
これで一対一。
嬉しかった。だが、まだ試合に勝ったわけではない。
「……あと一つだ」
直希はコントローラーを握り直した。
「今度こそ、試合を取りたい」
公式アリーナ。
玲奈は床に片手をつき、ゆっくりと顔を上げた。
少し離れた位置に蓮司が立っている。
彼も無傷ではなかったが、その拳はまだ下がっていなかった。
「……二試合続けて、あなたに一ラウンド取られるなんて」
痛む身体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。
「一ラウンドでは足りない。俺は、おまえに勝ちたいんだ」
蓮司の声は低かった。
玲奈は蓮司を正面から見据えた。
その言葉を聞いても、彼女の悔しさは薄れなかった。
むしろ、胸の奥で闘志が強くなる。
「……八度も負けているのに、まだ私を倒すつもりなのね。……本当に、諦めの悪い人」
玲奈の口元に、負けず嫌いな笑みが戻った。
「いいわ。だったら、私も格上の意地を見せてあげる」
「……望むところだ」
二人は互いの目を逸らさなかった。
玲奈が両掌を上げ、蓮司も拳を構え直す。
会話が終わると、ラウンド間の回復処理によって双方の身体が万全の状態に戻った。
紗良は画面に表示された一対一のスコアを見つめた。
「……また、最終ラウンドですか」
声には、わずかな悔しさが滲んでいた。
相手はROOKIE 2。自分はGOLD 3。
何度挑んでこようと、格上として勝ち続けるつもりで連戦を受けてきた。
それなのに、二試合続けて最終ラウンドまで追い込まれている。
紗良はコントローラーを握り直した。
もはや、簡単に退けられる相手ではない。
そのことは十分に理解している。
だが、だからといって、自分が積み重ねてきた経験まで譲るつもりはなかった。
「……私だって、ここまで勝ち上がってきたんです」
紗良は画面の玲奈を見据えた。
「この一ラウンドは、絶対に譲りません」
最終ラウンド。
開始の合図とともに、玲奈が先に踏み込んだ。
《穿月掌》
蓮司は掌底を両腕で受け止め、短い左拳を返す。
玲奈はその拳を《霞歩》で外し、側面から踏み込み直した。
《流転》
玲奈は横への移動をそのまま踏み込みにつなげた。
《穿月掌》
強化された掌底が蓮司の胴体へ入り、上体を折った。
玲奈は一歩退き、両掌を構え直す。
蓮司は痛む腹部をこらえ、玲奈が足を置き直す位置へ向けて踏み込んだ。
《疾歩拳》
鋭く伸びた右拳が、玲奈の胴体を捉える。
玲奈は後退しながら両腕を寄せたが、蓮司はさらに距離を詰め、短い左拳を打ち込んだ。
玲奈がその拳を両腕で受け止める。
蓮司は接触した左拳を引き戻し、さらに半歩前へ出た。
《連進》
玲奈の守りが固まったところへ、蓮司は攻撃を重ねる。
《連環打》
左右の拳が玲奈の胴体を捉え、近距離からの肘が続いた。
蓮司が最後の蹴りへ重心を移した瞬間、玲奈の掌がその腕を捉えた。
《崩月》
蓮司の上体が横へ流される。
玲奈は崩れた重心を逃さず、蓮司を背中から床へ投げ倒した。
蓮司は痛む背中をこらえながら起き上がった。
玲奈も両掌を構えているが、呼吸は荒い。
蓮司の拳も肘も、確かに届いていた。
この男を倒すには、もう簡単な読み合いでは済まない。
「……ここまで来たのね、蓮司」
「ああ。まだ終わらせるつもりはない」
玲奈は正面から蓮司を見据えた。
「……私だって、終わらせるつもりはないわ」
二人は再び距離を詰めた。
玲奈の《流燕脚》を蓮司が両腕で受け止め、蹴り脚が戻るところへ踏み込む。
玲奈は横へ逃れようとしたが、蓮司はその移動を追い、間合いを詰め直した。
《震掌》
近距離からの掌底が玲奈の胴体へ入る。
玲奈は上体を折りながら後退した。
蓮司も追撃を急がず、拳を構え直す。
玲奈の足が、先ほどより重くなっている。
八度、自分を退けてきた玲奈が、今は明らかに苦しんでいる。
蓮司は息を整えながら、玲奈を見据えた。
勝ちたい。
今度こそ、この女を倒して試合を終わらせたい。
その思いは、これまで以上に強くなっていた。
