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ROUND 1。
開始表示が消えても、直希はすぐには蓮司を前へ出さなかった。
さっきの二ラウンドで、美月がどこを強く使いたいのかはもう分かっている。
何も考えず歩けば弧月蹴で止められ、そこで足を止めれば迅条で向こうから入ってくる。
零歩を見て追えば距離を作り直され、焦って攻撃へ移れば旋牙まで待っている。
知らない相手ではなくなった。
だからこそ、同じ入り方はできない。
「まず、弧月蹴を空振りさせる」
通話の向こうで、航が笑った。
『それ、俺に聞かせていいの?』
「聞こえたなら忘れてくれ」
『無理だろ』
「だよな」
『じゃあ、空振りするかどうかはこっち次第ってことで』
「そう来ると思ったよ」
直希も笑いながら、蓮司を半歩だけ前へ出した。
美月の前脚が動く。
だが、蹴りは来ない。
「……出さないか」
『一回見せたからって、毎回同じところで出すと思う?』
「思ってない」
そう返しながらも、直希の指は止まっていた。
さっきの試合では、弧月蹴が来る距離そのものを覚えることに精一杯だった。
今度は、その距離へ入ったからといって必ず蹴りが来るとは限らない。
蓮司をもう半歩進ませる。
美月はまだ動かない。
さらに一歩ではなく、直希はそこで止めた。
その瞬間、美月が前脚を鋭く振り抜いた。
弧月蹴。
弧を描くミドルキックが、蓮司の胴を狙う。
狙われたのは、蓮司が踏み込んだ瞬間ではなかった。
もう一度前へ出ると、航が読んだタイミングだった。
だが、蓮司は動いていない。
美月の蹴りは届かず、その身体の前を通り過ぎた。
美月の目がわずかに細くなった。
「今度は来なかったのね」
蓮司は空振りした蹴りから目を離さない。
「同じところには入らない」
「そう」
美月が蹴り脚を戻す。
「今!」
それより早く、直希が入力した。
蓮司が一気に踏み込む。
疾歩拳。
短い距離を潰す直拳が、美月の構え直しへ届く。
完全な直撃ではなかったが、ガードの上から身体を押し込み、そのまま蓮司が近距離へ残った。
美月はガードを固めたまま、懐まで入り込んだ蓮司を見る。
「……私の懐まで来たわね」
蓮司も距離を開けない。
「今度は離さない」
美月はガードを固め直した。
「そう簡単にはいかないわ」
通話の向こうで、航が声を上げる。
『うわ、入った』
直希もすぐに次の入力へ移る。
「ここから!」
直希は大技を出さない。
短い拳を一つ。
美月が受ける。
さらに肘へつなごうとするが、航もその場で守り続けるつもりはなかった。
美月は腕を固めて二撃目を受け、わずかな隙に身体を引く。
直希は追った。
今度は零歩で大きく距離を切られる前に、蓮司の拳がもう一度美月のガードへ触れる。
「よし、まだ離されてない!」
『最初の試合よりはな』
航の声から、笑いが少し減った。
美月が距離を取り直そうとする。
ここで離したくない。
直希は反射的に震掌を入力した。
蓮司が美月の動きに合わせて半歩踏み込む。
拳ではない。
腰を落とし、身体の中心から開いた掌を押し出す。
その掌底が、美月の胸元へまっすぐ伸びた。
震掌。
至近距離から踏み込みと体重を掌底へ乗せ、相手の身体を正面から押し抜くように打つ一撃。
連打で削る技ではない。密着した相手を強引に押し戻し、自分の正面から引き剥がすための技だった。
「──っ!」
美月が腕を戻すより早く、蓮司の掌底が胸元を捉えた。
掌が触れた瞬間、蓮司がさらに腰を入れる。
衝撃が一気に伝わった。
美月の上体が大きくのけぞり、両足が床を滑る。
一歩。
さらにもう一歩。
蓮司の掌に押し出されるように、美月の身体が近距離から一気に遠ざかっていった。
「入った!」
美月は後ろへ流された足を止め、すぐに構え直す。
「……私を離していいの?」
蓮司も、開いてしまった距離を見る。
ほんの一瞬。
「……今は、離す場面じゃなかった」
『……それ、いいの?』
「え?」
喜んだ直後、直希も気づいた。
美月が離れている。
しかも、ちょうど長い脚を使いやすい距離に戻っていた。
「技が当たればいいって話じゃないのか……」
通話の向こうで、航が楽しそうに笑った。
『せっかく近づいたのに、自分で美月の距離に戻してくれたな』
「……言われると余計に悔しい」
『こっちは助かったけど』
「それは見れば分かる」
『じゃあ次もよろしく』
「もうやらないって」
