RESONANCE ARENA   作:エーアイ

33 / 34
直希、紗良、凛花の挿絵をpixivに掲載しています。
直希、紗良、凛花の挿絵を見る。(pixiv)


第32話 瀬川直希は、勝ったことを友人に話す

 GOLD 3の桐生玲奈との十度目の公式戦を終えた翌朝、瀬川直希はいつもより少し早く学校へ着いた。

 昨夜は、なかなか寝つけなかった。負けた試合の最後の一撃が頭から離れず、夜遅くまでリプレイを見ていたことなら何度もある。だが、今回は違う。

 思い出すのは、蓮司の《疾歩拳》が玲奈へ届いた瞬間だった。

 

 あれだけ外され続けた拳で、とうとう勝てた。

 さらにROOKIE 2からBRONZE 5への昇格まで決まったのだから、嬉しくないはずがない。

 朝になっても気分は変わらず、通学中には思わず口元が緩んでしまった。

 

 直希は鞄を机へ置き、教室を見回した。航の席はまだ空いている。

 

(……早く来ないかな)

 

 昨日のうちに連絡しようかとも思ったが、結果だけを短い文章で送るのは何だか惜しかった。

 あの玲奈に勝ったときの話は、航の顔を見てからしたかったのだ。

 やがて佐久間航が教室へ入ってきた。

 

「おはよう、航」

 

「おう。……何だ、今日は早いな」

 

 航は直希の顔を見て足を止めた。

 

「しかも、やけに機嫌よくないか?」

 

「分かる?」

 

「分かるって。何かあっただろ」

 

 直希は待っていた言葉を聞き、鞄から教科書を取り出す手を止めた。

 

「昨日さ、あのGOLD 3の玲奈に勝ったんだ」

 

「……は?」

 

「ほら、ゲームを始めた日に五連敗した方の玲奈。あのCHARACTER IDに、やっと一回勝てた」

 

 航はしばらく直希を見つめていたが、やがて隣の椅子を引いた。

 

「ちょっと待て。あの玲奈って、GOLD 3の? おまえがずっと勝てなかった相手?」

 

「うん。通算十戦目で、ようやく」

 

「十戦目!?」

 

 思った以上に大きな声が出たらしく、航は周囲の席へ目を向けてから、少し声を落とした。

 

「……おまえ、いつの間にそんなに戦ってたんだよ」

 

「昨日、まず別IDの桐生玲奈と戦って勝ったんだ。そのあとすぐ、GOLD 3の玲奈に再戦を申し込んだ。五試合続けて受けてもらえたけど、最初の四つは負けた」

 

「ちょっと待て。別IDの玲奈とも戦ったのか?」

 

「うん。その試合も、ぎりぎりだったけどね」

 

「……それで、GOLD 3との五試合目に勝ったのか」

 

 直希が頷くと、航は椅子に座り直した。

 

「一日で六試合かよ。……いや、それはすごいな」

 

 先ほどまでの軽い調子は残っているが、航の目は真剣だった。

 

「相手、GOLD 3だぞ。どうやって勝ったんだ? 何か大技を決めたのか?」

 

「大技は途中で使ったよ。でも、最後は違った」

 

「何で決めたんだ?」

 

「《疾歩拳》」

 

「……《疾歩拳》?」

 

 航が聞き返した。

 

「そう。普通の《疾歩拳》」

 

「へえ……」

 

 航は意外そうに眉を上げた。

 

「それって、最初から使ってた技だよな。わざわざ《轟天拳》覚えたのに、最後はそっちか」

 

「玲奈が《穿月掌》を出したんだ。前の試合なら、こっちが先に拳を出して《霞歩》で外されてたと思う。でも昨日は、玲奈が本当に踏み込んでくるところまで待てた」

 

 直希は机の上で指を動かし、相手との距離を示すように手を置いた。

 

「ちょっとだけ下がったら、掌底が届かなかったんだ。そこで《疾歩拳》を出したら……当たった」

 

 航は直希の手元を見たあと、ゆっくり頷いた。

 

「相手が来ると思って打ったんじゃなくて、来たのを確かめてから打ったわけか」

 

「うん。たぶん、そこが一番違ったと思う」

 

「……それ、前に俺の美月とやったときの逆じゃん」

 

 航の言葉に、直希は笑った。

 

「そうなんだよね。あのときは美月が踏み込みを止めたのに、俺が勝手に来ると思って大技を出しちゃった」

 

「で、空振りしたところを《旋牙》で取られた」

 

「……分かってるよ。最後まで言わなくていいって」

 

「ははっ。悪い悪い」

 

 航は笑ってから、直希の肩を軽く叩いた。

 

