RESONANCE ARENA   作:エーアイ

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第3話:瀬川直希は、初めて一つを奪う

 公式アリーナの照明が、再びリングを照らした。

 

 三戦目を終えたあと、蓮司はまた同じRESONANCE IDを指定して公式再戦を申し込んだ。

 

 桐生玲奈。

 

 三度戦い、三度とも二対零で敗れた相手だった。

 

 そして玲奈も、その申し込みを受けた。

 

《RANKED REMATCH ACCEPTED》

 

《KAMIYA RENJI》

《VS》

《KIRYU REINA》

 

 これで四度目の公式戦になる。

 

 玲奈は正面の蓮司を静かに見ていた。

 

 三試合、六ラウンド。

 すべて自分が取っている。蓮司には、まだ一つも渡していない。

 

 しかも三戦目を終えたあとには、かなりはっきり伝えた。少し変えた程度では今の差は埋まらない。このまま自分へ挑み続けても、敗北が増えるだけだと。

 

 蓮司はそれを聞いた。

 聞いたうえで、四度目も玲奈を選んだ。

 

 だから玲奈も、何も知らずにこの試合を受けたわけではない。

 

「……四戦目ね」

 

「ああ」

 

「三回戦って、三回とも私の二対零」

 

 玲奈は穏やかな声のまま続けた。

 

「まだ一ラウンドも渡してない。それも分かってるわよね」

 

「分かってる」

 

「三戦目のあとに言ったことも?」

 

「覚えてる」

 

 返事は短い。

 

 玲奈は少しだけ目を細めた。

 

「それでも、四度目も私に申し込んだ」

 

「ああ」

 

「どうして?」

 

 蓮司は玲奈から目を逸らさなかった。

 

「三回負けた相手がおまえだからだ」

 

「それで?」

 

「今のおまえに勝ててない。だったら、俺の方を変えて、もう一度おまえに挑む」

 

 玲奈はすぐには答えなかった。

 

 三度負けた事実を忘れているわけではない。むしろ全部覚えたまま、その三敗をつけた本人へもう一度挑んできた。

 それでも玲奈には、まだ無謀に見えた。

 ただ、三度の敗北も、自分が告げた言葉も理解したうえで、それでも蓮司が四度目の再戦を申し込んできたことは分かった。

 なら、その挑戦を受けた自分がすることも一つしかない。

 

「……そう」

 

 玲奈はゆっくりと掌を上げた。

 

「なら、私も受けた以上は手加減しないわ」

 

 腰を落とし、正面の蓮司を見据える。

 

「三戦目までと同じなら、四つ目も私が取る」

 

 蓮司も拳を構えた。

 

「だったら、同じにはしない」

 

「それを決めるのは、終わってからでしょう?」

 

 玲奈の声は静かだった。

 そこに笑みはない。

 

 蓮司もそれ以上は何も言わなかった。

 

 四度目の挑戦を申し込んだ蓮司と、それを受けた玲奈が、互いに構えたまま開始を待つ。

 

 ROUND 1、FIGHT。

 


 

 直希はすぐには蓮司を走らせなかった。

 玲奈が近づけば、短い拳で触る。攻撃を外されても、慌てて次の技を重ねない。

 それでも、掌底を受け、蹴りで押し戻されるたび、蓮司のHPは減っていった。

 

 ようやく拳が届く距離へ入ったところで、玲奈の身体が沈む。

 

「また、それか」

 

 直希は攻撃へ動かしかけた指を止め、ガードを入れた。

 跳ね上がる天輪脚を、蓮司の両腕が受け止める。

 蹴りの衝撃に押された。

 それでも、今度は倒れなかった。

 

「止めた!」

 

 直希はすぐに拳を返した。

 だが、玲奈はまだ空中にいる。

 拳はその足元を抜け、着地した玲奈へ踏み込み直したときには、もう掌が戻っていた。

 ガードされた拳を引くより早く、穿月掌が胸元へ入る。

 

「早すぎたのか……」

 

 そのあとも直希はガードを意識したが、攻め返す機会をつかめなかった。

 最後は蹴りを受けた蓮司の構えが開き、続く掌底で残ったHPを削り切られる。

 

 K.O.

 

《KIRYU REINA》

《ROUND WIN》

 

 回復が始まる中、蓮司は蹴りを受け止めた腕を見た。

 

「防いだだけでは、私の方が先に戻れるわよ」

 

 玲奈の言葉に、蓮司は顔を上げる。

 

「……なら、次は止めて返す」

 

 直希も、玲奈が着地した瞬間を思い返していた。

 蹴りを防いだところで終わりではない。

 返せる距離へ戻るまで、見る必要がある。

 

 ROUND 2、FIGHT。

 

 直希は拳を一発だけ出し、玲奈の反応を待った。

 もう一度攻撃を重ねると見た紗良が、天輪脚を出す。

 蓮司はガードを固め、蹴りを受け止めた。

 

 今度は、すぐに拳を出さない。

 玲奈の足が床へ戻る。

 掌が上がり切る前に、直希が前進と攻撃を入力した。

 蓮司が踏み込み、短い拳を肩へ打ち込む。

 

「入った……!」

 

 玲奈のHPバーが減った。

 さっきは届かなかった反撃が、今度は通った。

 

 だが、紗良は同じ技を続けなかった。

 次に蓮司が近づくと、玲奈は跳ばずに足を進める。

 蹴りを待って腕を固めた蓮司の手を取り、身体を崩して投げた。

 

「そっちか……!」

 

 直希は起き上がった蓮司を少し下がらせた。

 投げの届く距離を離れたつもりだった。

 そこへ、玲奈の穿月掌が伸びる。

 今度はガードが遅れた。

 

 天輪脚を待てば、投げられる。

 投げを嫌って離れようとすれば、掌底で追われる。

 直希が次の対応を決めるより早く、紗良は攻め方を変えてきた。

 

 終盤、蓮司はもう一度拳を返したが、玲奈は霞歩で攻撃線から外れた。

 その戻りへ流燕脚が入り、残っていたHPが尽きる。

 

 K.O.