直希はモニターのHPバーを確認した。
蓮司も玲奈も、残り体力は少ない。
それでも、RESONANCEゲージはLEVEL 2の発動条件に達していた。
《RESONANCE ARTS LEVEL 2 破陣》
「……ここで、もう一度!」
直希は《破陣》を発動した。
公式アリーナ。
蓮司の身体を赤いオーラが巡る。
強化された踏み込みで距離を詰めると、玲奈は横へ足を運んだ。
だが、蓮司は拳を出さず、再び正面へ回り込む。
玲奈も、距離を広げ続けるわけにはいかなかった。
蓮司の踏み込みは鋭い。
近づかれたまま守りを固めれば、拳も投げも受けることになる。
玲奈は両掌を構え、蓮司がさらに近づく瞬間を待った。
互いの攻撃が届く距離。
そこで玲奈が床を蹴った。
《穿月掌》
蓮司は身体を斜めへずらした。
玲奈の掌が脇腹をかすめる。それでも蓮司は踏み込んだ足で身体を支え、左拳を打ち出した。
《破陣・轟天拳》
強化された左拳が玲奈の胴体を捉えた。
玲奈の守りが崩れたところへ、続く右拳が突き上がる。
二段目の一撃が玲奈の身体を打ち上げた。
背中から床へ落ちた玲奈は、しばらく身体を起こせなかった。
蓮司は拳を戻し、距離を取って構える。
玲奈は床に片手をついた。
胸元に走る痛みで、深く息を吸うことも苦しい。
それでも、ここで終わりにするつもりはなかった。
八度勝ってきた相手に、九度目で敗れる。
そんな結末だけは受け入れたくない。
「……まだ、私の勝負は終わっていないわ」
玲奈は立ち上がり、両掌を構え直した。
蓮司はその姿を見据えていた。
玲奈の足運びは重い。守りを戻す動きにも遅れがある。
あと一撃。
その一撃を通せば、今度こそ勝てる。
蓮司は拳を構え、玲奈へ踏み込んだ。
短い右拳が守りを打ち、続く左拳が胴体を捉える。
玲奈は大きく後退した。
蓮司も呼吸は荒かったが、目の前の玲奈は明らかに苦しんでいる。
初めて彼女を倒せるかもしれない。
その思いが、蓮司をさらに前へ向かわせた。
玲奈は両掌を構え直した。
正面で拳を受け続ければ、次は耐えられないかもしれない。
だが、蓮司も勝負を急いでいる。
玲奈はその拳を見据えた。
次は、攻撃が届く瞬間まで待つ。
直希は玲奈のHPバーを見つめた。
残りを示す部分は、ほとんど消えかけている。
蓮司にも余裕はなかったが、玲奈の方が明らかに追い詰められていた。
「……あと一発だろ……!」
大技はいらない。
短い拳でも当てられれば、今度こそ試合を終わらせられるかもしれない。
直希は蓮司を前進させた。
玲奈が横へ動く。
直希は追いかけるように拳を出さず、蓮司の向きを整えて距離を詰め直した。
もう何度も失敗してきた。
届かないところへ拳を出してはいけない。
そのことは分かっている。
だが、目の前のHPバーを見ると、どうしても早く決めたくなる。
玲奈が足を止めた。
蓮司の拳が届く距離だ。
「……今度こそ!」
直希は短い左拳を入力した。
紗良はモニターから目を離せなかった。
玲奈のHPバーは、もうわずかしか残っていない。
あと一撃でも受ければ終わる。
「……まだです」
紗良は蓮司の動きに集中した。
先に《霞歩》を入力すれば、相手は拳を出さずに追ってくる。
だから、待つ。
画面の蓮司が距離を詰めてくる。
そして、左拳が伸び始めた。
「……今!」
紗良は《霞歩》を入力した。
公式アリーナ。
蓮司の左拳が、玲奈の胸元へ伸びる。
勝負を決めるための、短い一撃。
しかし、拳が届く寸前に玲奈の身体が横へ流れた。
《霞歩》
拳が空を切った。
蓮司はすぐに腕を引き戻そうとしたが、玲奈はすでに側面へ回り込んでいた。
《流転》
玲奈は横への移動を踏み込みにつなぎ、蓮司の懐へ入った。
《穿月掌》
強化された掌底が蓮司の腹部を深く捉えた。
重い衝撃に上体が折れ、踏ん張っていた足から力が抜ける。
蓮司は背中から床へ倒れ込んだ。
片手をついて起き上がろうとしたが、身体を支えきれなかった。
玲奈は両掌を構えたまま、その姿を見つめていた。
自分も限界に近い。
それでも、まだ立っている。
K.O.
