RESONANCE ARENA   作:エーアイ

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試合途中結果の挿絵を見る。(pixiv)


第28話 瀬川直希は、九敗の先へ踏み込む(前編)

 公式アリーナ。

 

 蓮司と玲奈は、先ほどの試合に続き、再び向かい合っていた。

 玲奈が先に口を開いた。

 

「……結局、五連戦になったわね。前に言ったでしょう? そうなるんじゃないかって」

 

「ああ。これが最後だ」

 

「あなたが何度負けても諦めずに挑んでくるからだけど」

 

 玲奈は楽しそうに笑った。

 

「……否定はしない。最後まで付き合ってくれたことには感謝している」

 

「あら、お礼なんていらないわ」

 

 玲奈は小さく首を振った。

 

「私も、前の試合には納得していないの。だから、気にしなくていいわよ」

 

「……勝ったのは、おまえだろう」

 

「ええ。九度目も私の勝ちよ。そこは変わらないわ」

 

 玲奈は誇らしげに微笑んだ。

 

「でも、あんなに粘られるつもりはなかったもの。今度はもっとはっきり勝ってみせるわ」

 

 その笑みの奥に残る緊張だけは、蓮司に見せなかった。

 

「……望むところだ。俺も、あれで終わるつもりはない」

 

「ふふっ。そうでしょうね」

 

 玲奈は両掌を構えた。

 

「これで今日の連戦は最後ね。ふふっ、五連勝させてもらうわ」

 

「……そうはさせない。最後は俺が取る」

 

 蓮司は左足を前へ出し、両拳を上げた。

 

 開始の合図が響いた。

 


 

 第一ラウンド。

 

 開始早々、玲奈が仕掛けてきた。

 

《流燕脚》

 

 鋭い蹴りが蓮司の脇腹を捉え、HPバーが削られる。

 

「……いきなり来たな!」

 

 直希は反撃を急がなかった。

 玲奈は蹴りを戻したあとも、蓮司の正面に残っている。

 

「……そこだ!」

 

《疾歩拳》

 

 蓮司の右拳が玲奈の胴体へ入った。

 

「よし、当たった!」

 

 しかし、玲奈も簡単には譲らない。

 続く《穿月掌》で蓮司のHPを削り、直希が《押し崩し》で投げ返せば、再び《流燕脚》で前進を止めてくる。

 直希も短い拳から《震掌》を通したが、その後の攻めは《崩月》で返された。

 

「……やっぱり強いな!」

 

 蓮司が投げ倒される。

 だが、直希は攻撃の手を緩めなかった。

 立ち上がった蓮司を再び前へ出し、《連環打》を入力する。

 左右の拳から肘、最後の蹴りまでが玲奈に命中した。

 

「……よし!」

 

 玲奈のHPバーが大きく減る。

 直希は蓮司のHPバーも確認した。

 どちらも残りは少ない。

 ここで一度間違えれば、先ほどの試合と同じように逆転されかねない。

 

 玲奈が身体を横へ向けた。

 直希は拳を出さず、蓮司の位置だけを調整する。

 次の瞬間、玲奈が正面へ戻った。

 

「……今だ!」

 

 直希は短い左拳を入力した。

 命中表示。

 RESONANCEゲージは、すでに確認してある。

 直希の指が続けて動いた。

 

《RESONANCE ARTS LEVEL 1 烈進連破》

 

「ここからだ!」

 


 

 公式アリーナ。

 

 短い拳を受けた玲奈が、守りを戻そうとしていた。

 だが、蓮司の踏み込みが先だった。

 

《烈進連破》

 

 直拳が玲奈の胴体へ突き刺さった。

 玲奈が腕を寄せるより早く、近距離から肘が続く。

 さらに胴体へ一撃を重ね、蓮司は腰を回した。

 最後の回し蹴りが玲奈を捉える。

 玲奈の身体が浮き、背中から床へ落ちた。

 玲奈は片手をついて起き上がろうとしたが、身体は応じなかった。

 

 K.O.