 

《KIRYU REINA》

《WIN》

 


 

 四戦目も二対零。

 桐生玲奈の勝利だった。

 

 玲奈は構えを解いた。

 

 拳を受けた肩には、もう痛みは残っていない。

 それでも、先ほどの一撃が入ったことまで消えたわけではなかった。

 

 蓮司は身体を起こしながら、自分の拳を見る。

 

「止めて、返せた」

 

「ええ」

 

 玲奈は否定しなかった。

 

「そこは認めるわ。あたなが自分の方を変えるって言ったとおり、前の三戦とは違ってた」

 

 蓮司が顔を上げる。

 だが、玲奈の表情は緩まない。

 

「でも」

 

 頭上の結果表示へ視線を向ける。

 

「この試合も二対零よ」

 

「……ああ」

 

「四試合。八ラウンド」

 

 玲奈は蓮司へ視線を戻した。

 

「あなたは、まだ一つのラウンドも取ってない」

 

 蓮司は黙った。

 

 天輪脚を防いだ。

 その着地まで見て、初めて反撃も通した。

 

 それでも玲奈は、そこだけを切り取って評価するつもりはなかった。

 

「天輪脚を一度返せた。それは事実よ」

 

 少し間を置く。

 

「でも、私が投げに変えたら崩れた。待ったところも使われた。最後に立っていたのも私」

 

「……そうだな」

 

「一つできるようになるたびに、それだけを見ていたら駄目なんじゃない?」

 

 その言葉に、蓮司の眉がわずかに動いた。

 

 玲奈は続けた。

 

「前にも言ったでしょう。少し変えただけで、今までの差がなくなるわけじゃないって」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

 声は荒くない。

 けれど、玲奈は引かなかった。

 

「四回戦って四回負けてる。それでもまだ、一つできたことを数えてる」

 

 蓮司は自分の拳を見た。

 

「できたことを数えたいわけじゃない」

 

「じゃあ何?」

 

「足りないものが減ったと思っただけだ」

 

 玲奈は一瞬、黙った。

 

「……減った?」

 

「ああ」

 

「まだ一回も勝ってないのに?」

 

「だから、まだ足りない」

 

 蓮司はそれだけ言った。

 玲奈はすぐには返さなかった。

 腹立たしい。

 

 四戦四敗。

 八ラウンド全敗。

 

 それなのに、この男は敗北を軽く扱っているわけでも、できたことだけを見て満足しているわけでもない。

 そして実際に。

 さっきまでできなかったことを、一つずつできるようになっている。

 玲奈はその事実まで否定する気はなかった。

 けれど。

 

「……それでも、今は私の四連勝よ」

 

「ああ」

 

 玲奈は蓮司をまっすぐ見た。

 

「天輪脚を返せたことより、まずその結果を見なさい」

 

 蓮司も頭上の戦績表示へ目を向ける。

 

「見てる」

 

「本当に?」

 

「四回やって、四回負けた」

 

 蓮司は視線を玲奈へ戻した。

 

「だから、まだ足りないって言ってる」

 

 玲奈は一瞬、言葉を止めた。

 

「……そう」

 

 四敗を軽く考えているわけではない。

 できるようになったことだけを拾って、負けた事実から目を逸らしているわけでもない。

 そこだけは、玲奈にも分かった。

 けれど、評価を変えるにはまだ早い。

 

「前より良くなったことは認める。でも、それで四敗が軽くなるわけじゃないわ」

 

 玲奈はそう言い残し、踵を返した。

 


 

 直希の画面へリザルトが表示される。

 

《RANKED MATCH RESULT》

《LOSE》

 

「……また二対零か」

 

 直希は背もたれへ身体を預けた。

 でも、さっきまでとは違う。

 天輪脚を初めて止めた。

 その次には、着地まで待って拳を返せた。

 

 玲奈が別の攻撃へ変えると、また対応できなくなった。

 そして最後には、また負けた。

 玲奈の言葉も残っている。

 

 ──四試合。八ラウンド。あなたは、まだ一つも取ってない。

 

「……数字で言われるときついな」

 

 直希は苦笑した。

 反論できない。

 それでも。

 できなかったことが、一つできるようになった。

 なら、まだ変えられるところがある。

 

 画面に選択肢が表示される。

 

《REMATCH》

《RETURN》

 

 直希はしばらく《REMATCH》を見る。

 

「一個できただけじゃ駄目、か」

 

 玲奈が言ったことを思い返す。

 

 天輪脚だけを見ても勝てない。

 止めて返せても、それだけでは足りない。

 

「じゃあ、次は一個だけ見ないようにするか」

 

 正解かどうかは分からない。

 でも、同じことを繰り返すつもりもなかった。

 

 直希は《REMATCH》を選んだ。

 

《RANKED REMATCH REQUEST》

 


 

 同じころ。

 紗良の画面にも、見覚えのある表示が現れた。

 

《RANKED REMATCH REQUEST》

《CONSECUTIVE REMATCH 4 / 4》

 

 紗良の視線が、二行目で止まる。

 

「……最後ですね」

 

 驚きはなかった。

 同じCHARACTER ID。

 今回もRANKED MATCH。

 そして、これが四度目の再戦申請だった。

 