《KIRYU REINA》
《ROUND WIN》
《MATCH RESULT》
《KIRYU REINA 2》
《KAMIYA RENJI 1》
通算九戦目も、玲奈が勝った。
玲奈はすぐには構えを解けなかった。
蓮司が伸ばしてきた左拳の軌道が、まだ目の前に残っているような気がした。
あの《霞歩》が少しでも遅れていたら、今ごろ床に倒れていたのは自分かもしれない。
「……勝ったわ」
口にすると、ようやく緊張が緩んだ。身体のあちこちが痛み、深く息を吸うことさえ苦しい。
それでも最後の攻防を制した実感が、痛みの奥から込み上げてくる。
玲奈は床に倒れた蓮司を見つめた。
八度負けても諦めず、再び自分に挑んできた男。
その蓮司に、今回は敗北寸前まで追い詰められた。
だからこそ、最後に勝ち切れたことが嬉しかった。
玲奈は一度呼吸を整え、蓮司の方へ歩き出した。
紗良は勝利表示を見つめ、ようやく息を吐いた。
「……勝てましたね」
九度目も勝てた。
安心した途端、口元に笑みが浮かぶ。
けれど、あそこまで追い込まれた悔しさまで消えたわけではなかった。
紗良は試合後の選択画面を開いた。
《POST-MATCH》
《会話意図を選択》
1.相手の健闘を認め、成長を称える。
2.接戦を勝ち切った安堵と喜びを伝える。
3.九度目の勝利を女性勝者として誇り、男性敗者の悔しさを受け止める。
紗良は三番を選んだ。
「……私たちが勝ったんですから」
玲奈にも、勝者として胸を張ってほしかった。
公式アリーナ。
蓮司は床に片手をつき、ゆっくりと上体を起こした。
腹部には、最後の《穿月掌》を受けた痛みが残っている。
顔を上げると、玲奈が立っていた。
白と翡翠色の戦闘服には激しい攻防の跡が残り、彼女自身も肩で息をしている。
それでも、最後まで立っていたのは玲奈だった。
「……九度目も、おまえの勝ちか」
蓮司は低く呟いた。
悔しかった。
今度こそ勝てると思った。
追い詰めたという手応えだけではない。
最後の一撃を届かせれば、あの玲奈を倒せる。そう信じて拳を出した。
それを、また外された。
八度の敗北を経て、ようやく手が届きかけた勝利だった。
だからこそ、取り逃がした悔しさは、これまでのどの敗北よりも重かった。
玲奈は蓮司の前まで歩み寄った。
勝てた喜びは本物だった。
それでも、あと一撃で敗れていたかもしれないという感覚が、まだ胸に残っている。
九度目の勝利を手にしたというのに、以前のような余裕はなかった。
だが、蓮司にそんな弱気を見せるつもりはない。
「……ええ。九度目も私の勝ちよ」
玲奈は胸の奥の不安を押し込め、勝者として微笑んだ。
「ふふっ。あなた、本当に諦めの悪い人ね」
「……ああ。まだ勝てていないからな」
「そうね。まだ一度も勝てていないものね」
玲奈は穏やかな声で答えた。
その言葉が、蓮司の胸を刺す。
九戦全敗。
いくら相手が格上であろうと、試合結果は変わらない。
そして玲奈は、その九度すべてで自分を倒した女性だった。
玲奈は蓮司の目を見つめた。
「ねえ、蓮司。そこまでして私に勝ちたかったの?」
「……当然だ」
「だったら、今は相当悔しいでしょうね」
玲奈は少しだけ身をかがめた。
蓮司と目の高さが近づく。
その距離で、彼女は楽しそうに笑った。
「だって、あなたは私を倒すつもりで来たのでしょう? 男の格闘家として、今度こそ女の私に勝つつもりで」