直希も苦笑しながら、今の攻防を頭へ残した。
震掌は当たった。
けれど、今欲しかったのは相手を離すことではなかった。
技そのものが間違っているわけではない。
出した場所と、その後に何をしたかったのかが噛み合っていなかった。
もう一度、蓮司を歩かせる。
今度は弧月蹴だけを待たない。
美月の肩が前へ出れば迅条もある。
大きく身体を捻れば旋牙も来る。
さっきの試合より、見なければならないものが増えていた。
それでも不思議と、前よりは動ける。
少しずつだが、蓮司の拳が届く回数も増えていった。
短い拳を受けた美月が、一歩だけ距離を戻す。
「そこなら、あなたの拳も届くのね」
蓮司は美月との間合いを測ったまま答える。
「でも、おまえの蹴りも届く」
「ええ。私の方が遠くから届くわ」
「なら、もう一歩入る」
美月はそれ以上答えず、すぐに構え直した。
通話の向こうで、航が少し感心したように言う。
『結構変えてくるな』
「そっちが変えるからだろ」
『じゃあ、もう一個変える』
航がそう言った直後、美月の動きが変わった。
直希が、鋭い踏み込みからストレートを打ち込む迅条を警戒してガードを固めれば、美月はあえて踏み込まない。
逆に、蓮司が構えを緩めた瞬間だけ、ローキックを入れてくる。
一発ごとのダメージは大きくない。
それでも二度、三度と脚を削られるうちに、蓮司は自分から前へ出るきっかけを失っていった。
「蹴りだけじゃないな……」
『だからキックボクサーなんだけど』
「そういう意味じゃなくて」
そこで直希が見始めたのは、美月がどの技を使うかだけではなかった。
航は画面の向こうで、直希が何を警戒しているのかまで見ながら、美月の攻め方を変えている。
「……俺が迅条を警戒してるの、分かってたのか」
通話の向こうで、航が笑った。
『あれだけガード固めてたら分かるって』
「だからローキックに変えた?」
『当たってくれるなら使うだろ』
「なるほど。美月だけ見てても駄目なのか」
『俺と対戦してるんだからな』
「それもそうか」
直希は苦笑しながら、もう一度画面へ意識を戻した。
相手のキャラクターだけでなく、その向こうにいるPLAYERまで見る。
それが知っている相手と戦うということなのかもしれない。
終盤に入ってもHPは美月が上回っていた。
ただ、その差はさっきの試合ほど大きくない。
少なくとも、一方的に美月の間合いへ付き合わされていた最初のラウンドとは違っていた。
「これなら──」
直希が蓮司を踏み込ませる。
美月は零歩で後方へ距離を切った。
以前なら、そのまま追っていた。
今度は動かない。
美月が構え直すのを見ながら、その場で次の動きを待つ。
ここで迅条を使って、自分から距離を詰めてくる。
そう読んだ直希は、踏み込んでくる拳へ震掌を合わせるつもりで指を置いた。
やがて、美月の肩が前へ動く。
「来た!」
直希は迷わず入力した。
蓮司が迎え撃つように掌底を突き出す。
しかし。
迅条は来なかった。
美月が見せたのは、わずかに重心を前へ移してから、すぐに戻す小さな踏み直しだけだった。
蓮司の震掌は、誰もいない空間を突き抜ける。
「しまっ……」
待っていたのは、直希だけではなかった。
その戻りへ、美月が身体を大きく捻る。
「今度は、あなたが待つと思っていたわ」
蓮司が美月を見る。
「……読まれたか」
「ええ」
旋牙。
高速の回し蹴りが蓮司の側頭部近くを捉え、身体が大きく傾く。
「ぐっ……!」
今回は攻撃の出始めを潰したわけではないため、《COUNTER RHYTHM》の表示はない。
それでも、空振りへ入る旋牙そのものが重かった。
蓮司が踏みとどまろうとする。
美月は逃さない。
「まだ終わらないわ」
崩れかけた身体を立て直しながら、蓮司も美月を見る。
「……まだだ」
美月が構えから、前手の短いストレートを伸ばす。
蹴りを主武器にする美月だが、拳を使わないわけではない。
ジャブやストレートで相手の動きを止め、姿勢や意識を動かしてから脚へつなぐ。
それもまた、実戦キックボクサーである美月の戦い方だった。
蓮司が腕を上げようとするが、間に合わない。
美月の拳が蓮司の顔を捉え、身体を揺らす。
そこへローキック。
踏ん張ろうとした脚を打たれ、蓮司の重心がさらに崩れる。
それでも倒れまいとしたところへ、美月は最後のミドルキックを叩き込んだ。
重い蹴りが脇腹を打ち抜く。
蓮司の身体が折れ、残っていたHPが消えた。
K.O.