『RESONANCE ARENA』では、同じ相手とのRANKED MATCHを連続して行えるのは五試合まで。

 

 最初のマッチングを含めれば、次が五戦目になる。

 つまり、この連戦ではこれが最後だ。

 五戦目が終われば、勝っても負けても、すぐに同じ相手へもう一度RANKEDを申し込むことはできない。

 

 紗良はすぐには決定ボタンを押さなかった。

 

 頭に残っていたのは、先ほどの四戦目だった。

 第一ラウンドで、相手は初めて天輪脚を止めた。

 けれど反撃には間に合わなかった。

 そこで蓮司は、

 

『……なら、次は止めて返す』と言った。

 

 そして第二ラウンドでは、本当にやった。

 天輪脚を受け止めてもすぐには拳を出さず、玲奈が着地し、構えへ戻ろうとするところまで待った。

 そこへ拳を返した。

 

「……本当に返しましたね」

 

 結果だけなら、また二対零だった。

 四試合。

 八ラウンド。

 

 相手はまだ一つも取れていない。

 玲奈も、そこを容赦なく突いた。

 

 ──四回やって、四回負けた。

 ──天輪脚を一度返せたことより、まずその結果を見なさい。

 ──一つできるようになっただけで、今までの差がなくなるわけじゃない。

 

 紗良も、玲奈の言っていることは正しいと思う。

 公式戦なのだから、何ができるようになったかではなく、最後に誰が勝ったかが記録として残る。

 四戦四敗。

 それが今の結果だった。

 しかも、次で連戦上限。

 今までのように、負けた直後にもう一度試すことはできない。

 

「……それでも、最後までRANKEDなんですね」

 

 カジュアルで練習することもできた。

 別の相手と経験を積むこともできた。

 玲奈からは、何度も厳しく結果を突きつけられている。

 

 それでも向こうのPLAYERは、一度もRANKEDをやめなかった。

 以前なら、それだけで無謀だと思っただろう。

 今も、合理的だとは思わない。

 ただ――もう、何も考えずに突っ込んでいるだけには見えなかった。

 画面の向こうのPLAYERが、玲奈の言葉をどう受け取っているのかは分からない。

 けれど、試合を見ていれば分かることはある。

 

 一度失敗する。

 次に少し変える。

 また失敗する。

 その次には、その失敗まで見直す。

 そして四戦目では、ラウンドをまたいで反撃の時機を直し、投げられたあとも、その場で距離を変えようとしていた。

 

「負けるたび、だけじゃなくて……」

 

 紗良は小さく呟く。

 

「戦っている途中でも変えてる」

 

 それでも、まだ玲奈の方が強い。

 次も勝つつもりでいるし、譲る理由もない。

 

 ただ。

 今度は少しだけ意味が違った。

 

 もう、「次に何を変えるのか」だけではない。

 

 五戦目。

 この連戦で最後の一試合。

 

 四戦四敗を突きつけられて、それでも最後のRANKEDを選んだPLAYERが、ここでどこまで変われるのか。

 

「……これで最後なら」

 

 紗良は《CONSECUTIVE REMATCH 4 / 4》をもう一度見る。

 

「最後まで見てみましょう」

 

 決定ボタンへ指を置く。

 ただし、勝たせてやるつもりはない。

 

「こちらも、五戦目だけ譲る理由はありませんから」

 

 一拍置いて、押した。

 

《RANKED REMATCH ACCEPTED》

《FINAL CONSECUTIVE MATCH》

 

 五度目の公式戦が成立する。

 紗良はコントローラーを握り直した。

 

 もう、認定中の初心者だからという理由だけで相手を見てはいなかった。

 それでも。

 最後に立つのは玲奈であるつもりだった。

 

「玲奈。最後も取りますよ」

 

 画面の中の玲奈に、その声は届かない。

 紗良は次の試合が始まる画面から目を離さなかった。

 


 

 四戦目を終えたあと、蓮司はもう一度、同じRESONANCE IDを指定した。

 

 桐生玲奈。

 

 四度戦い、四度負けた相手。

 八ラウンドを戦い、まだ一つも奪えていない相手だった。

 それでも蓮司は、五度目も玲奈へ公式再戦を申し込んだ。

 玲奈も、その申し込みを受けた。

 

《RANKED REMATCH ACCEPTED》

 

《KAMIYA RENJI》

《VS》

《KIRYU REINA》

 

 そして、その下にこれまでとは違う表示が加わる。

 

《CONSECUTIVE MATCH 5 / 5》

《FINAL CONSECUTIVE MATCH》

 

 玲奈は表示を見上げた。

 

 五試合目。

 同じRESONANCE IDとの連続公式戦は、これが上限になる。

 正面には、四敗を持ったまま、それでも自分へ五度目を申し込んできた蓮司が立っている。

 

「これで五戦目ね」

 

「ああ」

 

「それと、これがこの連戦では最後よ」

 

 蓮司が頭上の表示を見る。

 

《CONSECUTIVE MATCH 5 / 5》

 

「五試合までなのか」

 

「ええ。同じ相手と続けて公式戦ができるのは、ここまで」

 

「そうか」

 

 蓮司は表示を確認すると、すぐ玲奈へ視線を戻した。

 

 それだけだった。

 最後だからといって、構えを変える様子もない。

 

 玲奈はそんな蓮司をしばらく見ていた。

 

「あなたは私に四回負けた」

 

「ああ」

 

「八ラウンド全部、私が取った」

 

「分かってる」

 

「それでも、最後も私に申し込んだのね」

 

 蓮司は迷わなかった。

 

「四回負けた相手がおまえだからな」

 

 玲奈の目がわずかに細くなる。

 

「四戦目のあと、結果は四連敗だって言ったでしょう?」

 