 

《KAMIYA RENJI》

《ROUND WIN》

 

 第一ラウンドを取ったのは、蓮司だった。

 


 

「……取った!」

 

 直希は声を上げ、握っていたコントローラーに視線を落とした。

 

以前にも玲奈から一ラウンドを奪ったことはある。

 けれど今は、最後の一撃を入力したときの確かな手応えが残っていた。

 偶然当たったのではない。自分で選んで、通した。

 

 九度負けた相手から、また一ラウンドを奪えた。

 

 だが、試合はまだ終わっていない。

 

「……よし。あと一つ」

 


 

 公式アリーナ。

 

 玲奈は床に片手をつき、上体を起こした。

 《烈進連破》を受けた胴体が痛む。

 深く息を吸おうとすると、最後の蹴りで打った背中にも鈍い衝撃が返ってきた。

 

 視線を上げる。

 蓮司が立っていた。

 

 その光景が、ひどく気に入らなかった。

 

 ほんの少し前、自分はこの男を見下ろしていた。

 女の自分が勝ったと告げ、九度目の敗北まで数えてみせた。

 勝てた喜びは本物で、あのときはそれを隠す必要などないと思っていたが今は立場が逆だった。

 

「……嬉しそうね、蓮司」

 

 玲奈の声には、隠しきれない悔しさが滲んでいた。

 先ほどの試合では、あと一撃で敗れるところまで追い詰められた。

 だからこそ、今度はもっとはっきり勝ちたかった。

 それなのに、先に倒されたのは自分だった。

 

「ああ。九度負けた相手だ。嬉しくないはずがない」

 

 蓮司は息を整えながら答えた。

 その落ち着いた声も、今の玲奈には少し癪だった。

 

「……そうでしょうね。でも、まだ一ラウンドよ」

 

「分かっている。俺が欲しいのは試合の勝ちだ」

 

 玲奈は蓮司を見据えた。

 

 一ラウンドを奪っただけでは満足しない。

 その言葉が、悔しさをさらに刺激した。

 九度勝ってきたのは自分だ。

 先ほどまで勝者として誇っていた相手に、このまま試合まで奪われるつもりはない。

 

「……だったら、二つとも取り返してあげるわ」

 

「次で決めさせてもらう」

 

「……言ってくれるじゃない。次は、私が取るわ」

 

 蓮司は玲奈の言葉を正面から受け止めた。

 

「ああ。俺も譲るつもりはない」

 

 その会話が終わると、ラウンド間の回復処理が行われた。

 


 

 紗良は、画面上部のラウンドスコアを見つめた。

 

《ROUND SCORE》

《KAMIYA RENJI 1》

《KIRYU REINA 0》

 

「…………」

 

 第一ラウンドを奪われた。

 それ自体は初めてではない。八戦目でも先を取られ、そこから二つ取り返して勝っている。

 けれど、今回は事情が違った。

 前の試合では、最後の一撃を外せなければ負けていた。

 あそこまで追い詰められたことが悔しくて、次こそはもっとはっきり勝ちたいと思った。

 だから、再戦申請を受けたのだ。

 

 もちろん、勝利を約束されたつもりはない。

 それでも、今度こそGOLD 3として積み重ねてきた経験を見せるつもりだった。

 その結果が、目の前の一対零だった。

 

「……そうですか。今度は、そちらが先ですか」

 

 紗良は小さく息を吐いた。

 

 画面に並ぶROOKIE 2とGOLD 3の表示。

 

 ランクだけで勝敗が決まらないことは、よく知っている。

 それでも、ここまで勝ち上がってきた自分の判断には、自信があった。

 その自分が、九度も勝ってきた相手に、また一ラウンドを奪われている。

 

 しかも、今回は自分から攻め方を変えて臨んだ。

 それでも、先に倒されたのは玲奈だった。

 

 紗良は、直前の光景を思い返した。

 

 白と翡翠色の戦闘服をまとった玲奈が、蓮司を見上げている。

 先ほどの試合では、その立場が逆だった。

 玲奈は勝者として蓮司の前に立ち、九度目の勝利を誇っていた。

 

 今回も、そうしてほしかった。

 あれほど苦しい勝負を乗り越えたのだから、次はもっと堂々と勝利を喜んでほしかった。

 ところが今は、蓮司の方が先に一つ取っている。

 

「……悔しいですね」

 

 ようやく言葉にした途端、胸の奥に残っていたものが、少しだけはっきりした。

 

 相手が強くなったことは認めている。

 前の接戦も、今回の先取も、偶然だけでは説明できない。

 だからこそ、自分が読み負けたことが悔しかった。

 けれど、まだ試合は終わっていない。

 

