少し時間を戻す。
神谷蓮司が、GOLD 3の桐生玲奈との公式戦を始めた頃。
朝倉凛花は、自室のモニターに表示された神谷蓮司のCHARACTER IDを睨んでいた。
《KAMIYA RENJI》
《CHARACTER ID:R8K2-A5M7-I4T3-L6P9》
《OPPONENT STATUS:IN RANKED MATCH》
つい先ほど、凛花の玲奈はその蓮司に初めて敗れた。
九連勝は止まり、目前だったBRONZE 5への昇格も遠のいている。
敗因を確かめるためにリプレイを見直し、ようやく再戦を申し込もうとしたときには、相手はすでに別の公式戦を始めていた。
「……LIVEなら、見られるよね」
再戦を断られたわけではない。
凛花が申請するより先に、相手が次の試合へ進んだだけだ。
そんなことは分かっているが、悔しさは少しも薄れなかった。
ただ、あの蓮司が今どんな相手と戦っているのかは気になる。
自分の玲奈を倒した直後に選んだ公式戦なら、その内容を確かめておいて損はないだろう。
凛花は《RANKED MATCH LIVE》を開き、覚えたばかりのCHARACTER IDで検索した。
表示された対戦カードを見た瞬間、思わず画面へ顔を近づける。
《KAMIYA RENJI ROOKIE 2》
《VS》
《KIRYU REINA GOLD 3》
《CHARACTER ID:Q7L4-Y8D2-R5P3-A6K9》
「…………は?」
凛花は、もう一度対戦相手の名前を確かめた。
「……また玲奈!?」
しかも、GOLD 3だった。
凛花が先に使い込んできたシャルロット・ブレイズはSILVER 2。
まだ到達していない、その上のランクにいる玲奈だ。
対する蓮司は、凛花との試合に勝って昇格したばかりのROOKIE 2だった。
「……あたしの玲奈に勝ったと思ったら、今度はGOLD 3? どれだけ玲奈と戦いたいわけ?」
画面に映っているのは、凛花が操作する玲奈と同じ顔立ちを持つ女性格闘家だった。
ただし、衣装は違う。
凛花が選択しているのは、Another Outfitの玲奈。
一方、今LIVEで戦っている玲奈は、白と翡翠色を基調とした標準Outfitをまとっていた。
黒髪を留める飾りも、凛花の玲奈が身につけている赤紫の花とは異なる。
同じ桐生玲奈というキャラクターでも、選択されたOutfitによって印象は変わる。
「……いいよ。見せてもらおうじゃない」
凛花は画面の蓮司を見据えた。
配信を開いたとき、最初のラウンドはすでに始まっていた。
白と翡翠色の玲奈は、小さく位置を変えながら蓮司の踏み込みを見ていた。
相手が待てば自分から掌底を差し込み、拳が伸びてくれば《霞歩》で攻撃線から外れる。
凛花が目を留めたのは、単なる回避の巧さではなかった。
「……あ、そこに立つんだ」
玲奈は避けたあとに大きく離れすぎない。
次の《穿月掌》が届き、蓮司の拳は届きにくい位置へ身体を運んでいる。
その足運びには、凛花がシャルロットでSILVER 2まで戦う間に何度も苦しめられた、上位PLAYER特有の間合いの作り方があった。
「……そりゃGOLD 3だよね」
凛花は素直に感心した。
同じ玲奈を使っていても、自分ならもう少し深く入る場面で、画面の玲奈は踏み込みを抑えている。
相手を倒すために近づくのではなく、相手に攻撃を出させるために位置を選んでいるようだった。
ところが、蓮司も一方的に攻められてはいなかった。
玲奈が《流燕脚》のために腰を回した瞬間、蓮司が下から右拳を突き上げた。
《轟天拳》
《COUNTER》
蹴り脚が届くより先に拳が当たり、玲奈の身体が床から浮いた。
着地することもできず背中から倒された姿を見て、凛花は思わず身を乗り出した。
「……えっ、今の当てたの!?」
自分の玲奈が受けた《破陣・轟天拳・壊》ではない。
通常の《轟天拳》で、GOLD 3の玲奈の踏み込みを止めている。