「覚えてる」

 

「前と違うところがあったことも認めた。でも、それで負けた事実は変わらない」

 

「それも分かってる」

 

 蓮司は一度、自分の拳を見る。

 

「四回とも負けた。まだ一ラウンドも取れてない」

 

 それから、玲奈を正面から見た。

 

「だから、この一戦で一つ取る」

 

 玲奈はすぐには答えなかった。

 

 四敗を忘れているわけではない。

 できたことだけを数えて、自分を強く見せようとしているわけでもない。

 四つの敗北を全部持ったまま、それでも五度目の相手として自分を選んだ。

 なら、玲奈にもすることは一つしかなかった。

 

「……そう」

 

 玲奈はゆっくりとリングの中央へ進み、腰を落とした。

 

「なら私は、五つ目を取るわ」

 

 掌を上げ、蓮司を正面から見据える。

 

「あなたが四敗を持ってここに立つなら、私も四勝した側として立つ。最後だからって譲るつもりはない」

 

「分かってる」

 

「一つ取りたいなら、自分で取りなさい」

 

 蓮司も拳を上げた。

 

「そのつもりだ」

 

 玲奈の表情から、わずかに残っていた柔らかさが消える。

 

「じゃあ、これで最後」

 

「ああ」

 

「五戦目も、私が勝つわ」

 

「今度は取る」

 

 二人が構えたところで、開始表示が浮かび上がった。

 

 ROUND 1、FIGHT。

 


 

 直希は、玲奈が動くまでは不用意に技を出さないと決めていた。

 

 近づかれたらまず距離を見る。霞歩が見えても、すぐには拳を振らない。

 四戦目までに失敗しながら覚えてきたことを、今度こそ全部使おうとしていた。

 だが、それを意識するほど、直希の操作は慎重になっていった。

 蓮司が少しだけ前へ出ても、玲奈は動かない。

 直希も無理には攻めず、その場で相手の出方を待った。

 やがて玲奈が半歩だけ間合いへ入る。

 直希はまだ動かない。

 

 もう一歩。

 

「ここか?」

 

 攻撃が来ると考え、ガードを入力した。

 蓮司が腕を上げて待ち構える。

 だが、玲奈は何も出さなかった。

 攻撃が届く距離まで入ったところで足を止め、構えたまま蓮司の反応を見ている。

 

「……来ない?」

 

 ガードを続けるのか。

 こちらから拳を出すのか。

 直希の指が迷った、その瞬間だった。

 玲奈が一気に踏み込む。

 

 穿月掌。

 

 低く沈めた身体から伸びた掌底が、蓮司の胸へ鋭く突き刺さった。

 

「ぐっ……!」

 

 蓮司の上体が大きく揺れる。

 玲奈は間を置かずに蹴りを重ねたが、今度は直希のガードが間に合った。

 蓮司の腕が蹴りを受け止め、直希はすぐに反撃しようとする。

 しかし、玲奈は拳が出るより先に一歩下がった。

 

 四戦目までなら、そのまま追いかけていたかもしれない。

 今度は追わない。

 直希はそう決め、玲奈が次に何をするのか待った。

 ところが玲奈も戻ってこない。

 そのまま距離を広げ、再び蓮司の出方をうかがっている。

 

「……」

 

 直希は動けなくなった。

 

 待てばいいのか。

 それとも、こちらから間合いへ入るべきなのか。

 玲奈を見ることを意識するほど、どちらを選べばいいのか分からなくなる。

 迷っているうちに、今度は玲奈の方から距離を潰してきた。

 蹴りが来る。

 直希はすぐにガードを固めた。

 だが、玲奈は蹴らなかった。

 そのまま懐へ入り、蓮司の腕と肩を取る。

 

「えっ」

 

 受け止めるつもりで固めていた身体の重心を崩され、蓮司が地面へ投げ落とされた。

 直希はすぐに立ち上がらせる。

 そこへ玲奈の流燕脚が重なった。

 

「くっ……!」

 

 弧を描く蹴りが脇腹を捉え、蓮司のHPが大きく削られる。

 それでも直希は、焦って疾歩拳へ戻らなかった。

 もう一度距離を測り、玲奈を見ながら蓮司を歩かせる。

 拳が届くところまで近づいて一発だけ出すと、今度は玲奈が正面から受け止めた。

 

 なら、もう一発。

 直希が続けて攻撃を入力する。

 しかし二発目は、玲奈が身体の軸を横へ外す霞歩ですり抜けた。

 空振りした蓮司が向き直るより早く、側面から蹴りが入る。

 

 ガードは間に合わない。

 またHPが減った。

 

「……何しても先にいるな」

 

 直希が呟く。

 

 待てば玲奈から動かされる。

 こちらから入れば、その動きを見て外される。

 四戦かけて覚えたことを使おうとしているのに、玲奈はその一つ先で選択を変えてくる。

 直希は最後まで流れを取り戻せなかった。

 終盤、残りHPがわずかになったところで、蓮司が最後の反撃へ拳を伸ばす。

 玲奈はそれを半身になって外した。

 そのまま懐へ入り、低く重心を沈める。

 

 穿月掌。

 

 開いた掌が蓮司の胸を真正面から捉えた。

 

「っ……!」

 

 残っていたHPが消える。

 

 K.O.