 紗良はコントローラーを握り直した。

 

 玲奈には、まだ使える技がある。

 自分にも、試せる判断がある。

 紗良の視線が、攻撃履歴へ移った。

 

《疾歩拳》

 

 第一ラウンドで蓮司が通した技。

 

 何度も見てきた拳だった。

 けれど、今の相手は、その技を出す場面まで変えてきている。

 紗良はしばらく表示を見つめた。

 

「……いいでしょう」

 

 ゆっくりと顔を上げる。

 

「九度勝ってきたのは、私たちです」

 

 その経験を、たった一ラウンドで否定するつもりはなかった。

 

「……今度は、こちらの番です」

 

 紗良は画面の蓮司を見据えた。

 


 

 朝倉凛花は、公開LIVEの画面へ身を寄せた。

 

「……また、先に取ったんだ」

 

 GOLD 3の玲奈から、また一ラウンドを奪った。

 八戦目でも、九戦目でも、蓮司は一ラウンドを取っている。

 だから、もうあり得ない結果だとは思わない。

 それでも、目の前の蓮司の勝利表示を見ていると、胸の奥が落ち着かなかった。

 

「……なんなのよ、あんた。どこまで変わるわけ?」

 

 凛花は思わず呟いた。

 

 自分の玲奈が敗れたとき、強く印象に残ったのは二つの大技だった。

 《破陣・轟天拳・壊》。

 そして、《一閃轟破》。

 リプレイを見直して、単なる偶然ではなかったことは理解している。

 それでも、あの派手な逆転が敗北の記憶に焼きついていた。

 

 けれど、今の蓮司は違う。

 

 今回、GOLD 3の玲奈を倒したのはLEVEL 1の《烈進連破》だった。

 短い拳を命中させ、その攻防から連係をつないで勝利する。

 以前なら大技を出したくなる場面でも、今は相手の動きを見て別の攻め方を選んでいる。

 

「……あんな勝ち方まで、できるようになったんだ」

 

 凛花は画面の蓮司を見つめた。

 四試合続けて負けているのに、戦うたびに違う答えを見つけてくる。

 しかも、自分の玲奈に勝ってから、それほど時間は経っていない。

 

「……負けてる間に、どんどん厄介になってるじゃん」

 

 凛花は口を尖らせた。

 

 自分だって、シャルロット・ブレイズでSILVER 2まで勝ち上がってきた。

 何度も強敵と戦い、そのたびに対策を考えてきた経験がある。

 

 だからこそ分かる。

 あの蓮司は、以前と同じように相手をすれば勝てる男ではなくなっている。

 それが、悔しかった。

 

「……ちょっと、待ってよ」

 

 誰に聞かせるでもなく、凛花は呟いた。

 

「そんなに簡単に、置いていかないでよ」

 

 自分の玲奈に初敗北を刻んだ男。

 次に戦うときは、絶対に勝ち返すつもりでいる。

 なのに、その相手が自分と再戦する前に、どんどん手強くなっていく。

 凛花はモニターの中の玲奈へ視線を移した。

 

 白と翡翠色の戦闘服をまとった、別のCHARACTER IDの玲奈。

 

 GOLD 3。

 自分がシャルロットで到達したSILVER 2よりも、さらに上のランクにいる格闘家だった。

 

 その玲奈が、蓮司に倒されている。

 自分の玲奈ではないと分かっていても、胸の奥には小さな悔しさが残った。

 けれど、それ以上に気になってしまうことがある。

 

 もし、今の蓮司ともう一度戦ったら自分は、あの拳を止められるだろうか。

 以前の試合で見た《破陣・轟天拳・壊》や《一閃轟破》だけを警戒していても、今度は別の攻撃で崩されるかもしれない。そんな想像をした途端、凛花は眉を寄せた。

 

「……いやいや。何で負ける前提で考えてるの、あたし」

 

 自分で自分に呆れて、小さく息を吐く。

 相手が強くなったなら、それに勝てるように自分も変わればいい。

 今までだって、そうしてきたのだから。

 

 凛花は画面へ身を乗り出した。

 

「……まだ、試合は終わってないけどさ」

 

 少しだけ前のめりになる。

 

「見せてよ。今度は、どこまでやれるのか」

 

 そのあとで、絶対に勝ち返す。

 その気持ちは少しも変わっていなかった。

 