蓮司は玲奈から目を逸らさなかった。
「……ああ」
「でも、最後に倒れたのはあなたよ」
玲奈は言葉を続けた。
「女の私はこうして立っているのに、男のあなたは、また私を見上げている」
蓮司の拳に力が込もった。
玲奈は、それを見逃さなかった。
「ふふっ。……九度目も、ね」
その一言が、蓮司の胸に刺さった。
あと一撃まで迫りながら、また勝てなかった。
しかも玲奈は、その接戦を制したことを、女性勝者として誇っている。
だからこそ、余計に悔しかった。
「……悔しいさ」
蓮司は答えた。
「男としても、格闘家としてもな」
玲奈の笑みが、わずかに深くなる。
「……そう。やっぱり悔しいのね」
「ああ。ここまで追い詰めておいて、またおまえに負けたんだ。悔しくないはずがない」
蓮司は床についた手を握り直した。
勝利を目前にしていたことを、玲奈は否定しない。
だが、その言葉を認めさせたところで、自分の敗北が軽くなるわけでもなかった。
「……次こそ勝ちたい。今は、それしかない」
玲奈は蓮司を見つめた。
九度負けても、まだ次の勝利を求めている。
その揺るがない目を見ていると、また戦えば今度こそ自分が倒されるかもしれないという考えが浮かんだ。
玲奈は、その不安を悟らせまいと笑みを深めた。
「ふふっ。だったら、もっと悔しがってもいいのよ?」
「……何?」
「だって、あそこまで私を追い詰めたのに、結局は勝てなかったんだもの」
玲奈は胸を張った。
「それでも最後には、女の私が男のあなたを倒した。……私にとっては、とても誇らしい勝利よ」
その誇りに偽りはなかった。
ただ、蓮司に向けた笑顔ほど、心の内側が晴れやかではないことも確かだった。
「……ずいぶん嬉しそうだな」
蓮司が言った。
「もちろんよ」
玲奈は迷わず答える。
「あなたが本気で私を倒そうとして、それでも勝ったのは私なんですもの。嬉しくないわけがないでしょう?」
蓮司はしばらく玲奈を見つめていた。
やがて、床についた手へ力を込んで立ち上がる。
腹部に痛みが走ったが、彼は目を逸らさなかった。
玲奈も顔を上げる。
ようやく、二人の目の高さが揃った。
「……九度負けた。その事実は認める」
「ええ」
「だが、おまえに勝つことまで諦めたわけじゃない」
玲奈は蓮司の言葉を受け止めた。
その目に、敗北を重ねた男の諦めはなかった。
むしろ、以前よりも強く自分を見据えている。
玲奈は胸の奥に残る不安を押し込め、口元に笑みを浮かべた。
「……本当に、しつこい人」
「そう思われても構わない」
「ふふっ。そうでしょうね」
玲奈は一度だけ息を整えた。
「いいわ。次に戦うことがあっても、私は勝者として迎えてあげる」
「……次は、俺が勝者になる」
「それは、私を倒せたらの話でしょう?」
玲奈は楽しそうに微笑んだ。
「今はまだ、九度とも私の勝ちよ。そこだけは忘れないでね」
「……忘れるものか」
蓮司の返答に、玲奈は満足そうに頷いた。
玲奈は最後まで笑みを崩さなかった。
蓮司には、その胸に残る不安を明かすつもりはない。
今の自分は、九度目の勝利を誇る女性格闘家なのだから。
蓮司もまた、痛みの残る身体で彼女を見据えていた。
九度負けても、勝利を諦めるつもりはなかった。
直希の画面に、公式戦績が表示された。
《OFFICIAL RECORD》
《KAMIYA RENJI 4 WIN / 15 LOSS》