「……いや、できるのは知ってるけどさ」
凛花は口を尖らせた。
自分との試合で、蓮司が相手の動きを見てから大技を選んだことは、リプレイを確認して理解している。
しかし、より高いランクの相手にも同じように反撃の機会を作るとは思っていなかった。
玲奈はすぐに戦い方を変えた。
次に蹴りを見せたときには、蓮司が右拳を出すより先に踏み込みを止め、低い位置から《穿月掌》を差し込んだ。
蓮司も途中で拳を返したが、玲奈はその後の攻防でも《霞歩》と《崩月》を織り交ぜ、第一ラウンドを取り切った。
「あっ、うま……」
凛花は、敵のはずの玲奈を目で追っていた。
《轟天拳》を食らわないように逃げるだけではない。
蓮司がその拳を出したくなる状況を逆に利用している。
同じ玲奈を扱うPLAYERとして、今の判断は覚えておきたかった。
第二ラウンドでは、蓮司が短い拳や《震掌》を通し、強化状態から通常の二段攻撃《破陣・轟天拳》まで命中させた。
玲奈は打ち上げられたあとも落ち着いて立て直し、蓮司がもう一度強引に近づくところへ回避と反撃を重ねて勝った。
《MATCH RESULT》
《KIRYU REINA 2》
《KAMIYA RENJI 0》
「……まあ、そうなるよね」
凛花は椅子の背にもたれた。
GOLD 3の玲奈はやはり強い。
蓮司が《轟天拳》を二種類とも当てられたことには驚いたが、それだけで勝たせてもらえる相手ではなかった。
ただ、凛花の中には別の感想も残った。
あの男は、自分の玲奈を倒しただけではない。
GOLD 3を相手にしても、攻撃を届かせるための工夫をしている。
自分の敗北を、ただ運の悪い事故と片づけることは、ますます難しくなっていた。
「……だからって、あたしが負けたことに納得したわけじゃないけど」
凛花は小さく呟き、公開された勝者演出へ視線を戻した。
翡翠色の玲奈が、片膝をつく蓮司へ穏やかに微笑んでいる。
やがて、字幕が表示された。
『以前よりずっと強くなったあなたを、女の私がまた倒せたからよ。それも、一ラウンドも譲らずに』
「……あ、この玲奈も言うんだ」
凛花は思わず笑った。
自分の玲奈も、勝った男性格闘家の自負を刺激する言葉を好んで使う。
目の前の玲奈は口調こそ穏やかだが、何度も勝ってきたことを遠慮なく誇っていた。
その勝ち誇り方を見ていると、つい先ほど自分の玲奈へ向けられた蓮司の言葉がよみがえる。
『なら、その最初の一敗を刻んだのは俺だ』
「……っ、もう。思い出させないでよ」
凛花は眉を寄せた。
自分が勝者として楽しんできたことが、敗れた途端、こんなにも腹立たしく感じられる。
そのことにも、まだ慣れなかった。
試合が終わった今なら、蓮司へ再戦を申し込めるかもしれない。
凛花は申請画面へ戻りかけた。
しかし、その前にLIVE一覧が更新され、同じCHARACTER ID同士の対戦が再び表示された。
《KAMIYA RENJI VS KIRYU REINA》
「……えっ。もう一回やるの?」
公式戦では、敗れた側のPLAYERが再戦を申し込み、勝った側が受諾すれば、同じ相手との対戦を続けられる。
凛花もよく知っている仕組みだ。
だが、今の蓮司はGOLD 3の玲奈に二対零で敗れたばかりだった。
それなのに、すでに次の公式戦が成立している。
「……そんなに急いで挑まなくてもいいじゃん。まず別の相手に勝ったら?」
そう言いながらも、凛花は新しいLIVEを開いた。
蓮司がもう一度挑む理由を、今は少しだけ知りたくなっていた。
通算七戦目。
凛花が観戦し始めてから二度目の試合だった。
第一ラウンドの序盤、玲奈は前の試合と似た《流燕脚》の始動を見せた。
しかし、今度は途中で踏み込みを止めている。
蓮司の《轟天拳》は空を切り、その隙へ《穿月掌》が届いた。
「……ほら。さっきの拳、もう対策されてる」
凛花は小さく頷いた。
GOLD 3の強さは、一度見た技を覚えるだけではない。