 

 第二ラウンド。

 

 玲奈は両掌を構え、蓮司を見据えた。

 第一ラウンドを奪われた悔しさは、まだ消えていない。今度こそ蓮司を倒すつもりだった。

 だが、玲奈が前へ出ようとした瞬間、蓮司が先に踏み込んできた。

 

《疾歩拳》

 

 右拳が玲奈の腹部へ深く入った。

 腹の奥を突き上げられるような痛みが走り、出かかった足が止まる。

 第一ラウンドでも受けた拳だった。今度こそ防ぐつもりだっただけに、再び先手を取られたことが悔しかった。

 玲奈は腹部に残る痛みを意識しながらも、すぐに蓮司へ掌を突き出した。

 

《穿月掌》

 

 掌底が蓮司の胴体を捉えた。

 手の付け根に重い衝撃が返ってくる。蓮司の身体が折れ、前進が止まる。ようやく相手を押し戻せたと思った瞬間、蓮司の手が玲奈の腕と肩を捉えた。

 

《押し崩し》

 

 身体の向きを変えられ、押し返そうとした力を横へ逃がされる。

 玲奈は足元の支えを失い、背中から床へ落とされた。

 

 受け身を取ったものの、背中の奥まで衝撃が響く。身体を起こそうとすると、肩から脇腹にかけて鈍い痛みが走った。

 玲奈は床へ手をつき、蓮司を見上げた。

 蓮司はすでに拳を構えている。

 

 九度勝ってきた相手に、今度は自分が繰り返し倒されている。その光景が、肉体の痛み以上に玲奈のプライドを刺激した。

 

「……今度はこちらから行くわ」

 

 玲奈は立ち上がると、蓮司が近づくところへ蹴りを放った。

 

《流燕脚》

 

 横から振り抜いた蹴りが、蓮司の脇腹を捉える。足に確かな手応えが伝わり、蓮司の前進が止まる。

 ようやく自分の攻撃で相手を止められたことに、玲奈はわずかな手応えを感じた。

 しかし、蓮司も簡単には退かなかった。

 

《連環打》

 

 左右の拳が玲奈の胴体へ続けて入る。一発目の衝撃が残るところへ二発目が重なり、さらに近距離から肘が打ち込まれる。

 拳とは違う硬い一撃が肋骨の奥へ響き、玲奈の身体を押し戻した。

 最後の蹴りまで受けた玲奈は、腹部のあちこちに痛みを抱えていた。

 

 深く息を吸おうとしても、肋骨の辺りが鋭く疼く。

 それでも蓮司は攻撃を終わらせず、さらに前へ出て拳を伸ばしてきた。

 

 このまま攻撃を受け続ければ、再び倒されかねない。

 玲奈は蓮司の拳を見据えた。

 打たれた胴体には痛みが残っている。しかし、次の一撃まで受けるつもりはなかった。

 

《崩月》

 

 玲奈の掌が蓮司の腕を捉えた。

 その腕から、前へ出ようとする力が伝わってくる。

 玲奈は痛む胴体をひねり、蓮司の勢いを横へ流した。

 

 蓮司の重心が崩れる。玲奈はそのまま腕を引き込み、蓮司を背中から床へ投げ倒した。

 

 鈍い音が響いた。

 今度は玲奈が蓮司を倒した。

 

 ようやく反撃を成功させたことに、玲奈の胸には小さな高揚が生まれた。

 しかし、それだけで攻撃を終えるつもりはなかった。

 蓮司が片手をつき、身体を起こそうとしている。

 まだ拳は構えへ戻っていない。

 玲奈は追撃の好機と判断し、距離を取らずに蓮司の懐へ踏み込んだ。

 

《穿月掌》

 

 低い姿勢から放った掌底が、蓮司の腹部へ深く入る。手のひらに、相手の身体を押し込む重い感触が伝わる。

 蓮司の上体が折れ、前へ出ようとしていた足が後方へ滑った。

 それまで攻め続けていた蓮司が、今は玲奈の掌底を受けて動きを止めている。

 

 玲奈は腕を引き戻し、間合いを外した。

 蓮司は片腕を腹部へ寄せ、すぐには追ってこなかった。

 

 その姿を確認した玲奈は、ようやく自分の身体へ意識を戻した。

 