 

 桐生玲奈、ROUND WIN。

 


 

 蓮司が片膝をついた。

 玲奈は構えを解かない。

 

「……それで?」

 

 蓮司が顔を上げる。

 

「何がだ?」

 

「四試合かけて、いろいろ変えたんでしょう?」

 

「ああ」

 

「待つようになった。見るようになった。天輪脚も止めた」

 

 玲奈はそこで一度言葉を切った。

 

「それで、今のラウンドは?」

 

 蓮司は答えない。

 玲奈はそのまま続けた。

 

「待てば私に先に動かされて、守れば投げられて、自分から拳を出せば外された」

 

 一つずつ、今のラウンドで起きたことを並べていく。

 

「四戦かけて変えてきたものを全部使ったつもりでも、結局最後まで私から流れを取り返せなかったでしょう?」

 

「……そうだな」

 

「じゃあ聞くけど」

 

 玲奈はまっすぐ蓮司を見る。

 

「あなた、どこが変わったの?」

 

 蓮司の拳がわずかに握られる。

 

「変わったつもりだった」

 

「つもり、ね」

 

 玲奈の声は静かだった。

 

「それで勝てるなら、誰も苦労しないわ」

 

 蓮司は何も返さなかった。

 

「今ので、九ラウンド目」

 

 玲奈は頭上の表示へ視線を向ける。

 

「あなたはまだ一つもラウンドを取れてない」

 

「分かってる」

 

 玲奈は蓮司をまっすぐ見た。

 

「なら、覚えておきなさい」

 

 HPと身体のダメージが回復していく。

 

「あと一ラウンド取れば、五戦目も私の勝ち」

 

 玲奈は再び掌を構えた。

 

「そうなれば、五試合やって一度も私に勝てなかった。それがこの連戦に残る結果よ」

 

 蓮司も拳を上げる。

 

「……まだ終わってない」

 

「ええ」

 

 玲奈は表情を変えなかった。

 

「だから、終わるまで私は勝つつもりよ」

 

 ROUND 2、FIGHT。

 


 

 直希は小さく息を吐いた。

 

「……きついな」

 

 玲奈の言っていることに、反論できるところはなかった。

 待ってみても負けた。自分から動いても負けた。技を見ようとしても、その先で別の選択を返された。

 四試合かけて少しずつ戦い方を変えてきたつもりなのに、まだ一ラウンドも取れていない。

 何を変えれば正解なのか、もう直希にもよく分からなかった。

 

「だったら……今までやってないやつか」

 

 画面へ目を戻したところで、蓮司のゲージがかなり溜まっていることに気づく。

 ラウンドが変わってHPは回復しても、使わずに残したRESONANCEゲージは持ち越されていた。

 

 LEVEL3──一閃轟破。

 チュートリアルで一度試した、蓮司が持つ最大級の決定打だ。

 

「当たれば、でかいんだよな」

 

 深い考えがあったわけではない。

 玲奈の動きを読み切ったわけでも、ここで使えば勝てるという確信があったわけでもない。

 ただ、まだ試していない大技が一つ残っている。

 直希が考えていたのは、その程度だった。

 

 ROUND 2が始まった。

 

 今度も主導権を握ったのは玲奈だった。

 踏み込んできた穿月掌を直希はガードする。続く蹴りも受け止め、反撃しようと拳を出すが、玲奈は霞歩で攻撃線から外れた。

 そこから身体をひねり、流燕脚。

 

「ぐっ……!」

 

 鋭い蹴りを脇腹へ受け、蓮司が大きく吹き飛ばされる。HPも一気に削られた。

 

「まずいな……」

 

 直希はすぐに立ち上がらせるが、玲奈は待ってくれない。

 蓮司が構え直すより早く距離を潰し、返された拳を外して掌底を入れる。そこから蹴りへつなぎ、直希がガードへ意識を向ければ今度は腕を取って投げた。

 

 それでも直希は、長く攻めを続けるのをやめ、玲奈の蹴りを防いだあとに短い拳を返した。肩へ一発、次に距離が詰まったところで脇腹へもう一発。踏み込みへ合わせた疾歩拳も通り、玲奈のHPにも無視できない減りが残る。

 ただ、攻撃を返すたびに次の一手を取られ、主導権は奪えなかった。

 気づけば、蓮司のHPは残りわずかになっていた。

 

「これ、あと一発じゃ……」

 

 そのときだった。

 画面の演出が変わる。

 残りわずかなHPバーが赤く点滅し、それに呼応するようにLEVEL3ゲージの光が強くなった。

 

《LOW HP》

《RESONANCE ARTS — VISUAL SHIFT》

 

「何だ、これ」

 

 直希が一瞬だけ表示へ目を向ける。

 

 低HP時の演出変化。

 だが、意味を確認している余裕はなかった。

 玲奈がもう目の前まで来ている。

 あと一撃もらえば終わる。

 何を出せばいい。

 

 ガードか。

 拳か。

 逃げるか。

 考えている時間もない。

 

 直希の視界に、強く発光するLEVEL3ゲージが入った。

 

「ええい!」

 

 ほとんど反射で入力する。

 同じ瞬間、玲奈も勝負を終わらせるために踏み込んでいた。

 低く重心を沈め、開いた掌を蓮司の胸へ突き出す。

 

 穿月掌。

 

 玲奈の掌が届こうとした、その瞬間。

 蓮司の身体が沈んだ。

 通常の一閃轟破とは違う。

 赤く点滅するHP表示に呼応して、蓮司の足元から淡い光が走る。

 周囲の音が一瞬だけ遠のき、その光が踏み込む脚から腰、肩を通って拳へ収束していく。

 玲奈の穿月掌は、もう目の前まで迫っていた。

 それより、わずかに早く。

 蓮司の直拳が玲奈の身体を捉えた。

 

「……!」

 

《COUNTER》

 