相手がその技を使いたくなる距離まで、自分で作ってしまうところにある。
けれど、蓮司も同じ空振りを繰り返さなかった。
次に玲奈が踏み込みを止めたところへ《疾歩拳》で入り、打撃を警戒させてから《押し崩し》へ切り替える。
さらに近い間合いでは、小さく鋭い《轟天拳》を通してみせた。
「……そこなら当てられるんだ」
画面に映る玲奈のHPバーが減る。
凛花は知らず知らずのうちに、モニターへ顔を近づけていた。
蓮司は同じ技に固執していない。
技を出せないなら近づき方を変え、拳を守られるなら投げへ移る。
そこに、凛花が自分との試合で見せつけられた厄介さがあった。
「……あたしが対策したら、また違うことしてきたのと同じじゃん」
凛花は口を尖らせた。
自分との最終ラウンドでも、蓮司は一度成功した《壊》を狙い直さず、別の勝ち筋で《一閃轟破》を通してきた。
相手の変化に合わせて選び直すからこそ、何度も危ない場面を作られてしまう。
ただし、それでもこの試合の主導権は玲奈にあった。
蓮司の反撃を受けても、彼女は《霞歩》から《流転》を成立させ、最後には二段階先まで読んだ反撃で第一ラウンドを制した。
第二ラウンドでは、蓮司が《破陣》を発動した。
赤い光をまとった蓮司は、強化された踏み込みを使い、拳を出さずに距離を詰めていく。
玲奈も一方的に逃げるのではなく、浅い蹴りで前進を止め、蓮司が拳を振ったところを《霞歩》で外して反撃した。
《破陣》の光が薄れてからも、蓮司は《連環打》と《押し崩し》を通して食い下がった。
それでも、最後の拳を《霞歩》で外した玲奈が《流転》から《穿月掌》を決め、試合は終わった。
《MATCH RESULT》
《KIRYU REINA 2》
《KAMIYA RENJI 0》
「……また二対零か」
凛花は結果画面を見つめた。同じ二対零でも、蓮司にできることは少しずつ増えている。
反撃の拳が当たる場面も、玲奈へ投げを通す場面もあった。
それでもGOLD 3は、最後の勝負どころで技を外さない。
「……やっぱり強いな、この玲奈」
凛花がそう呟いたとき、再び勝者演出が表示された。
『私はGOLD 3で、あなたはROOKIE 2。格上の女に負けたのだから仕方ない、と思っている?』
「……あはは。そこ聞くんだ」
凛花は思わず笑った。
格上の女性に敗れたことを、仕方のない結果として受け入れるのか。
それとも、男の格闘家として悔しがるのか。
勝者がそんな問いを投げかける意味は、凛花にもよく分かる。
自分だって、シャルロット・ブレイズで男性格闘家を倒したときには、相手のプライドを刺激する選択を何度もしてきた。
敗者が悔しさを隠そうとする姿を見るのも、嫌いではない。
「……うん。あたしでも、そこは聞きたいかも」
凛花は画面の蓮司へ視線を戻した。
さっき、自分の玲奈を倒した男。
あのときも、勝ったからといって浮かれることなく、最後まで格闘家としての落ち着きを崩さなかった。
そんな蓮司が、今度はGOLD 3の玲奈に敗れている。
格上の女性に負けたことをどう受け止めるのか。
悔しさを見せるのか。それとも、また淡々と次の勝利を求めるのか。
「……さて、どう答えるのかな」
凛花は小さく笑った。
GOLD 3の玲奈も、蓮司がどんな反応を返すのか気になっているのかもしれない。
そして凛花自身も、同じだった。
勝者の言葉に、あの蓮司がどう答えるのか。
それを確かめたくて、LIVEから目を離せずにいた。
三度目の対戦カードが表示されたとき、凛花はもう驚くまいと思っていた。
それでも、蓮司の更新された戦績を見ると、つい声が出た。
《KAMIYA RENJI》
《OFFICIAL RECORD:4 WIN / 13 LOSS》
「……いや、負けだけ増えてるんだけど」
凛花は額へ手を当てた。
今夜、自分の玲奈へ勝って四勝目を挙げたあと、あの蓮司はGOLD 3へ二度続けて敗れている。