《HEAD TO HEAD》
《KIRYU REINA 9 WIN》
《KAMIYA RENJI 0 WIN》
「……九連敗、か」
直希はコントローラーを握ったまま、モニターを見つめた。
悔しい。
今回は、本当に勝てると思った。
玲奈のHPバーは、最後にはほとんど残っていなかった。
それでも、勝てなかった。
「……あと一発だったのになあ……!」
直希は椅子の背もたれに身体を預けた。
そのとき、画面が勝者演出へ切り替わった。
片膝をつく蓮司の前で、玲奈が嬉しそうに微笑んでいる。
そして、字幕が表示された。
『女の私はこうして立っているのに、男のあなたは、また私を見上げている』
「……おい!」
直希は思わず身体を起こした。
「またそこかよ! 九回目も男とか女とか言うのか!?」
玲奈が勝ったことは認める。
だが、こうも毎回男女の勝敗を強調されると、さすがに黙っていられなかった。
さらに字幕が続いた。
『ふふっ。……九度目も、ね』
「数えなくていいって!!」
直希はモニターへ向かって突っ込んだ。
「いや、九回負けたのは分かってる! 分かってるけどさ!」
画面の玲奈は、どこまでも誇らしげに笑っている。
「今回なんか、そっちもギリギリだっただろ! なんでそんな余裕たっぷりに勝ち誇れるんだよ……!」
もちろん、その声が玲奈に届くわけではない。
直希は再び椅子に背中を預けた。
腹立たしい。
悔しい。
それでも、不思議ともう一度戦いたい気持ちは消えていなかった。
九回負けた。
だが、今度こそ勝てるかもしれないという感覚も、確かにあった。
ここで終わりにしたくない。
直希は姿勢を正し、再戦申請の項目を開いた。
同じCHARACTER IDとの連続対戦は、最大五試合。
今回の連戦は、次が五戦目になる。
「……よし!」
直希はコントローラーを握り直した。
「これで連戦できるのは最後。ラストのもう一回だ!」
玲奈のCHARACTER IDを指定し、即時再戦を申し込む。
《REMATCH REQUEST SENT》
《WAITING FOR ACCEPTANCE》
紗良のモニターにも、玲奈の勝者演出が流れていた。
蓮司へ堂々と勝利を誇る玲奈を見て、紗良は小さく微笑んだ。
「……ふふっ。九度目も、ですね」
あれほど追い込まれても、最後には勝者として笑っている。
その姿を見ていると、自分まで少し誇らしくなる。
けれど、紗良はまだ満足していなかった。
「……次は、もっと強く勝ちたいですね」
勝利を重ねてきた自信はある。
それだけに、今回のような際どい勝負を続けるつもりもなかった。
そのとき、通知音が響いた。
《REMATCH REQUEST RECEIVED》
《KAMIYA RENJI》
「……やっぱり、来ましたか」
紗良は画面を見つめた。
九度敗れても、まだ挑戦してくる。
そして、今回の連戦では次が最後の五戦目になる。
紗良はコントローラーを握り直した。
相手の強さも、勝利への執念も認めている。
だが、自分にも譲れないものがあった。
「……いいでしょう」
紗良はまっすぐ画面を見据えた。
「次こそ、GOLD 3の強さを見せます」
今度は自分が試合を支配して勝ちたい。
その思いを胸に、紗良は再戦を受諾した。
《MATCH ACCEPTED》
《REMATCH CONFIRMED》
通算十戦目の公式戦が、続けて成立した。