RESONANCE ARENA   作:エーアイ

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桐生玲奈との試合後の回想シーンの挿絵イラストをpixivに掲載しています。
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第4話:神谷蓮司は、八つの敗北を持ち帰る

 桐生玲奈との五試合目が終わった。

 

 公式アリーナを満たしていた照明が落ち、試合終了を告げる表示も順番に消えていく。試合中に受けたダメージはすでに回復し、拳を握っても、足を動かしても身体に異常はない。

 ただし、消えなかったものもある。

 

《OFFICIAL RECORD》

 

《KAMIYA RENJI》

《0 WIN / 8 LOSS》

 

 蓮司は頭上の表示を見上げた。

 

「……八敗か」

 

 今日、この場所で戦い始めてから八試合。

 最初の三試合に負け、そのあと桐生玲奈と五度戦った。

 五度目だけは、一つ取った。

 追い詰められたところから一閃轟破を叩き込み、初めて玲奈を倒してラウンドを取った。

 あのときの感触も、勝敗表示も覚えている。

 それでも、試合には負けた。

 

 玲奈の言葉も残っていた。

 

『最後に一ラウンド取った。それは事実』

『でも、それであなたの五敗が消えるわけじゃない』

『あなたはまだ私に勝ってない』

 

「……一つ取った。でも、五戦とも負けた」

 

 その通りだった。

 一ラウンド取れたことは嬉しい。

 最後には、前より玲奈へ拳も届いた。

 だが、公式記録に刻まれた数字は変わらない。

 零勝八敗。

 蓮司はしばらくその表示を見てから、アリーナをあとにした。

 


 

 新人の格闘家が利用する施設へ戻る通路は、人の出入りこそ多かったが、公式アリーナほど騒がしくはなかった。

 試合を終えた者や、これから公式戦へ向かう者、練習施設へ入っていく者が行き交っている。

 

 蓮司はその流れの中を歩いていた。

 角を曲がったところで、正面から来た男と視線が合う。

 

 同じ顔だった。

 

 黒い髪。

 同じくらいの背丈と体格。

 歩き方にも、自分と似たところがある。

 

 名前も同じ。

 

 神谷蓮司。

 

 違うのは、互いの身体に紐づいた識別情報だった。

 

《RESONANCE ID:――》

 

 相手の男も蓮司を見て、すぐにそれを確認した。

 

「同じ原型か」

 

「ああ」

 

 それだけだった。

 驚くようなことではない。

 同じアーキタイプから生まれた同位体が複数存在することは、この世界では普通のことだった。

 相手の蓮司が、こちらの公式戦績へ目を向ける。

 

 少しだけ目を細めた。

 

「公式戦は今日からか?」

 

「ああ。この八試合が最初だ」

 

「……初日で八戦?」

 

「全部公式戦だ」

 

「八戦全部?」

 

「ああ」

 

 相手はもう一度、表示を見る。

 

《0 WIN / 8 LOSS》

 

「で、八敗か」

 

「そうなる」

 

 馬鹿にした様子はなかった。

 むしろ少し考えるように腕を組んだ。

 

「ずいぶんやったな」

 

「気づいたらな」

 

「相手は?」

 

「最初の三人は別々だ。そのあと桐生玲奈と五戦」

 

「玲奈?」

 

「ああ」

 

「同じ相手と五戦したのか」

 

「全部負けた」

 

 相手はもう一度、蓮司の戦績を見る。

 

「五つともか」

 

「一ラウンドだけ取った。試合は全部負けた」

 相手はそこで自分の公式戦績を表示した。

 

《OFFICIAL RECORD》

 

《3 WIN / 2 LOSS》

 

 蓮司の視線が止まる。

 

 同じ顔。

 同じ名前。

 基礎となる武術も同じ。

 それでも、目の前の自分はすでに三回勝っている。

 

「勝ってるんだな」

 

「三つだけな」

 

 相手は特に誇る様子もなく答えた。

 

「二つは負けた」

 

「それでも三つ勝ってる」

 

「おまえもそのうち勝つだろ」

 

 蓮司は返事をしなかった。

 目の前の戦績を見てから、自分のものへ視線を戻す。

 

 三勝二敗。

 零勝八敗。

 

 蓮司は二つの表示を見比べた。

 

「八試合も戦ったんだ。今は少し休んだ方がいいんじゃないか」

 

 相手が言った。

 

「そうかもな」

 

 蓮司は素直に頷いた。

 

「五つは同じ相手への負けだろ。別の相手と組まれたら、今日とは違うものが通じるかもしれない」

 

「相手が変われば、か」

 

「ああ。まだ初日なんだしな」

 

 相手はそこで手を上げた。

 

「じゃあな」

 

「ああ」

 

 二人の神谷蓮司は、そのまますれ違った。

 振り返ることはなかった。

 


 

 部屋へ戻るつもりだった。

 だが途中で、蓮司は足を止めた。

 小さな練習場がある。

 大きな設備はない。床と簡単な打撃用具が置かれただけの、基礎練習向けの場所だった。

 蓮司は少し考えてから中へ入った。

 

 誰もいない。

 静かな床の中央まで進み、拳を上げる。

 

「あいつは三つ勝ってた」

 

 口にしてみる。

 別の神谷蓮司。

 

 三勝二敗。

 

「俺はまだゼロだ」

 

 蓮司は左足を前へ出して構え、まっすぐ拳を伸ばした。

 一発打っては引き、足の位置を確かめて、もう一度踏み込む。

 

 玲奈との試合では、この踏み込みを何度も外された。

 思い出しながら少しだけ足の位置を変え、今度は拳を打ったあと、その場へ残らずすぐに身体を戻す。

 同じ動きを何度か繰り返しながら、踏み込む距離と戻るタイミングを確かめていった。

 

 派手な技は使わない。一閃轟破も必要なかった。

 ただ足を動かし、拳を出し、戻る。

 今日一日で何度も繰り返したはずの基本動作を、今度は誰にも攻撃されない場所で一つずつやり直していた。

 

 しばらく続けていると、入口から足音が聞こえた。

 蓮司が拳を止めて振り向くと、そこにいたのは先ほどすれ違った、もう一人の神谷蓮司だった。

 

「ああ、ここに置いたままだった」

 

 もう一人の蓮司は壁際に残していた手甲を拾い上げる。それから練習場の中央へ目を向け、自分と同じ顔がまだ拳を振っているのを見た。

 

「まだやるのか?」

 

 蓮司は構えを崩さなかった。

 

「ああ」

 

「八試合やったあとだぞ」

 

「知ってる」

 

 もう一人の蓮司は少しだけ笑った。

 

「じゃあ、何で?」

 

 蓮司は一度、自分の拳を見る。

 今日、何度も届かなかった拳。

 それでも玲奈から一ラウンドだけは奪い、まだ一試合も勝てていない拳だった。

 

「まだ一回も勝ってないからな」

 

 もう一人の蓮司は、しばらく同じ顔を見ていた。

 

 三勝二敗の神谷蓮司と、零勝八敗の神谷蓮司。

 同じ原型から生まれていても、今日までに持った結果はもう違っている。

 

 やがて、もう一人の蓮司がわずかに口元を緩めた。

 

「そうか」

 

「ああ」

 

「じゃあな」

 

 手甲を持ったもう一人の神谷蓮司が、今度こそ練習場を出ていく。

 静けさが戻ると、蓮司は再び正面へ向き直って構えた。

 左足を前へ出し、拳を上げる。

 それは、九戦目を急ぐための拳ではなかった。

 まだ一つも持っていない勝利へ向かうための、最初の一発だった。

 

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