 拳を受けた腹部も、床に打ちつけられた背中も痛む。

 最後の連打で受けた肘の衝撃は、まだ肋骨の奥に残っていた。

 

 決して楽な勝負ではなかった。

 それでも、玲奈は一方的に攻撃を受け続けていたわけではない。

 

 自らの《崩月》で蓮司を倒し、さらに《穿月掌》まで通すことができた。

 第一ラウンドでは、蓮司に先を取られた。

 けれど今は、自分の攻撃で流れを引き戻している。

 その手応えに、玲奈は確かな喜びを感じていた。

 

 玲奈は蓮司を正面から見据えた。

 第一ラウンドを奪われたまま、この試合を終わらせるつもりはなかった。

 


 

 紗良はHPバーを確かめた。

 

 蓮司は残り三割台。玲奈も半分を切っている。

 どちらにも、まだ逆転の可能性があった。

 玲奈のRESONANCEゲージは、LEVEL 2の発動条件を満たしている。

 

 紗良は、《霞歩》ではなく通常の後退を入力した。

 玲奈が一歩下がる。

 ただし、大きく距離を離したわけではない。

 蓮司が踏み込めば、まだ拳の届く位置。

 紗良はそこで足を止め、相手の動きを待った。

 


 

 直希は、玲奈の後退を見ていた。

 先ほどまで積極的に攻めていた相手が、今は正面で止まっている。

 

「……何か狙ってるのか?」

 

 すぐには拳を出さなかった。

 しかし、玲奈はそれ以上動かない。

 この距離なら、《疾歩拳》が届く。

 待ち続けて、相手に再び攻める機会を与えたくもなかった。

 

「……今なら!」

 

 直希は《疾歩拳》を入力した。

 蓮司が低く沈み、右拳を伸ばし始める。

 


 

 紗良は、その動きを見逃さなかった。

 待っていた拳が来た。

 早すぎれば反撃は空を切る。遅れれば玲奈が打たれる。

 

「……そこです!」

 

《RESONANCE ARTS LEVEL 2 水鏡転身》

 

 紗良は発動を入力した。

 


 

 公式アリーナ。

 

 玲奈の正面で、蓮司が低く踏み込んだ。

 

《疾歩拳》

 

 右拳が腹部へ迫る。

 先ほどの連打を受けた胴体には、まだ痛みが残っていた。これ以上まともに打たれれば、次の反撃に移れる保証はない。

 玲奈は拳の軌道を見据えた。

 蓮司が距離を詰め、右肩が前へ出る。

 拳が届く、その寸前。

 玲奈の左掌が、伸びてきた右腕の前腕に触れた。

 

《水鏡転身》

 

 玲奈は拳を押し返さなかった。

 触れた腕に沿って掌を滑らせ、身体を斜めへ移す。

 蓮司の右拳が、玲奈のいた場所を通り過ぎた。

 だが、蓮司の踏み込みは止まらない。

 玲奈はその勢いを逃さず、腕に触れたまま蓮司の外側へ回り込んだ。

 

 拳を届けるために前へ出た蓮司と、その攻撃線から外れた玲奈。

 ほんの一瞬で、二人の位置が入れ替わる。

 蓮司が右腕を引き戻そうとしたときには、玲奈はすでに蓮司の右斜め後方にいた。

 

 今度は玲奈の攻撃が届く距離だった。

 玲奈は身体をひねった。

 先ほど拳と肘を受けた脇腹に痛みが走る。それでも、ここで動きを止めるつもりはなかった。

 蓮司の右側面は、まだ守られていない。

 玲奈は空いていた右掌を、その脇腹へ突き込んだ。

 掌底が深く入る。手の付け根に重い衝撃が返ってくる。

 

 玲奈の反撃はまだ終わらない。

 玲奈は軸足を踏み直し、腰を回した。

 横から振り抜いた蹴りが、蓮司の脇腹を捉え、蹴り脚に重い衝撃が返ってくる。

 蓮司の身体が後方へ弾かれ、背中から床へ落ちた。

 

 K.O.