それでも、また同じ相手へ挑むらしい。
自分ならどうするだろう。
シャルロットで上位ランクへ挑んでいた頃、あまりにも実力差のある相手には、一度距離を置いて別の試合で練習することもあった。
対策を考えてから再挑戦するのは、逃げではない。勝つための判断だ。
しかし、いま画面にいるPLAYERは、負けた直後の記憶を持ったまま、次の試合で別の攻め方を試そうとしている。
「……そういうやり方も、あるんだ」
凛花はそう呟いた。
最初のラウンドは、それまでとは違うものになった。
蓮司は《霞歩》を怖がって足を止めるのではなく、攻撃を出さずに近づいた。
相手が打撃へ備えれば投げに移り、投げを警戒すれば連続打撃を通す。
玲奈も《穿月掌》と《流燕脚》で反撃したが、蓮司は不用意に追いかけず、最後には踏み込んできた掌底を半歩の後退で外した。
《疾歩拳》
鋭い右拳が玲奈の胴体を捉え、そのまま倒し切った。
《ROUND WIN:KAMIYA RENJI》
「……取った!?」
凛花は思わず立ち上がりかけた。
前の自分との試合では、《壊》と《一閃轟破》という派手な逆転技が目立った。
今回は違う。足運びで間合いを作り、攻防を重ねた末に《疾歩拳》でGOLD 3から一ラウンドを奪った。
「……そんな勝ち方もできるんだ」
口にしたあと、凛花は少しだけ悔しくなった。
自分の敗北を認めたくないからこそ、相手の大技がたまたま噛み合ったと考えたかった。
しかし、いま見せられた勝ち方を、単なる偶然とは言えなかった。
玲奈は第二ラウンドで攻め方を変えた。
今度は蓮司が近づく前に《穿月掌》を置き、浅い《流燕脚》で前進を止める。
蓮司も《震掌》を通したが、最後は距離を保った玲奈の蹴りを受けて倒された。
そして最終ラウンド。
蓮司は《破陣》で拳を届かせようとしたものの、玲奈は二段攻撃の最初の左拳が伸びる瞬間まで待ち、《霞歩》で外した。
《流転》による反撃が蓮司を追い込み、最後は《流燕脚》が試合を決めた。
《MATCH RESULT》
《KIRYU REINA 2》
《KAMIYA RENJI 1》
「……逆転した。さすがGOLD 3」
凛花は椅子へ座り直した。
試合を通して見れば、玲奈が勝つための判断を重ねた結果だった。
何度攻め方を変えられても、そのたびに対応し直せることがGOLD 3の強さなのだろう。
しかし、蓮司が一ラウンドを奪った事実も消えない。
自分は、同じ蓮司に一度負けた。
そしてその男は、自分より高いランクの玲奈にも勝つための手を作り始めている。
「……なんか、腹立つなあ」
凛花は小さく呟いた。
最初負けてほしいと思っていた。
だが、ただ負けているだけの姿を見たいわけでもなくなっている。
自分を倒した相手がどこまで上達するのか、知りたい気持ちも生まれていた。
公開された勝者演出には、玲奈の言葉が表示された。
『男のあなたが、また女の私に負けたのよ』
凛花は、その勝者の笑顔を見つめた。
「……これ、負けてる側には相当キツいよね」
自分の玲奈が男性敗者へ同じような言葉を向けるところは、何度も見てきた。
だからこそ、言われる側になったときの悔しさを、今は少しだけ理解している。
凛花はモニターに映る蓮司へ視線を戻した。
「……それでも、またやるの?」
答えを確かめようとしたとき、新しいLIVE通知が表示された。
通算九戦目。
同じ二つのCHARACTER IDが、四度目の対戦へ進んでいた。
「……本当に、四試合続けるんだ」
凛花はもう驚く気力もなく、配信を開いた。
試合が始まると、玲奈は以前ほど簡単には蓮司を退けられなくなっていた。
蓮司は歩いて近づき、短い拳を出すかどうかを直前まで決めない。
玲奈が投げを警戒すれば打撃へ変え、拳を警戒して動いたところへ別の攻撃を置く。
もちろん、玲奈も強かった。
第一ラウンドでは蓮司の前進に合わせて自分から間合いを管理し、《霞歩》からの《流転》と蹴りでラウンドを取っている。