「でも、今の話を聞くと、ちゃんと変わったんだなって分かる。あの玲奈に勝てたのも、たまたま一発入っただけじゃないんだろ」

 

「うん。最初の頃よりは、何を待てばいいか分かってきたと思う」

 

 直希はそう答えてから、少し照れくさくなった。

 航に操作を教えてもらったことは何度もある。

 負けた試合の理由を一緒に考えたことも、カジュアルマッチで何度も倒されたこともあった。

 その航に、ようやく勝てた試合の中身を話せる。結果の数字以上に、それが嬉しかった。

 

「それでさ、もう一つあるんだ」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「その勝利で、蓮司がBRONZE 5に上がった」

 

「…………え?」

 

「ROOKIE 2から、一気に」

 

「いや、待て待て。勝っただけじゃなくてBRONZE!?」

 

 航は思わず前のめりになった。

 

「おまえ、少し前までROOKIE 3だっただろ。俺の美月と練習してた頃も」

 

「そうだよ。自分でもびっくりした」

 

「格上撃破って、そんなに上がるのか……」

 

「表示を見たとき、何かの間違いかと思った」

 

 航は呆れたように息を吐いたが、すぐに笑った。

 

「すげえな。おめでとう、直希」

 

「ありがとう」

 

 その一言が、直希には何より嬉しかった。

 何度も負けてきたことを知っている友人が、今度は自分の勝利を喜んでくれている。

 

「……ただし、勘違いするなよ」

 

 航が人差し指を立てた。

 

「うちの美月には、まだカジュアルで六連敗したままだからな」

 

「ああ、そこで戻してくるんだ」

 

「当然だろ。GOLD 3に勝ったって聞いたら、こっちだって次はもっと気合い入れるよ」

 

「いや、今日は勝った話をさせてよ」

 

「さっきから十分してるって」

 

 二人は顔を見合わせて笑った。

 直希にとって、昨夜の一勝は大きな出来事だった。だからといって、今日から急に負けなくなるわけではないし、航の美月との六敗が消えるわけでもない。

 それでも、少なくとも今朝だけは、素直に喜んでいたかった。

 

 予鈴が鳴り、航が自分の席へ戻る。

 

「あとで試合のリプレイ、見せてくれよ」

 

「もちろん。最後の一撃、ちゃんと見てほしいんだ」

 

「ああ。楽しみにしてる」

 

 航の返事を聞き、直希は教科書を開いた。

 昨日までと変わらない学校の朝だったが、机に向かう気分だけは、いつもよりずっと軽かった。

 


 

 御影紗良は、教室の窓際で友人の話を聞いていた。

 

 授業の合間、進路や課題の話題が一段落したところで、友人がふと彼女の顔を覗き込んだ。

 

「紗良、今日ちょっと疲れてる?」

 

「……そう見えますか?」

 

「ううん。いつもと同じ顔なんだけど、返事が少し遅い気がして」

 

 紗良は小さく微笑んだ。

 

「昨日、少し遅くまで起きていただけです。心配しなくても大丈夫ですよ」

 

「そっか。無理しないでね」

 

「ありがとうございます」

 

 友人はそれ以上尋ねず、次の授業の準備を始めた。

 紗良も教科書を開いたが、文字を追う前に、昨夜の試合が浮かんでしまった。

 

 以前、同級生から悔しそうに見えないと言われたことがある。

 

 確かに、負けたことをいつまでも顔に出す方ではない。

 学校でゲームの試合結果を思い出しても、それを周囲へ説明する理由はなかった。

 

 だが、悔しくないわけではない。

 

 昨夜の敗北については、なおさらだった。

 九度勝ってきた相手。自分がGOLD 3まで上げた玲奈を、ROOKIE 2の蓮司が倒した。

 しかも最後の攻防では、自分の《穿月掌》を外され、何度も見てきた《疾歩拳》で決着をつけられた。

 

 あのときの判断が、何度考えても頭から離れない。

 蓮司に近づかれれば、短い拳も投げも届く。待ち続ける方が危険だから、自分から掌底を出した。

 しかし相手は、まさにその踏み込みを待っていた。

 戦術的な理由があって選んだ一手を読まれたことが、何より悔しかった。

 

(……次は、同じところを取られたくありません)

 

 紗良はペンを持ち直した。

 

 試合後の勝者演出では、蓮司が男性勝者として勝利を誇っていた。

 自分は以前、玲奈に同じ方向の会話意図を何度も選んでいる。

 だから、それを不当だとは思わない。

 ただし、納得したから悔しさがなくなるわけでもなかった。

 さらに、失ったRPのことがある。

 