《KUJO MIZUKI》
《ROUND WIN》
「……読んだつもりだったのに」
『読まれてると思ったから、出さなかった』
「それ言われると何も返せないな」
直希は一度だけ天井を見てから、すぐに画面へ視線を戻した。
ラウンドの合間、美月は回復して立ち上がった蓮司を見る。
今のラウンドでは、何度か懐まで入られた。
弧月蹴を空振りさせたあとに疾歩拳を通され、そのまま近距離でも拳を受けている。
ただ、その距離を最後まで維持されたわけではない。
「震掌で私を離したでしょう?」
蓮司がわずかに眉を寄せる。
「……ああ」
「あれは助かったわ」
美月はそれだけ言った。
近距離まで入られた直後に、蓮司は震掌で自分から距離を開けた。
そのおかげで、美月はもう一度、長い蹴りを使える間合いへ戻ることができた。
蓮司もその意味は分かっているらしい。
一度だけ二人の間合いへ視線を落とす。
「次は、入ったあとの距離を間違えない」
美月は構えを戻した。
「そう」
それ以上は聞かなかった。
どうするつもりなのかは、次の攻防を見れば分かる。
こちらも、同じように近距離を維持させるつもりはない。
蓮司も拳を上げた。
二人の間に、次の開始表示が浮かび上がる。
ROUND 2、FIGHT。
「今度は、入っても震掌で押し戻さない」
『また作戦しゃべってるぞ』
「もういいよ。聞いてても変えるだろ」
『分かってきたじゃん』
第二ラウンドが始まる。
直希は、第一ラウンド以上に慎重だった。
ただ待つのではなく、弧月蹴が届く一歩手前まで蓮司を進ませ、そこで美月の反応を見る。
蹴りが来なければ少しだけ距離を詰める。
迅条で踏み込んでくるならガードする。
先に答えを決めず、その場で相手を見て選ぶつもりだった。
何度目かの駆け引きで、美月が弧月蹴を放つ。
直希はそれを待っていた。
蓮司の身体を止めたまま、長いミドルキックの先端だけを空振りさせる。
蹴り脚が戻り始めたところで前進を入力すると、蓮司が一気に間合いを詰めた。
疾歩拳。
直拳は美月にガードされた。
だが、それでいい。
今回欲しかったのは一発のダメージではなく、美月の長い脚が使いにくい距離まで入ることだった。
ガード越しに押し込まれた美月が、目の前まで迫った蓮司を見る。
「また私の懐まで入ってきたわね」
蓮司も拳を引かない。
「今度は離さない」
美月はガードを固め直した。
「なら、こっちも退かないわ」
その応酬のまま、二人の距離は開かない。
直希はすぐに次の入力を重ねた。
蓮司が短い拳を一つ。
続けて肘。
美月はどちらも腕で受け止めたが、直希は前のラウンドのように震掌で押し離さない。
さらに連撃を入力する。
連環打。
拳から肘、そして蹴りへつなぐ蓮司の連続打撃が、美月のガードを押していく。
最初の二撃は防がれた。
それでも、最後の蹴りだけは守りの隙間を抜け、美月の脇腹を捉える。
「っ……!」
美月の身体がわずかに折れた。
『うわ』
「入った!」
美月のHPが大きく減る。
美月はすぐに構えを戻したが、蓮司から目を逸らさない。
脇腹には、連環打の最後の蹴りを受けた痛みがまだ残っている。
「……今度は通したわね」
「まだ終わってない」
「そう」
美月も退かなかった。
「なら、次は私の番ね」
第一戦では、ここまで自分の間合いを押しつけることさえできなかった。
直希は勢いのまま追撃を狙う。
だが、航も近距離で無理に零歩を使おうとはしなかった。
短く後方へ跳ねて間合いを切る技だが、ここまで深く入られた状態で強引に逃げるつもりはないらしい。
美月はガードを固めたまま、蓮司の拳を一発、さらにもう一発と受ける。
そして三発目へつなごうとした蓮司の拳が戻る瞬間を、航は逃さなかった。