だが、第二ラウンドで蓮司は《破陣》を使いながらも、すぐに拳を振らなかった。
赤いオーラをまとって距離を詰め、玲奈が本当に《穿月掌》で入ってきたところに二段の《破陣・轟天拳》を通す。
「……また当てた!」
凛花は思わず声を上げた。
玲奈は吹き上げられて床へ落ちた。
それでも蓮司は追い急がず、起き上がりを見てから通常の接近と《押し崩し》を組み合わせる。
終盤には、玲奈の掌底をわずかに外したところへ《震掌》を差し込んだ。
《ROUND WIN:KAMIYA RENJI》
「……一対一」
凛花はモニターに釘づけになった。
自分より上位のGOLD 3の玲奈に、また一ラウンドを奪っている。しかも勝ち方が前の試合とは違った。
最終ラウンドは、さらに激しかった。
蓮司は《疾歩拳》や《連環打》で攻め、玲奈も《崩月》《流燕脚》《穿月掌》で応じる。
どちらが一度打撃を通しても、相手はそのまま押し切られず、次の間合いを作り直していた。
《破陣》を発動した蓮司が通常の二段《轟天拳》を通したとき、凛花は思わず息を呑んだ。
玲奈は床へ倒れ、立ち上がったあとも明らかに余裕を失っている。
「……これ、本当に勝っちゃうんじゃないの?」
凛花は、二人のHPバーを見比べた。
終盤には、玲奈の体力を示すバーがほとんど消えかけていた。
蓮司にも余裕はないが、あと一撃を通せば勝てる位置まで、確かに追い込んでいる。
蓮司が、短い左拳を伸ばした。
玲奈が動かずに受ければ、決着しかねない一撃だった。凛花にも、そう見えた。
(……当たる)
思った次の瞬間、玲奈が横へ滑った。
《霞歩》
拳は空を切り、《流転》を伴った《穿月掌》が蓮司の胴体を捉えた。
K.O.
《MATCH RESULT》
《KIRYU REINA 2》
《KAMIYA RENJI 1》
「…………」
凛花は声を失った。
勝ったのは玲奈だ。
最後の拳をぎりぎりまで引きつけて外し、その隙へ反撃した判断は見事だった。
今の《霞歩》がほんのわずかでも遅ければ、倒されていたのは玲奈だったかもしれない。
その事実を理解できるからこそ、凛花は目を離せなかった。
試合後の公開勝者演出では、玲奈が床に片膝をつく蓮司へ笑みを向けていた。
自分も倒れる寸前まで追い込まれたはずなのに、その勝利を少しも遠慮しない。
『女の私はこうして立っているのに、男のあなたは、また私を見上げている』
「……うわ。この状況で、それ言うんだ」
凛花は思わず苦笑した。
自分の玲奈なら、勝てた嬉しさから似た言葉を口にするかもしれない。
けれど今の凛花は、その言葉を向けられた側の悔しさも知っている。
蓮司が本当に平気なのかは分からない。
ただ、あれほど勝利へ近づいた直後にこう言われれば、次こそ勝ちたいという気持ちは強くなるだろう。
「……あと一撃まで、追い込んだんだ」
あの男は、自分の玲奈との試合でも、最後の一撃を外すか当てるかという勝負を制した。
そして今度は、その勝負をGOLD 3の玲奈に仕掛け、ぎりぎりのところで止められている。
格上へ善戦したから偉い、という単純な話ではない。
GOLD 3の玲奈は、追い込まれても最後の判断を通し、正当に勝利した。
それでも蓮司が、ただの幸運で自分に勝った相手ではなかったことを、凛花はもう否定できなかった。
結果画面に更新された戦績が表示された。
《KAMIYA RENJI》
《OFFICIAL RECORD:4 WIN / 15 LOSS》
その数字を見て、凛花は小さく息を吐いた。
「……四勝十五敗か」
自分の玲奈に勝ったときは四勝十一敗。
そのあとGOLD 3へ四度挑み、四度とも試合には敗れた。
数字の上では、勝ち星が一つも増えていない。
しかし凛花には、いまの蓮司が弱くなったようには見えなかった。
第六戦で《流燕脚》へ拳を合わせ、第七戦では対策された《轟天拳》に固執せず、第八戦では《霞歩》を恐れすぎない攻めを作り、そして第九戦ではGOLD 3をあと一撃まで追い込んだ。