 玲奈の身体が大きく揺れる。

 直希も、何が起きたのか理解できていなかった。

 だが、一閃轟破はもう始まっている。

 最初の直拳で玲奈の動きを止めると、蓮司はそのまま懐へ踏み込んだ。突き上げる掌底で体勢を崩し、逃がさない距離から肘を叩き込む。

 さらに身体を寄せ、腹部へ膝を突き上げた。

 一撃入るたび、玲奈のHPが大きく削れていく。

 

「これ……!」

 

 直希が画面へ身を乗り出した。

 まだ終わらない。

 連撃を受けて大きく体勢を崩した玲奈の正面で、蓮司が初めて動きを止めた。

 最後の一撃のために拳を引く。

 足を踏みしめ、腰を落とす。

 赤く点滅していたHP表示から溢れるような光が、引いた拳へ集まっていく。

 

 そして、一歩。

 床を蹴る踏み込みと同時に、脚から腰、肩へつないだ全身の力を正面へ解き放つ。

 

 一閃轟破。

 

 最後の正拳が玲奈を真正面から打ち抜いた。

 衝撃に玲奈の身体が大きく吹き飛び、地面へ叩きつけられる。

 HPバーが一気に減っていく。

 残りわずか。

 さらに減る。

 

 そして、ゼロ。

 

 K.O.

 

《KAMIYA RENJI》

《ROUND WIN》

 

「…………」

 

 直希はコントローラーを握ったまま、画面を見つめていた。

 勝利表示は消えない。

 

「……え?」

 

 自分が押したLEVEL3が、玲奈の攻撃へ偶然噛み合った。

 それだけだった。

 狙ってカウンターを取ったわけではない。

 玲奈を読み切ったわけでもない。

 

 それでも。

 結果だけは、間違いなく画面に残っている。

 

「……取った?」

 

 もう一度表示を見る。

 

《ROUND WIN》

 

 そこでようやく意味が頭へ入った。

 

「取った!」

 

 直希は椅子から半分立ち上がった。

 

「取った! 一ラウンド取った!」

 

 思わず握った拳を、そのまま小さく振り上げる。

 

「やった!」

 

 試合に勝ったわけではない。

 公式戦績も、まだ玲奈に一勝もしていない。

 それでも、最初の試合から数えて十ラウンド目。

 何をしても先を行かれ、何度変えても結果を突きつけられ続けた玲奈から、初めて一つ取った。

 

 まぐれでも。

 偶然でも。

 

 ROUND WINはROUND WINだった。

 

「いけるじゃん!」

 

 直希は完全に浮かれていた。

 


 

 一方、紗良は《ROUND LOST》の表示を見つめていた。

 

 しばらく何も言わない。

 何が起きたのかは理解している。

 蓮司のHPはあと一撃で尽きるところまで減っていた。

 だから紗良は、このまま押し切れると判断して玲奈を前へ出した。

 そこへ低HP時の一閃轟破が発動した。

 相手側の入力が、こちらの穿月掌へ偶然に近いタイミングで噛み合ったのだ。

 

「……今の」

 

 紗良の眉がわずかに寄る。

 こちらの動きを完全に読まれたとは思わない。

 相手が最初からあのカウンターを狙っていたようにも見えなかった。

 むしろ、追い詰められたところで出した大技が、こちらの踏み込みへ偶然うまく重なった。

 紗良にはそう見えていた。

 けれど、それを理由に負けた事実まで小さくするつもりはなかった。

 

 偶然でも、カウンターは成立した。

 玲奈のHPはゼロになった。

 そして画面には今も、《ROUND LOST》と表示されている。

 

「……取られましたね」

 

 紗良は静かに認めた。

 四試合をすべて二対零で勝ち、五試合目の第一ラウンドも取った。

 ここまで九ラウンド続けて、一つも渡していなかった。

 それを十ラウンド目で、初めて崩された。

 ラウンド単位の勝敗は玲奈の公式戦績には残らない。

 それでも紗良にとって、今の一敗がなかったことになるわけではない。

 しかも原因の一つは、自分にある。

 

 あと一発。

 そう思った。

 ここまで一度もラウンドを取られていない相手だから、最後もそのまま押し切れると思った。

 その判断が、ほんの少しだけ攻めを雑にした。

 

「……油断しました」

 

 紗良はそう認めると、コントローラーを握り直した。

 次のラウンドへ移れば、玲奈のHPは満タンへ戻る。

 今度は残りHPだけを見て勝ったつもりにはならない。

 相手が何を残しているのかも含めて、最後まできちんと潰す。

 

「分かりました」

 

 紗良の視線が、次のラウンドを待つ蓮司へ向く。

 

「次は、ちゃんと終わらせます」

 

 ただ勝つだけでは、もう足りなかった。

 先ほど渡した一ラウンドまで取り返すつもりで、今度は最初から最後まで一度も攻撃を受けずに勝つ。

 

 ノーダメージでラウンドを取り切る完全勝利――《PERFECT》。

 

 紗良は、それを次の目標に決めた。

 


 

 次のラウンドへ移ると、玲奈の身体からダメージが消えていった。

 胸を打ち抜いた最初の直拳も、息を詰まらせた掌底も、身体を折った膝も、最後に全身を吹き飛ばした正拳も。

 痛みはもう残っていない。

 それでも、玲奈はすぐには掌を上げなかった。

 

 先ほどの光景が、まだ鮮明に残っている。

 

 蓮司の息は荒く、構えを戻す動きも遅れていた。

 次の穿月掌で終わる。

 そう判断して、自分から踏み込んだ。

 その結果、真正面からカウンターを取られた。

 一閃轟破の連撃を最後まで受け、地面へ叩きつけられた。

 

 そして初めて。

 この蓮司に、ラウンドを奪われた。

 