美月のジャブが先に差し込まれる。
「っ!」
蓮司の顔がわずかに跳ねる。
美月が一歩踏み込んだ。
「さっきの分、返すわ」
左右のミドルキックが続けざまに叩き込まれる。
「くっ……!」
一発目で蓮司の身体が揺れる。
二発目が反対側から脇腹を打ち、息を詰まらせた。
それでも蓮司は倒れず、腕を上げようとする。
美月が大きく身体を回した。
「これで最後」
ハイキック。
長い脚が、蓮司の側頭部を強く打ち抜いた。
「――っ!」
衝撃に頭を振られ、蓮司の身体が大きく横へ弾かれる。
踏ん張ることもできないまま床へ倒れ、そのまま数歩分を滑って止まった。
《RESONANCE ARTS LEVEL 1》
《疾風連脚》
ジャブから左右のミドルキックをつなぎ、最後をハイキックで締める、美月の連続打撃型RESONANCE ARTS。
華やかな動きで翻弄する技ではない。
一発目で相手の動きを止め、そこから必要な打撃だけを無駄なく積み重ね、最後の蹴りまで逃がさず通す。
実戦キックボクサーである美月らしい、効率を突き詰めた連撃だった。
蓮司は倒れたまま一度息を吐く。
HPは大きく削られたが、まだ残っている。
美月は追わなかった。
連撃を終えた位置で構えを戻し、起き上がってくる蓮司を待つ。
蓮司は片手を床につき、身体を起こした。
立ち上がると、側頭部を打たれた余韻を振り払うように一度首を動かし、もう一度構えを取る。
二人の間には、再び距離ができていた。
『近づかれたとき用にゲージ残してた』
「それは聞いてない!」
『今使ったから分かっただろ』
「食らってから知るのは嫌なんだけど」
『でも覚えたじゃん』
「次は食らわないからな」
『どうかな』
航の笑い声を聞きながら、直希も画面を見直した。
美月にもかなりのダメージを与えている。
さっきの試合のように、一方的に触れないまま押し込まれているわけではない。
近づくところまではできた。
近距離なら、蓮司の攻撃も通る。
ただし、美月もそこで何もできなくなるわけではない。
今の疾風連脚が、その答えだった。
残り時間が減る中、HPはまだ美月が上回っている。
それでも差は、最初の試合ほど大きくない。
「もう一回入れば……」
通話の向こうで、航が楽しそうに返す。
『じゃあ、もう一回来てみる?』
直希も少し笑った。
「そのつもり」
『今度は簡単に入れないけどな』
「それでも行くよ」
直希は再び蓮司を前へ出した。
航はすぐに弧月蹴を振らない。
直希も今度は急がず、一歩詰めては止まり、美月の反応を確かめてから次の一歩へ進む。
すると、美月がわずかに重心を前へ移した。
迅条か。
一瞬そう考えたものの、直希は震掌へ飛びつかなかった。
前のラウンドでは、その読みを利用されて空振りさせられている。
蓮司を止めたまま待つ。
美月も動かない。
互いに構えたまま、ほんのわずかな静止が生まれた。
美月が先に口を開く。
「今度は急がないのね」
「同じ形では取られたくない」
「だったら、私も待つわ」
蓮司は美月から目を離さなかった。
「おまえも変えるって言ってたからな」
「…そう、覚えていたのね」
そのやり取りの外側で、直希も呟く。
「……そっちも待つのか」
『直希が待つならな』
短い静止のあと、先に動いたのは直希だった。
蓮司を一歩踏み込ませ、まずは短い拳を打つ。
美月がガードするのを見て二発目へつなげると、今度は拳がきちんと届いた。
「っ……!」
「いける!」
美月のHPがさらに減る。
蓮司は無理に追わず、もう一度構えを作った。
美月も呼吸を整えながら正面を見る。
「……今のは入ったわね」
蓮司はすぐには踏み込まない。
「だからって、急いで次を出すつもりはない」
美月はそれ以上答えず、構えを戻した。
あと少し。