その変化を、凛花はLIVEで見てきた。
「……なんなの。負けてばっかりなのに、どんどん厄介になってるじゃん」
自分の玲奈は九勝一敗、ROOKIE 1。
蓮司は四勝十五敗、ROOKIE 2。
勝率を比べれば、凛花の玲奈の方がずっとよい。
だが、直接対決で勝ったのは蓮司だった。
しかも彼は、そのあとも格上に挑み続け、使える技を増やすだけでなく、いつ攻撃を出すかという判断まで変えてきている。
「……だからって」
凛花はゆっくりと拳を握った。
「だからって、あたしが負けたことに納得したわけじゃないからね」
格上へ善戦した男に負けたのだから、仕方がない。
そう考えれば気持ちが楽になるかもしれないが、凛花はそんな納得の仕方をしたくなかった。
自分の玲奈で勝ちたかった。
九連勝を十連勝に伸ばし、BRONZE 5へ昇格させたかった。
そのために積み重ねてきた経験が、たった一つの敗北で消えてしまうわけではない。
そして、あの男との勝負も、これで終わったわけではない。
凛花は、画面に映る蓮司のCHARACTER IDを見つめた。
負けた理由を確かめる。
同じ形で負けないように対策する。
それでも勝てなかったら、さらに変える。
蓮司がGOLD 3の玲奈へ繰り返してきたことと、自分がいま考えていることは、よく似ていた。
「……そっか」
凛花は呟いた。
あのPLAYERも、自分と同じように、勝てなかった相手へ勝ちたいだけなのかもしれない。
凛花は相手の名前も顔も知らない。
分かるのは、何度負けても同じCHARACTER IDへ申請し続け、そのたびに戦い方を変えていたということだけだ。
それで十分だった。
蓮司に負けてほしいと思って、LIVEを開いた。
しかし、GOLD 3の玲奈に四度も挑む姿を見ているうちに、ただ負ければよいとは思えなくなった。
相手がどこまでやれるのか、その続きが気になる。
そう感じた自分に、凛花は少しだけ驚いていた。
公開された最後の勝者演出が終わり、対戦結果の画面が閉じた。
凛花はLIVE一覧を見つめたまま、椅子へ座り直す。
今の組み合わせでは、同じCHARACTER ID同士の公式戦を四試合続けた。
連戦制限の上限は五試合だから、あと一つだけ続けられる。
「……どうせ、また申し込むんでしょ」
凛花は小さく笑った。
もう意外には感じなかった。
自分の玲奈へ九連勝を刻ませてきた凛花には、同じ相手と戦い続けることの怖さも分かる。
勝ち続ける側だって、一度読み違えれば負ける。
GOLD 3の玲奈が最後に見せた《霞歩》は、まさにそれを防ぐための一手だった。
それでも蓮司は、また挑むのだろうか。
その答えを確かめようとしたところで、LIVE一覧が更新された。
《RANKED MATCH LIVE》
《KAMIYA RENJI ROOKIE 2》
《VS》
《KIRYU REINA GOLD 3》
「……ほら。やっぱり」
凛花は思わず笑みを浮かべた。
勝てない相手へ何度も挑み、最後まで諦めようとしないPLAYER。
自分の玲奈へ初敗北を刻んだ男は、今もそのまま前へ進もうとしている。
凛花は対戦カードへ視線を落とした。
「……見せてよ」
自分を倒した相手を、次は必ず倒す。
その気持ちは、少しも変わっていない。
けれど今は、先に確かめたいことが一つあった。
「……あたしの玲奈に勝った男が、どこまでやれるのか」
凛花はLIVE観戦を選択し、始まろうとしている最後の公式戦へ目を向けた。
その勝敗は、まだ分からない。
ただ、今度の凛花は、蓮司が負けるところだけを見たいわけではなかった。
「……そのあとで、絶対に勝ち返すんだから」
再戦する日はまだ決まっていない。
相手PLAYERの正体も知らない。それでも、次に対戦するときには自分も今より強くなっていたい。
凛花は画面の中の二人を見つめ、最後の一試合が始まるのを待った。