 昨日の計算結果を見たとき、思わず声が出た。

 ランクそのものはGOLD 3に留まったが、今のRPは以前のように余裕を持てる位置ではない。

 次の公式戦で負ければ、場合によっては降格するかもしれない。

 それでも、同じ蓮司へ再戦を申し込むためには、今の連戦制限を解除しなければならなかった。

 

 紗良は教科書へ視線を戻した。

 まだ、勝ち返すまでの道筋は見えていない。

 それでも、あの一戦で終わらせるつもりはなかった。

 

(……だからといって、急いで負けを増やすわけにもいきません)

 

 昨夜の敗北を取り返したい気持ちは強い。けれど、次の五試合を投げやりに消化するつもりはなかった。

 GOLD 3まで積み上げてきた勝利を守りながら、必要な試合を一つずつ進める。

 そのためには、まず自分が勝てる状態を取り戻さなければならない。

 

「……紗良?」

 

 友人の声で、紗良は顔を上げた。

 

「先生、来たよ」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 慌てて姿勢を正すと、友人が少しだけ不思議そうな顔をした。

 紗良は普段どおり微笑んでみせた。

 

 誰かに悔しそうに見えていなくても、構わない。

 昨夜の一敗を、軽く受け止めたつもりだけはなかった。

 


 

 その日の放課後、紗良は自宅のモニターで公式戦の画面を開いていた。

 

 まず表示させたのは、玲奈の現在ランクとRPの状況だった。

 

《KIRYU REINA》

《CURRENT RANK:GOLD 3》

 

 ランクは変わっていない。

 だが、格下相手への敗北で失ったRPは大きい。

 GOLD 3を維持できたという安心より、次の一敗が持つ重さの方を、今は強く意識していた。

 

「……余裕は、ありませんね」

 

 紗良は対戦履歴を開いた。

 

 神谷蓮司のCHARACTER IDは、何度も確認してきた。

 これまで九度勝ってきた相手だ。

 だが、昨夜の五連戦で、同じIDとの連戦回数は上限に達していた。

 

 再び蓮司と公式戦を行うには、紗良が蓮司以外の異なる三つ以上のCHARACTER IDと、合計五試合以上戦う必要がある。

 しかも、蓮司を操作する相手PLAYERにも同じ条件が課されていた。

 紗良が条件を満たしても、相手PLAYERが満たしていなければ再戦はできない。

 

 紗良は別の対戦候補一覧へ移った。

 

 五試合以上、三つ以上のID。

 数字だけなら、難しい条件には見えなかった。

 しかし、GOLD 3に上がってからは同じランク帯の相手にも思うように勝ち切れず、足踏みが続いている。

 そこへ昨夜、格下の蓮司に敗れてRPを大きく失った。

 これ以上敗北が重なれば、降格もあり得る。

 

「……まずは、次の一人からです」

 

 紗良は対戦候補の公開戦績とランクを一つずつ確認した。

 だが、次のランクマッチの相手を決める前に、見直しておきたいものがあった。

 

 紗良は対戦候補一覧をいったん閉じ、昨夜の最終ラウンドを再生した。

 

 画面の蓮司が拳を出さずに近づく。

 玲奈が《穿月掌》を放とうと踏み込む。

 その瞬間、蓮司はわずかに後退した。

 

 紗良は映像を止め、二人の足元を見た。

 

「……次は、この半歩を見逃したくありません」

 

 自分が前へ出るべき場面も、守るべき場面も、もう一度考え直す必要がある。

 今日のところは申請を急がず、次に戦う相手の情報と自分の敗因を整理することにした。

 

 試合を恐れているからではない。

 再戦したい相手がいるからこそ、次の公式戦も大切にしたかった。

 


 

 朝倉凛花は、放課後の帰り道を歩きながら、昨夜のLIVEを思い出していた。

 

 最初は、自分の玲奈を倒した男が次に誰と戦うのか、それを知りたかっただけだった。

 ところが蓮司は、凛花が操作する玲奈とは別IDの桐生玲奈に挑んだ。しかも相手はGOLD 3だった。

 最初の四試合は、その玲奈が勝った。

 

 ここまでは、凛花にも理解できる。GOLD 3の実力は高く、ROOKIE帯の男が挑んだからといって簡単に倒せる相手ではない。

 しかし、最後の一試合だけは結果が違った。

 

 蓮司が二ラウンドを取り、GOLD 3の玲奈を倒した。

 決着に使ったのは、大技ではなく《疾歩拳》だった。

 