 

《KIRYU REINA》

《ROUND WIN》

 

《ROUND SCORE》

《KAMIYA RENJI 1》

《KIRYU REINA 1》

 

 玲奈は倒れた蓮司を見つめた。

 拳と肘を受けた痛みは、まだ身体に残っている。

 それでも、あの《疾歩拳》を受け流し、掌底から蹴りまで通し切った手応えは確かだった。

 第一ラウンドを奪われた玲奈が、今度は自分のRESONANCE ARTSで蓮司を倒した。

 その勝利が、玲奈には嬉しかった。

 だが、まだ試合は終わっていない。

 


 

 直希は、しばらく何も入力できなかった。

 

 距離は間違っていなかった。

 攻撃が届く位置を確かめたつもりだった。

 

 なのに、その場所に玲奈が残っていた理由を考えていなかった。

 さっきは成功した拳が、今度は手応えのないまま相手の反撃へつながった。

 たった一つ、判断を変えられただけで。

 

「……そっか。俺が出したくなる場所だったんだ」

 

 相手を見るようになった。

 その判断を、今度は相手に見られた。

 

 悔しかった。

 けれど、一ラウンドを失ったからといって、もう終わったわけではない。

 

 画面には、一対一のスコアが出ている。

 

 直希は再びコントローラーを握った。

 次は、ただ相手の動きを待つだけでは足りない。

 


 

 紗良は小さく息を吐いた。

 

「……取れましたね」

 

 狙った反撃が成立した。確かに自分の判断が勝った。

 けれど、玲奈が倒される危険のある距離で待つのは、思った以上に緊張した。

 

 一つ取り返せたからこそ、その怖さも正しく受け止められる。

 GOLD 3の自信は、簡単には揺らがない。ただし、同じ仕掛けが次も通るとは考えなかった。

 あの相手PLAYERは、失敗したまま同じ攻撃を繰り返す相手ではない。

 

 紗良は結果表示を見つめた。

 残るのは、最後の一ラウンドだけだった。

 


 

 公式アリーナ。

 

 玲奈は倒れた蓮司へ歩み寄った。

 第一ラウンドでは、自分が床から彼を見上げていた。

 だが今は、再び自分が立っている。

 そのことが嬉しかった。

 

「……これで、一対一ね」

 

 蓮司は片手をつき、上体を起こした。

 

「ああ。取られたな」

 

「ふふっ。悔しいでしょう?」

 

「当然だ」

 

 即座に返ってきた答えに、玲奈は笑みを深めた。

 この男は、負けたことを言い訳にしない。

 それでも、本気で悔しがっている。

 だからこそ、自分が倒したという実感が強くなる。

 

 玲奈は満足そうに微笑んだ。

 

 あれほど苦しめられながら、それでも一ラウンドを取り返した。

 勝者として、この男へ勝利を誇れることが嬉しかった。

 だが、試合そのものはまだ終わっていない。

 

「……最後も、私が取るわ」

 

 蓮司は玲奈を見上げたまま、静かに答えた。

 

「俺も、そのつもりだ」

 

「……譲らないわよ。ここまで来て、あなたに勝ちを渡すつもりなんてないもの」

 

 玲奈は蓮司をまっすぐに見据えた。

 九度勝ってきた相手に、最後の最後で敗れる。

 そんな結末だけは、受け入れたくなかった。

 

「最後まで、私が勝者でいるわ」

 

 蓮司は痛む身体を起こし、ゆっくりと立ち上がった。

 二人が再び向かい合ったところで、ラウンド間の回復処理が始まった。

 


 

 直希は最終ラウンドの準備表示を見つめていた。

 

 一つは取れた。

 一つは取り返された。

 

 相手がどこへ動くかを見ていれば、勝てると思っていた。

 けれど、玲奈を操作する相手も、直希の判断を見て技を選んでいる。

 ならば今度は、こちらが動くことで相手に選ばせることも考えなければならない。

 

 その答えが出ているわけではなかった。

 それでも直希は、前のラウンドと同じ考えのまま最後の一つへ入るつもりはなかった。

 

 画面の蓮司へ視線を据える。

 

 一方の紗良も、コントローラーを握り直していた。

 狙った《水鏡転身》は成功した。

 だが、成功した方法をもう一度選べば勝てるほど、相手は単純ではない。

 

 紗良は画面の玲奈を見つめた。

 彼女が九度勝ったという記録だけでは、この最後のラウンドは取れない。

 


 

 公式アリーナ。

 

 蓮司は左足を前へ出した。

 玲奈も両掌を上げ、正面の男を見据える。

 

 第三ラウンドの開始の合図が、二人の間に落ちようとしていた。

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