 四試合をすべて二対零で取った。

 五試合目の第一ラウンドも取った。

 九ラウンド続けて、一つも渡さなかった。

 それを十ラウンド目で崩された。

 

「……」

 

 玲奈は正面の蓮司を見る。

 蓮司も回復した身体で立ち上がり、拳を構えようとしていた。

 

 悔しい。

 ただ負けたからではない。

 自分はこの男へ、何度も結果を見ろと言った。

 

 一つできるようになった程度では差は埋まらない。

 最後に残るのは勝敗だと、何度も突きつけた。

 

 その自分が。

 あと一撃で終わると思った。

 もう取ったつもりで踏み込んだ。

 そして、取られた。

 

 玲奈は小さく息を吐いた。

 

「……油断したわ」

 

 蓮司が玲奈を見る。

 

「何?」

 

「今のラウンドよ」

 

 玲奈は視線を逸らさない。

 

「あなたの足が止まって、次の一撃で倒せると思った。だから踏み込んだ」

 

 一度だけ、自分が倒された場所へ視線を落とす。

 

「そこへ一閃轟破をもらった」

 

 蓮司は何も言わない。

 

「だから、今の一つはあなたのものよ」

 

 玲奈はそこを否定しなかった。

 まぐれだったのかもしれない。

 偶然だったのかもしれない。

 けれど、自分が倒されてラウンドを失ったことまで偶然という言葉で消すつもりはなかった。

 

「でも」

 

 玲奈が掌を上げる。

 もう先ほどまでのように、蓮司へ結果を教えるためではない。

 今度は自分が結果を残すために構えた。

 

「同じことは二度しない」

 

 蓮司も拳を上げる。

 

「俺もそのつもりだ」

 

「そう」

 

 玲奈の目が細くなる。

 

「なら、次は最初から最後まで私が試合を動かす。今度は油断もしないし、あなたに流れを渡すつもりもない」

 

 声を荒らげることはなかった。

 けれど、先ほどまで蓮司へ向けていた苛立ちとは違う。

 

 今度の怒りは、自分自身にも向いていた。

 

 油断した。

 取れると思った。

 だから取られた。

 

 もう一度はない。

 

 玲奈は蓮司を正面から見据える。

 

「次のラウンドは、私が取って終わらせるわ」

 

 ROUND 3、FIGHT。

 


 

 ROUND 3が始まった瞬間から、紗良の操作はそれまでとは明らかに違っていた。

 開始と同時に玲奈を前へ出す。直希が蓮司の動きを決めるより早く蹴りを振らせ、ガードさせたところへ穿月掌を重ねる。

 直希は何とか受け止めて拳を返した。

 だが、玲奈は霞歩で攻撃線から外れると、そのまま蓮司の側面へ回り込んだ。身体をひねり、流燕脚を叩き込む。

 

「うわっ!」

 

 蓮司の身体が横へ弾かれ、HPが大きく削られた。

 

「ちょ、急に……!」

 

 直希が慌てて立て直そうとしても、玲奈は攻撃の手を緩めない。

 これまでのように、蓮司が何を試すのかを見る余裕さえ与えなかった。

 

 一方の紗良にも、先ほどまでの余裕はない。

 今度は最後まで油断しない。

 相手の残りHPがわずかになっても、勝ったつもりにはならない。

 

 それどころか。

 

「今度は、一発も入れさせません」

 

 狙っているのは、ただの勝利ではなかった。

 

 ノーダメージでラウンドを取り切る完全勝利――《PERFECT》

 

 先ほど渡した一ラウンドへの、紗良なりの答えだった。

 玲奈のHPは満タンのまま、蓮司だけが一方的に削られていく。

 直希がガードを固めれば、紗良は投げへ切り替える。

 倒れた蓮司が起き上がれば、その瞬間へ蹴りを重ねた。

 何とか拳を返そうとしても、玲奈は正面には残らない。

 

「まずい、これ本当に何もできないぞ……」

 

 直希にも、相手の攻め方がそれまで以上に厳しくなったことだけは分かった。

 蓮司のHPは三割を切り、さらに二割、一割と減っていく。

 それでも玲奈のHPバーは、最初から一度も減っていない。

 ここまで来れば、初心者の直希にも何が起きようとしているのか分かった。

 

「……《PERFECT》だけは嫌だ!」

 

 勝つのはもう難しい。

 それでも一発。

 せめて一発だけでも当てたい。

 玲奈が再び一気に間合いを詰め、穿月掌を放つ。

 直希は何とかガードした。

 衝撃に蓮司の身体が押されるが、まだHPは残っている。

 玲奈はそこで深追いせず、一歩だけ下がった。

 

 直希は迷った。

 

 追えば、また霞歩で外されるかもしれない。

 待てば、今度は玲奈から別の攻撃を仕掛けられる。

 考えている余裕はなかった。

 

「もういい!」

 

 直希は通常攻撃を入力した。

 蓮司が床を蹴って一歩踏み込み、玲奈へ拳を伸ばす。

 紗良はそれを見ていた。

 霞歩で外せる。

 そう判断して、いつものように入力しようとする。

 けれど、その瞬間。

 先ほどの光景が頭をよぎった。

 

 あと一発で終わると思って前へ出た玲奈へ、低HPの一閃轟破が突き刺さった瞬間。

 また何か残しているのではないか。

 ほんの一瞬だけ、紗良の判断に迷いが生まれた。

 その一瞬で十分だった。

 霞歩へ移るより先に、蓮司の拳が届く。

 

「っ……!」

 

 短い直拳が玲奈の肩を捉えた。

 玲奈の身体がわずかに揺れ、試合開始から一度も減っていなかったHPバーが初めて動く。

 

「……!」

 

 紗良の目が見開かれた。

 

「今の……!」

 