 凛花は歩きながら、あの最後の攻防を思い返した。

 蓮司は、相手が《穿月掌》を出すまで待っていた。

 自分から近づきながら拳は出さず、相手に先に動かせる形を作ってから、踏み込みを外して反撃した。

 自分の玲奈との試合でも、あの男は《穿月掌》を外して《一閃轟破》を通している。

 

 だが、今回の勝ち方はそれだけではなかった。

 拳を当て、投げを通し、相手の守りを見て攻撃を変える。

 最終ラウンドまでに積み重ねた攻防そのものが、以前よりずっと上手くなっていた。

 

「……分かってるわよ、それくらい」

 

 凛花は誰にともなく呟いた。

 

 蓮司が強くなったことは認める。

 自分に勝ったときのまま、何も変わらない相手だと思って再戦するつもりもない。

 それでも、昨夜見た最後の表示だけは、思い出すたびに腹が立った。

 

《KAMIYA RENJI》

《ROOKIE 2 → BRONZE 5》

 

「……何で先にBRONZEになってるのよ」

 

 九勝一敗。

 凛花の玲奈はROOKIE 1のままだった。

 九連勝を積み重ね、あと一勝で十連勝とBRONZE昇格が見えていた。その十戦目を蓮司に奪われた。

 しかも、蓮司はその勝利でROOKIE 2になり、続けてGOLD 3へ勝って、とうとう自分より先へ行ってしまった。

 

「……あたしが勝ってたら、今ごろこっちがBRONZEだったのに」

 

 凛花は鞄の持ち手を握り直した。

 蓮司が悪いわけではない。相手が勝ったから昇格し、自分が負けたから昇格できなかった。それだけのことだ。

 だが、その理屈だけで納得できるなら、昨日のLIVEを最後まで見届けたりしない。

 

 それに、自分の玲奈が蓮司に負けたあとの会話も覚えている。

 蓮司は玲奈の強さを認め、再戦まで望んでいた。馬鹿にされたわけではないと、凛花にも分かっている。

 それでも、『最初の一敗を刻んだのは俺だ』という言葉は悔しかった。

 これまで女性勝者として男の敗北を喜んできた自分が、今度は負けた側になったのだ。

 あの言葉に勝者として言い返すには、自分の玲奈で勝ち返すしかない。

 

「……帰ったら、すぐ再戦申請してやるわ」

 

 凛花は足を速めた。

 

 蓮司のCHARACTER IDは保存してある。

 相手PLAYERが再戦を受けるかどうかは分からない。だからこそ、まずは申請を送る。

 今度の蓮司が以前より強いなら、それに対応する。

 

 LIVEで見た戦い方を思い返す。大技の逆転だけを警戒していては足りない。

 もちろん、実際の試合でどこまで対応できるかは、戦ってみなければ分からない。

 それでも、凛花は挑戦を取りやめるつもりはなかった。

 

「……あんたが勝ち逃げしたつもりじゃなくても、あたしは終わったと思ってないから」

 

 凛花は、まだ顔も名前も知らない相手PLAYERへ向けて呟いた。

 次に対戦するときは、今度こそ自分の玲奈で二つのラウンドを取るつもりだった。

 


 

 夕方、直希は自室で昨夜のリザルトをもう一度開いていた。

 

《KAMIYA RENJI》

《OFFICIAL RECORD:5 WIN / 15 LOSS》

《CURRENT RANK:BRONZE 5》

 

「……やっぱり、間違ってない」

 

 学校で航に報告してからも、嬉しさは続いていた。

 昼休みには航から「あとでリプレイを送ってくれ」と言われたので、帰宅してから該当する試合を選び、見てもらえるようにした。

 そのあと、今日も公式戦へ入ろうかと少し考えた。

 

 けれど、気づけば昨夜の最終ラウンドをもう一度見返していた。

 あの玲奈に勝ったからといって、次も簡単に勝てるわけではない。

 それは、九度負けた自分が一番よく分かっている。

 

 ただ、今夜くらいは勝った試合を眺めていてもいい気がした。

 

「……次は、BRONZEか」

 

 直希は小さく笑った。

 

 どんな相手と戦うことになるのか、まだ分からない。

 航の美月にも、いつか勝ち返したい。あの玲奈と再び戦えるようになったら、今度はもう一つ勝ちたい。

 

 やりたいことは、いくらでもあった。

 それでも今日は、急いで次の申請を出す気にはなれない。

 

 直希はコントローラーを机に置き、モニターに映るBRONZE 5の文字を眺めた。

 

「……今日は、もうちょっと喜んでよう」

 

 九度負けてきた相手に、とうとう勝てた。

 友人にそのことを報告できた。

 そして明日になれば、また次の勝負を考えればいい。

 

 直希はそう思いながら、穏やかな気分でゲーム画面を閉じた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。