勝利が見えるところまで、初めて来た。
その数字を見た瞬間。
直希の意識が、ほんのわずかに相手から逸れた。
もう一発当てれば届く。
蓮司をさらに深く踏み込ませる。
航は、その変化を見逃さなかった。
美月が半歩だけ下がる。
直希は追った。
そこで美月が前脚を鋭く振り抜いた。
弧月蹴。
今度は見えている。
直希はすぐにガードを入力した。
弧を描いて迫るミドルキックを、蓮司が腕で受け止める。
「防いだ!」
蓮司は腕を下ろしながら、そのまま美月との距離を詰めようとする。
「今度は、蹴りを受けたところで終わらない」
美月は蹴り脚を戻し、すぐに構えを整えた。
「なら、次も止めるわ」
直希は反撃の好機だと判断し、蓮司に拳を出させた。
蓮司の拳が伸びる。
美月はそれを腕で受け止めた。
蓮司が拳を引き、次の攻撃へつなごうとした瞬間、美月が身体を捻る。
旋牙。
「──っ!」
ガードへ戻り切る前に、高速の回し蹴りが蓮司の腕ごと身体を強く叩く。
衝撃を受け、蓮司の身体が大きく横へ崩れた。
残ったHPは、もうわずかしかない。
「まだ!」
直希が声を上げる。
ここで下がれば、そのまま美月の中距離へ戻される。
最後の勝負をかけ、疾歩拳を入力した。
崩れた身体を立て直しながら、蓮司が一直線に踏み込む。
「もう一度、懐まで入る」
美月はその踏み込みを正面から受けなかった。
「ええ。そう来ると思ったわ」
零歩。
美月が短く後方へ跳ね、間合いを切る。
蓮司の疾歩拳はぎりぎり届かず、何もない空間を貫いた。
美月はすでに構えを戻している。
蓮司もすぐに向き直る。
だが、美月の方が早い。
「最後に急いだわね」
「……っ」
直希が次のガードを入力するより早く、美月の弧月蹴が蓮司の脇腹へ突き刺さった。
「がっ……!」
重いミドルキックを受け、蓮司は身体を折る。
それでも踏みとどまろうとしたが、足に力が入らない。
片膝をつく。
残っていたHPがゼロになる。
K.O.
《KUJO MIZUKI》
《WIN》
《MATCH RESULT》
《KUJO MIZUKI 2》
《KAMIYA RENJI 0》
また二対零だった。
けれど、直希はすぐには声を出さなかった。
第一戦とは違う。
今回は、美月の長い蹴りをかいくぐって懐まで入ることができた。
連環打も通し、美月のHPを勝ちが見えるところまで削った。
それでも、最後の一つを取ったのは航だった。
『……危なかった』
先に声を出したのは航だった。
直希が顔を上げる。
「今、危なかった?」
『危ないだろ。連環打まともに入ったし』
「じゃあ、次は一ラウンド取れるかも?」
『そこでそうなるの?』
「だって、今回は本当にあと少しだっただろ」
『まあ、それはそうだけど』
「なら、次は取る」
『結果はまだ二対零だけどな』
「そこはちゃんと覚えてるよ」
直希は苦笑しながらも、画面から目を離さなかった。
戦績表示が更新される。
《KAMIYA RENJI》
《0 WIN / 10 LOSS》
直希は数秒だけ黙った。
「……二桁いった」
『おめでとう』
「何もめでたくない」
『でもやめないんだろ?』
直希は画面から目を離さなかった。
「やめる理由ないし」
十敗目。
数字だけなら、始めた昨日より悪くなっている。
それでも、自分の中では同じ十敗には思えなかった。
最初は、何をされているのかも分からなかった。
今は、美月の弧月蹴を避け、零歩を追わず、迅条を警戒し、近距離まで入るところまではできる。
勝ててはいない。
けれど、分からないまま負けているわけでもなかった。
アリーナでは、二度目の対戦結果が表示されていた。
《OFFICIAL HEAD-TO-HEAD》
《KUJO MIZUKI 2 WIN》