 ほんの一発だった。

 HPの減少もわずかで、試合の優勢が覆るほどの攻撃ではない。

 蓮司の残りHPを見れば、このラウンドの勝敗そのものにもほとんど影響しない。

 それでも、《PERFECT》は消えた。

 

「……もう」

 

 紗良の声には、隠しきれない悔しさが混じった。

 

 先ほどは油断して一ラウンドを取られた。

 今度はその反省から《PERFECT》まで狙ったのに、最後の最後でたった一発を許した。

 

 だが、試合まで渡すつもりはない。

 紗良はすぐに操作を切り替えた。

 玲奈が霞歩で蓮司の拳の外へ抜ける。今度は迷わず懐へ踏み戻し、低く沈めた身体から穿月掌を突き出した。

 

「ぐっ……!」

 

 掌底が蓮司の胸へ直撃する。

 残っていたHPが一気に消えた。

 

 K.O.

 

《KIRYU REINA》

《WIN》

 

《MATCH RESULT》

《KIRYU REINA 2》

《KAMIYA RENJI 1》

 

 五戦目も、最後に立っていたのは玲奈だった。

 五試合を終えて、公式戦の勝敗は玲奈の五勝、蓮司の五敗。

 

 ただし、この試合だけはそれまでの四試合とは違う。

 玲奈は初めて一ラウンドを奪われた。

 そして最終ラウンドでは、紗良が狙った《PERFECT》も、蓮司のたった一発によって崩されていた。

 


 

 玲奈はゆっくりと構えを解いた。

 

 蓮司は地面へ片膝をついている。

 

 頭上には、

 

《HEAD TO HEAD》

《KIRYU REINA 5 WIN》

《KAMIYA RENJI 0 WIN》

 

 と表示されていた。

 玲奈はその数字を見上げる。

 一ラウンド取られた。

 

 悔しい。

 かなり悔しい。

 でも、それを蓮司へ見せる気はなかった。

 

「一つ取ったわね」

 

 蓮司が顔を上げる。

 

「ああ」

 

「嬉しい?」

 

「……取れたのは、嬉しい」

 

 即答だった。

 玲奈の眉がわずかに動く。

 

「そう」

 

 視線を結果表示へ移す。

 

「でも、試合は?」

 

 蓮司も見る。

 

「俺の負けだ」

 

「ええ」

 

 玲奈はようやく蓮司へ視線を戻した。

 

「五戦して、五敗」

 

「……ああ」

 

「最後に一ラウンド取った。それは事実」

 

 少し間を置く。

 

「でも、それであなたの五敗が消えるわけじゃない」

 

 蓮司は黙って聞いている。

 玲奈はそこで言葉を止める。

 

「あなたはまだ私に勝ってない」

 

 蓮司が拳を握る。

 

「分かってる」

 

「なら、その一ラウンドだけで満足しないことね」

 

 玲奈は踵を返す。

 歩き出してから、最後に一度だけ振り返った。

 

「次に会うときも、今と同じなら――」

 

 ほんの少しだけ目を細める。

 

「今度も私が勝つわ」

 

 それだけ言って、リングを離れた。

 蓮司はその背中を見送る。

 

 そして小さく息を吐いた。

 

「……次は、試合を取る」

 

 誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。

 


 

 自室の椅子に座ったまま、直希はしばらくリザルト画面を見ていた。

 

《LOSE》

 

 負けた。

 五戦五敗。

 それでも。

 

「……一ラウンド取った」

 

 もう一度言う。

 

「取ったんだよな」

 

 口元が緩む。

 

「やった……」

 

 嬉しい。

 試合には負けた。

 でも、最初は何もできなかった玲奈から一つ取った。

 

 画面の下に、新しい表示が出る。

 

《CONSECUTIVE MATCH LIMIT REACHED》

《REMATCH UNAVAILABLE》

 

「あ」

 

 直希は《REMATCH》が消えていることに気づく。

 

「そうか。もう終わりか」

 

 少しだけ残念だった。

 もう一度やりたい。

 今なら、また何か変えられる気がする。

 

 でも、今日はここまで。

 

「次に当たったら、また一ラウンド……」

 

 そこまで言って、直希は苦笑した。

 

「いや、次は試合を取りたいな」

 


 

 同じ試合が終わったころ、紗良の画面には勝利を告げる表示が出ていた。

 

《WIN》

 

 勝った。

 五戦五勝。

 

 最後も勝った。

 それなのに。

 

「……《PERFECT》、取れませんでした」

 

 紗良は小さく息を吐いた。

 

 たった一発。

 最後のラウンドで、蓮司の拳が玲奈へ入った。

 それだけで《PERFECT》を逃した。

 しかもその前のラウンドでは、一閃轟破で取られている。

 

「勝ったのに……」

 

 少し悔しい。

 自分でも妙だと思う。

 最初なら、2-0で勝って終わりだった。

 今は2-1で勝っただけなのに、妙に引っかかる。

 

 紗良は対戦履歴を見る。

 

《KIRYU REINA 5 WIN》

《KAMIYA RENJI 0 WIN》

 

 数字だけなら圧勝。

 でも最初の試合と、最後の試合は全然違った。

 

「……最後、一ラウンド取られましたね」

 

 画面の向こうには、もう再戦申請は来ない。

 連戦上限。

 分かっている。

 だからこそ。

 紗良はしばらく、同じCHARACTER IDを見ていた。

 

「次に当たるときは……」

 

 そこまで言って、止まる。

 自分が何を期待しているのか、まだ言葉にする気はなかった。

 ただ、次にこのPLAYERと当たったとき。

 今度は、どう戦うのか。

 それだけは少し気になっていた。

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