《KAMIYA RENJI 0 WIN》
美月は数字を確認してから、蓮司へ視線を戻した。
「二試合とも二対零ね」
蓮司も頭上の結果を見る。
「ああ」
美月はその数字を確認してから、蓮司へ視線を戻した。
「私のランクはSILVER 3。あなたはROOKIE 5」
少し間を置く。
「今のところ、その差は結果にも出ているわ」
蓮司は否定しなかった。
第一戦より攻撃を受けた場面は増えた。
弧月蹴を外され、疾歩拳で懐へ入られ、連環打も受けた。
それでも二つのラウンドを取ったのは美月だった。
蓮司が前より攻撃を通したことと、自分が二対零で勝ったことは別だ。
蓮司は少しだけ息を吐き、美月へ視線を戻した。
「次は一つ取る」
「そう」
美月はそれ以上、理由も方法も聞かなかった。
何を変えるつもりなのかは、次に向かい合うことがあれば、そのとき見ればいい。
美月は背を向ける。
脇腹には連環打を受けた感触がまだ残っていたが、それと二対零という結果は別の話だった。
『で、どうする?』
航に聞かれ、直希はすぐ画面を見る。
蓮司の公式戦績は零勝十敗。
美月には二試合続けて二対零で負けている。
ここで対戦を終えることもできる。
通常のランクマッチへ戻れば、次は別の相手と組まれるかもしれない。
それでも直希は、対戦履歴に残っている美月のRESONANCE IDを選んだ。
「もう一回」
『やっぱり?』
「今度は一ラウンド取る」
『試合じゃなくて?』
「まず一個取らないと、試合も取れないだろ」
『それはそうだけど』
航が笑った。
直希は美月への再戦を選択する。
《RANKED REMATCH REQUEST》
《TARGET:KUJO MIZUKI》
申請を送ると、画面には返答待ちの表示が出た。
「これ、航の方に行ってる?」
『来てる。ちょっと待って』
ほどなくして、表示が切り替わる。
《RANKED REMATCH ACCEPTED》
『受けた』
「よし」
三度目の公式戦が成立した。
二戦目を終えたあと、アリーナに三度目の公式再戦の申し込みが届いた。
《RANKED REMATCH REQUEST》
《KAMIYA RENJI》
美月はRESONANCE IDへ目を向けた。
先ほどまで二試合続けて向かい合っていたものと、同じID。
神谷蓮司。
また、この男だった。
一戦目も二戦目も二対零。
ここまで四ラウンド続けて、美月が取っている。
それでも同じRESONANCE IDから、三度目の再戦が申し込まれていた。
美月は表示を確認してから、正面の蓮司を見る。
「まだ諦めないのね」
蓮司は美月から目を逸らさなかった。
「まだ、おまえから一ラウンドも取ってない」
美月はわずかに目を細める。
「二試合やって、それでも?」
「ああ」
返事に迷いはなかった。
昨日も別の相手に、連戦の上限まで再戦を申し込んだと聞いている。
なら、二度負けた程度でやめる相手ではないのだろう。
美月はそれ以上、理由を聞かなかった。
「そう」
再戦を受諾する。
《RANKED REMATCH ACCEPTED》
《KAMIYA RENJI》
《VS》
《KUJO MIZUKI》
三度目の公式戦が決まった。
美月は身体をわずかに斜めへ向け、両手を自然に上げる。
前脚を軽く出し、いつでも踏み込みにも蹴りにも移れるように構えた。
「今度も私が勝つわ」
蓮司も構える。
「俺は同じようには負けない」
美月は淡々と返した。
「私も、同じように戦うつもりはないの」
蓮司は答えず、構えを整える。
何を変えるつもりなのか。
今度はどう戦うつもりなのか。
美月から聞く気はなかった。
始まれば分かる。
二人の間に、三度目の開始表示が浮かび上がった。
ROUND 1、FIGHT。